魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #91 二葉さな 6話 「小説家と迷い猫」

 

 

 

 

 

 ――――その少女、二葉さなは突然うちにやってきた。

 

 

 

 

 

 

「お、お願いします……! 助けてください……!」

 

「ダメ」

 

 玄関先で。

 僕はきっぱりと、少女にそう答えてやった。

 子犬のような愛らしい瞳に大粒の涙を浮かべて、90度のお辞儀をして、涙声で必死に懇願しているのにも構わず。

 

「そもそも、何があったんだ?」

 

「実は……」

 

 かくかくじかじか、というヤツである。

 これは、今更説明しても冗長なだけなので、割愛させていただく。

 ……メタな話はさておくとして、確かに彼女の家庭環境の過酷さは、僕にとって同情に値するものだった。

 しかし。

 

「君、年はいくつだ?」

 

「13歳です」

 

「じゃ、ダメ」

 

「ど、どうしてですか……!?」

 

 どうしてもなにも。

 草臥れたアラサー男である僕と、13歳の思春期少女が一緒に居たらそれだけで通報ものである。こうして玄関先で会話してる間も、周りの住民に見られやしないかと、内心ヒヤヒヤしたものだ。

 可哀想だとは思うが、とっとと帰ってくれ、というのが、僕の願いだ。

 

「もう、お兄さんしか、頼れる人がないんです……!」

 

 少女は土下座して僕の服に縋りつく。

 やめてくれ、とつい叱りつけそうになったが。

 

「そうしなきゃ、アイちゃんとの約束が……」

 

「アイ――!?」

 

 その名前には、覚えがあった。

 

 僕はSNSアプリ「ATUM-Community」を利用している。

 元々興味は無かったのだが、担当編集のヨッシー(※吉田)が先生も作品を宣伝してくれないと困ると煩かったので、渋々登録することにした。

 サンシャイン通信社製にしたのは、最近、老若男女問わず利用者数が急増しているとかで各メディアが注目しており、影響力も高いだろうと踏んだからだ。

 

 始まりは一週間前。

 “アイ”というアカウントが送ってきた、一件のダイレクト・メールから。

 

 明らかにネットで拾ってきたと思われる、解像度の低い、若い女性の顔写真アイコン。

 「暇なら、私と会いませんか?」という、ひねりもへったくれも無い文章。

 最初は、いつものスパムメールか情報商材屋の手先だろうと思い、即ブロックした

 しかし、“アイ”はすぐに新しいアカウントを作って、僕にまたダイレクト・メールを送ってきた。全く同じ名前、しかし全く同じ文章。これは新しいタイプだ――なので、僕はすぐにブロックする。そして、アイは全く同じ名前の新しいアカウントを作り………………後は言うまでも無い。

 

 この一週間、無限ループというヤツだ。

 ブロックしたアカウントを確認すると、50件くらい“アイ”が並んでいる。まるでホラー小説か映画の始まりみたいだ。今後執筆のネタに使えるかもしれない。  

 ……そんな僕の思惑はさておき、彼女が来たことで“アイ”の狙いが分かった気がした。

 

 アイが僕に会いたかったのではない。

 アイは僕を誘き出して、“この子と会わせたかった”のだ、と。

 ……とは言え、まさか、向こうからうちに来るなんて、全くの予想外であったが。

 

「アイとは、もしかして、『君の銀の庭』のことかな」

 

「!? どうして、それを……っ?」

 

「まあ、勘というヤツだ」

 

 僕はしゃがみこんでそう言うと、少女は顔を上げて驚いていた。

 この時の僕はもう、少女に一切の嫌悪感も抱いていなかった。

 話題の最新AIが引き合わせてくれた“運命の出会い”とやらに、ワクワクしたからだ。

 小説家としての血が騒ぐ。こんな体験をしたのは恐らく、世界で自分と彼女の二人だけ――つまり、今後の執筆のネタにするには最適だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で僕は彼女をしばらく匿うことにした。

 ただし、二日だけだ。

 当然だろう? 僕だって生活がある。赤の他人の家出少女と一緒に生活するアラサー男なんて誘拐犯と間違われても仕方なし、だ。当然、家族は捜索願いを警察に届け出してる頃だろうし、逮捕は意地でも避けたい。

 

「もし、ずっと過ごしたいのなら条件がある」

 

 条件? と彼女が小首を傾げたので、僕は心を鬼にして言ってやる。

 

「君、好きなものは?」

 

「えっ……?」

 

「今まで生きてきた中で、一つや二つぐらい、ハマった作品はあるだろう? アニメや漫画、小説とか映画とか……なんでもいい」

 

「えっと、『こねこのゴロゴロ』、です……!」

 

「じゃあ、この二日間の内に、その作品の魅力を纏めた資料を作成し、僕に提出してくれ。合格すれば君は僕のアシスタントとして、気が済むまでここに居ていいが……不合格なら即刻出て行ってもらう」

 

「っ……!」

 

