魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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 長らくお待たせいたしました。


  七海やちよ 第2話 「一番手 若虎・(スン) 鈴紗(リンシャ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――2018/07/18(土) AM09:35

 

 ――――二木市・虎屋町商店街 紅晴邸

 

 

「失礼致します。大親分」

 

 書斎の襖をガラリと開けて入り込んで来たのは、側用取次役の陸奥(みちのく)光琳(こうりん)だ。

 邸の主・紅晴結菜の側近の一人で有り、実質的な№2の地位にある彼女は、どこか忙しない様子で主の目前まで駆け寄り片膝を付いた。

 

「光琳、どうしたのかしらぁ」

 

 結菜が、跪く彼女へゆっくりと顔を向ける。

 表情はいつもと変わらない。しかし、今の足取り――問うまでも無く、何かあったのは明白だ。

 昨日の夜から書類処理に追われていたので、良い眠気覚ましになるだろうか。

 

「密偵に向かった『するが』から報告でありんす」

 

「『猿』(ましら)から……?」

 

 その名を聞いた途端、結菜の瞳が強く瞬いた。

 

 

 猿(ましら)とは――――陸奥光琳と並ぶ結菜の側近の一人、『加賀するが』の事である。

 代々“忍者”を輩出してきた武家の出身である彼女は、歴代最強の忍術の使い手であり、裏社会に於いては、“稼ぎ頭(メカニック)”と称されるプロフェッショナルの傭兵だった。

 彼女の腕に惚れ込んだ結菜が、直接頭を下げて雇い入れた。

 内部調停役の光琳とは対照的に、“御庭番衆”の魔法少女達を率いて、二木市外の情勢を調査することが主な任務であった。

 

 

「……お耳を。―――――――――――――との報告でありんす」

 

 光琳がコッソリ耳打ちをすると、結菜の瞳がキッと鋭くなる。

 

「やはり、仕掛けてきたわねぇ……(ワン) 海龍(ハイロン)宗師」

 

 龍の皮を被った狸め、と吐き捨てそうになった。

 状況は最悪だ。

 

「……如何致しましょう?」

 

「七海さんのことよぉ。卑劣な罠と知ろうが真正面から斬り掛かっていくでしょうねぇ」

 

 『加賀するが』が向かったのは、神浜市大東区にある竜誕館だ。

 絶対強者たる五体の龍王が集うその場所に易々と潜り込めたのは、彼女の技能の賜物である。

 

 改めて、夕霧市長には感謝しなくては。それでも――――

 

 結菜は渋面を浮かべると、顎を指で摘み考え込む仕草を見せた。

 

「王宗師は容赦無く叩き潰しにかかるでしょうな。()()()()で」

 

 光琳の言葉に結菜は頷く。

 七海やちよも相当な実力者だ。只でやられることはまず無い――――しかし、今回ばかりは相手が悪すぎる。

 

「連中の思惑通りに事が運べば、日本の魔法少女界に大打撃が走るわぁ……」

 

 “伝説の魔法少女”が失踪した時と同じように――――と結菜は苦々しくそう付け加えた。

 英雄を心の支えに生きてきた大多数の魔法少女達が混乱するだろう。

 

「王宗師達は、その心の隙間にするりと偲び込む算段でありんすな」

 

 七海やちよの生き方は“武士”そのもの。

 その公正高潔たる生き様は神浜市のみならず、日本中の数多の魔法少女に影響を与えている。

 “誇り”を失わせる訳にはいかない。

 ましてや、武士を微塵も知らぬ中国武術家共にその役目を、希望を奪わせる訳にはいかない。

 

(ましら)に伝えておいて。『万が一の事が有れば、速やかに、静穏に支援せよ』と」

 

「承知いたしました」

 

 光琳が頭を下げるのを確認すると、結菜はスッと立ち上がる。

 

「では……。私はこれから出かけるからぁ、後を頼むわぁ」

 

「只今御庭番より護衛をお付け致しましょう」

 

「いえ、必要無いわぁ」

 

 ただの墓参りだもの。

 ――――と結菜は呟くと、光琳を置いて書斎から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――同じ刻

 

 ――――神浜市、明京町・大東区。株式会社蒼海幇本部・竜誕館

 

 

 

(なんだここは?)

