魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
エピソードとしては大体7話くらいを予定しております。
おじいちゃん――二葉青磁さんが亡くなってから、私達の家はバタバタしてました。
具体的に何でバタバタしてたのかは……結局、二葉家の事情に深く踏み込めなかった私には検討も付きません。
ただ葬儀の後、お義父さんが、叔父さん達と激しく言い争っていたのは覚えています。
「親父の遺産だが……」
(――――!)
お義父さん――二葉義和さんの書斎に、三人の叔父さん達は呼ばれていました。
叔父さんたちは、お義父さんと向かい合う形で並んで革製のソファに座っていました。
【遺産相続】のお話でした。お母さんや子供達が寝静まる時間を見計らってから、お義父さんは普段と変わらない様子で話はじめました。
「生前、遺してくれた遺書がある。そこに書かれている通り、半分は俺が、残り半分はお前たち3人で分けるという形で異論は無いな」
おじいちゃんの遺産の半分、となると、相当な金額になると思いました。
――――私はというと、実はこの時、こっそり扉の隙間から覗いていたんです。
胸騒ぎがして、眠れませんでしたから。だって、私が、二葉家に居られるのは、おじいちゃんのお陰だっていう気持ちが強かったですし……そのお祖父ちゃんはもういなくなって……。
だから、この話し合いの後、私は家から追い出されてしまうんじゃないかって……不安も強くなっていって。
……ごめんなさい、話を戻しますね。
この時のお義父さんの言い方が、私には妙に気になりました。
叔父さん達に問い尋ねる風ではなく、もうこれで決定なんだって断言するかのように。
でも、
「……っ! ……あ、あ~……、その件なんだがなぁ……兄貴」
「なんだ……!?」
テーブルの下で他の弟達に肘を突かれて、「えっ、自分が?」と言いたげに目を丸くした後、恐る恐る義和さんに意見をしたのは、すぐ下の弟・将廣さんでした。
東京の中心部に住んでいて、医療法人の理事長として忙しなく働いている方で、恰幅が凄く良くて、髪は金色に染め上げていて、見た目は義和さんやおじいちゃんと似ても似つきません。
「実は、その遺書は無効なんだ」
「なに……!」
弟に意見されたのが癪に触ったのか、すぐにお義父さんの眉間に皺が寄り、口調が荒くなりました。
うっと息を飲む将廣叔父さん。
多分、子供の頃からこういう関係だったんだろうな、と容易に想像できました。お義父さんは昔から変わらず、強い言葉と強い力で下にいる人達を束縛し、思い通りにしてきたのだと思います。
だけど……、
「お、親父が亡くなる一週間前に、俺の元に『コレ』が届いてなぁ……」
将廣叔父さんは上着の懐から、一枚の封筒を取り出し、テーブルに置きました。
お義父さんがそれを見て、珍しく、言葉を失うくらいびっくりしたのは覚えてます。
「親父からの新しい遺書だ」
「な――――!?」
なんだそれは!!
そんな話は聞いてない!
分かった! お前ら三人揃って、俺を嵌めようとしたんだろ!! 絶対にそうだ!!
いつもの調子のお義父さんなら、叔父さん達にそう怒鳴り散らして、新しい遺書そのものを“無かった事に”すると思います。
でも、そんな余裕さえ当時のお義父さんには無かったんです。
「遺産は全て俺たち三人に分け与えると。兄貴には一円も無しだ」
将廣叔父さんが風を開けて、遺書を読み上げます。
私は聞いていて、びっくりしました。お義父さんは確かに良い実績は残せていません。それでもおじいちゃんにとっては大切な子供の一人の筈です。なのに……。
それは、お義父さんも同じ気持ちだったのかもしれません。顔を見ると青褪めていて、膝に置かれた手は震えていました。最後の最後でおじいちゃんに裏切られた事が、本当に信じられなかったみたいです。
「ふざ、けるな……! そんなこと、許される訳が……!」
いつもの勢いを失い、それでもお義父さんは叔父さん達に詰め寄ります。
「あ、兄貴は、俺たちと違って、親父の期待に何も応えて来なかっただろ……?!」
「今までだって、アニキに負い目を感じていたオヤジの気持ちに付けこんで、散々良い思いしてた訳だし……」
「碌な実績も無い癖に、神浜大学の医学部教授になれたのだって、親父のコネを利用したからじゃないのか?」
将廣叔父さん達は、次々とお義父さんを責めます。
その様子はまるで、子供の頃に、
指摘されたお義父さんは、「それは……」と口籠ってしまいました。
「それに、もう一つあるよ。『死ぬ直前まで見舞いに来てくれたさなの事は、将廣に託す』って」
「!? なんだとっ!!」
(――――!?)
