魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #01 そして“いろは”は告げられる

 

 

 

 

 

 ――――ああ、まただ。

 また、私は、あの場所に居る。

 

 

 ここがどこにあるのか、記憶を何度探っても未だに分からない。

 分かるのは、ここが病院の中で、私は誰かの面会に来ている、ということぐらい。

 

 白を基調とした病室には、林檎を二つに割った様な甘い匂いが漂っていて、鼻を柔らかく撫でてくれた。

 ふと、目線を窓の方へと向けると、街並みが一望できた。ビルやマンションといった大型高層物が密集していることから、この病院は都会の中心部に位置していることが分かる。

 それにしても、この病院自体もかなり大型なものらしい。窓の風景から察するに、10階以上の高さぐらい有るのではないか。

 

「――――」

 

 考えていると、誰かから名前を呼ばれた。

 ああ、いつもの女の子の声だ――――穏やかな柔らかい声色。でも、空気に溶けてしまいそうなぐらい細く、弱々しい声。

 私は、昔からその声を知っている。自分が小さかった頃――――いや、それよりももっと、遥か昔から聞き慣れていた。

 どうしようもなく懐かしい思いがして、私は声の方向を見る。

 一台の電動式ベッドの上では、小さな女の子が横たわっていた。桃色のロングヘアーに、丸い瞳――――彼女は、私とよく似ていた。初めて有った時、鏡でも見た様な錯覚に陥った程だ。

 もしかしたら、自分に近しい親族の者なのかもしれない。でも、思い当たる節が無い。

 私には妹がいない(・・・・・・・・・)。いとこは居るが、病気を患っている子はその中に存在しなかった。

 

 少女は、私を見つめている。病室のベッドの上で寝ている状態からして、この子は何らかの病気に掛かっているのは間違いない。でも、浮かべている笑顔は、病の苦痛さなんて微塵も感じさせないぐらい明るくて、まるで陽の様な暖かさが感じられた。

 

 いつまでも見つめていたい――――そう思っていると、

 

 

「――――」

 

 

 彼女は口を開き、再びわたしの名前を柔らかく呼んだ。

 ああ、終わりだ――――と、私は思った。

 その先は紡がないでほしい。言ったら、この心地良さは無くなってしまう。

 全てが暖かさに満ちたこの世界で、この子が最後に伝えてくるその言葉だけが、異常だった。

 奇妙で、不可解で、不気味で……ぞっとする様な怖さがあって、その意味を深く考えたく無かった。

 

 

「私はね」

 

 

 しかし、そんな私の懊悩など、知った事では無いというふうに、彼女は笑顔のままで、

 

 

■■と会う約束があるの」

 

 

 そう、紡いでしまった。

 

 夢が終わっていく。

 彼女はどこにもいなくなり、病室の風景が闇夜の様な漆黒に覆われていく。私の足が浮遊してどこまでも落ちていく。

 

 

 ただ、林檎の匂いだけは、最後まで――――鼻腔を優しく、くすぐっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深淵を深く覗き込み過ぎれば、奈落の底に引きずり込まれてしまうであろう」

 

 

        ――――フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が、現実へと戻されていく。

 頭がボンヤリとしながらも、僅かに目を開けると、白い光が目を刺して、痛かった。

 

「それで、この子の容態はどう?」

 

 最初に聞こえてきたのは、男性の声だ。野太く、身体に響いてくる様な声量であったが、不思議と威圧感は感じられない。

 

「問題ナッシングですな。外傷は完全に塞ぎましたし感染症も無し。血圧、脈拍、体温、SPO2(血中酸素濃度)共に安定しております。ただ……心拍数だけが少々高めですが、これは多分心意的ストレスが原因ですので、時間を置けば直に落ち着くと思いますな」

 

 次に聞こえてきたのは、女性の声だ。どこか、なまりの混じった言葉遣いだ。

 

「ありがとうね、美代さん。忙しいのに」

 

「いえいえ、わっちにはコレしか収入を得る手段がありませんから、お呼び頂けるならいつでも大歓迎ですな」

 

「そうね、確か魔法少女は――――」

 

 “魔法少女”、男性の口から発せられたその単語が私の意識を刺激する。

 

「ええ、看護資格を持っていても一般的な病院や診療所で働く事はできません。医師会や医療法人団体から猛反発に遭いますし、『保護条例』でも遂に禁止されてしまいましたからな」

 

 この『魔法少女専門の訪問医療(しごと)』を始めるのだって、彼らに大分妨害されましたからなぁ――――と彼女はそう口にしながら溜息を付いた。

 

「――――」

 

 ほごじょうれい? 保護って何? 何を保護するもの?

