魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
――――竜誕館本部・医務室
「痛むかね」
「いえ……」
普段は滅多に使われない老師専用の豪著なベッドの上で、七海やちよは静養を取っていた。
先の戦いで、身も
その脇には、椅子に座って看守る宗師・海龍の姿もある。
「ふむ、
「それは……?」
「あれは、元々霊媒師だ。君たちには馴染み深い筈だろう」
なるほど、とやちよは思う。
神浜の魔法少女は、教授・柊ねむと“大賢者様”の秘術によって、霊体の持つ絶大なエネルギーを魔力に変換してソウルジェムに取り込ませている――これが『調整』の実態である。
魔法少女にとってソウルジェムが本体、魔力は血を生み肉を生む。つまり、七海やちよの肉体を全快させたのは、
「……先程は、
と、急に神妙な顔になり、深く頭を下げる海龍。
意外な所作にやちよは目を丸くした。
「申し訳無い。あれには、厳しい処分を検討している」
「あの……! できれば、あまり手荒な真似は……っ!」
「君なら、そう言ってくれると思っていたよ」
擂台の上では龍を凌ぐ修羅そのものな英雄も、降りれば只の少女と変わりない。
フッ、と海龍は一瞬だけ微笑を浮かべると、目を鋭くしてやちよを見つめた。
「しかし……最後に放った
「…………」
「あれは、一体“何”かね?」
やちよは顎に手を当てて、考える仕草を少し見せた後、
「いえ、覚えてないんです」
眉を八の字にして、困ったように笑い、そう答えた。
「なに……?」
「あの時、私は鄭老師の攻撃が全く見えていませんでした。あまりにも迅速で、強烈で……だから、無我夢中で戦いました、自分自身の事さえ忘れるくらいに……。気がついたら、勝利を収めていた……。本当に、それだけだったんです」
「!…………」
やちよの答えに、海龍は珍しく目を丸くしたが、
「“無の境地”か……」
直ぐに納得したように頷いて、そう言った。
「そんな、あれはマグレですっ! 私ごときにはまだ……!」
「いや、君は“無”に至った。総ての武人が目指す最高到達点へと。でなければ、あの現象は説明が付かない」
「!? ……そう、なのでしょうか……?」
「『涅槃の真因はただ信心をもつてす』――」
日本の高名な僧侶の言葉を引用して、海龍は続ける。
「悟りの境地に至るための本当の手立てはただ一つ、信じる心のみ……。消え去る直前まで鄭に勝ちたいと、強く願っていたのだろう……。だからこそ、無に至った後も、本能が勝利を求めたのではないか? 例えるなら、そう……“プログラミングを完了した機械のように”」
「まるで、ご自身も経験なさったような言い方ですね……?」
「私も“無の境地”に至った事があるからね。ただ、君の場合は戦闘中。私の場合は永く遠い修行の果てに、という違いがあるが……」
懐かしむような遠い目を虚空に向けて答える海龍。
そこで、ふと気になることがあり、やちよは尋ねる。
「……王宗師。貴女は無に至る直前に、何が見えましたか?」
海龍は目を閉じて、瞼の裏に当時を思い返しながら、答える。
「……師でもあった父が見えた……。そして、
目を開き、「君は?」とやちよに尋ねる海龍。
「私には、祖母が見えました。祖母にとっては何気ない言葉だったのかもしれませんが……今ここで生きている私にとっては、とても大切な答えと成りました。……宗師の親友とは……?」
「……昔話は長くなるから、よそうか。今は
「…………」
なんとなく、その忘れ形見が誰なのかをやちよは察したが、海龍の気持ちを汲んで、言わないことにした。
☆
次の日――――
「盃を、交わしたァ!!??」
七海やちよが完治したと連絡を受けて、意気揚々と迎えに行ったひなの。
だが、竜誕館の門前で、やちよにゴニョゴニョと耳打ちされた言葉に、ビックリ仰天!!
「それは一体どーいうことだ!!?」
「どーいうことも何も、そーいうことよ」
頭のてっぺんからプンスコと湯気を立てて怒鳴り散らすひなのに、涼しい顔で答えるやちよ。
「お前自分が何をしたのか分かってるのか!!?」
「ええ、十分分かってるわよ。姉妹の契りを交わしたの」
「こっちの心配も知らずに!! 勝手な事ばかりしやがって!!」
「そう怒らないでよ。これで、私と海龍宗師は“対等な関係”となった。十分な報酬じゃない」
「あいつが“姉”でお前は“妹”だけどなっ!? 年齢的に見たらお前の方が立場が下って事には変わらんだろ!! それにあの場には
「あら、静原さん。話が分かるし、結構良い人だったわよ」
「メディアは狡猾なのが世の常だっ!! …………はあ。もう、ツッコむのも疲れた……」
ひなのはガックリと肩を落として項垂れた。こうなったら、もう、どうにでもなれ、だ。
相棒の勝利と生還を精一杯祝福したかったのに、その気持ちもすっかり萎えてしまった。
「でも、案外、そうじゃないかも?」
「……へ?」
秘密☆と言いたげに、やちよは人差し指を口元に当てて、ふふっと微笑んでいた。
その余裕の意味が、聡明なひなのの頭脳でさえ、丸一日かけても理解できなかった。
☆
――――後日。
“【神浜の英雄】、【武神】を破る!”
“最強を誇る中国武術師範、敗北!! 七海やちよの強さは底なしか!?
開明新聞の一面記事に世間が騒然となり、神浜市中の人々が熱狂に渦巻いた。
大きくそう書かれた見出しの脇には、【武神】鄭 咲蘭の
一面の半分は埋める程の大きさで、その写真類が貼られていた。
そして、新聞に続いて、大衆は次々とあらゆるメディアで声を挙げていく。SNSで、匿名のネット掲示板で、ラジオで、テレビで。
――“グランドマスター”
神浜最強改め、地上最強の魔法少女。
その称号こそが、七海やちよに相応しいと――以来、大衆の称賛と敬愛の声が途絶えない日は無かった。
そう、つまり――
☆
「【悟りを開いた少女は、人を超越し、伝説と成った】――――新しいウチの記事の見出しはこれでいいかなっと……我ながら、上手く書けた方ですかね~?」
「ご苦労だったわねぇ、【
「全く……。女将、約束通り、ボーナス上げてくださいよ~?」
「分かってるわぁ」
開明新聞社のエース記者・静原。
彼女の正体が、紅晴結菜が神浜市に送った密偵にして、御庭番衆の忍び頭――【加賀するが】であることは、決して誰にも悟られることは無かった。
Fin
以上で、拙作の七海やちよさんの魔法少女ストーリー&第一部ラスボス戦は終了です。
メインストーリーと同じくラストは、どたばた会話劇で締めました。