 

 そこは、宴の会場とはあまりにも不釣り合いだった。

 やちよと共に、海龍(ハイロン)秘輝(ミーフゥイ)の両名に“そこ”へ案内された都ひなのの背筋に、ゾッと悪寒が走る。

 

(明らかに飲食する場所じゃない。間違いなくここは……!)

 

 “闘技場”だ――――!!

 

 広々とした空間の中央には、大相撲の土俵のような巨大な円台が存在していた。

 あれは、確か――『擂台』(レイタイ)と呼ばれるものだ。古来より、中国拳法家が試合をする際の舞台として用いられてきた。

 

(拙い、拙いぞ……)

 

 ひなのは聡明だ。

 この事態を予期しなかった訳じゃない。故にあらゆる()()は掛けておいた。

 だとしてもだ――斯様な“異常な光景”を目の当たりにすると、頭は途端に機能しなくなる。

 この状況をどう逃れるべきか――緊張と不安が支配して、考えられなくなる。

 

 『擂台』の周囲を取り囲むように置かれた無数の椅子の上には、既に蒼海幇の精鋭・『堕龍(デュオロン)』の魔法少女――ざっと見ただけでも20名以上――が鎮座していた。

 彼女達は一斉に、神浜の英雄に視線を注いでいた。

 ある者は、期待に満ちた輝かしい眼差しを。ある者は、侮蔑を込めた鋭い眼光を――――

 ひなのの顔が次第に、蒼褪めていく。

 逃げられる可能性は、限りなく低い。

 しかし、それでも――――!!

 

(やちよ)

 

 これから、ここで何が催されるかは予想できた。

 咄嗟にテレパシーで警告する。これは“罠”だ、と――

 

「わかっているわ」

 

「……!」

 

 やちよは表情を崩さずに、一言だけそう返すと、前を進んだ。

 まるで微塵の危機感など覚えていないかのように――――それが余計にひなのの心拍数を上げた。

 

「王宗師、これはどういうことですか?」

 

 自分がこれから何をしようとしてるのか。

 ぶつけたくなる怒りを喉元で抑えつつ、ひなのは悠然と前を歩く龍王の背中に問‎いかける。

 

「見ての通りだよ」

 

 僅かに振り向いた海龍の顔には微笑が張り付いていた。

 

「神浜の英雄殿は高名な武術家とも聞いている。その実力を是非とも皆の前で披露して頂きたいと思ってね」

 

「勝手な真似を……!」

 

「本来は歓迎の宴を催すつもりだったのだが……蒼海幇は実力主義だ。七海やちよを認めたがらない者も多くてね。彼女達を納得させる為にも“仕方なく”余興の場を用意させて頂いた次第だ」

 

(何が“仕方なく”だ……)

 

 ギリッと、ひなのは忌々しそうに奥歯を噛んだ。

 幼子が見ても分かる。

 これは、明らかに七海やちよ個人に対する“公開処刑”だ。

 神浜市の英雄を法に触れない範囲で叩き潰し、中国出身の魔法少女が、引いては中国武術こそが優れていることを世間に正当に評価させる為の……卑劣極まる策略だ!

