魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #33-S 囚われの父、迫りくる魔の手

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――長い夢を見ていた。

 

 

 楽しい夢だった。

 家族みんなでピクニックに行ったこと。娘がハンバーグを作りたいと言ったので、手伝ってあげたこと。妻の誕生日に娘とサプライズパーティを企画して、喜ばせた事。

 これまで経験してきた楽しい思い出が、走馬灯のように走り去っては、消えていく。

 

 だが、所詮夢は夢でしかない。いつかは覚めて、現実に引き戻される。

 目が覚めた瞬間視界が捉えた景色に、彼はそう思わざるを得なかった。

 どこを見回しても黒、黒、黒――――延々と続く漆黒に息が詰まりそうになる。

 現世で悪行の限りを尽くし、死んだ後に、閻魔大王から奈落の底に突き落とされた罪人とは、こういう感じだろうか。彼はそんな突拍子も無い事を考えた後に、ふっ、と――――自嘲気味に笑みを零した。

 

 ――――自分には、この《深淵》こそが居場所に相応しいのかもしれない。

 

 だが、妻は関係無い筈だ。そう思うと、急に苛立ちが頭の天辺まで噴き上げてきた。

 彼女は光の当たる世界で、いつまでも笑顔のままで居てほしい。娘も同じだった。自分達がいなくなった事を知れば、悲しみに暮れるだろう。

 影を背負うのは、自分一人で十分だ。

 

耀(ひかり)……。いるのか、耀!!」

 

 ――――返事をしてくれ。

 

 そう願いながら彼は懸命に声を張り上げた。

 だが、何度叫んでも、返事が来る事は無かった。

 声量は、目の前の漆黒に吸い込まれて、虚しく消えていく。

 

「……っ!」

 

 歩いて探そうと試みたが、それも叶わなかった。足を前に動かした瞬間、ピンッ、と引っ張られて元に戻された。

 忌々しさに舌打ちを鳴らす。四肢を鎖のような何かで繋がれているようだ。

 

「……耀……」

 

 声が届かないのであれば、せめて、無事で居てほしい。

 自分の無力さに打ちのめされた彼にできる事は、そう願うだけであった。

 

 

「久しぶりだね。輝一(きいち)くん」

 

 

 ――――ようやく、何者かの声が聞こえてきた。

 奈落の底に住む悪鬼ではなく、正しく、生きた人の声だった。

 彼――――環 輝一はゆっくりと顔を上げて、前方を見つめる。すると天井から突然、光がスポットライトのように降り注いだ。

 

「人道派として名高い日秀会長にしては、随分卑劣ですね」

 

 光の下に現れたのは、電動式車椅子に乗った厳つい顔つきの老人だった。

 輝一にとってはよく見知った顔だ。ふっ、と微笑を浮かべて皮肉めいた事を言ってのける。

 

「残念ながら、これは私の指示ではないよ」

 

 源道は、輝一の言葉を冗談と受け取るまでも無く、獲物を捉えた鷹の様に冷たく見据えながら、威厳に満ち溢れた声でそう返した。

 

「彼女の意思だ」

 

 そして、真面目ぶった顔を左に向ける。

 彼より少し離れた位置に、新たなスポットライトが降り注いだ。 

 

 

 

 

 

 

私を覆う漆黒の夜

 

鉄格子にひそむ奈落の闇

 

私はあらゆる神に感謝する

 

我が魂が征服されぬことを

 

 

 

 

 

 

「…………ッ!!」

 

 『彼女』の姿を捉えた瞬間、輝一の背筋がゾクリと粟だった。

 もう一つの光の下に現れたのは、豪著な玉座に座った、幼い少女だ。見たところ年齢は二桁になったばかりであろうか。

 

「ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの『インビクタス』……!」

 

 だが、輝一は知っていた。目の前の少女が本当は“何者”であるのかを。

 特徴的な声で、軽やかに口ずさんだ詩を聞いた途端、嫌悪感が満面に顕れた。

 あらゆる負の感情が一気に噴き上がって、胃の中をグズグズに煮立たせていく。

 ――――ああ、忘れもしない。お前の事を、決して忘れてなるものか。

 この詩を自己紹介代わりに使うような人間は――自分の知る限り――世界に一人しかいないのだから。

 

