魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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20日もかかってしまいましたが、どうにか……

チャプター付きです。

※24/01/13 読み易さ重視のため、一部文章を添削しています。



FILE #68.5 七海やちよ 第1話 「双竜邂逅」

目次

 

アバン

 

Aパート

 

Bパート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武士とは死の職業である。

 どんな平和な時代になっても、死が武士の行動原理であり、

 武士が死をおそれ死をよけた時には、もはや武士ではなくなるのである。

 

               ――――三島由紀夫『葉隠入門』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「武士道といふは、死ぬ事と見つけたり」

 

 日本人なら誰もが、生涯の内に一度は聞いたことがある諺だろう。

 だが、皆が知っているものほど、その源が知られていないのは、ままある話である。

 これは元々、山本常朝(じょうちょう)の「葉隠」からの一句だ。

 死を心に当てて万一の時には死ぬ方に片付くばかりだと考えれば、人間は行動を誤ることはない。もし人間が行動を誤るとすれば、死ぬべき時に死なない事だと、常朝は考えた。

 

 いつからだろうか。

 その言葉が、頭の中に埋め込まれたのは。

 

 両親が殉職した時か。

 和泉十七夜が、行方を晦ました時か。

 魔法少女になった時か。

 祖母が亡くなった時か。

 かなえとメルが死んだ時か。

 みふゆと袂を分かった時か。

 結城安里をこの手で捕らえた時か。

 

 ある小説にこんな言葉があった。『地獄はこの頭の中にある』と。

 酷く共感したのは覚えてる。自分の頭にそれを言ったキャラクターが見た様な戦乱・硝煙・屍累々の情景は無い。しかし、確かな“地獄”は有る。

 故にやちよは戦い続ける。この思いを誰にも味わわせない為に。

 

 「人間は生まれた場所を選ぶことはできない。しかし、死に場所を選ぶことはできる」

 これも何処かで聞いた言葉だ。

 しかし、人間の死ぬときはいつもくるのではない。死ぬか生きるかの決断は、一生のうちについにこないかもしれない。常朝自身がそうであったように。

 なればこそ、今に“死”を決断すべきである。

 血に塗れた自分の行き着く先は“死”だ。幸福な“生”など今更望みはしない。寧ろ、何食わぬ顔で日々の時間を無為に貪ることこそ、“死”と同義である。

 例え、自分の死に、数十が泣き喚いたとしても、数百万が救われるならそれでいい。

 

 ――――一人の“死”が、万人を活かす。

 

 それがやちよの考える“武士道”の論理であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、いろは達が工匠区の大祭開催地に到着した頃――――

 

 

 ――――明京町・大東区。

 

 ――――AM8:50。竜誕館、門前。

 

 

「まったく……」

 

 初めて見るが、ドデカい門だ――――と緑色のスーツの上に長い袖のコートを羽織った女性、都ひなの治安維持副部長は、静かにそう零した。

 何かを見上げるのは慣れているが、これは異常だ。天辺を見ようと試みるだけで腰がブリッジしそうになる。

 まったくまったく……と嘆息。

 門だけでもこの規模なのだ。そう来れば、内に有る武館とやらは想像を絶するに違いない。

 神浜市役所も320万人の血税を糧に建て直されただけに、その外装構造は世界でもトップレベルに入る程の堅牢且つ頑強なものだが、“竜の巣”は、完全にそれを上回っている。

 

 まるで、自分達が神浜の守護者だと気取っているようだな。

 

 忌々しく感じるも、直後にひなのは再び嘆息するしか無かった。

 320万人の血と涙の結晶を軽く超えているのだ。竜人達のカリスマとはそれだけ凄まじいものであり、同時に、治安維持部はまだまだ脆弱なのだと思い知らされる。

 更に、株式会社・蒼海グループ首脳陣・『五強聖』のメンバーは未だに謎が多く、CEOの王 海龍すら素性がよく分かっていないのが現状だ。

 常盤ななかは腹心に純 美雨がいるので、恐らく彼女達と何度か邂逅しているのだろうが……自分とやちよへの対抗意識か、情報は教えてくれない。

 