 神浜市の誇りが、日本の魔法少女界の希望が、こんなことで潰えるなど――

 

「容認できませんね。こんな馬鹿げた真似……」

 

「残念だが、乗るか反るか決めるのは君では無く、あちらだよ」

 

 ひなのに静かな怒りをぶつけられても、海龍は涼しい顔を崩さない。

 七海やちよに眼差しを向けて、問いかける。

 

「どうかね? 神浜市最強の魔法少女よ」

 

「…………」

 

 問われながらも、やちよの足は海龍に導かれるまま、『擂台』の上に立っていた。

 ざっと周囲を見渡す。

 20代を超えてそうなのは、五強聖の海龍と秘輝、門番の黎真を含めた数名程度で、大半は10代半ばの少女達の顔立ちが目立つ。

 

「我らの精鋭は何れも腕は立つが、若輩者が目立つ。血気盛んな彼女達に社会の厳しさを教示して頂きたい」

 

 何を白々と――――

 ひなのはつい怒号を鳴らしそうになったが、喉元で堪えて反論。

 

「……生徒でしょう。貴女方が直接指導すれば良いのでは?」

 

「都ひなの副部長、君は中国料理を嗜んだことは?」

 

「……? いえ、あんまり」

 

「祖国には“蛇の(あつもの)”という料理が有るが、製法が厄介だ。火加減が難しい。火力が弱すぎれば、美味くできあがらない。火力が強すぎると、焦げ付いてしまう。人間も同じだ。今の我が子らの炉(ひ)には、新しい薪が必要だ」

 

「……」

 

「勝ち負けばかりに囚われず、広い世間に目を向けさせる為にも――七海やちよが必要だ」

 

 ひなのは海龍を睨みつけたが、ただ微笑を返されるだけ。

 何を言っても無駄か。既に連中の興味関心は自分には無い。

 ならば――――

 

<やちよ。こんなふざけた催しに真剣に参加することは無い。さっさと断ってここを出るべきだ>

 

「…………」

 

<やちよ!>

 

 テレパシーで呼びかける。しかし、やちよはの目は前を向いたままだ。一片の不安も見せず。

 ひなのが、海龍が――――『擂台』を取り囲む魔法少女全てが、やちよ一人に視線を浴びせている。

 最早、彼女の言葉に掛けるしかない。

 

 

「『 もっと遠くを見なさい。山を越えれば、視界が大きく開けてくる 』」

 

  

 ――――暫しの静寂の後、やちよがポツリとそう呟いた。

 

「ある高名な中国武術家は、こう言ったそうですね。強さに南も北も無い。ましてや私達魔法少女に、日本も中国も無い……」

 

 そして、自身を見上げる中国武術家達を見回した後――――

 

「生まれた土地は違えど、皆様も今は私と同じ神浜市の市民。立場は同じです。だから、皆様の為になるというのであれば――――」

 

 

 ――――力の限りを尽くしましょう。

 

 

 穏やかに微笑むと、力強く、そう発言した。

 

「……っ」

 

「ほお、かの(ゴン)宝森(パオセン)の言葉を知っているとは」

 

 ひなのの顔が顔面蒼白となる。

 海龍の口元が嬉しそうに吊り上がる。

 

 『擂台』を取り囲む魔法少女達が、一斉にざわついた。

 彼女達は皆、武術家としての自身の腕に絶対の自信を持っている。

 しかも、龍王を含めた20名以上が睨みを利かせたのだ。恐れをなしてとっとと背中を向けて去るだろうと大半の者はたかを括っていただけに、堂々と挑戦を受けるやちよの姿勢に驚いた。

 

「その心意気を良しとしよう」

 

「では、こちらに」

 

 海龍は緩やかに嗤い、秘輝(ミーフゥイ)はやちよを擂台の上に、ひなのを最前列の席へと案内した。

 その隣に海龍が座る。ひなのはチラリと横目を向いた。

 

(こちらは特等席という訳か……。海龍の隣に座っている人は、工匠区の工業組合会長を兼任している、(チャン) 咲蘭(シャオラン)だな)

 

 海龍の隣に座っている緑髪の穏やかな相貌の女性。

 なんてことだ――――とひなのは眉間に皺を寄せた。

 既に、五強聖の内三人がこの場に集結している。

 間違いない。海龍はやる気だ。全力を掛けて七海やちよをこの場で叩き伏せるつもりだ。

 それに……

 

<やちよ>

 

