魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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二葉さな 7話 「迷い猫は愛されたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で。

 僕と二葉さなくんの生活は健全で、平和だった。

 皆さまが危惧されるような事態は決して無かった、と断言しておこう。僕の身の為に。

 とは言え、ショッキングな出来事が無かった訳じゃない。

 二つ、順を追って説明させて頂こう。

 

 

 

 

 まず一つ目――――

 

 

 

 

 その日の夕方。

 僕が家に帰る足取りは酷く重かった。

 二葉さなくんに“この事実”を話すべきかどうか迷っていた。考えるだけで、只でさえ重い頭痛が更に悪化してきて顔面が圧し潰されそうだ。

 

 午前中、珍しく外出した僕は、行先の喫茶店で密会した友人の“情報屋”の一人から、とんでもない話を耳にした。

 実は彼には二葉さなくんの実家――『二葉家』の様子を監視してもらっていた。報酬の支払いは高かったが……もし、家族が長女を“本気で心配して”、捜索に動き出せば、僕はさなくんを説得して二葉家に帰ってもらうつもりでいた。

 つまり、それで僕は、社会的信用を失うリスクを完全回避できるし、親族の事で悩んでいたさなくんも、安心するのでは、と踏んだのだ。

 

 しかし、頼んだ情報屋曰く。

 いつまで経っても二葉家が、長女の捜索に動き出す気配は無かった。

 腹立たしい事に、一家全員、普段と変わらぬ様子で過ごしているそうだ。

 まるで、さなくんが最初から存在していなかったかのように……。

 

 そして、僕は衝撃的な情報を耳にする。

 

 

 

「……ただいま」

 

 僕が玄関を上がると、和室のちゃぶ台の上で突っ伏していたさなくんが見えた。

 寝ていたのだろうか――僕の声にハッと覚醒した彼女は涙目を指で擦りながら、

 

「あ……おかえりなさい……」

 

 と、力なく返事した。

 いつもより元気が無い。

 相貌も普段より色白に見えた

 そりゃそうだ。年上の、しかも異性との共同生活なんて、気を遣って当然だろう。現に、僕は彼女に迷惑を掛けてばかりいる。疲れが溜まるのも当然だ。

 

 この時は、そう思っていた。

 

「あの、さなくん。実は……」

 

 僕は意を決した。

 ところが、さなくんも

 

「先生、実は私……」

 

 意を決して、何かを言おうとし始めた。

 そして僕たちは、意気ぴったりに言葉を発する。

 

 

 

 

「君の捜索願いが、出されて無いんだ」

 

 

「捨てられてしまいました」

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 驚かれたことだろう?

 僕も驚いた。

 同時に、腹の底から怒りをブチ撒けたい気持ちになった。

 その日の朝、僕が出かけた直後に、彼女の端末にそのメッセージは届いたという。

 

 さなくんの父親から。

 

 

 『さなへ

 

  昨日、お前のことについて

  みんなと話した。

 

  私たち家族はこれからお前への対応を変える』

 

 

 『お前はもう、家族から外れているものと考える』

 

 

 『お前は二葉家の人間に相応しくない。

 

  お前の行動全てがどれだけ家名を汚したか分かっているのか?

  同じ人間として恥ずかしい。

 

  だから、お前を家の者として扱うことをやめる』

 

 

 『お前に関わってる全ての時間が勿体ないからだ』

 

 

 『もう何も期待はしない。

  その代わり、金輪際、関わることもしない。

 

  お前はもう、私達の眼には映ってない。

 

  勝手に家を飛び出したお前が全て悪いんだ。

  もう家に帰ってこなくていい。

  返信もしなくていい。

 

  もうお前は自由だ。

  自分でその生き方を選んだのだからな。

  後はもう勝手にしろ』

 

 

 

 “水名の生まれなくば人に非ず”。

 二葉父の世界観は、神浜市水名区で完結している。

 故に、外様のさなくんは排除。

 

 恐らくそういうことだと推察していたが、まさかダイレクトに仕掛けてくるとは。

 正直、理外を超えていた。

 同時に、この二葉父という男は、救いようもない馬鹿垂れだと思った。最早、異次元に生きているとしか言いようがない。

 

 だって、そうだろう?

