魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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七海やちよ 5話 「三番手 武神 (チャン) 咲蘭(シャオラン)」2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼ですが……」

 

「ああ、“これ”ですか」

 

 やちよの視線の方向を察して、咲蘭が目頭を抑える。

 当然だ。

 咲蘭はずっと目を閉じたままだ。普通に見れば全盲を疑われてもおかしくない筈。

 しかし、緩やかに微笑みながら、咲蘭は答える。

 

「目が()()()()のでね」

 

「……!」

 

「こうして閉じていないと、余計な情報ばかりが入って困るのですよ」

 

「……成程」

 

 含みのある答えだ。

 しかし、納得がいったようにやちよは頷くと、間合いを取って、槍の先端を相手に向けて、構える。

 対する咲蘭も、変わらず仏の顔のまま身構える――だが、その型はなんと“拱手”。

 

「あれは……」

 

「“神樹の構え”だ!」

 

「初めてみた……!」

 

 その姿を見た門下生達がざわめく。

 一見、先ほど見せた中国式の挨拶と変わらない。しかし、彼女たちの驚きようから、このポーズこそが咲蘭の戦闘態勢だと分かった。

 ――先に仕掛けたのはやちよだった。

 咲蘭は拱手したまま固まっている。仏像の如きその型から何を仕掛けてくるか想像もつかない。ならばこちらから攻撃を仕掛けて見極めるが武術の合理。

 槍を先端を向けたまま突貫。そのまま咲蘭に肉薄する――瞬間! 突き刺す寸前でやちよは槍を大きく旋回、続けて旋回! 二回戦で(ラウ) 蓮穏(リェンウェン)が放った必殺技だ。突進と見せかけ、目前で槍を二度振り回して呆気に取ると同時に、遠心力と魔力を上乗せした強烈な一撃を首筋に見舞う!!

 

 ――――蒼光の一閃。

 

 真剣の居合抜きの如き、一条の光が咲蘭の首を狙う。

 が、咲蘭は動じず、拱手したまま。

 次の瞬間――

 

 

「えっ」

 

 

 直撃の寸前で、やちよの手から、槍がすっぽ抜けた。

 一寸でも、力を抜いたつもりは無かった。

 咲蘭の手が動いた様子も無い。彼女は微動だにしていない。

 呆然。

 未知の事態が突然発生したことで、思考が消去される。

 

 攻撃の最中にも関わらず()()()()()()()()()せいで、やちよの体勢が崩れる。

 勢い余って両足が宙に浮いた。このままでは前のめりに転倒するのみ。

 やちよの利き手が反射的に―謂わば無意識に―何かの支えを欲して伸びる。差し出されたのは、咲蘭の左手。

 

「っ!」

 

 我に返る。

 僥倖だった。咄嗟にやちよは右手を引っ込めて、身体を丸めた。肩から床に落ちるとそのまま弾んだボールのように、勢いよく転がり回っていく。

 

「おや?」

 

 咲蘭が訝しそうにその様子を眺める。

 やちよの身体は落ちる寸前で止まった。右肩を庇いながら擂台(れいたい)の端でゆっくり立ち上がる。

 

「せっかく手を差し伸べましたのに……」

 

 眉を八の字に下げ、残念そうに呟く咲蘭に、やちよはフッと笑う。

 

「左手は“不浄の手”といいますから……掴む訳にはいきませんでした」

 

「あら? 中国人は清潔好きなのですよ。日本に住んでいれば尚更」

 

 お互いに皮肉を言い合いながらも、咲蘭は中央に戻り、再び“神樹の構え”に入る。

 一方、やちよも中央に戻って咲蘭の型について考察。

 

(恐らくあれは……白鶴拳の套路(とうろ)三戦(サンチン)”の発展形……)

 

 琉球空手のとは違い、白鶴拳のものは開掌することで、圧倒的な重心を保つ守りの型としてではなく、攻守一体の套路(型)として利用する。

 咲蘭の構えは、拱手―つまり、両手を組み合わせているように見えるが、実は僅かに隙間を開けていた。

 

(危なかった。さっき、彼女の左手をうっかり掴んで居たら……)

 

 

『姉者……鄭 咲蘭のは、もっと痛かったぞ』

 

『肘から膝にかけて、骨が粉砕した』

 

 

 ――――先の試合での劉 蓮穏の言葉が脳裏を過り、肝が冷えた。

 

「“神樹”とは、自然と一体と成り、自らを大樹と化します」

 

 刹那、風切り音。

 高速で“何か”が接近してくるが、咲蘭は構えたまま動かない。

 

「すると、『木火土金水』―つまり、ミクロコスモ(世の理)が我が味方となり、あらゆる害悪から、この身を護ってくださります」

 

 ばきり、と折れるような音。

 同時に見えたのは、粉砕されパラパラと宙を舞い散るやちよの槍。後頭部直前に迫った槍を、刹那の如き“捌き”で払い、叩き折ったのだ。

 

 

「さっすが鄭老師!! 伝説の武術家!」

 