 擂台に独り立ち、ただ呼吸を整えているやちよに顔を戻してテレパシーを送る。

 

<どうしたの?>

 

<連中の中に見た事ある奴がいる。魔法少女っぽい変装をしているが一般人だ。開明新聞社の静原だ>

 

 やちよの眼が僅かに見開かれた。

 

<連中の目的はもう分かっただろう。大手のマスコミと結託してお前が敗北した姿を全国に公開することだ>

 

 その記事は飛ぶように売れるだろう。

 

 なお、七海やちよは以前、環いろはに敗北を喫しているが、実際に事実を目の当たりにしたのは朝香美代とピーター=レイモンドの二名のみであり、証拠が無い。

 ましてや、環いろはのあの風貌だ。

 当時のマスコミは面白おかしく記事を書いたが、あんな人畜無害な少女が神浜の英雄を叩き伏せたなど“有り得ない”、と一般的に見られていた。

 

 だが、今回は違う。

 中国生まれの本場歴戦の武術家達だ。その上、証拠映像を残されれば、世間に対する説得力は桁違いだ。

 

<やちよ。今ならまだ間に合う。戻って事実を市長に伝えるんだ>

 

<…………>

 

 やちよから返事は無い。ただ、瞳を閉ざして息を整えているだけ。

 

<やちよ!!>

 

<…………言ったでしょう、ひなの。私は神浜市民の為なら全力を惜しまないと>

 

<死ぬ気か>

 

<もし、死ぬ事になったとしても、只で死ぬつもりは無いわ。()()()()()()()

 

 やちよの眼がかっと見開かれた。

 その眼光に迷いは無い。

 映るのは完全に覚悟を決めた、高潔たる武士(もののふ)の蒼光。

 

<“死”は突然訪れる。魔法少女なら尚更……けどね、死に場所は自分で決めるものよ。誰かに強制されるものじゃないわ>

 

<やれるのか>

 

 付き合いは長い。

 やちよの実力をひなのは十分――恐らく、治安維持部の誰よりも把握している――しかし、顔から不安は拭えない。

 

<やるわよ>

 

 そこで呼吸を整え終えたのか。

 やちよの全身が蒼く瞬き、足元から発生した水流に飲み込まれる。

 

 ――――英雄が『擂台』に降臨した。

 

 魔法少女に変身したやちよが、取り囲む観客席に向けて、丁寧にお辞儀をした。

 そこで、同じく『擂台』に上がった秘輝(ミーフゥイ)がやちよの前に立ち、声を掛ける。

 

「では、審判は(ミー)が務めさせて頂くザンス。準備は宜しいですかな?」

 

「ええ。よろしくお願いします」

 

「それでは……宗師!」

 

 秘輝(ミーフゥイ)が特等席の方を見遣ると、海龍が立ち上がり声を張り上げる。

 

「うむ。ではこれより、神浜市役所属・治安維持部長七海やちよ殿による“実践指導”に入る。貴殿には、これから我が堕龍の鋭士3名と試合して頂く。相手や、勝敗のルールは其方の好きに決めて頂いて結構」

 

「いえ、そちらの自由で構いません」

 

「なっ!?」

 

 まさかのやちよの即答に、ひなのが大きく目を見開いて驚愕!!

 

<お前正気か!? 只でさえジリ貧だってのに、更に崖っぷちに自分を追い詰めてどうする!?>

 

<見せつけるって言ったでしょう?>

 

 ひなのは絶句した。こうなったらもう止められそうも無い。

 作戦も計算も不可能。もはや祈るしかない。

 一方、海龍は「ほう」と嬉しそうに口元を吊り上げて感心。

 

「では――――孫 鈴紗(スン=リンシャ)、参れ!」

 

「承知しました宗師様っ!!」

 

 甲高い声が場内に鳴り響いた瞬間――海龍の後ろから、橙色の陰が飛翔した。

 天井近くまで上昇すると、棒状の陰をヒュンヒュンと旋回しながら、やちよと秘輝の前にダンッ!と勢いよく両足をついて着地する。

 