「待たせたわね」

 

「来たか」

 

 と、そこで凛とした声が掛かって、ひなのは振り向いた。

 同じくスーツ姿のやちよが歩み寄ってきていた。

 

「調子どう?」

 

「平気だ……と言いたいが、やっぱりダメだな。初めて魔女と戦った時よりも緊張してる……。お前は流石だな。相変わらず堂々としてるじゃないか」

 

「『武士道といふは、死ぬ事と見つけたり』よ、ひなの」

 

 ひなのは眉間に皺を寄せて、嘆息。

 

「行き着く先が“死”と思えば、何も怖れることは無い、か……その考えも相変わらずだな」

 

 フッと笑みを返すやちよ。

 

「私達のような魔法少女は“武士”に似てると思わないかしら、ひなの」

 

「お前トップが精神論掲げ出すと碌なことないぞっ。アタシが信じるのは化学とロジカルシンキング、目の前の現実だっ」

 

「それでこそよ」

 

 だからやちよは今回、ひなのを共にしたのだ。

 恐らく、竜人達は――トップの(ワン) 海龍(ハイロン)宗師は――自分を試すだろう。

 この門の向こうへ、一歩でも踏み入れたその時から。巨大な門は竜の口であり、自分達は間もなく飲み込まれるのだ。毒物となって吐き出されるか、咀嚼され吸収されて栄養となる(飼い慣らされる)か――全てはやちよの意志表示と行動に懸かっている。

 やちよは自分の中の“武士道”に全てを掛けるつもりだ。

 王 海龍は優れた魔法少女であり、武術家と聞いている。自分が()()()()()()()()()かは調べ切っていると考えていい。故に、“武士”としての自分をあらゆる手段で試してくるだろう。

 

 ひなのは、フェイルセーフだ。

 彼女は武士じゃない。だから、死ぬ事を由としない。

 目に見えないものを妄信しない。

 極めて倫理的な現実主義者だ。

 

 自分が竜人達の策略で万が一死ぬ覚悟を決めた時、視野狭窄に陥るだろう。

 彼女はその時、全力で自分と彼女達に対するストッパーと成り得る。

 

 

「お待ちしておりました。七海やちよ様。都ひなの様」

 

 

 やちよとひなのがお互いの役目を確認し合った直後だった。

 門の天辺から何やら天女染みた格好の女性が、ふわりと、二人の目前に降り立つ。

 

「お初にお目にかかります。私は竜誕館の門番を務めさせて頂いております。春 黎真(チュン=リーヂェン)と申します」

 

 柔らかい笑みを浮かべて女性が頭を垂れると、空色の髪がふわりと揺れた。

 

「『本殿』にて、王 海龍宗師がお待ちかねです。ご案内いたしますので、私の後を付いてきてください」

 

 その言葉が合図であるかのように――巨大な門がぎぃっと開かれていく。

 黎真(リーヂェン)が、先に門の中へ入っていった。

 やちよとひなのも、覚悟を決めて、彼女の後ろへ続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 門を入った瞬間から、複数の勇ましい掛け声と共に、金属を強く叩いたような音がけたたましく響いてきた。

 果ての見えない広大な庭では、目に見えるだけでも、200人は優に超える老若男女が、一糸乱れぬ動作で一斉に目前に有る木人椿(とう)を突き、蹴り上げていた。

 中にはフリーの魔法少女達もちらほら見受けられたし、やちよとひなのが見たことも無い魔法少女も数人は見えた――――市外からも、わざわざ訪れているのだろうか。

 

「凄まじいな……」

 

 ひなのが思わずポツリと零す。

 現実で見ると溜息が出る程、壮観だ。

 まさか日本――しかも自分が住んでる所の隣町で――カンフー映画そのものの光景が見られるとは。

 

