魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #26-S 向かい合う龍と雉! 深くなっていく親心!

 

 

 

 

 

 

 

 午前――――

 

 中央区。

 中央商店街の中でも、駅寄りの方は築20~30年程の錆びれた色合いのビルが建ち並んでいた。その内の一つ、4階建てのビルの最上階。全体が碁会所になっているそこでは、近場に住む老人達が集まって、囲碁や将棋、或いは麻雀といった余暇を楽しんでいる。

 

「王手」

 

「ちっ」

 

 窓際のテーブルの一つでも、たった今、勝負が決まった所だ。

 二人の老人が相向かいに座っていた。年齢は見た所、二人共同じ70くらいに見えるが、纏う雰囲気は対象的だった。

 

「少しは手加減しろ」

 

 ハンチング帽を深く被り、ダークグリーンのジャンバーを羽織った座高の低い片方が、響く様な低音に威圧感を乗せて訴える。憮然とした表情の眉間にはグッと皺が寄っており、興を楽しむ、というよりは真面目に勝負をしていた様子だ。

 

「ほっほっほ。雉さん。たかがゲームにそこまで真剣にならなくてもいいでしょう?」

 

 小麦色のチェスターコートを羽織り、ボンベルグハットを被った紳士然とした風貌のもう片方が、恨み言の様に吐き捨てられたそれを、飄々と受け流す。こちらの表情は温和に微笑んでおり、他のテーブルに座る老人達と同じく、余暇を気ままに楽しんでいる様子が見て取れた。

 

「されどゲームだ」

 

 忌々しさを込めた言葉は、相手の笑みの皺をより深めるだけに終わった。

 彼、由比木次郎の年齢は68歳。

 長年、神浜市警察署の刑事として勤務していた彼は、8年前に定年を迎え円満退社した。多額の退職金を手にし、残りの人生を気楽に過ごそうと考えていた彼だったが、大きな壁に当たる。

 虚無感に襲われたのだ。

 仕事一筋で生きてきた為に、趣味らしい趣味を何も持ってない事に気付かされた。

 シルバー人材センターに行こうかとも考えたが、今更、人様の下で一から働きたくはない。そんな謙虚な姿勢は自分には似合わないと思ってしまった。

 

 このままじゃボケるな――――

 

 無意味に日々を過ごしている内に、そんな懸念がふと頭に過った。

 そこで彼は、自宅のアパートから歩いて徒歩10分程にある此処に立ち寄った。今更、将棋や囲碁が出来るとは思ってなかったが、自分と同じ年齢の老人達が集まっていると聞いていたので、何かアドバイスが貰えるかもしれないと思った。

 そこで出会ったのが、目の前の翁――――『徳江龍二』であった。

 

「……」

 

「どうした?」

 

 徳江は盤上をじっと不審げに見つめている。木次郎も気になって見たが、自分の敗北を再確認するだけに終わった。

 しばらくすると、顔を上げて、木次郎を刺す様に見つめてくる。

 

「雉さん。どうもここ最近の貴方の打ち方はキレが無いですな」

 

「キレ?」

 

 徳江の表情は先程とは打って変わって真剣そのものだ。だが、そんなことを言われても今ひとつピンとこなかった木次郎は、首を傾げる。

 

「申し訳無い。言葉が悪かった。どうも、勢いが無い、と思いましてね」

 

 『勢い』というのもなんだか曖昧だ。木次郎は首を逆方向に傾ける。

 

「? 俺は普通に打ってるだけだが……」

 

「それでも普段の貴方とはまるで違う。何かあったのですかな?」

 

 徳江の眼差しが鋭くなる。木次郎も自然と身を乗り出し、睨み返していた。

 

「何かって何だ?」

 

「その……お孫さんのこととか……」

 

 もったいぶる様に間を空けて呟いたのは、他人のプライベートに踏み込むのは失礼だと思っていたからか。

 木次郎はあからさまに不機嫌な顔をする。

 

「俺は独身だぜ。孫なんざいやしねえのは知ってるだろ?」

 

「でも孫みたいに溺愛してる子はいるでしょう」

 

「…………」

 

 全く、この野郎は――――

 

 木次郎は顔をぷいと反らした。

 8年前に出会った時から、徳江は妙に鋭い所があった。自分の心を見透かしているかの様な言葉を突き刺してくる。

 

 

 元々、厚生労働省官僚の嫡男として生まれ、神浜大学で教鞭を奮っていた彼は、――全国に名を轟かせたとはいえ――下町の小さな飲食店の生まれに過ぎない自分とは何もかも正反対であった。

 ブルジョアのインテリ。絶対に相容れない人種と思っていた。無骨な自分には無い、落ち着いた雰囲気を持つ、紳士然とした風貌、話術に長け、人懐っこい性格で、碁会所の誰からも好感を持たれていたのが、いけ好かなかった。

 いけ好かなかったのだが…………話し合ってみると、中々どうして、馬が合った。

 彼も独り身であり、離れてくらしている息子夫婦がいて、孫を溺愛しているという共通点が有ったからだ。

 あれよあれよという間に意気投合し、暇さえあれば、碁会所で将棋を打ち合う程の仲になっていた。

 全く、人生とは分からないものである。

 

 

「その子と何かあったのですか?」

 