「ハイッ!! ハイッ!!」

 

 まるで一流バトン選手のジャグリングのようだ。

 両手に携えた棒状の獲物を再び、高速で回しながら歩み寄ってくるのは、橙色の中国風ドレスの魔法少女。

 

「ハイィッ!!」

 

 棒状の先端をやちよの顔に向けて、彼女が構える。

 茶髪を御団子ヘア―に纏めた、如何にも威勢の良い少女であった。

 雰囲気は鶴乃に似ているが、顔立ちは幼く見える。年齢はいろはやフェリシアとそう変わらないだろうか。

 

「初めまして!! 七海やちよさん!! 孫 鈴紗(スン=リンシャ)と申します!!」

 

 直立不動するやちよに向かって、吠える様に挨拶する鈴紗。

 

「初めまして。七海やちよです」

 

「~~~~ッッ!!」

 

 やちよは微笑みを浮かべて挨拶。

 瞬間、鈴紗(リンシャ)の顔がカーッ!!と真っ赤に染まる!

 

キャ~~~~~~!!!! 七海やちよさ~~~~~ん!!!

本当に、ほんとにほんとにホント~~~~~~に本物なんですねっ!!?」

 

「ええ」

 

うわうわうわうわ!! 本当に本物なんだ~~~~~!!?

あの……あのあのあの!! ワタシ、魔法少女になる前からアナタのファンだったんですっ! だ、だから……!!」

 

 完熟リンゴみたいな顔の鈴紗は、両目を><の形にすると、恥ずかしそうに懐から何かを差し出す。

 

「わ、わわワワタ……ワタシが勝ったら……サインッ!! 貰ってイイですかッッ!!?

 

 なんとサイン色紙であった。

 「ええ、勿論」とやちよは快く受け取ると、鈴紗(リンシャ)の表情が忽ち歓喜と幸福に満ち溢れていく!!

 

「やったぁ!! じゃあ、ルールはワタシが本当に決めてイイんですか!? イイんですよねっ!!」

 

 やちよはコクリと頷く。

 次いで審判の秘輝、特等席の海龍と咲蘭に目を配ると、彼女達もコクコクと頷いた。

 鈴紗(リンシャ)はやちよに向き直り、ビシッと三本指を見せつける!

 

「それでは、三本勝負で!! 先に膝を床に三回着いた方が負け、ということで!!」

 

「わかったわ。じゃあ……よろしく」

 

 やちよは了承すると、一歩近づき、鈴紗(リンシャ)に向かって、右手を差し伸べた。

 

「~~~~~~ッ!!!」

 

 ボンッと顔から火が出そうだ!!

 憧れの七海やちよと手合わせできるだけでなく、握手まで交わせるなんて!!

 ありがとう!! 宗師様、老師の皆様、堕龍のみんな、蒼海幇のみなさん!! 本当にありがとう!!

 アナタたちのお陰で、ワタシは今、幸福の絶頂に居る!!

 

「こちらこそ、よろしくお願いしまーす!!」

 

 何も迷いは無い。

 鈴紗(リンシャ)も右手を伸ばして――やちよの手をギュッと掴んだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿め」

 

 ――――不意に、海龍がそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そう、この時。

 鈴紗(リンシャ)は確かに、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――それが、仇となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペシャッ

 

 

 ――――と、小さな音が会場に響いた。

 

「えっ?」

 

 何が起きたのか分からなかった。

 七海やちよと握手を交わした途端、“膝からフッと()()()()()”。

 鈴紗(リンシャ)が気が付いた時には、両膝が床に付いていた。

 

 

 

「一本」

 

「ええええええええええええええ!!!??」

 

 

 

 審判の秘輝のその一言で、鈴紗の意識は現実に戻された!!

