魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
※読まなくても、特に本編に大きな影響はございません。あくまで補完としてお楽しみ頂ければ幸いです。
FILE #10-S いなくなった両親と、忍び寄る“名無し”
東京都大田区・西糀谷四丁目――――そこには東京都大田区の京急蒲田駅と羽田空港国内線ターミナル駅を結ぶ、京浜急行電鉄の鉄道路線・京急空港線の「糀谷駅」がある。
その前の環八通り(311号先)を15分ぐらい歩くと、所見は巨人の心臓部と見紛う様な広大な建造物――――『羽田空港』のターミナルがある。
一組の男女が夕陽に照らされながら、そこに向かって歩いていた。急いでいるのか、やや駆け足だ。厚いロングコートを纏い、帽子を深く被っている。男の方は、サングラスを掛けていた。
半分ほど歩いた所で、二人は路地裏に隠れる様にして、入り込む。そこで見えた一件のレンガ作りの建物に、背中を預けると、ふう、と息を吐いた。
「まさか、君と初めて出逢ったこの場所で、別れることになるなんてね」
男はサングラスを帽子を外すと、微笑を浮かべて隣立つ女性にそう言った。彼の年齢は顔から推測するに30代後半と言ったところだろうか。
「人生とは分からないな」
「…………」
隣り立つ女性は沈黙を返した。どこかやるせなさが混じった沈痛そうな顔を俯かせている。彼女も見た目は若々しいが、年齢の方は男性と然程変わらなかった。男と同じ様に帽子を取ると、桃色に近い鮮やかな紫色の髪が映える。
「そう重い顔をするなよ」
「でも……」
「僕たちは“正しい選択"をしたんだ」
「でも……でも! 親としては!」
――――失格だ。
男性が宥めようとすると、女性がバッと顔を上げてそう必死に訴える。その目尻には涙が溜まっていた。
「今すぐ……あの子のところに戻りたい。会って、謝りたい……」
「
「ずっと続くって思ってたのに……。せめてあの子が結婚して、幸せな家庭を作るまでは続けられるかもって……! それが、こんなに早く終わってしまうなんて……!」
女性は堪えきれなくなったのか、両手で顔を覆うと、グスグスと泣き出した。
男は静かに見つめていたが、同様の思いであったのか――――グッと拳を握りしめると、震わせた。
「耀」
だが、自分まで激情に飲まれてはならないのだ。彼は、意を決した真剣な表情を浮かべると、耀と呼んだ女性と向き合いその両肩を、グッと掴んだ。女性は顔を覆っていた両手を外すと、男性と見つめ合う。
「気持ちは分かる。だが、そんな真似をしたらあの子にまで迷惑が掛かってしまう」
「
耀は顔を俯かせる。
「あの子は、これからの人生、たった独りで生きていくのよ……? 誰にも頼れずに……」
「独りじゃないさ。夕霧さんにはよく話をしてあるし……あの人のお膝元なら安心だ。それに、あそこには
輝一と呼ばれた男は、優しそうな笑顔を浮かべてそう告げるが、耀の顔は一向に浮かない。
「……輝一さんは、これからどうするの?」
これ以上話し続けても暗澹とした気持ちは晴れないと、思ったのだろう。耀が話題を変えてきた。
「僕はね……中東に向かおうと思ってる」
輝一は、顔を上げた。まだ夕陽は沈みきっていない。空は、熱そうな茜色に染まっている。