「伝説……ねえ、確か鄭老師って昔霊山に籠って、とんでもなく強い魔女の結界で一か月間生活したんだっけ、ねえ……? あの“神樹の構え”で……」

 

「いーや違うよ! 半年間だよ!」

 

「一年だ」

 

 

「……」

 

 周囲から次々と聞こえてくるのは“武神”(咲蘭)の伝説。

 何れも噂話に留まっている様子だが、その技を実感したやちよとしては確信せざるを得ない。相手は“本物”である、と。

 冷静を保ったままに見えるが、その額にはじわりと汗が浮かんでいた。

 それを見て、咲蘭は仏の笑みを深める。

 

 

「さあ、貴方の“修羅”を解放しなさい。七海やちよ」

 

 

「……!」

 

「そうでなければ、私に指一本触れることすら敵いませんよ」

 

 “修羅”――か。

 嫌な響きだ。その言葉には覚えがあるから。

 ()()()、自分は成らざるを得なかった。

 そうしなければ、自分が殺されていた。

 大切な人達をもっと犠牲にするかもしれなかった。

 

 ――――だけど。

 

 やちよは、震え荒れそうになる心を治める為に、深呼吸。 

 これは試合だ。()()()のような、殺し合いではない。

 誰かの命を奪われる心配も無い。

 咲蘭の言葉は、あくまで挑発。

 最初から、相手のペースに飲まれて、自分を乱してはいけない。

 

 だから。

 

 

「…………」

 

 やちよに余裕が戻る。

 相貌筋から力が抜けていた。

 

「…………」

 

 すう、とやちよの両手が発光すると、携えていた槍が消失。

 

「おや」

 

 訝しげにその様子を見つめる咲蘭。

 槍が通用しないなら、徒手空拳で挑む――と見るのは早計、やちよの戦意が消えていたから。かといって降参を決めた訳でも無い表情だ。

 

「……」

 

 すっ、とやちよは腰を落とし、床に正座した。

 そして――

 

 

「どうぞ。打ってみてください」

 

 

 微笑みを浮かべて、そういった。

 周囲が一斉に騒めく。門下生の年少組は、負けを認めたな、試合放棄するのか、臆病者、日本武道なんて所詮その程度だ、などと罵詈雑言を喚き散らす。年配組は、声を挙げずに、やちよの仕草に不審と不安が入り混じった眼で見つめていた。

 

(何のつもりだ、やちよ……!?)

 

 そして、試合開始からずっと蒼褪めた顔のひなのも、同じ気持ちだった。

 咲蘭は魔法少女も武道家も大ベテラン。やちよの方が弱いとは決して思いたくないが、いくらなんでも相手が悪すぎると思っていた。

 にも関わらず、無防備で正座するやちよである。

 彼女の性格上、何か狙いがある筈だが、普通に見れば自殺行為に等しかった。

 

 

「なるほど」

 

 咲蘭はフッと微笑みを深め、“神樹の構え”を解く。

 

「私の型は、こちらから手を出さない。そして、貴女も手を出さないと来ましたか」

 

 腰に手を回し、ゆったりと歩みよる咲蘭。

 

「これで争いは終結。実に平和的で、理想的です」

 

 ですが、と咲蘭は笑みを深める。

 

 

「これは、“試合”なのです」

 

 

 その一言の後。数拍置かれて――――

 

 

 

 

鈍!!

 

 

 

 ――衝撃が震撼する。

 

 門下生全員が、驚嘆。

 ひなのの顔に、絶望。

 海龍の顔に、愉悦。

 

 正に閃光の如し。

 一瞬――コンマ1秒にも満たない超高速で、その“一撃”は放たれた。

 目の当たりにした全ての者の顔面に轟と突風が吹き当たるのと、落雷の如き爆裂音が耳を劈くのは同時だった。

 自分の身に何が起きたのか、やちよは分からなかった。

 気が付いた時には、虚空に向かって拳を打ち抜いた咲蘭が見えた。ただ、それだけ。距離は2mは離れていた筈。

 炸裂音が耳を貫き、身体の内側からめちゃり、ぐちゃりと不快な音が聞こえてきて――弾かれたように、身体が後方へ吹っ飛んだ。

 急な圧力に胃を押しつぶされて、胃酸を宙に撒き散らしながら擂台の端まで――――と、奇跡的に絶望は免れた。

 落下寸前でやちよは槍を床に突き刺す!

 

「!……がはっ!」

 

 衝撃で傷ついた胃から急上昇した鮮血を吐きだしながらも、突き刺した槍を支えにどうにか態勢を立て直すやちよ。

 だが、身体のダメージはかなり大きい。同時に心理的ダメージも。

 咲蘭の構えをじっと見る。

 たった今、彼女が自分に打ち込んだのは寸勁――虚空に突き出された拳は縦、つまりその形は『崩拳(ポンチェン)』だ。中国拳法『五行拳』の代表的な技の一つ、鄭 咲蘭を象徴する“木”の属性を持つ、矢の如く鋭き中段突き!

