魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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七海やちよ 6話 「三番手 武神 (チャン) 咲蘭(シャオラン)」3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこです」

 

「! ぐふっ」

 

 咲蘭(シャオラン)の掌底が、虚空に向けて放たれる。

 ドン、という鈍い音と同時に、“槍から元に戻った”やちよが吹き飛び、周囲の槍がバラバラと落ちた。

 

「そこ」

 

「ぐっ」

 

 そして暫く後も、全く同じ光景が展開された。

 今度は脇腹に一撃を諸に喰らい、やちよが床に転がる。

 

 

 

 

「何をやってるんだ、やちよぉ……!」

 

 ひなのが苦虫を噛み潰したような顔で声を絞り出す。

 やちよが飛翔。気配が消える。会場に隠された『仕込み槍』が咲蘭に迫る――その内の一本を咲蘭が攻撃! 槍が正体を表す。ダメージを受けたやちよが勢いよく吹き飛ぶ……。

 そんなルーティンが5回は繰り返されていた。

 故に、ひなのの苦々しさは理解できるだろう。

 仕込み槍に、自分を紛れ込ませて相手を錯乱――この戦法は合理的だが、既に見破られている以上、無駄。

 確かに、槍の動きや一本ごとの速度は多少変えてはいるが、だからといって通じる相手ではない。ひなのにとっては正に理解不能で、もはや『数撃ちゃ当たる』的なヤケクソ戦法としか思えない。

 周囲の門下生―特に若手の生徒達の野次も騒がしい。

 勝負を捨てたか、ボコボコになっちまえ、得意の合気道はいつ見せるんだ、あっ触れなきゃ使えないか、勝負あった、小手先でしか戦えない半端者め、等々、聞こえる度に屈辱的で、ひなのの拳が震える。

 

(だが、このままじゃ、本当にその通りだ……!)

 

 ――やはり、焦っているのだろうか。

 

 ふと、隣を見る。

 宗師・海龍の顔が以外だった。咲蘭が圧倒的優勢にも関わらず、その形相は、硬い。

 だが、太陰大極図を映す瞳は爛々と瞬いており、何かを期待している眼差しだ。

 

(こいつが凝視している先は……まさか)

 

 

 

 

「そこです」

 

「……がっっ!」

 

 咲蘭の掌底が炸裂。元に戻ったやちよが勢いよく床に転がった。

 

「流石は合気道の名手」

 

「…………」

 

 槍を支えにやちよは、ゆっくりと立ち上がった。

 平常と変わらぬ、穏やかな仏の顔で語りかける咲蘭を、鬼神の如き蒼眼で睨み据えながら。

 

「最初に比べて、防御の取り方が上手くなってきましたね」

 

 咲蘭が言う“最初”とは、崩拳を放った時だ。

 あの瞬間、やちよはあえて相手に攻撃させ、身に受ける事で、咲蘭の動作を学ぶ筈だった。

 息を吸い込み腹筋を固めたが、それが仇となった。崩拳の衝撃が全身に伝わってしまい、骨の芯に至るまで深いダメージを受けた。

 それを反省に活かし、以降やちよは攻撃を受けた際、逆に息を吐く事で、筋肉を“弛緩”させた。こうすることで、攻撃を受けた時の衝撃を幾分か反らすことができる。例えるなら宙に舞う紙を刃物で切るかの如し――無論、直撃の為どうしても身体にダメージは追うが、致命傷は免れる。

 

「……お褒めに頂き、光栄です……!」

 

 口に溜まった血をふっと床に吐いて、やちよは頭を下げる。鬼の瞳のまま――

 咲蘭がふっと笑みを深める。

 

「その為に、食事を抜いてきたのですね。成程、人間は空腹になると、感覚がどんどん鋭くなる。不思議なことに、普段感じないことが手に取るように分かる…………しかし、決定的な一打を生み出さなければ、私は破れませんよ」

 

「………」

 

「武術家ならご存知の筈。暗闇を乗り越えた者の強さは、如何なる武術をも凌駕する、と」

 

 確かにそうだ、とやちよは思う。武術にとって『暗闇』は重要な要素だ。

 合気道でも、姿勢を修正するために、“目を閉じて”基本動作の反復練習を行う。

 目を開けていると、姿勢の悪い癖や歪みを無意識に修正してしまい、気づかない――つまり、動作の要点が分かっているから、つい“目”で状況を判断し、頭で考えながら体をコントロールしてしまう。

 よって、目を閉じたまま、歪み無く基本動作をこなせれば、武術家の道へ一歩、踏み出せると言っていい。

 

 また、人間は元より『昼行性動物』である。

 目を閉じる又は暗闇の中で動くと、本能的に不安を抱く。そうなると自然に体が萎縮したり、強張りが生じたりする。誰かぶつからないかと気にするだけでも、肩に力が入りやすい。

 暗闇に慣れることは、上記の動揺を克服し、四六時中平常心を保ち、恐怖から生じる無駄な力みをとってのびのびと生きる事に繋がるのである。

 

 伝説のパイロット・坂井三郎は、普段から電車の中で目を閉じて立ち、車両の揺れや方向の変化を体で感じ取り、バランスを取る訓練を積んだという。空中で戦闘機を自由自在に操る為に、どんな状況でも、自分の体のバランスを保つ必要がある。

 その訓練の成果で誕生したのが、『第二次世界大戦の撃墜王』だ。

 

