魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
そして――――時間は現在に戻る。
自動車教習所は同じ区内にあるため、万々歳からはそう遠くは無い。
しかし、家を出るのが遅すぎた。魔法少女の脚力を持ってしても、14時の講習には間に合わないかもしれない。
(ヤッバ……! こうなったら変身して……)
気持ちが焦ってきた。額に汗が浮かぶ。
余計な魔力を使いたくなかったが、仕方がない。鶴乃は右手を掲げると、
「お―――――ッ!! 鶴の字じゃねーかーッ!!!」
変身しようと思っていた矢先だった。後ろから大声を掛けられてギョッとなる。
バッと振り向くと、いつ間にか後ろから一台の真っ赤なスポーツカーが迫ってきていた。
慌てて、横に飛び退こうとするが、
「っ!!」
運転手の顔を見た瞬間、鶴乃は驚いて動きを停めた。
「おけらさんっ!?」
「ガッハッハッハッハッハッハ!!」
スポーツカーは鶴乃の眼前でピタリと止まった。
運転席で豪快に笑っているのは、サングラスを掛けたガタイの良いオヤジ、ではなく、どうみても道路交通法に違反しそうな――要は、どうみても18歳未満にしか見えない――小さな女の子であった。銀色に輝く髪を大きな黒いリボンでツインテールに縛っている。
鶴乃は彼女のことを良く知っていた。
八坂おけら――――明京町の町役場にて、『調整員』を務める魔法少女だ。
グラマラスなみたまとは対照的に、小学5年生ぐらいの未発達な体躯だが、年齢の方は(本人曰く)20代後半らしい。
役場の1階で定食屋兼居酒屋『鏡屋』を一人で切り盛りしており、同業者として由比家とは度々交流があった。(無論人気の方はおけらの店の方が断然上だが……)。
調整課は市役所属ではあるが、立場は中立だ。行政や治安維持部の方針に従う事はない。
彼女たちはあくまで、「全ての魔法少女を平等に支援する」ことを義務としている。故に鶴乃もおけらとみたまにだけは心を許していた。
「ごめん、おけらさん! 今急いでて」
自分に声を掛けてくれたことは嬉しいが、今は相手をしている時間は無いのだ。
鶴乃はクルッと背を向けて、去ろうとするが、
「なら乗りねぇ! 連れてってやるよ!!」
走る寸前で、おけらにそう呼び止められた。クイッと親指で後ろを差す。後部座席に乗れ、という指示だろう。
但し、先客が居た。白いワンピースを身に着けた華奢な少女らしき人物が右側に座っている。麦わら帽子を目元を覆うぐらい深く被っているせいで誰かは伺えない。
「え? でも……」
先に乗ってるこの子に悪いんじゃないか、そう思って断ろうとするが、おけらはまたガハハハと豪快に笑った。
「遠慮すんなって! 二人より三人の方が賑やかだっ!」
後部座席の少女も、僅かに微笑みを浮かべて頷く。
「あ、ありがとう!!」
それを見て、鶴乃は安心した。車の左側に回ると、ドアを開けて、少女の隣に座る。
「お邪魔するね」
「……」
鶴乃は笑顔を向ける。少女は何も言わずに、微笑みを向けながらコクリと頷いた。
そして前を向くと、おけらはギアを動かして車を発進させる。
「あ、そうそう」
車が前進した瞬間だった。おけらは何か思い出した様な声を挙げる。
どこかわざとらしく聞こえて、鶴乃は目を細めた。
「ウチの
「女王?」
「ななか!」
鶴乃が呆気に取られていると、おけらが少女の名を呼んだ。
「えっ??」
鶴乃が隣の少女を見つめる。深く被っていた麦わら帽子をスッと外した。
――――まるで作り込まれた人形の様に白く美しい顔が、まず目についた。次いで紅蓮に染まりきったショートカットヘアが顕れて、サラサラと揺れる。
「……っ!!」
鶴乃がそれを見た途端、ギクリと胸の中がざわめいた。
「はじめまして、由比鶴乃さん」
紅蓮の頭髪の少女は、その端正な美貌を向けてきて、恭しいお辞儀と共に挨拶。
屈託無い可憐な笑みは、年相応の少女そのものだ。
だが、鶴乃は息を飲んだ。
眼鏡の奥にある二つの真紅が、自分を強く捉えている様に見えた。それは少女のものとするには余りにも不相応であった。
例えるなら……獲物に標的を定めた獣の如き眼光。
「常磐、ななか……!」
――――神浜市明京町治安維持部のチームリーダー。
初対面だが、彼女の噂はよく耳にしていた。
鶴乃の額にうっすらと汗が浮かぶ。
何かと「やり手」で有名だ。油断してはならない、隙を見せたら取って喰われる、と勘が強く告げた。故に強く身構える。
「……おけらさん、これはどういうつもり……!?」
ななかと対面しながら、おけらに恐る恐る問いかける鶴乃。
「安心しろ。行きてぇところには連れてってやる」
おけらはハッと鼻で笑った。
「その間に、ななかの話し相手をしてやってくれ」
――――引っ掛かった。
その言葉を聞いた瞬間、自分がおけらの仕掛けた罠にまんまと引っ掛けられた事を悟り、クッと歯噛みする。
「由比鶴乃さん、貴女に用があります」
ななかが声を掛けた。鶴乃が目を鋭くして問いかける。
「何……?」
ななかは顔を僅かに俯かせると、胸に手を当てて一度、深呼吸。息を整えてから顔を上げる。
――――先程とは一変して、真剣に極まる形相で鶴乃を見据えた。
「私のチーム、『アメノハバキリ』に、加入しては頂けないでしょうか?」
鶴乃の血が、急激に頭頂部まで噴き上がった。