「やはり、貴様の仕業か……!!」

 

 殺気にも等しい憎悪を孕んだ瞳が、朗らかに笑う小さな少女を、強く睨みつけた。

 

 

 

 

「里見、灯花……ッ!!」

 

 

 

 

 深淵を統べる王。

 奈落の底で蠢く蟲達から『プロフェッサー・マギウス』と崇められし幼女は、愉快そうな笑みを携えながら、血の様な紅蓮に瞬く瞳を輝一に向けた。

 

 

「ようこそ。“マギウスの翼”へ♪」

 

 

 楽しそうな様な声を聞いてるだけで吐き気が催してきそうだった。

 輝一は波立つ胃酸をどうにか堪えながらも、敵意を剥き出しにした瞳で、睨みつける。

 

「……まだ、あの計画は進行中か」

 

「ごもっともー」

 

 輝一の問いに、灯花は満面の笑みで答える。

 

「馬鹿げているな」

 

「くふっ」

 

 嘲るような、含み笑い。灯花はピョンと玉座から飛び降りると、スポットライトと共に輝一の目の前まで歩み寄る。

 

「それは、どっちの台詞かにゃー?」

 

「…………」

 

 おどけた笑みと声色が、どうにか押し込めた筈の胃液を再び喉元まで押し上げてきた。輝一は不快に顔を顰めるものの、睨みつけるのを止めない。

 

「一度奈落の底に落ちた者は、二度と日溜まりに戻ることはできない。過去の過ちを忘れて、贖罪も辞めて、平穏な人生を送ろうとした貴方達こそ、馬鹿げていると思うけど……違うのかにゃー?」

 

 輝一の沸点が、限界を超えた。

 

 

 

「黙れ。悪魔の子が……!!」

 

 

 

 瞬間、灯花の瞳に暗い妖気が宿る。

 

「貴様の存在が、あの人を最期まで苦しめた……!」

 

 底冷えするような冷たい眼光に震えながらも、懸命に訴える。

 

「私達は静かに暮らしたかっただけだ! 地獄だったあの頃を忘れて、普通の家族みたいに幸せな毎日を取り戻したかった! それなのに……!!」

 

 輝一の中で何かが切れた。鬼の様に怒り狂った形相で、喚き散らす。

 

「何故だッ!? 何故お前が存在しているッ!? お前みたいな人間が生きている事を、神が許すと思うのかッ!!? 大人しく奈落の底で引き篭もっていろ!! それが出来ないならば醜く死ねッ!!!

 

「おしゃべりは、そこまでだよ」

 

 灯花が小さく呟くと、輝一がうっ、と呻き声を挙げた。

 自分では確認できないが、首にも何かが巻かれているらしい。締め付けられる様な圧迫感が襲った。

 

「!!……僕のことは好きにしても構わない。だが、耀とあの子には手を出すな!」

 

「それはできない相談だねー」

 

「馬鹿な!?」

 

 ヘラヘラと笑って無情に告げる灯花に、輝一は愕然となる。

 

「二人は関係無い筈だろう!!」

 

 必死に叫ぶも、灯花はどこ吹く風だ。

 暗い妖気を携えた瞳のまま、彼女は、輝一の耳元に唇を寄せると、赤子を慰める母親の様に、優しく囁いた。

 

「わたくしにとっての大事な目的の為にねー、その二人は必要なんだよー?」

 

「何が望みだ……? “解放”か?」

 

「それもあるけど、もう一つはねー……」

 

 灯花はそこで一呼吸置くと、ニタリと口の端を吊り上げた。

 

 

 

 

「環いろはに、最高の絶望を与えること」

 

 

 

 

「!!?」

 

 輝一の頭の中が驚愕の余り真っ白に染まった。

 

「好きにしても構わないって言ったよね? 思う存分活用させてもらうよ♪ 輝一さん」

 

 無邪気で無垢な幼子の声とは酷く不釣り合いな、残忍に歪んだ悪魔の微笑みが、かろうじて保たれていた輝一の精神に留めを刺した。

 

 

 

 

 ――――残された家族の無事を願う間も無く、輝一の意識は、そこで落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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