逆十字の天使 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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目覚めの鼓動

その際にカウンターを食らい返り討ちという展開も無くはないだろう……今ちょうど頭打ちになったようだが、ヨルの成長速度は尋常ではなかった。

 

(……やっぱ元を断つのが最善か)

 

心臓に固有霊装(デバイス)があるのは確認している。

生命活動と一緒にそれを壊してしまえば反撃されることもないだろう。

ただしその状況の認識が間に合わないように、一瞬で。

 

───思えばこいつも同類なのだ。

 

自分は肯定。こいつは神。

満たされないものを求め続けて、それにすがらねば生きてこれなかったちっぽけな虫。

虫の息を繰り返すヨルに少しだけ同病相憐れむ目をしたベルモンドは、もうそれ以上の関心を払わない。

彼の固有礼装(デバイス)である靴の踵を、ヨルの胸に押し付けた。

 

「あばよ。もう生まれんじゃねーぞ」

 

概念干渉系《貫通》。

最大量の魔力を込めた万物を貫く一発が、ヨルの心臓にぶち当たる。

ばきり、と───具現化された彼の魂がひび割れる音がした。

 

 

 

───ここまでか。

 

意識の暗闇の中。

冷えた空間で横たわり己の最期を悟ったヨルが静かに目を閉じる。

 

せめて彼らが安全地帯まで逃げる時間は稼げただろうか。

眼前の悪を世界から排除できなかったこと、善なる者で形作られた世界をこの目で見ることが出来なかったのは無念で、未練だ。

はっきり言えば死んでも死に切れない。

自分にはまだやれることがあったはずなのに。

 

しかしこれでいいのかも知れない。

悪を裁く自分もまた悪。世界には不要なモノ。

殺戮に継ぐ殺戮、死と暴力の輪廻の果てでボロクズのように死ぬ。当然の結末ではないか。

 

じゃらりと手足に繋がった鎖がその証左。

これこそ神が自分に与えた天分。終着点。

この濡れた岩肌が自分の墓場だ。

 

お前はもういなくてよい───それが神の思し召しならば従おう。

自分が撒けた種は多くはないが、世界にはまだまだ善の芽がある。

いずれ次の《使徒》が自分に続いて戦場に立つだろう。

 

無念だ。未練だ。だが悔いはない。

 

あのとき聖母から賜った神託は、今日まで自分を救い導いてくれたのだから────………

 

 

 

 

 

 

 

……いや待て。

おかしくないか?

 

 

閉じた目がハッと開く。

 

 

考えてみれば自分の天命を理解したのはあの教会で目覚めた時ではない。

その数年後、あの時まだ新兵だったあいつを見てからだ。

それまでの自分は善も悪も知らぬとばかりにただ(いたずら)に殺し続けるだけの走狗。世界の為に戦ってなどいない。あの教会で神託を得た、という認識と明らかに矛盾している。

自分はあの教会での出来事を神に導かれたと──神託を与えるために自分を教会に導いたのだと思っていた。

それがそうじゃないとしたら。

教会まで這いずったのが自分の意思だったなら。

死に瀕したあの間際に、自分は何を思ったのか。

 

思い出せ。

 

『……嫌だ』

 

 

思い出せ、思い出せ。

 

 

『嫌だ……死にたくねえ』

 

 

死を拒絶した理由。

生を諦めたくなかった理由。

塵芥に等しい己の価値を知っていてなお、這いずり回って求めたものを。

 

 

『替えの利く使い捨てで、誰にも必要とされないままで………犬みたいに死ぬなんて………!!』

 

 

死に瀕してなお沸き上がる渇望。

神に触れる前の、あらゆる建前を捨てた欲望。

それこそが自分の根源!

忘れてはならない、忘れられない───それは自分の背中を強く強く押してきた、誰にも侵せない自我であるはずなのだから──────!!

 

 

『何者にもなれないままで、終わりたくねえ………っっっ!!!』

 

 

 

 

 

暗闇が。岩肌が。手足に食い込む鎖と枷が。

それらを内包する空間そのものが。

 

 

 

人ならざるような膂力を受けて弾け飛んだ。

 

 

 

 

何が起きたか一瞬わからなかった。

ヨルの心臓を固有霊装(デバイス)ごと貫こうとした脚が根本から消し飛んでいる。

視覚がそれを認識し、少しして痛覚を認識。

あまりにも想定外の事態に活動が一瞬停止したベルモンドの脳は、普段の十数倍もの時間をかけて思考が状況に追い付いた。

 

「っっっぐああああぁぁぁぁあああぁぁあああ!!!???」

 

動脈血を噴き出す断面に魔力で蓋をする。

何が起きた!?

肉を貫き骨を砕き、まさにヨルの固有霊装(デバイス)に罅を入れて破壊しようとしたその瞬間にこれだ。

間違いない。反撃されたのだ。

魔力が増加するのはまぁわかる。

しかしあの様で───指一本も動かせず、魔力も最底辺にまで落ちたあの状態から、一瞬にも満たない刹那の間で!?

ただならぬ気配を感じ前を見てみれば、そこに奴はいた。

だらりと垂らすように地面に立ち、抉られた胸からは壊れる寸前の固有礼装(デバイス)が見える。

しかし血は流れていない。

ドクンドクンと脈打つように胸の穴から溢れる魔力は主たるヨルを覆い、なおも高まっていく。

 

「ひゃは」

 

ヨルの肩が縦に揺れる。

くつくつと面白そうに揺れるその姿がまるで胎動する悪魔の心臓のように見えて、ベルモンドは恐怖に衝かれるように伐刀絶技(ノウブルアーツ)を放つ。

しかし通らない。

ヨルの魔力が深緑の槍を包み込むように阻んでいた。

 

 

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