魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
「いい加減にしろ!」
「でも、漱也お兄ちゃん、私はただ勉強を教えて欲しいだけで……」
「それが調子に乗っているというのが分からないのかっ!?」
怒鳴り声と同時にガンッと机を強く叩く音が響き、私はビクッと肩を竦めてしまいました。
「いいか! 今までお前に優しくしてきたのは、お前が二葉家とは関係ない、外様の血筋だからだ!!」
「……!?」
「家柄も能力主義も全く関係無い血族のお前が、この家に来たんだ。一日も早く馴染んでもらい、二葉家の使命に目覚めてもらうためにも、俺は優しい言葉をかけたし、悩んでいたら心配したし、勉強で困っていたら不得意な所を教えて出来るようにしてやった。……だが、現状はどうだ。こっちがどれだけ努力しても、お前は全然成果を出さないじゃないか」
そんなこと、初めて知った。
二葉家に入ってから、ずっと優しくしてくれた漱也お兄ちゃんが、そんな目論見で、私と弟に接してきたなんて。
足からぞっとするような寒気を感じて、私は自分の顔が青冷めていくのを感じました。何を信じていいのか、もう訳がわからなくなって、怖くて、あまりにも怖くて、手が震えて、涙が溢れそうになってしまいます。
「っ!? ……漱也お兄ちゃん、だけど」
「妹面して泣けば言い訳が通ると思ったか! 俺がお前くらいの頃は、もう独学で学年10位以内に入っていたぞ!! いい加減自立して貰わなきゃこっちだって迷惑なんだよ!!」
「っ……」
迷惑、という言葉が私の胸にグサッと突き刺さりました。
私は、唇をむっと結び、嗚咽が漏れそうになるのを抑えるのに必死でした。
「分かっているだろう!? もう俺達は、この家に染まって成果を上げていくしか生きる道は残されていない!! お前と、篤志だって……! 仕方ない……全部、仕方ないことなんだ!!!」
怒鳴り声を張り上げる漱也お兄ちゃんの怒った表情は、以前遺産相続の件で叔父さん達と言い争った、お義父さんの顔を彷彿とさせました。
鬼のように、おっかない顔。だけど、何かに怯えているような。強迫観念にとらわれているかのような。
最後に私に言い放った言葉も、今思えば、自分に言い聞かせているようにも聞こえていました。
大学生である漱也お兄ちゃんは就職活動中で、多くの企業から内定を頂いたと聞いていました。
私から見れば順風満帆に見えるのに、日に日に余裕を無くしているように見えました。
成績も優秀で誇れる実績も多かった漱也お兄ちゃんは、前ほどお義父さんから圧力やかけられたり、暴力を振るわれてる様子は有りませんでした。
なのに……どうして。
多分、お祖父ちゃんの死が、関わっているのかもしれないって、私は思ったんです。
亡くなる間際まで、お見舞いに行けなかったのを、ずっと後悔してましたから……。
そうです。
お祖父ちゃんが亡くなってからというもの、二葉家の空気はより一層ピリピリしていきました。
それだけ、お祖父ちゃんの存在は大きかったのです。
お義父さんは遺産が貰えなかった事で、前ほどの勢いは無くなりましたが、私をバカ娘と罵り、強い言葉で抑えようとします。
お母さんは、お義父さんが遺産を貰えなかった事で、関係が冷えてしまいました。代わりに私を鬱憤晴らしの対象として罵ってきます。
弟は、中学生に上がったら、本格的にグレてしまいました。部活のサッカーで精進する傍ら、どこで知り合ったのか。年上の不良仲間と夜遅くまで遊び回り、他校の不良と喧嘩して生傷を作って帰ってくるのは日常茶飯事。私が心配して、手当をしようとしても、「余計な事すんな!」「いい加減うざいんだよ!!」って突っぱねてしまいます。
はっきりと言えるのは、二葉家はもう、異常でした。
そこに住む人達もどんどん異常に染まっていくように見えました。
私も、いつかそうなるんじゃないかって……。
その不安と恐怖が募っていく度に、私は家庭での居場所を失っていくのでした……。
☆
その“アプリ”を発見したのは、しばらく後のことでした。
「“君の銀の庭”……?」
ダウンロードした覚えはありません。
でも、いつの間にか、私のスマートフォンのトップ画面の隅っこに、ポツンと、そのアプリは有ったのです。
「なに、これ……?」
私が勉強の傍ら、普段使うアプリは、簡単なクイズかバズルといったゲームばかりです。なので、自分のスマートフォンの中のアプリくらいは、大体把握してました。
だからこそ、余計に不思議に感じたんです。
このアプリは、いつ、どうやって、私のスマートフォンに入り込んだんだろうって……。
……ええ。環さんの言う通りです。
普通なら怪しいと思うし、危なくて即アンインストールするのが正しいと思います。
でも、その時の私は、否定的な気持ちになれなかった。
『君の銀の庭』――そのアプリ名に幻想的な響きを感じたんです。何の目標も抱けず、ただ無意味に、無作為にノートに文字を書き綴るだけの日常。そんな現実が心の底から嫌だった私は、幻想的なアプリに、“夢”を見たんだと思います。
私が子供の頃から好きだった、『こねこのゴロゴロ』みたいに……。