 

 ――――不意に気になってしまった。目の痛みを堪えながら、パッと開かせる。

 視界に映ったのは、白い天井。しかし、先の夢の中と同じ病院で無い事は、どういう訳か、即座に理解できた。

 

「おっ、目覚めたようですな」

 

「美代さん、後は私に任せて。次の仕事があるんでしょ?」

 

「そうですが……よろしいのですか?」

 

「あら、この子が問題無いって言ったのは貴女じゃない? 私にも多少は医療の知識があるから、あとは大丈夫よ」

 

「ありがとうございます。では、わっちはこれで」

 

 美代と呼ばれた女性は荷物をまとめると、ドアをバタンっと開けて駆け足で去っていってしまう。

 ――――男性との会話から察するに、自分の身体を診てくれたのは間違いないから、お礼を言いたかったのに……意識が微睡んでいるせいで叶わなかった。なんとかドアの開放音がした方へ顔を向けるが、既に姿は見えない。

 残念。そう思って再び顔を天井へ戻すと……

 

 

 心臓が止まりそうになった。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 男の顔が、視界全面を覆った。

 

「――――ッ」

 

 息を飲む。

 恐らく、今しがた出て行った女性と話していた男性だろう――――だが、問題はそこではない。

 外国人だ。しかし、少女漫画のヒロインが一目惚れしそうな王子様風の色白イケメン美男子だったらどれほど良かっただろうか。

 色黒で、岩肌の様にゴツイ顔つき、美男子と呼ぶには程遠い巨顔――――少し前に、たまたまTVで見た、洋画に登場する外道なマフィアの殺し屋に近い風貌。

 それが、眼前で、ニンマリと笑みを浮かべているのだ。

 

「いっ……!」

 

 15 歳の無垢な少女にショックを与えるのは、必然。

 自然と眼尻に涙が浮かんだ。

 混乱、恐怖、絶望、悲嘆。様々な負の感情が、一遍に脳を埋め尽くす!

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 絶叫が、静養室に響きわたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――――10分後……

 

「本当にごめんなさい……!」

 

「いえ、いいのよ」

 

 少女が謝罪と同時に頭がテーブルにくっつきそうなぐらいのお辞儀を行うと、色黒の外国人男性は手をひらひらと振って宥める。

 このやりとりはかれこれ20回は交わされている。

 

「まさか、市役所の人だったなんて……」

 

「まぁこんなナリだからねぇ……。それよりも、あなた、身体、痛むところは無い?」

 

 そう問われた途端、アッと驚いたような顔を浮かべて、全身を確認する少女。

 確か、意識を失う寸前に、下腹部をやられたのは覚えている。他にも至る箇所を叩きつけられた筈だったのに――――外傷は全く無かった。多分、『美代』って女性が治してくれたのだろうか?

 

「よし、美代さんの治療は完璧ね」

 

 正解だった。

 

「……じゃあ、自分が何で此処にいるのか、理解できる?」

 

「え、え~~っと……」

 

 少女は、困った様に眉を八の字にして小首を傾げる。

 混乱の渦中にある頭の中を、どうにか整理しようと考える。

 

 まず、自分の今の状況を確認しよう。

 外国人男性とは、木製の小さなテーブルを挟んで、黒い革製のソファに腰かけている。

 部屋の空間は小さくて、狭い。グレー一色の壁と天井が余計に圧迫感を与えてくる。だが、右側にあるブラインドテラスからは、陽が差し込んでいて、無機質な室内の一部分を暖かな橙色に染めていた。

 どうやら、此処は応接室のようだ。

 

 次に対面している男性だ。自分を驚愕させた張本人。彼もまたソファに腰かけている。

 体格は山の様で、自分の父親を遥かに凌駕する肉体だ。露出された両サイドの剛腕と、Yシャツ越しでも分かるぐらいのパンパンの胸板がそれを証明している。

 肌は色黒――黒人のそれというよりも、日に焼けた黒さに近い――で、強面。陽を浴びてキラキラと光る金髪は角刈りに切り揃えられており、市役所の職員と名乗ったにも関わらず、両耳にハート型のピアスをぶら下げている。

 かなり異様な風貌だが、不思議と威圧と恐怖は感じられなかった。

 ――――と、いうのも、彼の仕草と喋り方に理由はある。

 端的に表すなら、凄く『女性的』なのだ。足を組んで、テーブルに置かれたコーヒーを手に取って口に運ぶ動作も、猫を撫でる様な甘く優しい喋り方も、自分の母親を彷彿とさせた。

