魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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二葉さな 8話 「あなたのためにできること」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――翌日の朝、さなくんは帰ってきた。

 今まで見せたことの無い、最高の笑顔を張り付けて。

 

「……何か有ったのかい?」

 

 不気味だった。

 僕がそう尋ねると、彼女は溌剌とこう答えた。

 

「先生、もう迷惑掛けませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子は、魔法少女になっていました……」

 

 あの時の僕は、ただショックで仕方が無かった。

 

「魔法で“透明人間”になれると、誇らしげに語っていました。これで、誰が来ても、先生を困らせることは無いから、安心して、と……」

 

 けれど、さなくんの喜ぶ顔を見ていたら、それを表面に顕すのは躊躇した。

 だから小さく微笑んで、良かったね、と彼女の頭を撫でた。

 その後は、いつも通りだ。

 今この時まで、変わらない、退屈にも感じる日々を彼女と共に過ごしてきた。

 

 

 ――――僕は今、中央区の『みかづき荘』に居る。

 大広間のソファに座って、人と向かい合っている。

 対面側のソファに座って話を聞いてくれているのは、かの七海やちよである。

 今日、僕は彼女に頼みがあって、此処に訪れた。もちろん、二葉さなくんの事で。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ちなみに、僕の両隣に座っているのは、元ミス神浜だった可憐な美貌の女性と、筋骨隆々の小山のような印象を受ける褐色肌の外国人だ。それぞれ『良い笑顔』を張り付けて、僕を睨んでいる。

 逃げられないように。

 英雄様に無礼な真似を働いたら、即座に獲って喰えるように。

 前門の虎、後門の狼という奴だ。猛獣の檻に餌兼狩りの練習台として放り込まれるヤギか羊の気持ちを、始めて知った気がした。こわい。

 

「……あの子が“僕の為に”そこまでする子だとは、思っていなかった」

 

 気を取り直して、僕は話を続けた。

 後悔は、してもしきれなかった。

 

「……世界基準で見ても、日本の魔法少女の平均寿命は特に短命と言われているもの、ねえ……」

 

 右隣の大男が見た目に似合わぬ女性のような口調で、ぽつりとそう零した。

 確かにそれもある。だが……

 

「それ以上に、何でも叶えられる“願い”が有れば、それは、自分の為に使って欲しかった……」

 

 さなくんは愛されたかった。家族に。両親に。

 例えどんなに心の醜悪な鬼畜の如き集団であろうとも、彼女にとっては大切な家族に変わりは無く、彼女の本心からの望みはそこに有る筈だった。

 なのに……

 

「彼女の願いは、命は……僕の為に消費されていいものでは無かった……。こんな、僕の為に……。僕なんかの為に……っ!」

 

 僕は俯き、歯を喰いしばる。膝の上に置いた握り拳をわなわなと震わせて、震えた声でそう訴えた。

 やり場の無い怒りが。自分自身への憎悪と侮蔑が、今にも噴出するかってぐらい心の中で荒れ狂っていた。

 

「……失礼ですが」

 

 徐ろに七海やちよが口を開いた。

 ハッとなって、僕は頭を上げる。

 

「お話を聞く限り、彼女は貴方との暮らしに満足している様子です。ならば、貴方の下で、今まで通りの生活を続けさせてあげる方が、彼女にとっての幸福なのでは?」

 

 七海やちよは穏やかにそう言った。

 言外に、僕に対しての忠告も混じっていたようなニュアンスだった。

 『貴方が彼女を拾ったのだから、最後まで責任を持って面倒を見る義務が有る』、と。

 確かにそれは最もだと思ったし、正論だった。

 しかし、

 

「そういう訳にもいかないんですよ」

 

「……どうしてですか?」

 

 義務とか責任を放棄して楽になりたかった訳じゃない。

 僕なりに、覚悟を決めて、ここに来たのだ。

 二葉さなくんの、今後の人生を護る為に。

 

「これを、見てください」

 

 僕は上着のパーカーの胸ポケットから、それを取り出した。

 小さな袋には、乾燥した葉っぱを砕いたような茶色の物体が密封されている。

 

「……これは……」

 

 僕を取り囲む三名の視線が急に鋭くなった。

 僕は、大きく息を吸い込んで、はっきりと“こいつ”の名前を口に出す。

 

 

 

()()です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は20代半ばから、難病に犯されていた。

 慢性的な胃腸の激痛に悩まされており、日常生活を続けることすら困難な状態だった。起き上がることさえできない日も有った。

 そんな時、旅好きの旧友が、こっそり僕にくれたのが、“こいつ(大麻)”だった。メキシコ人の知り合いに、僕の病気の事を話したら、恵んでくれたものらしい。

 大麻は確かに、凄かった。

 少量でも燻して煙を吸い込むだけで、傷みは消失し、日常生活も問題無く行えた。同時に頭も冴えてきたようで、作家業も燃えるように専念することができた。自慢じゃないが、お陰で、それなりのヒット作も生み出せた。