 

「ちょちょちょちょっと待ってください老師様!! まだ試合は始まってませんよー!!」

 

 今さっきまで頭の中を埋め尽くしていた幸せはどこかへ吹き飛んだ。

 一瞬で顔を真っ青にした鈴紗が、大慌てで秘輝(ミーフゥイ)に詰め寄り抗議する!!

 

「ふむ、確かにそうザンスが……宗師」

 

 秘輝はまるで意に介さず、冷ややかな瞳を海龍に向けた。

 

「魔法少女たるもの四六時中が戦場だ。一時の油断も許されん。“始まってない”等という言い訳は通用しない」

 

「っ!」

 

 返す言葉も無かった。

 鈴紗(リンシャ)はただ、悔しそうに歯を喰いしばる。

 

「ここが魔女の結界なら? 七海やちよが君のグリーフシードを狙っていたら? どうなっていたか、申してみよ」

 

「っ…………死んでいました。間違いなく」

 

 海龍がふっと笑う。

 

「宜しい。では残りの二本で挽回して見せろ」

 

「は、ハイッ!!」

 

 鈴紗(リンシャ)はビシッと気を付けをして威勢よく返事をすると、再びやちよに向き直る!!

 

「よくも卑怯な真似を! ……じゃなかった。さっきは油断しましたが二度目はありませんよ!! 全力で参ります!!」

 

 再びジャグリングのように棒状を高速旋回させると、力強く両足を踏ん張って構える。

 対する七海やちよの表情は相変わら涼しく、直立不動の姿勢を崩さぬまま。

 しかも固有武器すら構えず、()()で。

 

「?? …………槍は、持たないんですか?」

 

「ええ」

 

 ムッと鈴紗(リンシャ)は顔を顰めた。

 自分とて、まだまだ経験は浅いが、蒼海幇の精鋭の一人。

 いくら憧れの人が相手でも、馬鹿にされるのは癪に障る。

 

「後悔しても、しりませんよ!!」

 

<伸びろ如意棒!!>

 

 ヒュン、と風切り音。

 鈴紗が念じた瞬間――――如意棒の先端が一瞬で伸長し、やちよの喉元に迫った!!

 しかし、

 

「えっ??」

 

 再び、有り得ない光景を目の当たりにして鈴紗が目を剥いた。

 七海やちよが、視界から消えたのだ。

 咄嗟に首を上下に動かす。避けるべく屈んだわけでも、飛翔した訳でも無い。

 

「っ!?」

 

 刹那――――背中から凍り付くような殺気!!

 

「!? ハイィっ!!」

 

 信じられないが、一瞬の内に背後に回られていた!?

 振り向き様に、旋回して勢いを付けた如意棒を脇腹に叩き込もうとする。

 

「なっ!?」

 

 パシッ――と、如意棒は当たる寸前で、やちよの右手に受け止められた。 

 

「……ッこの!!」

 

 離せ。鈴紗(リンシャ)は反射的に如意棒を引っ張るが、やちよの軸はビクともしない。

 額に汗が滲んできた。まるで石像だ。こんな細身の体のどこにこれほどの膂力が有るのか――――

 焦りと、自身の棒を引っ張る力で鈴紗の軸が()()た。

 それが二度目の仇となる。

 如意棒を掴んだままのやちよの右手が、レールを沿うようにスッと直進。そのまま、鈴紗(リンシャ)の握り手――正確には、彼女の合谷(ごうごく)とやちよの合谷――が密着した。

 

「――――!!」

 

 判断を誤った。

 棒を放せば、()()()()()筈――と、気付いた時には、もう遅かった。

 

 如意棒の主導権が――

 

「っ」

 

 ――七海やちよに遷る。

 

 鈴紗の身体が、まるで()()()()()()()()かのように旋回した。

 ギュンッと宙返りした後、背中から床に叩きつけられる。

 痺れるような激痛が全身に響いた時には、視界が天井を向いていた。

 

「二本」

 

「なっ……!」

 

 秘輝(ミーフゥイ)の判定が聞こえてきて、鈴紗(リンシャ)は我に返る。

 正に一瞬の出来事。

 何が起きた。

 強い、強すぎる。

 これが、神浜の英雄。

 圧倒的じゃないか。

 今日まで積み上げてきたものが、まるで通用しない。

 張り子の虎――――いや、正に赤子の手をひねるように、鮮やか。

 

 しかし――――

 だけど――――!!