 む、と彼女は口を結び、目に涙を浮かべる。

 僕だって可哀想だとは思うが、自分の人生を犠牲にしてまで人助けしてやるほど人情家じゃない。いや、寧ろ、そんな人間はこの世に一人も居ないだろう。

 

(所詮は中学生だ、大したものは創れない筈……)

 

 実はこの時、僕は最初から彼女を“二日で追い出す”と決めていた。

 何を提出されても、NOを突き付けるつもりだった。

 人の世は優しくない。僕も彼女をずっと養い続ける程の、精神的な余裕も費用も無い。世間の無情さをよく勉強してもらって、家に帰って貰う。

 それが、今の自分が、この少女にできる最大限の“大人の務め”だと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その筈だったのだが、誤算だった。

 

 資料作成のルールは特に定めなかった。

 何ページでも構わないし、うちのパソコンや本を参考にしてもいいし、図書館やネットカフェで作成しても構わない、必要なものがあればお金も渡す、と。

 

 

「これは……?」

 

 二日後。

 ネットカフェから帰ってきた二葉さなから、提出された紙の山を見て僕は面食らった。

 ざっとパラパラめくるだけで、50P以上はある。

 

「これ、全部『こねこのゴロゴロ』……?」

 

「はい、昨日ネットカフェで全話見直して来ました」

 

「え……? いや、あれ、調べたけど2000話あるよね……? 時間足りなくない……?」

 

 ちなみに。

 1話約15分×2000回=計30000時間=20日と20時間である。

 

「無理だよね?」

 

「あ、ごめんなさい……。全話っていうのは嘘です。20分の1の100話を4倍速で鑑賞してました……」

 

「だとしても6時間はかかるだろ……。いや、凄いなこれは……」

 

 とりあえず、僕はパラパラと資料をめくってざっと流し見る。

 

「ふむふむ……なるほど……この話の台詞が、この話の伏線にこう繋がっていく訳か……それによってワンダホーの父が……! うん……!」

 

「ど、どうでしょうか……?」

 

 二葉くんの熱視線を感じながらも、僕は資料を熟読した――――

 そして、評価する。

 

「まだまだ未熟だよ。全体的に粗削りだし、評論も感情的で客観性がない。何より無駄な比喩が多すぎてちっとも読みやすくない」

 

「っ!?」

 

 瞳孔を開いて愕然となる二葉くん。

 心無しか、顔から血の気が引いているようにも見える。

 そこまで驚かなくても、と思い、僕はこう付け加える。

 

「だが、それはプロの目線で見た場合だ。中学生としては、とてもよくできていると思う」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「ああ、君をアシスタントとして採用する」

 

「っ!!」

 

 彼女の顔がぱあっと輝いたのを、今でも鮮明に覚えてる。

 

 好きなものに対しての情熱、特に『こねこのゴロゴロ』へ向ける熱量は非常に凄まじいものだった。常人の粋を超えている――つまり、才能がある、ということだ。埋もれ差すのは惜しいと思った。

 思ってしまったからこそ、僕は彼女と過ごすことに決めた。

 彼女の才能を、伸ばしてやりたい。自信を付けて生まれ変わる彼女がどんなものか、見てみたいという、欲求が湧いてしまった。

 

 ――――まあ、気の迷い、というヤツだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教訓、人間にとって気の迷いはクソである。

 気が迷ってたら、動いちゃダメ。

 

 彼女を部屋に住まわせてから、僕はすぐに後悔した。

 何せ、いつでも逮捕されるリスクを背負ってしまった訳だ。

 なお、部屋の広さは2DKあり、二人で住むには窮屈じゃない。しかし、築40年程の木製のアパートだ。壁からはテレビの音やら話し声は普通に聞こえてくるし、天井からは足音が普通に聞こえてくる。

 つまり、僕以外の誰かが僕と一緒に住んでいる、ということがアパートの皆に知れ渡るのは自然の理だった。

 暫くの間、僕はアパート中を回り、皆の疑いを晴らすのに必死だった。

 幸い、自分には親戚に姪っ子(兄貴の子)がいたので、その子が遊びに来ている、とか、自分の下で国語やら、文章の書き方を勉強しに来ている、とかあれこれ適当なことを言って誤魔化しておいた。

 

 とはいえ、端から見れば僕は、危険人物そのものである。

 アパートの皆様、特に年配のおばさま方から、キツイ監視の目を四六時中向けられているのは、精神的にかなりきつかった。

 相当グロッキーになっていたらしく、体重も3キロは落ちた。

 

 

 一方、二葉さなくんはというと、よく頑張ってくれた。

 基本年中不健康な僕の為に、不慣れながらも健康的な料理を、毎日ネットで調べながら作ってくれたし、掃除だって年中不衛生な僕の為に、毎日してくれた。

 そしてアシスタントとしても優秀だった。

 僕の目に間違いは無かった。彼女は興味を抱いたことには、人の倍以上に力を発揮する。『こねこのゴロゴロ』を話す時の彼女が非常に利発的だったように。彼女は気に入った本の内容は次々と吸収して、自分の知識としていった。記憶力も大変良く、僕が尋ねると、~~ページの~~行目です、と打てば響くが如く、ポンと出てきたのでビックリした事がある。