 しかし……

 

「自分でも分かるんですよ。こんなのは所詮、誤魔化しに過ぎない」

 

 年々、僕の身体は弱ってきている。

 食事は徐々に細くなり、体重もかなり減少した。最近は嚥下機能も低下して、むせ込むことも増えた。

 性欲もとうに消失し、若い娘を見ても何の感情も抱けない。男としては死んだも当然だ。

 倦怠感も酷かった。頭の上に20キロぐらいの鉛を置かれたような重さを四六時中感じている。近所のコンビニまで、五分間歩くことさえ嫌になるほどだ。

 つまり……

 

「もう、長くはありませんよ」

 

 近い内に、燃え尽きる――いや、枯れ果てる命だ。

 そんな人間の下に、二葉さなくんがいる必要は無いと思った。

 

「…………なぜ、然るべき医療機関で治療を受けなかったのですか?」

 

 ハッ、と僕は鼻で、英雄様のご指摘を嘲笑った。

 今のは大変無礼だが、それを咎める者はもういない。

 

「“トラ”のようになりたくありませんから……」

 

「トラ?」

 

「ああ、“トラ”というのは、僕にこいつを教えてくれた、旅好きの旧友のことです。昔、大人気だった映画シリーズの主人公にそっくりだったんで、トラ、と僕は呼んでいました」 

 

 そいつは、もうこの世にいない――――

 

 トラは僕の大学時代の後輩で、親友だった。

 僕とは違い、社交的且つ行動派で、いつも沢山の友人を侍らしていた。周りからは名字にちなんで『ハル』だの、『フーテン』だのよく呼ばれていたが、何故か『トラ』と呼ぶ僕に一番よく絡んできた。

 突然ふらりと一週間ぐらい行方知れずになったかと思うと、日本全国の名所とか、海外を旅してきたとかいって、写真をよく見せてくれた。独りじゃ寂しい、とかいう理由で僕も色んな所に連れまわされた。お陰様で、トラとの思い出は、今でも執筆業の糧になっている。

 

 でも、あいつは――――

 

「家業を継がずに、親父の葬式にも出なかったのが、祟ったのかもしれません」

 

 『自分が死んでも良い場所を探している』

 それが生前の、トラの口癖だった。耳に胼胝(タコ)ができるほど、聞かされた。

 それなのに――

 

「あいつは、交通事故に遭いました……」

 

 僕が看取りに行くまでも無く、トラは死んだ。

 最期に、あいつが何を思っていたのかは分からない。

 だが、苦痛で、無念で仕方なかった筈だ。

 5分も椅子に座れなかったような奴が、最後は起き上がることさえできずに、病院の白い天井と睨めっこ。

 それでもあいつは旅がしたかった筈だ。体がボロボロでも、骨を埋めても良い場所を見つけて、どうにかそこまで辿り着いて、人生の幕を下ろしたかった筈だ。

 

「葬儀の日に、僕は誓ったんです。自分はああなりたくない。最後まで自分の自由に生きてやる。満足な気持ちのまま、自分の好きな場所で死んでやるってね。その為なら、卑怯な手段を使っても構わない、と……」

 

「…………」

 

「僕の難病はモルヒネでは効き目が薄い。日本の医療では僕を満足させることはできない」

 

「…………」

 

 だから、僕は大麻を吸い続けた。

 間違っていると言われても仕方ないが、それが僕の命懸けの決意であり選択だったのだ。

 七海やちよは、静かに話を聞いてくれている。

 

「……僕はそういう人間なんです。七海やちよさん」

 

「…………」

 

 だからこそ、二葉さなは僕の傍に居てはならない。居るべきではない。

 

「このままだと、あの子は僕と一緒に堕ちていくだけです。そして、僕が死んだら、何の躊躇いも無く後を追うでしょう。これは自惚れではなく、確信です」

 

「…………」

 

「あの子に、そんな真似をさせてはいけない。あの子はとても“いい子”だ。我慢強くて、気遣いができて、すごく頭が回る子だ。あの子は、光差す世界で、真っ直ぐ前を向いて生きるべきだ。そうでなければ駄目だ! 僕のような下らない人間では無く、貴女のような人と共に有るべきだ!」

 

 だから。

 

「……僕は、自首します」

 

 僕が持つ全てを懸けて、残された彼女を、七海やちよに託す。

 

 

「お願いします! 七海やちよさん、貴女の下で、二葉さなくんを輝かせてあげてください!」

 

 

 神にも祈る思いで、深く頭を下げて懇願する。

 

「………………わかりました」

 

「っ!?」

 

 祈りは届いた。僕はまだ、神に見放されてはいなかった。

 

「本当ですかっ!」

 

「ですが、こちらにも選択する権利があります。……少し、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 




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