「よく統制されていますね」

 

 周囲を見回した後、やちよは前を歩く黎真(リーヂェン)にそう言う。

 

「門弟の方々には厳しい修行制度と、規律を設けていますから。……ですが、それだけではありませんよ」

 

 穏やかに笑う黎真(リーヂェン)だが、目元は冷ややかに据わっていた。

 

「彼らは統制されることを自ら()()()()()()。言わば、この光景は、自然と成り立ったのです」

 

「自然と?」

 

 やちよは目を丸くして、黎真(リーヂェン)を見つめた。

 

「このご時世。人々が絶対強者を求めるのは自然の理。自分達の知る限り最も優れた者の下に集い、只管従順になることで、安心感が得られるのです」

 

 蒼海幇の中で、絶対強者とは『五強聖』だ。

 大衆とはいつだって、受動的である。何事においても他律的で、他人や世論に同調し、物質的快楽だけをもとめる。文明の恩恵が自動的に教授できるのはあたりまえと思っている。

 そんな彼らにとって、魔法少女や魔女の存在は、これまでの平和を脅かす『危機』そのものでしかない。

 

(だが、蒼海幇に加われば、その心配も無くなる、か……。なにせ絶対強者5人分の御加護だ。安心感が違う……)

 

 ひなのの顔が険しくなる。

 たとえ、厳しい修行や規律を課されたとしても、自分の身や家族の生活が『絶対に』保障されるのならメリットの方が大きい。

 対して治安維持部はどうか。確かに皆よくやっているとは思う。だが、蒼海グループと比べれば、明らかに経験も実力も足りていない若輩者が目立つ。市民からの信頼は根強いものの、絶対的な安心感を与えるにはまだまだ遠い話だ。

 

 ――ひなのは一度嘆息した後、修行に励む門弟達の顔を見渡した。

 

(確かに修行はキツそうだが……表情は生き生きとしている。それだけみんな蒼海幇の下に居ることに満足してるってワケか……。厳しいな)

 

 まるで、“差”を見せつけられているようだ。

 やちよは絶対強者だと、神浜市最強の魔法少女だと、ひなのは今まで信じて疑わなかった。

 しかし、五強聖の前では、生意気な小娘と一蹴されるかもしれない。

 不安は募る一方だ。

 

(なのに……こいつはどう思ってるのかな?)

 

 我らが治安維持部長様は。

 ひなのは、疑念を込めた横目でやちよを睨む。その表情には相変わらず氷の仮面が張り付いたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――竜誕館・本殿。屋根の上。

 

 

 そこには、入り口に向かうやちよとひなのを見下ろす二人の女性の姿が有った。

 

「あれが、神浜市政が誇る治安維持部の二柱か。……思ったより子供だね」

 

 そう言って鼻で笑うのは、薄い水色の短髪で、いかにも活気と自信に満ち溢れた相貌の女性だった。

 名前は劉 蓮穏(ラウ=リェンウェン)。

 年齢は26歳。魔法少女の経験年数は15年。

 門下生の魔法少女達の中では、(カウ) 梅華(メイファ)と並ぶ最年長組の一角であり、彼女とは一、二を競う武術家である。

 

「宗師がわざわざ歯牙にかける必要も無いと思うけど? 姉者」

 

 胡坐を掻いていたので、隣の女性の顔を見るには、僅かに首を仰け反る必要があった。

 “姉者”と呼ばれた、サファイアの如く煌きながら揺れるショートカットヘアの女性が、蓮穏(リェンウェン)の方に顔を向ける。瞳を閉ざしたまま、口端を緩く上げた。

 

「油断大敵ですよ。蓮穏(リェンウェン)ちゃん」

 

「……っ」

 