 ――つまり、暗闇の中で普段通り生活している鄭 咲蘭は、正に天下無敵に限りなく近い存在の筈だ。

 『神樹の構え』は、その成果の顕れ。

 暗闇(きょうふ)を乗り越えた先の、究極のリラックス。

 超感覚にまで発達した五感に、死角無し。

 

「…………!」 

 

 槍を携えたまま、やちよが飛翔。またも、気配が消失する。

 複数の風切り音が聞こえてくる。発動した仕込み槍が咲蘭を取り囲み、一斉に向かってくる。

 

「芸が無い」

 

 槍の本数は十。最初に比べればその数は、かなり少なくなっている。その中から『やちよ』を割り当てる事は容易い。

 

「故に、是非も無し」

 

 咲蘭の超感覚にまで研ぎ澄まされた耳が、『やちよ』を補足。

 この一本だけが、他の槍とは違って動きに独特のブレがある。それが振動となって空気中に伝わり、咲蘭に教えてくれる。

 一直線に向かってくる『やちよ』に体を向ける咲蘭。叩き落とす事は容易――

 

「っ!?」

 

 ――の、筈だった。

 咲蘭の眉間に皺が寄る。『やちよ』と――他の9本の刃先が狙っているのは、()()()()()()()()

 

 

 

 

 耳元で、金属音が炸裂した。

 

 

 

 やちよの意図に気付いた時には遅かった。

 けたたましく鳴り響いた“音”が鼓膜を貫き、咲蘭の脳を震撼させた。

 同時に、金属同士の擦れ合う音が、咲蘭に“不快感”を齎し、全神経を乱す。

 眉間に皺が寄る咲蘭。

 ここで、漸く何が起こったのかを理解した。 

 自分の耳元で、10本の槍が、空中で同時にぶつかった。

 その時生じた、先端の金属同士の衝突音が――咲蘭のリラックスを崩した。

 

 ほんの一瞬だけ。

 

 しかし、やちよにとっては、そこから咲蘭を崩すには十分な時間だった。

 咲蘭の右手に“何か”が絡み付く。

 

「っ!?」

 

 反射的に振り払おうと咲蘭が右手を動かした直後。

 急に体が仰け反り、顔が天井へと向いた――直後に、背中が叩きつけられる様に床に落ちて、強い痛みが全身を走る!

 

「!! ……!」

 

「誰かが言っていた。“耳には瞼が無い”、と」

 

 迂闊。

 合気の要領で、力を利用され投げられたと実感した矢先に、やちよが語りかけてくる。

 

「私の攻撃を全て防ぐことは出来ても、“音だけ”は防げない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂。

 

 騒がしかった筈の若い門下生達の野次が鳴り止んだ。

 彼女達は全員、自分が見てる光景が信じられなかった。

 

 ――――武神が、転ばされた。

 

 最強を誇る武術・蒼碧拳。その師範が、天下無敵の一人が、伝説が、『龍』が――――ありえない。

 現実の出来事だと認識できるまで時間が必要だった。到底受け入れることができなかった。

 

「皆の者、心して現実を見よ」

 

 宗師・海龍の静かに呟かれた言葉が、門下生全員の頭に重く伸し掛かる。

 

「我らは我が拳の天下最強を自負するが、そこに“絶対”は無い。皆、等しく人間である限り、隙を見せれば必ず崩される事を忘れるな」

 

 以前、前述した通り。

 人間は二本足“だけ”で重い頭を支える不安定な動物。動いてさえいればいつだって崩せる事は可能。

 それは咲蘭や、海龍本人とて例外では無い。

 

(なるほど、やちよをここに呼んだ意味はあった訳か……)

 

 隣目で冷ややかに海龍を見ながらひなのはそう思う。

 周囲に目を配ると、それまで騒いでいた少女達は皆、海龍の言葉に身を引き締めて、試合の様子を見守っている。

 確かに今の言葉には、ひなのも同意だ。そして、師範の長たる海龍がやちよの強さを信頼してくれていたことには、正直以外だったが、安心感もある。

 しかし、

 

(それだけじゃない。まだ何か()()()()期待しているな、この狸は……!)

 

 隣に座っているからこそ、よく分かる。

 彼女の目論見が。

 先の光景を目の当たりした、海龍は深い笑みを浮かべており、太陰大極図の瞳が子供の様に輝いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……流石です」

 

 しばらくして、背筋を使って音も無く立ち上がり、やちよと向き合う咲蘭。

 何事も無かったかのように冷静な様子だ。しかし、眉間に皺を寄せて、口をむっと結んだその相貌に、仏はもう宿っていない。

 

「ですが、残念ながら……七海やちよ。貴女は私の闘志に火を灯しましたね」

 

 神樹の構えを解き、仁王立ちでやちよと向き合う咲蘭。

 

「…………」

 

「ここから先は、お覚悟なさい」

 

 それは、決心の顕れ。

 やちよを一人の武術家として、蒼碧拳師範が認めた証。

 

「……承知の上です」

 

 ミクロコスモという“鎧”を脱いだ。つまり、自らも捨身でやちよと闘う事を決意したのだ。

 ただでは済まない――恐らく咲蘭も同じ気持ちだろう。

 これより先はお互い無事五体満足で終わるか……否、生きて帰れる保証さえ無くなったのかもしれない。

 しかし、それでも。

 

 

「斬り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ。踏み込んでみよ、極楽もあり」

 

 

 逃げてプライドを殺されるよりも、相手の懐に踏み込んで勝機を掴む方を選ぶ。

 その心構えを胸に、やちよは咲蘭と全力で闘うことを誓った。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 




次回で締めます!
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