 こんな、“育児放棄”を堂々と文章として残してしまったのだから。

 論理性も、合理性も欠片も無い。

 学者らしい説得力も、富豪らしい品性も感じられない。

 ただ、お前が気に食わないから捨ててやるという、酷く浅ましい憎しみの感情だけが存分に発露された文面。

 これをさなくんが、然るべき機関に提出するか、SNS上にアップすれば、二葉父はどんなリスクを負うだろうか?

 ……子供でも、そんなことぐらい想像できる。

 

 だが、彼の稚拙極まる言葉で、さなくんの心が大きく傷ついてしまったのは事実だった。

 俯いたまま、ポロポロと涙を落として嗚咽を挙げる彼女に、僕は何て言葉を掛けていいか分からなった。

 

 『バカな親の言う事なんて気にするな』

 『親がそういったんだから自由に生きればいいじゃないか』

 

 ――という言葉が一瞬、喉元まで出かかったが……その時のさなくんに伝えるのは違う気がして、抑え込んだ。

 

 だって、彼女は、今でも家族の事を愛しているから。

 親の愛を、ずっと求めているから。

 

 ここまでされても、そう願う彼女の気持ちが、僕には、到底理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二つ目―――

 

 

 

 別の日。

 

 ・『ヨッシーが家に来る』

 

 直感でまずいと僕は思った。

 ヨッシーとは、僕の今の担当編集者の吉田女史(※バツ1、独身)のことである。ちなみに“ヨッシー”は、僕が心の中でのみ呼んでる綽名だ。

 生粋のミステリーオタクで、その人間観察力と推理力たるや、並の探偵や刑事が裸足で逃げ出す程の実力者だ。これまで、彼女が担当した作家で、浮気や不倫等の隠し事がばれて泣かされた者は数知れず。

 基本的に、彼女との打ち合わせや原稿の引き渡しは、知り合いが経営している喫茶店で行っているのだが……、この日に限ってヨッシーのヤツ、直接僕の部屋まで原稿を取りに来る、とか言いやがって……!!

 

 そう。

 ヨッシーが家に来るときは必ず、“何かを察した”時でしかない。

 つまり、さなくんがうちに住んでる事がバレた可能性がある……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――数時間後。 

 

 

「じゃ、私は戻りますんで」

 

「ああ、お疲れ様」

 

 玄関先で僕に向かって頭を下げるヨッシー。その動作で、紫のショートカットヘアがさらりと揺れた。

 

「くれぐれも、不埒な噂には気をつけてくださいよ? 先生は売れてるんですから」

 

 “売れてる”の部分をわざと強調して、突き刺すように言ってくるのが実にヨッシーらしかった。

 

「はいはい。特に問題無いとは思うけど?」

 

「それにしても姪御さん、随分長く住んでますよね? 学校はどうしてるんです?」

 

「そういう時期なんだよ。あんただって中学生の頃イジメに遭って、一年ぐらい休学してフリースクールに通ってただろ? 僕だって同じさ。親父と兄貴の傲慢さに嫌気が刺して、田舎のばあちゃん家で、ずっと文章書いてた。つまり、誰だって一度は社会から離れないと自分を見つめ直せないって訳さ」

 

「ふーん……」

 

 ヨッシーはあからさまに、罰の悪そうな顔をした。

 こいつが、その鋭い洞察力で作家の弱みを握ってきたように、僕も彼女の過去を調べ尽くして弱みを握っている。

 そこまでしなければ対等に渡り合えない。

 

「……ところで先生、こんな話をご存知ですか?」

 

「ん?」

 

「水名女学園で、中等部2年の子が一人、不登校になっているそうですよ」

 

「よくある話だろ」

 

「水名女学園は、全国平均で見ても登校拒否生徒はほぼいない優良校です。学校に行きたく無くなるなんて、よっぽどの事情があったに違いませんよ」

 

「へえ……」

 

 僕はわざと興味を持った風な態度を装った。

 

「生徒の名前は二葉さな。水名区でも五本の指に入ると言われる名家の令嬢です。その子は長い間、自宅にも帰っていないそうです。父親はカンカンで勘当当然だとか」

 

「ふーん。金持ちってのは色々根深いんだねえ」

 