 

「っ……!!」

 

 歯を喰いしばって痛みを堪えると、アクロバティックに起き上がる鈴紗(リンシャ)

 諦める訳にはいかない。

 自分には堕龍の鋭士としてのプライドがある。中国武術こそが――宗師が生み出した『蒼碧拳』こそが最強である事を証明し続けなければならない。

 だから――――

 

 再び如意棒を構える鈴紗から、虎の様な気迫が発せられた。力強い眼光がやちよを射貫く!

 

「ハイッ!」

 

 裂帛の気合と同時に、如意棒がグンッと伸びた。

 ――――速い。

 先程よりも遥かに高速で迫る先端。しかし、対応策はできている。やちよは当たる寸前で如意棒に添えるように手を――――

 

<しなれ、如意棒!!>

 

「っ?!」

 

 ――叶わなかった。

 掴み取ろうとした手が空を切った。如意棒が勝手に避けた(・・・)のだ。

 咄嗟に棒全体を見遣ると、鈴紗の持ち手から先が反り曲がっていた。宙で大きな半円を描くように。

 この形状――――ひょっとして……

 

「!」

 

 攻撃の意図に気付いたやちよが咄嗟に、バックステップ。

 ビュッと風切り音。如意棒の尖端が消えた(・・・)ように見えた瞬間、足元から轟いたのは耳を劈く程の爆裂音!!

 

(鞭か)

 

 瞬間的に下を見ると床がボコリとへこんでいた。凄まじい威力だ、正に雷鳴――――

 それにしても、何て応用力に長けた如意棒だろう。恐らく、固有魔法は物体の形状を変化させるものか。

 

「奥の手です」

 

 鈴紗(リンシャ)が不敵な笑みを浮かべた途端、だらしなく床に垂れていた如意棒の先端が、シュッと元の形に戻る。

 間違いないと見ていいだろう。

 鈴紗(リンシャ)が如意棒をゆっくりと振り上げると、再び持ち手から先が、ゆらりと半月を描くように反り曲がる。

 

「……」

 

「逃げられる術は、ありませんよ!!」

 

 じっと、先端の動きを見つめるやちよ。

 鈴紗(リンシャ)は勝ち誇った笑みを浮かべて断言すると、如意棒を腰の後ろまで大きく振りかぶり――――全力で振り抜いた!!

 風切り音――

 

(直撃!!)

 

 ――直後に響いたのは二度目の雷鳴!!

 鞭に変えた如意棒の速度は、鈴紗(リンシャ)の技巧も相俟って、音速を超える。だから、()()()ように見えるし、誰にも見極めることは不可能!

 鈴紗は手応えを実感し、勝利を確信した。如意棒は確実に七海やちよの首筋を捉えた筈――――

 

(……えっ?)

 

 そう思い如意棒を元に戻した直後、呆気に取られた。

 どういう訳か、先端が若干重く感じ――――

 

「ええええええええええええええっ!!?」

 

 鈴紗(リンシャ)のビックリ仰天の悲鳴が、会場内で反響した!!

 驚愕するのは無理は無い。

 何せ、如意棒の先端が――――“蝶々結び”されていたのだから!!

 

 

「……動きさえ予測できれば」

 

 

 刹那――――耳元で囁かれた呟きに、全身がぞっと凍える。

 

 

「対処は容易い」

 

 

 最早、如意棒は意味を為さなかった――――!