お義父さんも、私も、その言葉には凄く驚きました。
私はその時、足元がふわりと浮き上がるような錯覚がしたのを覚えてます。
普通なら、あのおこりんぼなお義父さんから離れられるなら、心の底から喜ぶべきだったかもしれません。
でも、当時の私はそんなことより、「これから、自分はどうなるんだろう?」って不安の方が、凄く強かったんです……。
☆
「さなは俺の娘だ!」
「再婚相手の連れ子だろう」
「それでもこの家の子には変わりない! 誰にもやる気は無いぞ!!」
はっきりと、叔父さん達に言い返すお義父さんを見て、私は安心したんです。
あんなに言葉のきついお義父さんでも、私のことは、ちゃんと娘として見てくれてたんだなって……。
だけど、叔父さん達の返事は無情でした。
「どうしても駄目だっていうなら、こっちにも考えはあるよ」
将廣おじさんは、上着の内ポケットからスマートフォンを取り出しました。
そして、何かを再生した様子でした。動画なのか、音声なのか、私からははっきり見えません。
でも、再生されて聞こえてきた内容に、お義父さんは、絶句しました。
テストの成績が悪かった私を『こんな簡単な事もできないのか』『バカ娘』と恫喝する声。
お兄さんと言い争いになり、『子供は親の言う通りに生きろ』と頬を引っぱたく音。
喧嘩して帰ってきた弟と言い争い、歯向かってきた彼に『黙れ』と顔を殴った音。
「出るとこ出てもらうよ、兄貴」
「……………っ!!」
追い詰められてるのはお義父さんですが、その様子を見ている私もゾッとするような寒気が足元から背中を駆け上がったのを覚えています。だって、私達家族しか知らない事実がとっくに叔父さん達に知られていたのですから。それが、いつ、どうやって、なんて想像したくありませんでした。
「どこで、いつ、これを」
「正月の時、家族で兄貴の家に寄ったよな。その時、子供達に元気が無かったんで、妙に気になってたんだ。漱也くんに聞いてみても『なんでもない』『気にしないで』の一点張りだ」
その後、将廣叔父さんは、お爺ちゃんのお見舞いに行きました。
その時、頼まれたそうなのです。
「兄貴が漱也くんたちに毎日きつい言葉を浴びせてる。孫に罪は無い。なんとかして欲しいって……涙声で訴えられたよ」
将廣叔父さんは、お義父さんの目を盗んで、こっそり盗聴器を家に仕掛けたというのです。
私達家族は誰もが気づきませんでした。お手伝いのお掃除屋さんだって来ていた筈なのに……。
いえ、多分、お掃除屋さんも将廣叔父さんとグルだったんじゃないか――そう思うと、全てが信じられなくなってしまいそうで、嫌でした。
「……あ、あれは教育の一環だ! 俺達だって、親父から散々しごかれてきたじゃないか!?」
「俺達の頃は、それでも仕方ないと思えたけど、なあ……?」
「兄貴の考えはもう古いんだよ」
「今はもう、出来の良い悪い関係無く、子供の自主性を親が尊重してあげなきゃいけない時代なんだ。気に入らなきゃ暴言吐いて言う通りにさせて、反抗したら暴力で黙らせるなんて。子供が真っ当に育つ筈無いじゃないか」
開き直ったかのように怒鳴り散らすお義父さんの姿に、叔父さん達はみんな、呆れ返った様子でした。特に最後の将廣叔父さんの言葉は、お義父さんに「鏡を見ろ」とでも言っているかのように聞こえました。
お義父さんの恫喝はもう、叔父さん達には届きませんでした。
「遺産は俺ももらう権利があって当然だ! 二葉家の長男、跡取りなんだからなっ!! さなも俺の娘だ!! 将廣! お前には渡さん!!」
「でも、このままじゃ、さなちゃんが……」
「黙れ!! 話は終わりだ!! とっとと帰れ!! この愚弟共が!!!」
私の耳にも、お義父さんの無意味な恫喝は虚しく聞こえてきました。
「分かった……。良い返事を期待してるよ。兄貴」
「これ以上、親父に迷惑かけるなよ」
「心を入れ替えて、子供達を大事にしろよな」
