逆十字の天使 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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その背中は闇に消える

彼の言葉と拳を頭で反復し、一輝は少しだけ考える。

 

「……危険であることはその通りだと思います。

しかし彼には揺らがない初心とそれを抱いた動機も、『正しさ』の指標となる友人もいるようでした。彼はこれからも多くの人を殺めるでしょうが、彼の『悪』が道理を違えることは無い……そう確信しています」

 

それが剣を通して相手の何人もの心の底を見てきた男の言葉だった。

本当に心の底からそう信じているのだろう。微かな笑みを浮かべた黒乃が一輝の考察を裏付ける。

 

「こちらでも奴の事を調べた。奴がいた地域やその周囲一帯の治安や組織のバランスは、曲がりなりにも奴の腕力によって保たれているそうだ。

その影響力に加えてあそこまでの力を見せられては……連盟が『教育』などという婉曲な懐柔策を取ろうとしたのもわからなくはないな。将来的に取り込もうとしているのかもしれん」

 

「それは無理でしょうね」

 

「同感だ」

 

その即答っぷりに思わず全員が軽く噴き出したが、笑っていい内容ではなかった。

彼が気を違えた類いの人間なら対処はまだ簡単だっただろう。排除すればいいだけなのだから。

しかし彼は異常者ではない。狂人の類いだ。

狂人は他者には受け入れがたい独自のルールで動き、それでいて理性がある故に恐れられる。異常性と常識的な面が混在するせいで適切な距離を測れない。

その彼に首輪が付けられないというのは将来的にかなりシリアスな火種だった。

そこで一輝は、不意に真面目な表情を作り直した。

 

「……それと理事長。僕には戦いの最後の記憶がないのですが、僕とヨルさんはどっちが勝ったんですか?」

 

「両者バラバラになって引き分けだ。……どうした?」

 

何か言いたげに口を動かそうとした一輝に、言ってみろ、と黒乃が促した。

それを言葉にすることでより深く胸に突き刺さるのだろう。一輝は俯き、僅かに唇を噛む。

 

 

「引き分けではありません。………実質、僕の完敗です」

 

「……、何故だ?」

 

「ヨルさんの身体は『進化』ではなく『適応』によって強化されてきたものです。埒外の握力や体幹は、様々な条件下にある地形で力を発揮するためでしょう。

つまり彼の本領が発揮されるのは砂漠や密林、市街地などあらゆる地形を利用した、ある種ゲリラ的な戦法だったはず。

僕たちが戦ったリングは完全な平面……最初から彼の武器を一つ潰した状態から始まっていたんです」

 

あの大立ち回りが百パーセントではない。

あまりにもショッキングな事実にステラ達は思わず息を呑み込んでいた。

 

「そもそも僕は決闘の前に一度彼と激突しているんですが、その際に僕は初見の《悪魔の爪(デーモンクロー)》に刀を握れなくなるレベルで負傷させられています。

幸運にもそこで対策を組み立てる機会を得ましたが、もしそれが無かったら……」

 

「……勝負は一瞬だった、と」

 

こくり、と一輝は頷く。

 

「加えて彼の固有霊装(デバイス)は、何らかの要因で発揮する力が増減するようです。

その特性上、彼は真に全力で戦う機会がほぼ無かったのではないでしょうか………彼の魔力操作はまるで扱い慣れてない、酷く稚拙なものでした」

 

「待って。……じゃあヨルはその、魔力を殆ど操りもせず垂れ流してるだけみたいな状態で《一刀修羅(いっとうしゅら)》に張り合ったっていうの?」

 

「そうなるね。そして体術も同じだ。ヨルさんの体術は戦いながら、最後の瞬間までどんどん洗練されていっていた。お互いに限界が近かったからこういう結末になったけれど……手を合わせた感じで言えば、あれはまだ完成じゃない」

 

一撃一撃が完全な必殺。

それでなお完成ではない。

西京寧音の防壁により被害の範囲こそ最小限だが、伐刀者(ブレイザー)の戦闘に耐えうる闘技場の基礎を一撃で掘り抜き粉砕して、それでもなお真に発揮できるはずの力には程遠い。

彼はまだ、大きな伸びしろを残している。

その感覚には覚えがあった。

頂上から見える景色を目指して、その坂道を切れる息も気にせず駆け登るような。

数秒先にすら目もくれず、一瞬の内に果てまで燃やし尽くそうと荒れ狂うような。

それはまさに、目の前にいる彼女を相手に自分が通った道だった。

 

 

「あれだけの力でありながら、あそこまでの進化を果たしながら───彼はまだ、《覚醒(ブルートソウル)》に至っていなかった」

 

 

死に至るような克己と、滑らかな絶壁に爪を立てて登るが如き愚行の果て。

『分相応』の鎖を引きちぎることを《覚醒(ブルートソウル)》と呼び、それを経て世界の因果から隔絶された者を《魔人(デスペラード)》と呼ぶ。

己の領分とは己の器。

器の大きさは運命に対する影響力。

世界が彼という果実が熟すのを待っているようだ。

闇に溺れる光を掬うのが使命だとヨルは言った。

しかし一輝は最後まで彼を「正」や「善」といった言葉で表現しなかった。

白と黒がないまぜになった彼の器が満たされることが何をもたらすものなのか、この塲にいる誰も判断できない。

 

皮膚を焼いて剥がされた顔が、楽しそうに笑っている気がした。




破軍学園壁新聞
キャラクタートピックス 文責・日下部加々美

YORU
ヨル

■PROFILE
所属:破軍学園一年一組(元)

伐刀者ランク:A~F

伐刀絶技:悪竜顕す天落の明星(アポカリプス・デイ)

二つ名:魔拳←new!

人物概要:危険人物


運:A

攻撃力:B+

防御力:B

魔力量:A~F

魔力制御:F-

身体能力:A


かがみんチェック!:
『神は悪徳の栄える世界を憂いているが、神は己が手を下すことを良しとせず、人間という種族の進歩による自己解決を望んでいる。
悪の思惑に翻弄される者は救うべき《子羊》。
迫害に屈さず善を貫こうとする者は自分と同じように神から託宣を賜った《使徒》であり、自分の役目は時として非力な彼ら使徒の刃となる事である 。』
……それっぽく書いたらかなり大仰になっちゃったけど、彼の「教義」はだいたいこんな感じだね。
私もブン屋だから正義について考えることは多いけど、幼少期から悪夢の中で生きてきた彼のそういう価値観には正直なところ不安を感じるよ。
宗教に限った話じゃないけど、いつしか目的が救済から制裁にすり変わって、自分の正義や大義を御旗に虐殺を繰り返した例はごまんとある。
『善悪の彼岸』じゃないけど……彼という常識はずれな力を持つ人がその深淵に囚われないことを心から祈るよ。
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