 穏やかな声色には、蓮穏(リェンウェン)が思わず軽口を閉ざしてしまう程の威圧感が込められていた。

 それもその筈――彼女は蓮穏(リェンウェン)とは付き合いこそ長いものの、立場と実力は圧倒的に格上。

 名は、鄭 咲蘭(チャン=シャオラン)。

 年齢は29歳。魔法少女の経験年数は17年。

 組織の経営陣・武術の師範衆“五強聖”の一人であり、その拳技の冴えはあの王 海龍をして“武神”と言わしめる程の実力者であった。

 

「伝説は上回るもの。神話は書き換えられるもの。自信を持つのは結構ですが、過ぎると慢心に繋がります。かの無住心剣術の小田切一雲は、剣技を究めた自身を『無敵』と称し、仙人の如く振舞ったそうですが、弟子の真里谷円四郎に足元を掬われましたからね」

 

「はいはい、わかってるってばっ。だけど本当にあんな線の細い小娘が、姉者達と対等になれると思う?」

 

「ふふ……わかりませんよ。もしかしたら震え戦くのは、我々の方かも……」

 

「ふーん……自分には、()()()()()()()から祀り上げられただけの、“お人形さん”にしか見えないけど……」

 

 期待に笑みを深める咲蘭(シャオラン)とは対照的に、蓮穏(リェンウェン)の瞳には、“英雄”への強い苛立ちが込められていた。

 

(気に入らないね……。姉者達と同じ土俵に立たせるまでも無い……このわたしが皆の目の前で叩き潰してやるよ。『英雄』ちゃん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――竜誕生館・本殿。

 

 そこは武館――日本で云う道場――と例えるには余りにも豪著な宮殿であった。

 やちよとひなのは黎真(リーヂェン)に導かれて、中に入る。

 胸の鼓動が早い。息が詰まる。唾液が苦い。背筋が冷え付く。思考がボンヤリと曇り、手が震顫する。

 瞬間的に二人が感じたのは、絶大なプレッシャーだった。

 間違いなく、いるのだ。“竜”の異名を持つ5人の“絶対強者”が――――ひなのの顔は苦々しく歪み、やちよの氷の仮面の表面がじんわりと濡れた。

 

 屋上まで続きそうな螺旋階段を昇っていくと、途中で一人の女性が待ち構えていた。

 

黎真(リーヂェン)

 

(ヤン)老師」

 

 呼び止めると、黎真(リーヂェン)は女性に向かって拱手(こうしゅ)で挨拶。

 

「ご苦労様でごザンス。後は(ミー)に任せて、門番の任に戻るザンス」

 

「承知致しました」

 

 楊と呼ばれた女性が拱手を返しながらそう伝えると、黎真(リーヂェン)は頭を下げてその場から立ち去る。

 やちよとひなのが目を見開いて女性を見た。

 

老師(・・)……ということは、この人も『五強聖』の一人……!)

 

 魔力反応は一切感じられない。しかし、その威厳有る風貌を一目見ただけで、やちよの勘が告げた。

 

 ――――この人は強い。絶対に。

 

(な、なんかどこかで見た事あるよーな……)

 

 一方のひなのは、「わっちは○○ですな」という変わった言葉遣いの女性を思い浮かべていた。

 

「七海やちよ殿。都ひなの殿。お初にお目に掛かります。私は(ヤン) 秘輝(ミーフゥイ)と申します」

 

「初めまして。老師、ということは貴女も“五強聖”の方なのですか?」

 

「如何にも」

 

 表情は至極冷静。だが、切れ長の両目には滾る様な灼熱が揺らいで見えた。

 秘輝(ミーフゥイ)は、踵を返して歩き始める。やちよとひなのも後に続く。

 やがて、螺旋階段を昇り終えると、一つの赤い扉が三人の目に飛び込んだ。

 

「こちらが、王宗師の書斎でごザンス。失礼ながら……」

 

 秘輝はそういうと、くるりと首を反転。射貫くような炯眼がやちよに向けられる。

 

「七海やちよ殿のみ、お入りくだされ」

 

「…………っ!」

 

 刹那――やちよの瞳が、キッと鋭く瞬く。

 

「やちよ」

 

 ――大丈夫なのか?