「確かその子が――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全くヨッシーのヤツめ。

 あんなのだから、旦那に浮気されるのだ。

 しかも離婚してから、僕への風当たりが日に日に酷くなってきている。まるで世界中の男という種族を絶滅しなければ気が済まない過激派フェミニストのようだ。

 しかし――――

 

 

『学校に来なくなった日は●●月●●日、偶然にも先生が姪御さんを保護した日付とかなり近い。……こんな偶然、あるんでしょうか?』

 

 

 思い出すだけで、只でさえ悪い胃がキリキリしてくる。

 ヨッシーめ。実にムカつくが、やはり勘が鋭い。

 しかも、

 

 

『髪色はライトグリーン。質感はふわりとしていて、ツーサイドアップに結んでいたそうです。……仕事場に落ちてた“アレ”と、よく似てますよねえ?』

 

 

 間違い無くヨッシーは、僕を疑っていた。

 というより、彼女の中ではもう“誘拐犯”として確定されていた事だろう。

 僕がもう、女性に興味を抱けないのは知ってる癖に。

 

 洋室にヨッシーを招いた時、最初に発見されたのが、さなくんの“髪の毛”だった。

 二人して、塵一つ無いほど入念に掃除したのに。

 『二葉さな』の痕跡をうちから、完全に消し去ったのにも関わらず。

 部屋に足を踏み入れた瞬間にそれを見つけ出すヨッシーの“観察眼”の鋭さたるや、正に名探偵並だと評価せざるを得ない。

 

 ……って、おいコラ。

 その異能は本来、男を見る目に使うべきでは無いのか……!?

 

 脳内ノリツッコミはさておき。

 勿論、そういうのが発見されても困らないように、僕は対策を講じていた。

 昔、旅好きの旧友から貰った“お守り”だ。

 球飾りの下に馬の尻尾の毛で作られた房が下がっており、偶然にもさなくんの髪色と同じく、ライトグリーンに染められている。

 僕はそれをいつも肌身離さず持っていて、房から一本抜け落ちたんだろう、と言って誤魔化しておいた。

 

 

「……もういいよ」

 

 ふう、と一息ついた後、僕は隅にあるタンスに向かって声を掛ける。

 自然に、最下段が、ゆっくりと引き出された。

 

「…………っ!?」

 

 中からひょこっとさなくんが頭半分を出して、きょろきょろと周囲を警戒している。

 “座敷童”というのがリアルにいたら、きっとこんな感じなのだろう。

 平気だよ、と僕が言うと、と恐る恐るさなくんは引き出しから抜け出した。

 

「あ、あの、ありがとうございました。私のせいで、迷惑かけて、ごめんなさい……」

 

「いや、いいんだ。ただ……」

 

 この時の僕は無表情だったが、実の所、ヨッシーのせいで腹の中はかなり煮え立っていた。

 つまり、イライラしていたのだ。

 だから、縮こまるさなくんに対して、つい、こんなことを口走ってしまったのだと思う。

 

「もうちょっと、しっかりしてくれないと困るよ」

 

「……っ!」

 

 なるべくやんわりと、僕はそう言ったつもりだった。

 でも、さなくんの心には、ぎくりと衝撃が走ったようで。

 

「何かあった時、()()を被るのはこっちなんだからさ」

 

「っ!!!」

 

 うっかりそう言ってしまったことを、今でも後悔している。

 『迷惑』なんて言葉は、間違っても使うべきじゃ無かった。それが彼女のブロックワードだって、分かっていた筈なのに……。

 さなくんは、かなりショックを受けた様子だった。

 瞳孔を開いたまま、顔面から血の気が引いていた。今にも崩れ落ちそうなほど、両膝がガタガタと震え始めた。

 僕はしまったと思ったが、もう遅かった。

 

「……さなくん、大丈夫か?」

 

「……………! いや」

 

 僕は心配になって、肩を掴もうとしたが、彼女に振り払われた。

 そして、

 

「っ………………………」

 

「さなくん……、さなくん?」

 

 僕から目を逸らし、さなくんは玄関へ向かってしまった。

 僕は何度も呼び止めようとするが、彼女は決して振り返らず、外へ出てしまった。

 

 

 

 

 携帯端末をうちに置いたまま、どこか、知らない所へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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