「……死ぬつもりなの?」
「生き抜く為だ。連中の手も紛争地帯までは及ばないだろうさ。そこで貧困や病気で苦しんでいる人や戦災孤児に手を差し伸べたい」
「それなら、私も……!」
行きたい――――! そう訴えようとするよりも早く、輝一は首を横に振った。
「君は日本に残っててくれ」
「だけど……! そんなところに貴方を独りで行かせたくは」
「よく聞いてくれ耀!」
輝一の声が急激に強まった。ピシャリと上から抑えつける様な声に、耀はハッと口を止める。
「親としての責務まで僕が奪い去る訳にはいかない!」
「……」
その気迫に、耀は押し黙ってしまう。
「いいかい、君は、どこか田舎みたいな場所で、自分を偽って、ひっそりと暮らすんだ。そしていつかほとぼりが冷めたら……神浜まであの子に迎えにいってあげてくれ」
「……」
その言葉が耀に迷いを齎した。顔を歪めて、俯かせる。
「それが、母親としての義務だ。そして……僕の願いだ」
願い、という言葉を受けて、耀は顔を上げた。輝一は屈託無い笑顔を向けている。
彼は両手を広げると、妻の華奢で小柄な身体を包み込む様にして、抱きしめた。
「輝一さん、私は……!」
それが彼の迷いの無い決意の表れだと確信した耀は、自分も選択を口にしようとする。
「『愛の逃避行』は映画の中だけにしていただきたいですなぁ」
「「!!」」
ねっとりとした男の声が二人の会話に割って入った。輝一と耀がギクリと肩を震わすと、即座に離れて、バッと後ろを振り向いた。
「見つけましたよぉ。環さぁん」
初老の恰幅の良いコートを羽織った大男が、尊大な態度を滲ませながら、ズンズンと大股で歩み寄ってくる。
張り付いた笑みはニコニコと笑っていて人が良さそうに見えた。だが、細められた目は、本能を顕わにした獣の様な眼光がギラギラと瞬いており、表情とは対照的に、自分達に対する敵意を剥き出しにしていた。
「サンシャイングループか……!」
輝一は、そう言ってクッと忌々しそうに歯噛みする。初老の男一人だけなら、自分だけでもなんとかいなせただろう。
だが、初老の男は後ろに黒服を纏った屈強そうな男――ボディガードか――達を、5名も従えていた。ここで自分達を確実に捕らえるつもりだろう。
しかし、一つ、不可解な事がある。
「どうして、ここまで……」
「あなた方の過去を既に弊社は調査済みですよぉ?」
「「!!」」
初老の男はフン、と鼻で笑って一蹴すると、そう言ってのけた。
輝一と耀の瞳が、驚きに見開かられる。
初老の男は二人が身体を預けていたレンガ造りの建物を見る。看板は取り外されており、窓には全てブラインドが掛かって中が見えなくなっていた。
「むかぁし、カフェだったここが思い出の場所だったんですってねぇ。待ち伏せしてたら案の定、だった訳です」
忌々しく歯噛みする輝一。
初老の男は薄くなった白髪を撫でると、笑みを、ニタニタと気色悪いものに変えた。
「会長と『博士』が、貴方がたをお待ちかねです。大人しく神浜市までご同行願いたい」
初老の男はそこで、首を半分後ろに向けて顎で合図する。即座に黒服達がこぞって前に出てきた。
「なぁに、手荒な真似は致しませんよぉ。抵抗しなければ、ねぇ?」
即座に、輝一は後ろを振り向いた!!