私を現実から切り離して、どこか、別の世界に連れてってくれるんじゃないかって……。
勇気を持って、私はアプリをタップしてみました。
《色から生まれ空にはあらず、此岸の淵こそ我らが舞台》
《まだ夜は終わらない。もう夜は終わらせない》
《我らは泣き屋、此岸の劇団》
星空の背景にそのようなテロップが表示された後。
彼女が――“アイちゃん”が、ひょっこりと画面に顕れたんです。
『シャインモバイルで学割プランをご契約された学生の皆様のみに送る特別大サービス!』
『サンシャイン通信社新開発の最新アプリのテスターになって頂きます! もちろん無料!!』
『まずは私の自己紹介をしましょう。私は“くるみ割り人形”のアイ』
『このアプリのメインナビゲーターを務めさせて頂いてるAIです』
ポップなBGMが流れる中、“アイちゃん”は中央でピョンピョコとはしゃぐように飛び跳ねながら、吹き出しを使ってそうまくし立てます。
丸く剥げた頭。
その天辺に突き刺さってる奇妙な金属具。
(後で調べたら、外科手術で頭蓋骨を開ける器具だそうです……)
猫のような大きな瞳は不気味に青く光っており。
大きく裂けて、ギザギザの鋭い牙を生やした口元は怪物みたいで。
肌は死んだ人みたいに蒼白く。
来ている服は上下真っ黒のワンピースで、まるで喪服のよう。
彼女のデザインはお世辞にも『カワイイ』とはいえません。っというか、普通に『キモい』です。誰がこんなもの考えたんだろうって思っちゃうくらい。
子供向けアプリのマスコットキャラクターっていうより、異世界の真っ暗なお屋敷の中で、吸血鬼の主人に召し使える小悪魔と言った方が似合ってます。
でも、それがまた、如何にも幻想的で、私はアイちゃんに興味津々でした。見た目に似合わない愛嬌のある仕草も見てると、つい頬が緩んでしまいます。『くるみ割り人形』というのも、不思議な響きでした。一体それはどういう意味で、アイちゃんは何者なのかって想像するだけで、ワクワクしていきます。
……うん。
つまり、『キモかわいい』んですよね、アイちゃん。
一部の人―特に私みたいなのに―凄く受けるって感じで。
「アイちゃん……結構話題になってたよね」
「環さんも、知っているんですか。もしかして……!」
さなはテーブルに身を乗り出すが、いろはは首を振った。
「ううん、私のスマホはサンシャイン通信製じゃないから……」
そのSNSアプリに、いろはは触れたことが無かった。途端にシュンとなるさな。
「そうですか……」
「でも私、普段ニュースはあんまり見ない方だけど、その話は聞いたことあるよ。確か“アイちゃん”には最新のAI技術が使われてるとかって……」
そこまで話すと、さなの目がいきなり輝き出した!
「はい! 当時のサンシャイン通信は他と比べたらまだ新興の会社だったのですが、グループの会長が自ら大手企業から超優秀な技術者達をヘッドハンティングして“自由なAI開発”を推進したんです! アイちゃんはその技術力の結晶! つまり、自己進化するAIなんです!!」
「っ……!?」
さなの熱弁に、いろははすっかり気圧されてしまった。
こほん。
と、とにかく……!
当時の私にとって、アイちゃんの存在は心の支えだったんです。
『ここは、彼岸の偽街』
『ここに住んでいるのは、今は私だけ』
『さあ、あなたも私と同じ、くるみ割り人形となって一緒に楽しい時間を過ごしましょう』
アイちゃんは吹き出しでそう語った後、私にアバターを用意してくれました。
・イバリ
・ネクラ
・レイケツ
・ワガママ
・ワルクチ
・ノロマ
・ヤキモチ
・ナマケ
・ミエ
・オクビョウ
・マヌケ
・ヒガミ
・ガンコ
画面に現れたのは、アイちゃんそっくりのキモかわいい13体のくるみ割り人形達。
『自分にぴったりだと思うお人形を選んでください』
端っこでアイちゃんがぴょこっと顔だけだして、吹き出しで語ります。
そう言われても……。
人形の名前はどれもネガティブで、しかも今の自分に当てはまるものばっかりです。
ちょっと嫌な気持ちになりました。ここでも現実を見なくちゃいけないのかって。
私はアイちゃんと同じで良いのに。そう思い、彼女をタップしましたが、嫌がられてしまいました。
『ダメです』
それでも、私は祈るような気持ちでタップを続けます。
『いけません』
『やめてください』
『やめて』
『よして』
『ダメ!』
『……どうして私を選ぶのですか?』
<!アイに呼びかけてください!>と画面にテロップが表示されます。
私はスマートフォンに向かって話しかけます。
「だって、アイは“愛する”って意味で、素敵な名前だから」
アイちゃんはすこしムスっとした顔で、私に吹き出しで言い返します。
『アイは悲しい意味の“哀”であり、私自身の“I”でもあります』
「あ、そっか……」
『つまり、あなたが
「そうだったんだ、ごめんね……」
私がアイちゃんになれば、彼岸の偽街にいるのは私だけになってしまう。
一人ぼっちは、嫌だ。
アイちゃんは、『気にしないで』と首を振った後、再び隅っこに隠れて、アバター達を表示させます。
「じゃあ、この子で……」
私は【ネクラ】ちゃんを選びました。