 

「うわああああああああ!!」

 

 そう判断した鈴紗(リンシャ)が武器を投げ捨て、声の方向へと拳を振り抜く。

 だが、いつの間にかそこで直立していたやちよの右手にパシッと受け止められる。

 

「このっ……!!」

 

 もう片方の拳も振るうが、それも左手で受け止められてしまう。

 ――――こうなったら、力比べだ。

 鈴紗(リンシャ)は自身の膂力に自信を抱いている。同年代の堕龍のメンバーの中でも随一と言われた程だ。

 これなら、負けはしない!

 

「いいぞ~~!!」

 

「やっちゃえ(リン)姉~!!」

 

 観客席から、姉妹弟子達が声を張り上げて応援してくれた。

 ――そうだ、このまま押し切ってしまえば……

 

「あ、あれっ?」

 

「…………」

 

 だが、鈴紗は瞠目した。

 渾身の力を込めて押しているのに、やちよの軸は一切微動だにしない。

 

「えっ、何で!?」

 

「…………」

 

「なんでなんでなんで!?」

 

「…………ふふ」

 

 訳が分からず呆然となる自分を、やちよは只涼しい顔で見つめている。

 

「どうしたんですか~~~!?」

 

「いつもみたいにグイッと押し倒しちゃってくださいよ~~!!」

 

(やってる、やってるよ~~~!!?)

 

 姉妹弟子達が応援してくれるが、鈴紗は完全に混乱していた。

 一体なんだこの状態は。どう頭の中で処理すればいい。

 やちよの膂力が自分よりも凄いとか、石像の様に重い――とか、そういうんじゃ無くて……

 

 

(ワタシの“力”が……この人に全く伝わっていかない……!?)

 

 

 まるで“空気”を押すような――――そんな“感覚”だった。

 そこで、やちよが微笑を浮かべて一言。

 

「終わりよ」

 

 グッと、掌に力を込めると――――

 

「あっ!」

 

 何故か鈴紗(リンシャ)()()()()()()()()()()が走り――

 

 ――両足がガクリと折れた。

 

 

「三本。七海やちよの勝利」

 

 

 瞬間、秘輝がそう判定を下し、勝敗が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事な合気と古武術だな」

 

「ええ」

 

「ふふ……。やはり、七海やちよは我らに匹敵する“龍”と成り得そうかな?」

 

「さあ……? まだ、分かりませんね……」

 

 海龍の言葉にそう返しながらも。

 五龍の一角・(チャン) 咲蘭(シャオラン)の口元は愉快そうに吊り上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆おまけ――――次回予告

 

 

「初めまして、劉 蓮穏(ラウ=リェンウェン)です」

 

 

 ――――一戦目を快勝したやちよ。

 

 ――――しかし二番手に現れたのは、蒼海幇・堕龍(デュオロン)最強のエース!!

 

 

「っ!?」

 

「言っとくけど、わたしに“合気”は効かないよ」

 

 

 ――――やちよの古武術、まるで歯が立たず。

 

 

「わたしは天下一の槍術使いを自負している。だから、わたしを差し置いて勝手に“最強”を名乗られるのは、気に入らないね……」

 

 

 ――――その槍術、正に神業の如く。

 

 ――――七海やちよ、絶対絶命か。

 

 

「“最強”は世間が勝手に呼称しただけのこと……全く、迷惑な話です」

 

「貴女が鬼神の如き強さなれど、人のままなら、私が修羅に成り果てれば良いだけのこと」

 

 

 ――――しかし、武士の闘志は決して潰えず。

 

 ――――死の覚悟を以て、戦いを制するのみ。

 

 

 

 




 次回、七海やちよ魔法少女ストーリー ~グランドマスター(地上最強)への道~
 第三話、(作者の調子が良ければ)近日公開!!


 はい。
 今回はセリフや内容がもろに、「グランドマスター」や「イップマン」ネタでしたね!()
 整合性が滅茶苦茶なのはご容赦を()



 ご無沙汰しております。
 二カ月間が開いてしまいましたが、ようやくリアルが落ち着いたため、
 執筆・投稿再開致しました。

 これからはなるべく10~14日以内の投稿を心掛けますので、
 何卒、よろしくお願い致します。
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