 

(それに……)

 

 少女は、男性の瞳をじっと見つめる。

 綺麗だ。海よりも薄くって、まるで山奥の湖の様に澄みきった水色に、自分の顔が映っている。

 

(この人は、悪い人じゃないのかも――――)

 

 水晶の如き瞳は、男性の純粋さを表している様に思えた。少女は心の中でそう確信を持つ。

 

「あらやだなーにぃ? そんなに見つめられたら照れちゃうじゃない~?」

 

 直後、男性は頬を淡いピンク色に紅潮させると、オホホホホ、と口元に手を翳して、笑った。

 うっ、と少女は息を飲む。やはり笑顔は不気味に極まる。

 そして、先ほどから気になっていた、女性的な話し方――――

 

(もしかして……)

 

 所謂“頭にオがつく三文字”に該当する人なのかもしれない。と少女は思ったが、これは確認しないことにした。

 

 ――――再び、頭を整理しよう。

 次に、何で自分は此処――――神浜市役所にいるのか、ということだ。

 

 まず、自分は神浜市にどうしてもいかなければならない衝動に襲われていた。

 意気込んで足を運んだものの、道中で魔女に襲われてしまった。使い魔の群体に一方的に嬲られて、全身を痛めつけられて、地面に叩き伏せられた。

 そこで、視界が暗転――――気が付いたら、白い天井が見えた。

 此処、神浜市役所の静養室に行き着いていた、という訳だ。

 

「ええ、分かります」

 

 はっきり思い出すと笑顔で伝える。男性はうんうん、と満足げに納得した。

 

「そう、なら良かったわ」

 

 そういって、席を立とうとする男性に、少女はハッとなる。

 

「あの……!」

 

 咄嗟に声を掛ける少女。

 

「助けてくれたんですよね……だったら、お名前を……!」

 

「正確には違うけど、いいわよ」

 

 男性は座りなおすと、ニコリと笑みを浮かべる。スッと、手を差し伸べてきた。

 

「私は、ピーター・レイモンドっていうの」

 

「私は、環いろはって言います。ありがとうございます、ピーターさ……じゃなかった、レイモンドさんですよね、ごめんなさい」

 

「ピーターでいいわ」

 

 ピーターはいろはと握手を交わすと、再びスッと立ち上がる。

 

「そろそろお昼ね。どう、いろはちゃん。お腹空いてない?」

 

「え? え~っと……」

 

「良い店があるの。一緒に行きましょ。奢るわよ」

 

「ええっ!? そんな……!」

 

 自分には早急にやらなきゃいけないことがあるのだ。

 別にいいですよ、と断ろうとした途端、お腹がキュルキュルと音を鳴らした。

 そういえば、朝から考え事をしていて何も食べていない。

 咄嗟にお腹を両腕で抱えるようにして抑えるいろはだが、ピーターには聞こえてしまったらしい。不適な笑みを浮かべている。

 

「ここで会ったのも何かの縁、ゆっくりしていって頂戴な」

 

「でも……」

 

「な~に、軽い女子会よ。取って喰いはしないから安心なさい。ね☆」

 

 丁度、紹介したい人もいるしね――――とピーターはパチン☆とウインクをする。

 そういう問題じゃ――――と思ったいろはだったが、ピーターは彼女の手を引き上げて、どこかへと導いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、空腹に負けてしまった。

 一刻も早くやらなければならないことがあるのに、なんて呑気なんだろうか――――と、いろはは自分を心の中で自嘲したが、空きっ腹のままでは、満足な力が出せない。

 魔女と出会ってしまえば、先の二の舞になるのは目に見えている。

 なので、諦めるしか無かった。

 

 現在、いろはとピーターはエレベーターに乗っている。

 所内食堂に向かうのだろう、と思っていたが、到着先に設定されたのはあろうことか地下3階。神浜市役所は一般的な地方のそれよりも遥かに巨大な建造物であり、職員も倍は多く勤務しているため、地下2層に立体駐車場が設けられている聞いたが……それより更に下の層に食堂があるのだろうか?

 

「着いたわよ」

 

「っ!」

 

 ハッとするいろは。エレベーターの扉が開かれる。

 その先に見えたのは、夜間のトンネルを彷彿させるような先が真っ黒で見えない通路だった。

 

(ええっ!)

