魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #19-S 七海やちよ・追憶

 

 

 

 

 

 

 

 視界の上半分は常闇のような深い暗黒、下半分は目に突き刺さる様な紅蓮――――

 

 簡易に言えば、そんな景色が広がっていた。

 まず、首を上げて漆黒の夜空を見上げる。星々の姿は無く、痩せ細った三日月が、中央で小さく光り輝いていた。

 次いで足元を見る。地平線の彼方まで赤い花で覆われていた。目を凝らして見つめると『菊』の花であることが確認できた。

 

『あなたを愛している』

 

 やちよは赤い菊の花言葉を思い出した時、駆け出していた。この花畑の向こうに、大切な人がいる。それが誰かはわからないが、無性にそんな気が彷彿したのだった。

 地平線まで駆け寄ると――――うっと息を飲んで、足を止めた。

 断崖絶壁だった。もう少し勢いがよかったら、真っ逆さまに落ちていたことだろう。最も、魔法少女で有るため、重傷を負うことは無いが。

 崖の下に誰かの気配がした。やちよは、目線を下げると、遥か下に見える地面は真っ白に染まっていた。雪景色の様に見えるそこは良く目を凝らすと白菊の群集であることが確認できた。

 中心に女性が立っていた。

 やちよは思わず「あっ」と声が出そうになった。後ろ姿のままで表情は確認できないが、全身を覆う黒い衣装と、風に揺れる長い金髪が、自分の記憶にある人物と相似していた。

 

「――――っ!!」

 

 やちよは迷わず口を大きく開いた。その人の名前を強く叫んだ――――つもりだった。

 だが、声が出なかった。喉の水分が全て蒸発したかの様にからからに乾ききっていた。舌がひりひりと火傷したように痛くて思う様に動かなかった。

 

 

 

 

 

『そこから見下ろす気分はどうだい?』

 

 

 

 

 

「!!」

 

 声が、頭の中で響いた。やちよが思わず瞠目する。

 

 

 

 

 

『そこから私を(・・)見下ろす気分はどうだい? やちよ』

 

 

 

 

 

 再び、同じ言葉が、頭の中で反響する。

 全身に悪寒が走った。耳の中でドクドクと心臓の鼓動が響き、何度も額の冷や汗を拭う。

 両膝が力を失い、その場でガクリと折れた。

 

「――――っ!!」

 

 やちよは堪らず、女性の名を叫んだ。予想していたがやはり声は出てこない。

 でも、女性の問いにはこう答えたかった。

 そんなの、決まっている。決まっているじゃないか。

 

 

(ひどく、不愉快だわ)

 

 

 頭の中でそう叫んだ途端、意識は視界は白で覆われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 勢い良く身体が起きた。

 もう視界には菊の花畑も女性も居なかった。生活に必要なものだけ置かれた、自分の部屋の中だった。

 額にじとりと張り付いた汗を袖で拭い、脇のテーブルに置いておいたペットボトルを掴むと、中の水をグイッと飲み込んで乾ききった喉を潤した。

 ようやく、気持ちが落ち着いてきた。

 不意に窓に目を向けた。陽光が差し込む窓には一つの植木鉢が置かれていた。オレンジ色の小さな可愛らしい花――――マリーゴールドだ。

 

 ――――マリーゴールドの花言葉は……

 

 思い出した途端、植木鉢を床に叩きつけて割りたい衝動に襲われた。

 やちよは、慌ててかぶりを振って、荒ぶる感情をどうにか抑える。

 視線を逸らすと、別の物に目が止まった。

 小さな写真立てだった。二人の少女が映っている。見てくれからして対照的な二人だった。一人は自分と同じくらいの年齢で、金髪の三白眼に粗暴そうな風貌で如何にも不良と言った印象だ。そんな彼女と隣り立つのは、幾らか年下で、体躯も小さい少女。快活そうな丸顔で満面の笑みを向けていた。

 

「……ごめんね」

 

 やちよは、二人が映る写真に向かって小さくポツリと謝った。

 他の言葉を使ってはならない。自分には彼女達にそれを言うことしか許されない。

 

(特に……)

 

 金髪で三白眼の、彼女に関しては。

 

「…………」

 

 不良と小さな少女が映る写真立ての隣には、もう一つ別の写真立てが置かれていた。

 こちらの写真は年季が入っていて、やや色焼けを起こしていた。

 まだ年齢が二桁になる前の幼い自分と手を繋いで、若い女性が笑顔を向けていた。白髪のショートヘアに、大東学院の黒い制服を纏っている。

 彼女はやちよが最も尊敬する人物だった。彼女がいなければ今日のやちよは存在しない――――そう思える程に。少々変わっているところはあったが、当時の女性は誰よりも強くて、気高くて、揺るぎない信念と正義を抱いていた。

 

 しかし、ある一件が、女性の全てを完膚なきまでに踏み潰した。

 やちよはそれを良く知っていた。

 

十七夜(かなぎ)さん……」

 

 気がついたら、写真に向かって喋りかけていた。心なしか、女性の瞳が鋭く光った様に見えた。

 

「あの時の貴女の絶望を、私はようやく思い知った気がします」

 

 心が冷たく冷やされていくのを感じながら、やちよは言葉を続ける。

 

「それでも、私は貴女の様に、立ち止まることはできないんです」

 

 眉間に皺がより、女性の顔を睨み返した。

 

「この道を進み続けるしかない。そう考える私は、正常なのでしょうか? 貴女が教えてくれたパンセの言葉の様に、怪物と成り果てているのでしょうか?」

 

 捲し立てる様に問いかけるも、当然相手は写真だ。答えは返ってこない。

 刹那――――ペットボトルの隣に置かれた電話の着信音が不意に耳に入り込んだ。

 手に取って、画面を見ると、『八雲みたま』と表示されていた。

 

「もしもし、みたまね」

 

『七海部長、今何処にいるの?』

 

 いつもの間延びした声では無い。明らかに焦燥が混じっていた。

 何かあったのか――――そう察したやちよは目を細める。

 

「白木さんからたまには自宅で休むようにと言われてね。早退したわ」

 

『お休みの所悪いけど、出動よ』

 

 『魔女』か――――やちよの顔つきが、途端に険しくなる。

 

「場所は?」

 

『中央区○○○―○○ 結季公園よ』

 

 魔法少女になって急いでも3分は掛かる。その間に大勢の人が魔女の口づけによって自殺に導かれる。

 やちよの額が僅かに熱くなった。

 

「避難と、結界(・・)は?」

 

『そちらも既に完了済みよ。結城公園の半径100mには人っ子一人いないわ。ただ、結界の方は10分がタイムリミットだから、急いで来て』

 

 みたまはそこまで言うと通話を切る。

 やちよは表情から力を抜いて、軽く深呼吸。気持ちをリラックスさせると、右手を胸元まで掲げた。人差し指に嵌め込んでいた指輪が光り、卵型の青い宝石が出現する。

 

 

「10分か……十分すぎるわね」

 

 

 表情は余裕綽々。だが、一人も死なせないという覚悟の強さが滲み出ていた。

 全身が一瞬光り輝く。魔法少女に変身したやちよは、一目散に家を飛び出した。

 

 

 

 治安維持部に、休暇は無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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