 

 怯え混じりの震えた声が、暗にそう問いかけていた。やちよはコクリと頷く。

 

「分かっているわ」

 

 ――安心して。命を取られる訳じゃない。

 

 やちよはアイコンタクトにそう告げると、前に一歩、足を踏んだ。

 それが覚悟の顕れと見た秘輝(ミーフゥイ)が扉を開けてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中に入った先に、まず目に飛び込んだのは、“舌を出した青龍”の絵画だった。

 個人の書斎には不釣り合いな巨大な円テーブルの表面に描かれたそれを見て、やちよを思い出す。

 確か、中国三大宗教の一つ、道教に於いて――――青龍は龍族の“始祖”を示す。

 これは、この部屋の主の意図だろうか――とやちよは目線を前へ向けた。

 中国風の衣装を着た、自分に良く似た深い藍色の長髪を生やした女性が、緩やかな笑みを浮かべて見つめている。

 

 目を合わせた瞬間。

 やちよの全身が、吹雪の中に放り出されたかのように粟立った。

 

 ――――これが、龍王。

 

 この組織に住まう総ての竜人達を導く長。蒼碧拳の開祖。宗師・海龍。

 大きく開かれた両目に映る“太陰太極図”の円に封じ込められた自分がはっきりと映り込む。

 格の違いというものを、一瞬で思い知らされた。

 初めて魔女を見た時よりも勝る圧倒的な存在感――底知れない雰囲気に、やちよは飲み込まれそうになった。恐怖に心を締め付けられた。

 

「……畏れを知らぬと言われた英雄が、『蛇に睨まれた蛙』の気持ちを思い知るのは滑稽だね」

 

 太陰太極図が蒼く瞬いた。

 怯えを見透かされたか。やちよの肩が強張る。だが、負けるにはいかないと、見つめ返した。

 

「初めまして、七海やちよ治安維持部長」

 

 全身から溢れ出る凄まじい覇気とは対照的に、その声色はさざ波の如く穏やかだった。

 

「初めまして」

 

「ふふ、そう突っ立ってないで、私の前に座り給え」

 

「失礼致します」

 

 海龍がすっと前方に指をさす。青龍を挟んだ対面席に、やちよは腰を掛けた。

 

「……普段着で良いと言ったのに」

 

「生憎ですが、初対面の年配の方には最大限の礼儀を以て接するのが私の流儀で有りまして」

 

「それは残念。ミス神浜の私服センスを是非ともこの目で見たかったのだがね」

 

 ついでにインスタに上げればいっぱい「いいね」貰えたのになぁ、あーあざんねん――と海龍は、取り出したスマホを無造作にテーブルの上に投げた。

 

「ふふ、宗師はご自分で仰っていたではありませんか。私とご自分の関係は“イーブン”だと。これから見れるチャンスは幾度も有りますよ?」

 

 その俗人的な仕草が緊張感を緩和させた。やちよが柔らかく笑みを零すと海龍も嬉しそうに笑い返す。

 

「うむ、それもそうだな」

 

 そこで、海龍はコホンと咳払い。

 

「では冗談はこのくらいにして――――本題だ」

 

「私との対談を望んだ理由、ですか」

 

「そうだ。君も分かっているだろうが、私と君の経験値には大きな隔たりが有る。だが、私は君の功績と実力を認めている」

 

 海龍は語る。

 七海やちよが、治安維持部長に就任してから今日に至るまで、魔法少女による大規模な犯罪は起きず、魔女による被害も極小規模の範囲で抑えられてきたのは事実だ、と。

 更に、あの結城安里や、アステリオスを捕らえた事を顧みても、実力は申し分無い。

 

「対等になりたいと願っているのは嘘偽りの無い、本心からだ」

 