 

 目を丸くして胸中で驚きの声を挙げるいろは。本当にこの先に食堂があるのだろうか……。

 心配になって、チラリとピーターに目線を送るが、彼はニコニコと人の良い笑みを返すだけだ。何か不純な目的がある様には見えない。

 

「さあ、行きましょう」

 

「あ、ちょっとっ!」

 

 ピーターは慣れた様子で、スタスタと歩き始める。いろはも慌てて後を追った。

 

「本当にこの先にあるんですか?」

 

「あるわよ。……それよりもいろはちゃん」

 

「?」

 

「貴女、どうして神浜にやってきたの?」

 

 ピーターが問いかけた途端、いろはは若干顔を俯かせる。顔が複雑そうに歪み、曇り掛かった。

 何か深い事情があるらしい――――と、察したピーターは、目を細める。

 

「実は……小さいキュゥべえ(・・・・・・・・)を追ってて……」

 

「ふむ……」

 

「知ってるんですか? あの、キュゥべえの子供みたいな……」

 

「ええ、見たことはないけど……魔法少女達の間でウワサになってるわ」

 

 小さいキュゥべえと聞いて、ピーターには思い当たる節があった。

 ここ最近の神浜市で数多く発生している怪奇現象の一つ――――市内に出現するキュゥべえが尽く小さく(幼く?)なっているのだ。

 しかも、『モキュ』としか鳴かず、思考力は無いに等しい。警戒心も高く、魔法少女を見るとすぐに逃げてしまう。

 その性質は、普段の(・・・)キュゥべえとは全く正反対だそうだ。

 元々そいつは、傲岸不遜でお喋りで、積極的に魔法少女と絡んでくる奴だと聞いていた。全く対照的な存在に変化してしまったのは、不可解だった。

 

「だけど……そんなのを見つけてどうするの?」

 

 もしかしたら、この少女はその原因を知っているのかもしれない、と暗に期待を込めて問いかけるピーター。

 

分かりません(・・・・・・)

 

「……へ?」

 

 だが、いろはの答えは全くの想定外だった。ピーターは目を点にして口をぽかんと開けてしまう。

 

「よく分かりませんけど……あの小さなキュゥべえを初めて見た時に思ったんです……っ! 私の記憶と何か関係があるんじゃないかって……っ!」

 

 いろはの声量はとても静かなものだったが、その言葉尻には強い決意が込められているように、ピーターには聞こえた。

 

「ふ~~む……」

 

 それを聞いて、顎に手を置き、虚空を見上げて考え込むピーター。

 この少女を支援すれば、もしかしたら、怪奇現象の一つの原因を突き止められるかもしれない。だが……

 

あの子(・・・)は、なんていうかしら……)

 

「ピーターさん?」

 

 目線を落とす。どこか消極的に見えるその表情を横目で見上げながら、いろはが心配そうに尋ねる。

 

「いえ、なんでもないわ……おっと、着いたようね」

 

 ピーターが顔を戻す。二人の眼前には、木造りの扉が存在していた。

 

「『MIROIR』(ミロワール)……?」

 

 その前にある立て看板に白い文字で店名が書かれていた。いろはがじっと見ながら読み上げる。

 

「フランス語で『鏡』って意味よ。治安維持部(・・・・・)の子もよく来るの」

 

「ちあんいじ……?」

 

 ピーターの言葉に混じったある単語に、引っ掛かりを覚えるいろは。どこかで聞き覚えがある。

 

(ちあんいじって、『治安維持』のことだよね……? ……!! まさか!!)

 

 その時――――いろはの頭に電流が、バチリと走る。衝撃と同時に、一気に思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神浜市が、どんな場所であるのかを――――

 そして、守護者たる、『英雄』達のことを――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ゆかり☆マギカの息抜きに投稿させて頂きました。

 以前、チラ裏でテスト的に投稿した、マギレコ二次創作の本格的投稿となります。
 早速主人公と絡んだのがオ●マなオジサンで、秋野さんと十咎さんと行方不明になっていますが……これには、一応意図がありまして……後の展開ではちゃんと登場させる予定ですのでご容赦の程を。


 二次創作を行う以上、既存のキャラクターに対しては深い理解と愛情を示していかなければ……と思い、ほぼほぼオリジナルのゆかマギ以上に神経質になりながら執筆を進めているのですが……
 もしかしたら、理解不足だったり、例のごとくにわか知識に気づかず突っ走ってしまう可能性もあるかもしれませんので、その時は、ご意見、ご指導の程、お願い致します。

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