 そして、積み込まれた知識を、僕の為に存分に活かしてくれた。

 

 ……ところで、お気付きだろうか。

 今、彼女に関しての説明で、“僕の為に”が三回出てきた事に。

 決して僕が自惚れてる訳じゃないし、彼女が僕に対して、異性としての好意を抱いている訳じゃない。

 ただ、普通に振舞っているように見えて、彼女はいつでも震えているのだ。

 両親と兄弟からそうされてきたように。いつか、失敗すれば、ここを追い出されるかもしれないと、怖がっているのだ。

 だから彼女は、僕に尽くしている。

 嫌われないように。

 つまり、ここにいる間は、“僕の為に”生きる事が全て、といっても過言ではない。

 

 僕としては、彼女はもっと自信をもって生きていいと思う。

 だって、よくできた子だと思うから。

 彼女の家族が彼女をどう見ていたのかは知らないが、正直、邪険にする理由が分からなかった。特に父親に関しては、馬鹿娘だのノロマだの散々罵ってきたそうで、変形するまで何度も顔をブン殴る妄想をするぐらいには、怒りが湧いている。

 

 しかし。

 『水名の生まれなくば人に非ず』という悪しき伝統が起因しているのではないか、とは思う。

 水名区の古い家の多くは、未だにその考えが根付いている。

 多様性だの協調性だの国際交流だの、LGBTだの男女均等だの格差是正だのが叫ばれてる昨今で、斯様な選民思想及び排他主義を罷り通そうとする精神性は正直時代遅れも甚だしく、僕からすれば噴飯ものだった。

 しかし、彼らはそれが正しいと信じて疑わない。

 自分達が最早、成功者でなくても、支配者層でなくても構わない。

 二葉さなくんは、そういう連中にまんまとやられたのだ。

 二葉の血が無く、水名の生まれですらない彼女は、差別の対象となり、排除されてしまった――というのが個人的な見解である。

 無論、義父も義兄も最初から水名性を出していた訳じゃなく、異なるものを受け入れようと彼らなりに意識して抑えてきたとは思う。しかし、義務教育の如く脳に染み付いたものには逆らう術は無い。つまり、彼らの水名性は無意識の内に表面化していった訳だ。

 

 せめて、母親のように上手く立ち回れていれば。

 弟のように、割り切って家庭と離れれば、違う結果になっていた筈――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『こねこのゴロゴロ』ってさあ……」

 

「…………」

 

「裏のテーマがあるよね。『人間社会の闇』を可愛いキャラクターで再現したっていうさ!」

 

「そう……そうです!」

 

「120話でワンダホーのオヤジが家族を捨てて自分探しの旅に出るんだけど、57話後にフクロウ盗賊団のドメスに喰い殺されてたってのをワンダホーが知ったの、ほんっと衝撃的だったよね!」

 

「そうです! そうです!」

 

「そして、親父が遺した手紙をワンダホーが読んで、とうとう和解こそできなかったけど、心では親父を許したの。あれ、大人でも泣かせに来てるよね!」

 

「そうです! そうです!」

 

「他にも、ゴロゴロの親友のミケジローが、金持ちのパーティ呼ばれて以降、すっかり影響受けちゃって、頻繁にホームパーティやるようになるんだけどそのせいでお金が底を尽きそうになっちゃって……パーティに呼んだ主人公や友達に、珍しいけど怪しいきのみやキノコを良いものだって嘘付いて高額で売る場面とか、あれマルチじゃない!? ほんっとキツかったよね!?」

 

「そうなんです! でもそこから主人公と和解にいく展開がまた熱いんです!」

 

 いつの間にかすっかり毒され、ゴロッター(※こねこのゴロゴロオタク)になっていた僕であった。

 

 

 

 ……と、まあ、こんな風に。

 二葉さなくんとの日々は、穏やかに過ぎて行った。

 恐れていた警察も姿を見せず、あっという間に時間が過ぎて行った。

 

 意外に思われるかもしれないが、僕は友人が多い。

 そして全てが“情報屋”と言われる者達だ。最近、外に出る事さえ、億劫になっている僕に代わって、面白そうなネタを集めて、教えてくれている。

 

 実は二葉さなくんの今後は、彼らに任せていた。

 彼らなら、二葉さなくんが素性を隠しつつ、平凡な生活を送れる場所を見つけてくれるに違いない、と。

 ちなみに、二葉さなくんはこのままずっと、うちで暮らす気満々なようだが……僕からすれば、そういう訳にもいかない。何度も言うが逮捕のリスクがあるからだ。いつか出て貰わないと困る。

 

 ――――そう思いつつも、僕自身、二葉さなくんとの平凡な日常に、充足感を覚えていた。

 このままでも良いのかもしれない、彼女の気が済むまでは――――そう思い始めていた。

 

 

 

 

 ヨッシーがうちに来るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、『恐怖のでっていう!!』(嘘)
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