───そして解放された『全力』に、全員が呼吸を忘れた。
死に瀕してなおも増幅し続ける力。いくつもの光輝を抱いた闇がヨルの心臓から濁流のように溢れ出た。
最後の一滴まで絞り尽くすような勢いでヨルから放出される魔力が、夜空の天蓋となって頭上を覆い尽くす。
───昼と欺くように輝く満天の星空を『今にも落ちてきそうな』と最初に表現したのは誰だっただろうか。
極大の
『…………、あ、も 申し訳ありません、実況としたことが少々言葉を失ってしまいました!
こっ、これはまるで天変地異!空が本来あるべき姿を塗り替えるようにヨル選手の魔力が満ちていきます!』
『文字通り「落っこちる」つもりなんさ……お互いの体力を考えても、これが最後の一撃だ。
………終幕だぁね。今度こそ』
終幕。
その言葉はこの戦いの事か。
それとも一輝かヨル、どちらかの命運の事なのか。
「まずい、高所を取られた!刀は同じ平面上の相手と戦うための武器です!真上からの攻撃には対応できない!!」
「それだけじゃないわ。ヨルの魔力が尋常じゃなく高まってる。どんな攻撃が来るのかはまだわからないけど、少なくともあれは最低限《
だけど今イッキは《
それはイッキもわかってるはずなのに……!?」
無論だった。
全てを一分間で出し尽くす《
しかし見るのではなく実際に相対してみればステラも理解しただろうが、『あれ』は恐らく逃げられない。一輝は本能でそれを理解した。
一輝の周囲を壁で囲む闘技場はそのまま自分を閉じ込める檻となり、一切の退路を塞いでいる。
だけど、と一輝は思う。
仮に………仮に己の全てを絞り尽くし、一瞬の間だけ身体能力を数百倍にまで高める《一刀羅刹》を温存できていたとしても。
そのたかだか数百倍程度では、小さな切り傷を与えられれば御の字だ、と。
ならばどうすると理性が問うた。
こうすればよいと直感が答えた。
「────────」
膝を曲げ、限界まで身体を捻りながら背中から地面に倒れ込む。隕鉄は背中まで回して鍔を地面に接地。
両足と隕鉄の鍔の三点で身体を支える奇妙なブリッジだ。
真上からの敵に対応できないなら自分が倒れてやればよいなどと常識の発想ではない……そしてその姿勢からやろうとしている事も。
バシッッ!!と地面の隕鉄の鍔と接触している部分が音を立てて罅割れる。
一輝は刀を振り抜く力を鞘ではなく地面で押さえ込むという、超変則的な居合い抜きをしようというのだ。
元より数十倍に強化された身体能力に加えて、片手を刃の保持に使う必要がなく両手で柄を握ることができるためスイングの力は単純に二倍。
威力を蓄える為に隕鉄を押し付けられている地面の強度の方が先に音を上げているのだ。
身体を捻って空を仰ぐその姿はまるで、
それに呼応するように、空間をどろどろと雷雲のように鳴らしていた莫大なヨルの魔力も臨界に達していた。
目に写るその姿と背景は熱した飴のようにぐにゃぐにゃと歪んでいる。魔力の力場が強すぎて光が歪んでいるのだ───それに気付いた時空を司る騎士、黒乃の背筋に戦慄が走る。
目には爛々と狂熱を宿しているくせに、口許の笑みは怖いくらいに穏やかだった。
「お、おい何だよ。何が起きるんだよ!?」
「空気が……空気が痛い………!!」
「寧音、防壁を張れ!!ここいらが消し飛ぶぞ!!」
『おいくーちゃん全員避難させろ!とんでもねえのが来る!!』
もはや二人には周囲の叫びすら遠く。
「
「どうぞ」
最後の交錯が始まる。
ヨルはただ全力で空を蹴った。
集約された魔力を纏うヨルはまさしく閃光へと姿を変える。
莫大な力を、そのままぶつける。
闇と光を隷属させて地上へと落ちていくその様は、コンマ一秒にも満たないその時を聖書の中の一頁と錯覚させるには充分だっただろう。
一輝はスイングの瞬間に己の中のあらゆる意志を爆発させてそれらを魔力に変換、強引に一振り分の魔力を確保して瞬時にその全てを注ぎ込んだ。
数十倍かける数百倍、もう一つかけて十数倍。
《一刀修羅》に《一刀羅刹》を重ねた居合い斬りという暴挙は、その一閃を神魔の域へと変貌させる。
かくして天威は振り下ろされ。
地にうねる龍は下克上の牙を抜き放つ。
総滅《
禁の秘剣《
後にそう名付けられることになる、それが彼らの全霊の一撃だった。
七星剣王と傭兵の戦いの決着は、闘技場の完全倒壊という壮絶な幕切れとなった。
隕石が着弾したようなクレーターとそこに刻まれた地割れのような斬痕。人間の手によるものとは到底思えないような天災じみたその光景は、端的に彼らの激突の凄まじさを物語っていた。
西京寧音と新宮寺黒乃による迅速な捜索の結果、バラバラに千切れた二人の身体を発見。
右腕、左足、胴体の一部など。
何の偶然か向かい合うように転がっていた二人の頭部は、なおも互いを挑むような目付きで睨んでいたという。