 知り合ってから既に8年。

 徳江の方は、木次郎の態度を見ると何を考えているのか手に取る様に分かった。

 不機嫌そうに顔を顰めて黙り込むのは、肯定している証拠だ。

 徳江は的を得たりと、僅かにしたり顔を浮かべながら続ける。

 

「…………」

 

 木次郎は無視。顔を反らしたままだまりこくっていたが、眉間の皺が更に深まった。それが肯定だと教えている。

 

「最近会ってないとか」

 

「……よく分かったな」

 

「分かりますとも。少し前の貴方は、その子の話をよくしていましたからねえ。でも最近はめっきりだ」

 

 木次郎は忌々しく「チッ」と舌打ちを鳴らした。

 表情に出やすいのが自分の悪い癖だ。徳江はいつもそんな自分を察して、鋭い言葉を仕掛けてくる。まるで反応を逐一楽しんでいる様子なのが、嫌だった。

 

「そんなに寂しいのなら会いにいけばいいじゃありませんか。その子だって貴方に会いたいに決まってる」

 

「……そういうわけにゃいかねえんだよ」

 

 木次郎は憮然と吐き捨てた。

 

「龍。あんたは『親』っていう字をどう読むか、分かるよな?」

 

「『木の上に立って見る』……ですね」

 

「そうだ。親はいつまでも子供の傍にいるもんじゃねえ。子供がてめえで飛び立てるんだったら、黙って見送ってやるのが筋ってモンだ。人間、でかくなりゃあてめえの人生はてめえで決める。それにいつまでも親が横槍刺しちゃならねえ」

 

 至って真剣に言ったつもりのその言葉は、一笑に附された。

 

「ほほ。独り身の貴方が、自分を『親』に例えるとは、滑稽に聞こえますね」

 

「馬鹿にしてんのか?」

 

 キッと睨みつけると、徳江から笑みが消滅した。身震いした後、おほん、と咳払い。

 

「そういうつもりじゃありませんが……」

 

 徳江は恐る恐る木次郎を見る。なるべくこれ以上機嫌を損ねないよう、言葉を選びながら、言った。

 

「確かに貴方の言ってることも一理ある。でも、その『鶴』って子はまだ思春期真っ盛りでしょう? 本当は心配で仕方ないんじゃないですか?」

 

「…………」

 

 再び眉間に皺を寄せて、黙り込む。徳江は表には出さなかったが、心の中でニッと不敵に笑った。

 

「この前、参京商店街に立ち寄りましたが、万々歳の評判はよろしくない。あ、いえ、失敬。お店の方はよろしいのですが、ご家庭の方がちょっとね」

 

「……何かあったのか?」

 

「ご存知無いのですか? 貴方と入れ替わる様に、別のご家族が入られたのですよ。鶴くんの母方の祖母です」

 

 木次郎が目を丸くする。初耳だった。

 「母方の祖母」と聞いて嫌な予感がした。甥の妻――紀子は木次郎が出会った頃、散財癖がひどかったからだ。

 

「そんな話、あいつは一度もしてねえが……」

 

「でしょうね。貴方には余計な心配を掛けさせたくありませんから」

 

「そいつが何かしたのか……」

 

「どうも店を手伝わずに、道楽三昧だそうですよ。困ったものですな」

 

「隼が居るはずだが……」

 

「家主といえども、義母を無下にはできんでしょう」

 

 甥からもそんな話は聞いてなかった。

 自分に心配掛けさせまいと思ったのか、それとも、もう店は自分のものだから、いつまでも叔父に頼る訳にはいかない、という意地の現れか。

 いずれにしても、甥には無理な相手だと木次郎は悟った。大方、自由にさせているのだろうが、店を足元から食い荒らす寄生虫になる。

 

 店が傾けば、一番悲しむのは誰か――――考えるまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徳江の言いたい事は大方理解できた。

 参京商店街に迫りくる再開発、そして祖母の散財。それらの危機から()娘を守ってやれと言いたかったのだろう。

 

「余計なお世話だ……」

 

 不機嫌のまま、自宅に帰った木次郎は、まだ正午前にも関わらず酒を煽ろうとしていた。

 台風が近づいており、夕方から嵐になると聞いていたからだ。これ以上出かける用事も無いし、苛々した時は一杯飲むに限る。

 外は強風が吹き荒れており、窓がかたかたと騒がしく揺れていた。銚子に注いだ酒を口元に持っていく時、それが異様に耳を叩いた。

 

 ――――この、ざわざわと胸を虫が這う様な、気色悪い感覚は、一体何だろうか。

 

 碁会所にいた時から、嫌な予感がずっとしていた。もしかしたら、アイツ(・・・)の身に何か起きたのかもしれない。

 しかし――――

 

「…………あいつだってもう16だ」

 

 もうすぐ大人の仲間入りだ。いつまでも自分に甘えている子供じゃない。

 何か困難に当たっても、自分の頭で考えて解決していける年頃だろう。

 

 なんとかなる――――

 

 そんな便利な言葉で、強引に自分を納得させると、酒をくっと一気に飲み干した。アルコールが身体中を駆け巡り、ざわめく心を鎮めてくれた。

 しかし、前述したが木次郎の年齢はもう68である。

 日本酒の強さには、いつまでも身体が耐えきれず――――4杯目を口に含んだ所で、限界が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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