「耀! 逃げろ!!」
「でも、あなたが……!!」
「早く行け!! こいつらは僕がなんとかする!!」
「輝一さん……!!」
「君だけでも生き延びるんだ!! そしていつかあの子を」
――――そこで、
まるで、コンマ一秒の様な一瞬だった。
だが、輝一は確かにそう感じた。
身体の動きが、全身の感覚が、そして、意識が――――液体窒素を浴びた様に、ピタリと固まった
視界に映る耀の身体も同じ様に、一瞬だけ、固まっていた。
いや、固まった、というのは正確な表現では無いかもしれない。
もっと、具体的で、分かりやすい表現で表すなら――――
「グウッ!!」
直後――――意識が覚醒。全身の感覚が戻ってきた。
瞬時に起こったのは、首の痛み。まるで鉄棒で殴られたかの様な鈍痛に、輝一は顔を歪める。
一瞬の内に、かなり強い力で叩かれたらしい。意識が遠のいていき、視界がボンヤリと黒く染まっていく。
「耀……!」
前方を確認すると、彼女も同じ状態であった。首の激痛に顔を顰めると、そのまま意識を失って、路面に倒れ込んだ。
なんとか駆け寄ろうとする彼だったが、意識がそこで時間切れを告げた。
視界が闇に染まると――――支えを失った柱の様に倒れて、そのままアスファルトの路面に、身体の前面を叩きつけた。
☆
「まぁったく、手間かけさせやがって。おい!」
二人が倒れたのを確認した初老の男は、黒服達をひと声で指示する。
「「「「「はい!!」」」」」
5つのバリトンボイスが一斉に響いた。
彼らは、二つに別れると、倒れた輝一と耀の身体を介抱して、離れた場所に停車した車へと運んでいく。
初老の男はそれらが見えなくなるまで見送ると、胸ポケットから、一本のタバコを取り出し、火を付けて口に咥えた。
「貴方達『羽根』に頼んどいて正解でしたよぉ」
ふう~と、顔を上げて煙を吹く。彼は顔を戻すと、いつの間にか黒い外套で全身を覆い尽くした少女が一人、前方に佇んでいた。
「協力してくださったお礼に何か報酬を差し上げたいのですが」
「こんなもの、仕事の内に入らないわ」
ニコニコと人の良い笑みを浮かべる初老の男の申し出に対して、黒い外套の少女は冷淡に返した。目元を覆い隠すぐらいフードを深く被っているせいで、感情が全く伺えない。
「でしたらぁ、せめてお名前だけでも、教えてもらえませんかねぇ」
今後もお付き合いする可能性があるかもしれませんしぃ、と初老の男は言うと、胸ポケットから、勤務先と名前と連絡先が書かれた名刺を取り出して、黒い外套の少女に差し出した。
「名前は無いわ」
だが、少女は受け取る事無く、ピシャリとそう言い放った。
「へぇっ?!」
まるで、自分の名前なんてどうでもいい。寧ろ、捨てたとさえ言いたげな、ぶっきらぼうな言い様に、初老の男は呆気に取られた。
目を丸くして、少女を見つめる。
「“匿名希望"よ」
そう言った後、僅かに顔を上げる少女。
刹那――――僅かに、少女の瞳が確認できた。綺麗なアメジストの光が輝いている。
「……っ!?」
だが、それを見た瞬間――――初老の男は息を飲んだ。
恐怖心が一斉に湧き上がると、全身が硬直。
澄み切ったアメジストの光の奥。その美麗さとは対照的に、獲物の兎をどこまでも追いかけようとする猛禽類の様な、獰猛性を含む執念の塊が蠢いていた。
彼は仕事上で、色んな人間と出逢ってきた。だが、如何なる『老獪』と謂われる様な人物を前にしても、こんな気迫を持つ瞳の持ち主は知らない。
ましてや――――自分の娘と同い年くらいの女の子で。
直後、背中にゾーッと冷たいものは這い出して、全身が震えた。まるで、殺し屋かヤクザに、額に拳銃を突きつけられて脅されている程に、肝が冷えていた。
じっとり、脂汗が流れ出す。
(会長と『博士』は……こんな化物みたいな連中とよろしくやってるっていうのかぁ……!?)
二人の人間性を疑いそうになる。
しかし、悲しいかな、それが会社の方針であるならば、中間管理職の彼は大人しく従うしかなかった。
「…………では、“名無しのクロ”とお呼びいたします。それで、宜しいですか?」
「ええ、お好きに」
少女に対する恐ろしさを無理矢理隠しながら、笑って提案する初老の男に、少女はコクリと頷くと、彼についていく形で、輝一と耀が運び込まれた車まで足を運んでいった。
夕日はそこで、姿を隠し、闇が一帯が巣食い始めた。