 故に、挑戦状を叩きつけたのだと、暗に海龍は告げた。

 龍王を前にした時、英雄は、自分の言葉を、意地を、誇りを、矜持を、信念を、願いを、貫き通すことができるのだろうか――――と。

 やちよもその意図は理解できた。だからこそ、海龍とは今一度強く睨み合う。お互いに譲れないものがある。お互いの喉元に牙を突き立てる。先に脅えた方が負けだ。その時点で、これまで積み上げてきたものは呆気なく瓦解する。

 

 

「問おう。――――君は何に成りたい。何を目指す。七海やちよ」

 

 

 答えは、海龍が想像していたよりも早く出た。

 

 

「武士、でしょうか」

 

 

 その単語に、海龍の両目が大きく見開かれる。やちよを封じ込める太陰太極図が蒼く瞬いた。

 

「ほう。ではその“武士”を、何と説く」

 

 ぞっと凍える様な眼力がやちよを威圧した。

 猛烈な気迫がやちよを頭から喰らい全身を飲み込まんとする。

 だが、やちよは一端の恐怖も見せず、挑み掛かった。

 

「決定し、自分で責任をとる。これが武士です」

 

 やちよは断言。

 海龍の覇気が、一瞬だけ抑えられた。

 

「『武』とは戈(ほこ)を止めると書きます。これこそ正しい“武”の姿にございます。たとえ、地獄に堕ちようとも、戈を止めねばならぬ時がございます。それが過ちであろうとも、腹を切る覚悟の上の決断で挑まねばなりません。これこそ、武士というものだと、私は考えております」

 

 戈とは、正しき者が悪しき者に向けるべきものであるが、それは理想だ。

 この社会では大体の場合、過ちを認めぬ者が戈を振るい、罪無き者が傷つき最悪命を落とすのだ。

 やちよは、命を懸けて戈を止める使命が有る。

 

 海龍は黙ってうなずいた。やちよは続ける。

 

「武士道とは、そういう生き方の道です。武士は常に死を日常化しつつ生きる。本当に生きるためには、死と向き合わねばりません」

 

「なるほど。武士は、死と生を象徴交換(ボドリヤール)しつつ生きる存在、ということか。確か……カントはこれを“崇高”と言ったのかな?」

 

 そう呟く海龍の脳裏には、かの太田道灌に纏わる有名な逸話が過った。

 道灌は刺客の槍に刺された時、道灌の歌好きを知っていた刺客は、

 

 “かかる時さこそ命の惜しからめ”

 

 と、上の句を詠んだ。

 これを聞き、今、息絶えんとしていた道灌は、脇腹に受けた致命傷にもひるまず、

 

 “かねてなき身と思ひ知らずば”

 

 と、下をつづけた、と云う。

 

 これが、やちよの云う『武士』というものであろう、と海龍は推測した。

 

「思うに、武士道こそが、魔法少女の精神に最も近きものであると思います。すなわち、『道の思想』です。魔法少女(われわれ)の死生観もまた同じです。道を極めて死ぬことが、道です」

 

「ふむ、心身一如か。正に日本人らしい、素晴らしい理念だ」

 

 やちよの信念に、海龍が拍手と共に、賛辞の笑みを浮かべていた。

 

「……が――七海やちよ」

 

 そこで、()()()()()()

 

 

「今から、君の理想(武士)をバッサリ斬り捨ててやる。覚悟は良いかね?」

 

 

 身の毛もよだつ程の覇気が、再び室内に充満し、やちよの全身に纏わり付いた。

 肩に悪寒が走り、グッと強張る。だが決して瞳は龍王から逸らさない!