 

 

「『崩拳郭天下無敵』」

 

 

 咲蘭が呟いた一言に、朦朧としていた筈のやちよの意識が覚醒した。

 伝説の中国武術家―(かく) 雲深(うんしん)

 老師・李 洛能の下で形意拳を学んだ彼は、修行時代の三年間を、『崩拳』の練習のみに費やしたとされる。その後、様々な相手と戦ったが、雲深は敵がどんな攻撃をしてこようと、崩拳だけで打ち勝ったというのだ。その時の異名こそが――!

 

「……ぐっ!」

 

 視界が激しく揺れる。

 口から血を垂らしつつ、床に膝を付くやちよ。 

 伝説は、所詮伝説だ。

 誰かが、誰かから聞いた話を勝手に誇張して世間に広めただけに過ぎない――そう思っていたが、郭雲深の逸話は紛れも無い“真実”だと信じざるを得ない。

 鄭 咲蘭の崩拳を真正面から受けて、そう確信した。

 つまり、“ただの中段突き”でも年月を掛けて磨き上げれば、どんな武器にも勝る“殺人兵器”と化ける――――!

 

「…………っ」

 

 だが、何よりも恐るべきは“ただの中段突き”をここまで進化させた咲蘭の執念! 正に伝説の郭雲深の如し!

 直撃では無く“空圧”を受けただけでこの破壊力だ。

 ぞっと、やちよは身体が芯から震え上がっていくのを感じた。悪寒が爪先から這うように背中を駆け上がっていく。

 

 ――――これが、“武神”か。

 

 今まで戦った相手との比較なんて全く当てにならない、想像以上の強さだ。

 その表情は完全にリラックスしており、余裕綽々といった様子。恐らく、実力の3割も出していないのだろう。

 無論、彼女が“本物の”武術家なら、“遊び”の内に終わらせた方がベストだと考えているに違いない。

 もし、その気持ちでいるなら、やちよも同意だ。武術家が本気になれば、最悪な事が――――

 

 

「やちよっ!!」

 

 

 ハッとなるやちよ。

 唐突に耳に突き刺さったのは、ひなのの、祈るような叫び声。

 そうだ。

 例え、“最悪”が起きたとしても。

 自分は、決して負ける訳にはいかない――

 

「ふっ」

 

 やちよは槍を引き抜くと、咲蘭に向かって力任せに放り投げた。

 既に咲蘭は神樹の構えを取っている。よって無駄な足掻きだ。槍は直撃寸前で真っ二つに叩き折られて床に落下した。

 

「……?」

 

 と、そこで七海やちよの気配が消えていることに気付く咲蘭。

 次の瞬間、周囲から複数の風切音!

 

「そこです」

 

 咲蘭、虚空に向けて掌底!

 ドッと鈍い音が響く。

 

「ぐっ!」

 

 四方八方から咲蘭に迫り来る槍の雨。

 その内の一本を明確に捉えて叩き込んだ瞬間、槍は七海やちよに変化した。

 鳩尾への一撃を諸に受けたやちよは呻き声を挙げて、後方へ吹き飛んだ。

 

「成程。属性が水の貴女は、自分の姿を自由に変容させることができる……しかし」

 

 咲蘭の周りで力を失った槍がバラバラと落下し、蒼の光となって消滅する。

 やちよの作戦とは、自らを槍に変え、仕込み槍に紛れさせることで、咲蘭の虚を突く――が、仕込み槍が通用しないことは、試合前に証明済みの筈だ。

 非常に稚拙と言わざるを得ない。

 焦っているのだろう、と咲蘭は考えた。

 それは若さ故だ。実力差は明白、しかし負けを認めたくないから、せめて一撃さえ当たれば逆転のチャンスが生まれる筈だと思って、焦る。

 そうして放たれた攻撃は隙が大きいものだ。相手にカウンターのチャンスを与える。ましてや中国武術家にとってカウンターの一発は一撃必殺に等しい。

 つまり――

 

「貴女は、斃される為に向かってくるようなものです」

 

「…………っ」

 

 口の中に溜まった鮮血をブッと吐いた。

 ぜいぜいと息を切らしながらも、やちよは闘志が滲んだ瞳で、咲蘭を睨んでいる。

 

「遠慮なさらず、全てを開放しなさい。……貴女の内にある“修羅”を」

 

「いいえ」

 

 やちよは首を振って即答。

 穏やかな仏の顔に初めて変化。眉が吊り上がり、眉間に皺が寄る。

 

「なるほど、つまり負けを認めると」

 

「いいえ」

 

「では、何故?」

 

 咲蘭の声色が低くなる。

 やちよは微笑みを浮かべて答えた。

 

「……鄭老師。貴女の神樹の構えは、“究極のリラックス”によって成り立っている」

 

「……?」

 

 

「今から、それを崩します」 

 

 

 やちよは槍の切っ先を咲蘭に向けて、宣言。

 怪訝な表情を浮かべている咲蘭だったが――

 

「なるほど。やれるものなら、やってみなさい」

 

 やがて、フッと面白そうに笑みを浮かべると、再び中央に立ち、神樹の構えに入る。

 

「いざ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 果たして、圧倒的格上の相手に、勝機はあるのか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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