嵐の後
まず最初に自我が芽生え、自己の存在を認識。
朧気な意識は海中から浮上していくかのように鮮明になり、五感が徐々に形成されてくると自己の延長として周囲に環境が存在していることに気付く。
音を聞き肌で触れ、鼻に匂いを含み最後に目を開ける。
そうして個体は自己を世界と接続する。
そんな生命の萌芽のような過程を通して、黒鉄一輝は目を覚ました。
「ここは………」
「イッキーーーーーーー!!!!」
「ごはっ!!??」
直後に熊に抱き締められたようなパワーが一輝を包み込んだ。
ようやく灯ったばかりの火を蝋燭ごと踏み砕くような圧迫力に目を白黒させているその時、一輝にハグという名の鯖折りをかましている女性を引き剥がそうと一回り小さい影が飛び付いた。
「ステラさんっ!気持ちはわかりますが離れて下さいっ!お兄様を糸の切れたマリオネットにする気ですかこのグリズリーめっ!!」
「あっ、ご、ごめん……」
「まあまあ、許してあげなさいな。シズクだって抱き付きたくてしょうがないんでしょう?」
「アリスっっ!!」
解放されてなお続くギシギシとくる鈍痛に堪えつつ、一輝は今の状況を改めて整理する。
ここは医務室のベッドだ。あの戦いの決着がどうなったかはわからないが、決着の直後に担ぎ込まれたのだろう。
そして目の前の騒いでいるステラに珠雫、そしてアリス。
彼女らは自分が目覚めるまで見守ってくれていたのだ。
一輝にとってボロボロになった自分を労い迎えてくれる存在は特にかけがえのないものだ。
万謝の念を込めて、一輝は三人に向けて微笑んだ。
「ありがとう。……僕はもう大丈夫だよ」
「っ心配、したんだからぁ……」
「……私もです」
「無事で何よりよ。見ていて怖かったわ」
「目が覚めたか」
新たな参入者の声にそちらを向くと、そこには新宮寺黒乃がいた。
彼女もまた一輝が目覚めるのを待っていたようだ。その瞳には安堵したような色を湛えている。
「全く二人して滅茶苦茶やりおって……。寧音が防壁を張っていなければ、闘技場どころかどこまで被害が広がっていたか見当もつかん。向こうはともかく、お前の
「理事長」
「覚えてるか?お前らは本当に死ぬかどうかの瀬戸際だったんだぞ。
何せ身体はバラバラに千切れてあちこちに転がって、心臓がある胴体と頭部も泣き別れときた。
私が時間を止めて保護してから、IPS
あと少し頭部を見付けるのが遅かったら私が時間を止めても再生は叶わなかったかもしれんな」
「首が……」
うすら寒い気持ちで自分の首に触れる。
今までの戦いの中で死にかけた事が無いではないが、そこまで極端に物理的な死を迎えようとしていた経験は流石にない。
むしろ死ななかった方が不自然ではないか?
「っヨルさんは」
「奴ならかなり前に蘇生してここを発った。満足そうな顔をしていたな。『また会おう』、だそうだ。
……恐ろしい生命力だったよ、全く。
再生が終わるまで長い時間はかからなかったよ……そのおかげで細胞まで干上がったお前の治療に専念できたのは大きいがな」
「!? あれだけ莫大な魔力を使っておいてまだ……!?」
「ああ。無尽蔵という言葉の意味をここまで実感させられたのはヴァーミリオン以来だ」
自分は限界以上を搾りきってなお彼には余力があったということか?
いや、最後の彼からはとても余裕があるようには見えなかったが……あるいは彼の能力に関係しているのかもしれないが、彼の能力は正直な話よくわからないままだ。
結局どういうものなんだろうと頭を捻る一輝にステラは聞いてみたくなった。
あるいは自分と戦うことになっていたかも知れない男を、イッキはどう評価するのだろうか。
「ねえイッキ……ヨルと戦ってみてどうだった?」
「そう、そうだ。逆立ちしたヨルさんと闘っていた時なんだけど、あの激しい回転の中でヨルさんは僕をほとんど視界に収めていなかったんだ。
勝負勘のほかにも空気を感じる感覚が尋常じゃなく鋭敏なんだと思う。毒ガスか何かで目を開けられない状況に適応した結果じゃないかな?多分彼は真っ暗闇の無音の中でも戦えると思う」
「?え、ええ」
「そして最後の方の無寸勁、あれは本来は体重を手足の末端に乗せて放つ打撃なんだ。それを体重が充分に乗り切らないはずの胴体で行うというのはそれこそ全ての筋肉をバラバラに独立稼働させなくては」
「落ち着け黒鉄。早口すぎるぞ」
まるでテーマパークの帰り道にはしゃぐ子供のようだった。
いまだ興奮冷めやらぬ様子であれやこれやと捲し立てている所を黒乃に指摘され、一輝は気恥ずかしそうに縮こまる。
「詳しい話は後でじっくり聞くとしてだ。
黒鉄。お前は戦いの前、ヨルと夜通し話していたそうだな。お前から見て、あの男はどんな人間に思える?」