 

「“あなたの剣を元に納めなさい。剣を執る者はみな、剣にて滅ぶ”」

 

「マタイによる福音書……」

 

「二六章五二節。私の戒めであり、君への警告だ」

 

 海龍が“嗤”う。

 先程の穏和さは欠片も無く、明らかな敵意を示した、獰猛な笑みで。

 

「まず、君が歩む武士道こそ、間違っているのだよ」

 

「間違い?」

 

 やちよの眉間に皺が寄る。予想通りの反応に海龍は笑みを深める。

 

「君や、一部の日本人が声高に崇め奉る武士道の理念とは、全てに於いて、浅いものだ」

 

 やちよの怒りが顕わになっていくのを楽しそうに見つめながら、海龍は説明を続けた。

 

「江戸幕府が開かれた頃の話だ……。長い間武士階級が政治を司る、つまり支配層になる訳だ。そこで、もともと武士の専門であった、互いに殺し合うという、人間が本能的にもっとも悪としている行為を真正面から見据えて、それをある種の思想として消化させていこうという狙いがあった」

 

 当たり前の話だが、江戸時代中に、大規模な戦乱は無い。

 それは当時の武士が、国を活かし、人々を活かす立場に有ったから。要は政治家や公務員に近い存在だったから。

 故に、決して、殺し合いや争いを肯定する訳にはいかなかった。

 

「この“政治的戦略”には、かの柳生家や、沢庵宗彭(たくあんそうほう)も関わっていた。徳川家温存のため、平安の世のため、禅の興隆のため……。とにかく武士に教養をつけ、精神を磨かせる。しかも強制しないで、憧れさせて自然にそういうふうにもっていく。徳川260年『泰平の世』を支える要だった、いわゆる武士精神――つまり、“自己規制”――というものが形成されていった。身体性よりも精神性が重視されていった」

 

 雄弁な語り口とは対照的に、海龍の表情は冷ややかだった。

 

「それが、君が理想としている武士道の真実だ」

 

「…………」

 

 やちよは無言。

 だが、海龍は感じていた。

 氷の仮面を被っているが――――瞳の熱は抑えきれていないと。

 

「“腹が減っては戦ができぬ”。“武士は食わねど高楊枝”……聞いたことがあるだろう。

 前者は戦国時代以前に、後者は江戸時代に生まれた。この二つの諺を並べるだけでも、武士の方向性は()()()()()()()矛盾と言える程に変化したのは明白だ」

 

 身体を資本とし、生きねば意味が無かった筈の武士は、いつの間にか“自己規制”と“自己犠牲”を美徳と捉えるようになった。

 それは戦乱の世から平和の時代に映ったから、武士の役割が変わったから、大衆がそう見たから、時の権力者達が()()()()()()命令したから。

 

 

「断言しよう。武士道とは――最早“道”に非ず」

 

 

 哀れみの瞳で溜息をついて、海龍は言い放った。

 

「私が残念に思うのは、君がこんな程度の低いものに生き方を左右されている現実だ。『無欲の勝利』とでも謂おうか。見返りは求めず、とにかく死んだ気で当たっていく。玉砕精神を日本人は声高に叫びたがるが私は好きじゃないし、そもそも社会は、そんなものを評価しない」

 

 やちよは海龍の瞳を見て思う。

 “自己犠牲”に対する深い悲しみと、そして、強い怒りの感情が読み取れた。

 何か辛い思い出があるのかもしれない。例えるなら、大切な人を失った程の――――

 

「菅原道真や徳川家康は、死して神と祀り上げられた。それは当時の日本の大衆が神仏を絶対的なもの捉えていたからだ。だが、現代社会ではどうか? 戦場カメラマンも国境なき医師団も君の理想とする武士に近きものであることは認めよう。だが、彼らが現地の紛争に巻き込まれ死んだ時、嘆き悲しむ者が世界でどれくらいいた? 彼らの死を英霊だの神仏だの讃え祀った者が日本にどれくらいいた?」

 

 海龍はそこで、ふう、と一拍置いた。

 

「……結論を言うと、死は無意味であり、無価値だ。それが齎すのは平和でも前向きな変革でも無く、ごく少数への悲しみと、君の存在を妬む者達への安心感だ」

 

 海龍はそこで、一呼吸置いた。

 

「……と、まあ、私が君に教えられることはここまでだが、何か意見はあるかね?」

 

 やちよは穏やかに笑って会釈する。

 