「くっ……!!」
叔父さん達の失望しきった眼差しが、全てを物語っていたように思いました。
お義父さんは、敗北しました。
虐待の事実――その証拠となるものを叔父さん達が握っている以上、泣き寝入りするしか無かったのです。
☆
叔父さん達が私が覗き見してる扉に近づいてきて、慌てて隠れたのですが――――。
「クソ
「そう言うなよ。俺達兄弟の中で兄貴が一番オヤジに厳しくされてきたんだ。自分の生き方を自分で決められなかった。可哀想な人なんだよ、兄貴は」
「でも、あれじゃあ、まとまる話もまとまらないよ、将兄」
「う~ん……」
「あ、あのっ……!」
どうして、そんなことをしたのか、今になっても分かりません。
「私が、将廣叔父さんのところに行くって話……本当なんですか……?!」
隠れていた方が良かったのに、私は自分から声を挙げて叔父さん達に近づきました。
将廣叔父さんは「聞かれてしまったか、まいったな」と言いたげに、困った顔で、首の後ろを掻いた後、
「あれは、親父が勝手に書き遺した事だ」
しゃがみこんで、私と目線を合わせて、そう答えます。
「で、でも……」
私は言葉が続きませんでした。
何か言わなくちゃと思ったけれど、適切な言葉がちっとも浮かばなかったのです。
どうしてだか分からないけれど、手が震えて、目から涙が溢れそうになってきます。
そんな私を見かねたのか、将廣叔父さんは、
「親父が亡くなる直前まで、見舞いに来てくれてたんだってな。ありがとよ」
私の頭を優しく撫でた後、微笑みながら、そう感謝を伝えてくれました。
そして、私の目をじっと見つめて、
「さなちゃん、君の人生だ。親父が遺書にああ書いたからって、俺が君に指図する権限は無いと思ってる。今後どうしたいかは、君が自分で決めてくれ」
「…………」
将廣叔父さんはやはり、おじいちゃんの子供なんだ、と思いました。
余裕の感じられるゆったりとした喋り方と、優しそうな雰囲気は、おじいちゃんと瓜二つでした。
今思えば、とてもありがたい申し出でしたし、おこりんぼですぐ手が飛んでくるお義父さんと暮らすよりも、将廣叔父さんの元へ行った方が、遥かに良かったと思います。
けれど、その時の私は頭が真っ白になってしまって、答える事ができませんでした。
俯いて、黙りこくってしまいます。
~~しろ、~~やれ、と命令されることで動けても、自分で考えて動けだなんて、今まで言われた事は無かったですから……。
「将兄、だけど」
「虐待を見過ごす訳には」
二人の弟が将廣叔父さんに意見しようとしますが、将廣叔父さんは、どうどうと、手で抑えます。
そして上着の胸ポケットから、自分の名刺を私に差し出してくれました。
「これは、うちの病院と、俺の連絡先だ。気持ちが決まったら、連絡してくれ。他にも何か辛いことがあったら、いつでも相談して構わないよ」
「ありがとうございます……」
「じゃあ、また。……なるべく、良い返事を期待しているよ」
将廣叔父さんは、そう言い残して二人の弟を伴い、帰っていきました。
――――しばらくして。
私は、二葉家に残ることに決めました。
おかあさんと弟が心配だったのは、勿論ですし、おじいちゃんがいなくなってから、曇った顔ばかりする漱也お兄さんと、お義父さんのことも気がかりでした。
……言い訳ですね。
本当は、決心が付かなかっただけなんです。
自分で決めなきゃって思う度に、頭の中が真っ白になってしまって……新しいところへ行って、またうまくやれなくて、みんなに白い目で見られたり、怒られたりしたら、どうしようって……不安も強くなっていって……。
立ち止まってしまったんです。
今なら、二葉家の環境は普通じゃなかったし、早く抜け出した方が良かった筈なんですが……。あの時の私はそこから一歩も動けないまま、無意味な時間を過ごす事しかできなかったんです。
――――“アイちゃん”と出会ったのは、それから少し後でした。