「いえ、とても勉強になりました」

 

 海龍が目を見開いた。

 

「これは意外。私が今、散々否定してやったっていうのに?」

 

「確かに武士道を批難されたことに関しましては苛立ちを禁じ得ませんでしたが、それ以上に、海龍宗師に好感を持てましたので」

 

「ほう?」

 

 海龍は興味深そうに目を細める。

 やちよの笑みは仮面ではない。本心から浮かべているように見えた。

 

「貴女は日本を愛している。故に、私への挑戦状、ですね」

 

 が、やちよの眼が獲物を捕えた鮫のように鋭い。

 海龍は不適に微笑んだ。

 

「……正解を言うと、私は武士道が()()()だが、()()()なんだ」

 

 現代社会が失われし武士道の姿。

 それを、七海やちよの中から見出したくて仕方がない――それが海龍の、“武術家”としての純粋な欲求。

 しかし、けれども。

 彼女の器と実力が足り得ないのならばそこまでだ。

 直ぐに取って喰らい、吐き捨ててやるまで。

 そして常盤ななかを部長に押し上げ、治安維持部を中国武術家(われわれ)で埋め尽くし、乗っ取ってやる。

 

「七海やちよ。返答は如何に」

 

 やちよと海龍も、想いは同じだった。

 

 

「受けて立ちましょう」

 

 

 その答えに、海龍は嬉しそうな顔で頷く。

 

「いやはや君の魂は、武士そのものだな……てっきり本気で怒って帰るかもって思ってたのに」

 

「生憎その程度で、揺らぐ程軟な人生は送っていませんよ。海龍宗師」

 

「歴史の浅い、誤った道であったとしても、貫くつもりかな?」

 

「それでも、歴史上多くの日本人がその道に殉じてきたのは事実です。()れば私も、彼らを手本にし、突き進む所存でございます」

 

「面白い……それが我らの“武術”と“論理”にどこまで立ち向かえるか……とても楽しみだ。我らも本気で応えよう。……だが、しくじれば、只では済まんぞ? いいのかね?」

 

 やちよは迷い無く、頷いた。

 

 

「では、祝賀会といこうか」

 

 

 海龍が、音も無く椅子から立ち上がった。

 合わせるように、やちよも椅子から立ち上がる。

 

 二頭の蒼き龍達の、譲れぬ戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




〇おまけ 今回のまとめ

・自分に絡んできたラスボスが、実はとんだ厄介ファンだったでござるの巻

やちよさん
「武士道は素晴らしい理念なので、私もそれに殉じて死にたいです」

はいろんおばさん
「やめたれ。そんなもんより、いっぱい勉強して生きた方がええで」
(七海やちよマジ武士! きみの生きざま!武士道!もっと見たいっ! っていうか見せて武士道!! 武士道もっと武士道!! もっと見せて見せて武士道おおおおおっ!!)



※今回の話を書く上での、参考文献

 武士道    / 新渡戸稲造 著
 葉隠入門   / 三島由紀夫 著
 新 旭日の艦隊 1巻  / 荒巻義雄  著
 古武術の発見―日本人にとって「身体」とは何か / 甲野義紀 養老孟司 著
 装甲悪鬼村正 / 鋼屋ジン 著 

 やちよさんと海龍のセリフはほぼ上記の作品から引用しております。

 いや、もう、死ぬかと思った……。

 海龍とやちよさんの会話を創るべく、自分の持ってる全てを叩き込んだ話でした。
 まだまだ途中の話で何やってんだと思われるかもしれませんが、
 自分の中では一つのハードルを乗り越えたような気がします。

 次回はもっと早くに投稿したいです。
 (メンタルに支障をきたさなければ) 
 あと、感想が遅れてしまって、本当に申し訳ありません。
 今回はなるべく早く返信いたします。

24/01/13 追記 二人が後半何喋ってるのかよくわからなくなってたので、余計なところはバッサリカットしました。頭良いフリしちゃダメだね!
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