魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
「みかづき荘もまた賑やかになるわねぇ」
一方、やちよとこころは、みたまの居る調整課――――BAR・「
朗らかな顔で言う店主兼調整課長にカウンターに座る二人は眉を顰める。
「もし、治安維持部に入ってくれれば、チーム・アマテラス復活もぉ~……」
「みたま、それは」
「不謹慎ですよっ!」
やちよが言い切る前に、こころが声を荒げた。
「いろはちゃん、お父さんとお母さんが攫われたんですよ……っ」
「それに、行方不明の妹さんのことだって未だに足取りが掴めていない。戦えというのは酷よ」
二人の顔には、不快感といろはに対する同情の念がありありと映っていた。
当然だ。こころは、両親の件で複雑な事情を抱えている。やちよも幼い頃に両親を事故で失っている。
置き去りにされた絶望を良く知っていた。
「ごめんなさい。明るくするつもりで言ったんだけど……」
みたまの表情から灯りが消え失せた。申し訳無さそうに頭を下げる。
「でもね、七海部長」
「ん?」
「あの子は、戦うわ」
口調が変わった。やちよはすかさず顔を見つめる。みたまの鋭い瞳だけがやちよを強く射貫いていた。
「私たちが止めても、あの子は戦うことを選ぶと思うの。必ず」
あの子に負けた貴女なら、分かるでしょう――――みたまの瞳がそう告げていた。
「……そうね」
やちよはそう呟いて頷くしかなかった。
孤独というものが、どこを向いても黒しか映さない暗闇に放り出された状態を差すのなら、自分自身が光となって道を照らしていかなければならない。しかしそれは、生まれつき強靭な精神を持った者で無ければ適わない。
やちよとこころが、今生きてこの場所に居るのは、二人の精神力がごく一般的な少女より幾分か強かであったからだ。
いろはも同じだろう。
やちよは見抜いていた。あの子は、暗闇の中でも敢然に前へ前へと突き進む胆力を持っている。
でも、それは――――
「つらいですよ、それって……」
言うか言うまいか、逡巡していると、こころが代弁してくれた。
「戦って戦って……傷つけて傷つけられて……それでもし全部取戻せたって、いろはちゃんが幸せになれるなんて思えないですよ……」
「……そうね」
「でも、あの子は」
複雑に顔を歪める二人に、みたまは少し語気を強めにして主張した。
「取り戻そうするわ。例え自分の全てを犠牲にしても、それが自分の幸せに繋がると信じて、進み続ける……」
貴女達と同じようにね――――と、二人を見つめる瞳にはどこか悲哀が映り込んでいた。
「みたま、貴女はあの子のソウルジェムから、そう察したのね」
「ええ」
「何を見たの?」
問いかけると、みたまの顔が一気に複雑そうに歪んだ。
「ちょっと、言葉には言い表せないわ……」
その言葉に呆然となったのはこころだ。
「え? だけど……」
彼女だけはみたまの言葉がまるで腑に落ちなかった。
「いろはちゃん……別に普通の子ですよね? 普通の家庭に生まれて、普通に学校に通って、魔法少女としても、普通にチームで魔女退治してただけで、何も変わったことしてませんよね?」
こころは、いろはの父・輝一から度々いろはのことは聞いていた。しかし、こころが抱いたいろはの印象というのは、至って普通の女の子、というだけであった。
みたまの言う様に、――自分はともかく――七海部長のような強靭な心の強さを持っているなんて話は信じ難い。
みたまの眉間に皺が寄った。
「ええ。確かにあの子は、ごくごく一般的なふつうの女の子よぉ。……だけど、違うの」
何が? と問い詰めるつもりは二人には無かった。恐らくみたまも、それがハッキリと判明できないのだ。
「……とにかくよぉ」
みたまはそこで思考を切り替えた。決意を込めた顔付きで二人を見据える。
「こころちゃんの言う通り、いろはちゃんを戦いに没頭させるつもりはさらさらないわよぉ」
言い終えると、いつもの花の様な笑顔が有った。こころとやちよも彼女の心意気に賛同する。
「そうですね、神浜は――――」
顔に陽が差したこころが次に言う言葉を、やちよが紡いだ。
「楽しいところよ」
いろはには、それを知ってもらわなければならない。
まずは、『みかづき荘』である。やちよがそう言うと、三人は笑い合った。
☆
――――場所は変わり、市長の執務室。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
いろはがそういって執務室のドアを開けて出ていくと、市長は笑顔で見送った。
「見かけによらず、行動派ですね」
いろはが居なくなったのを見計らったかの様に、市長の隣の虚空から、スウッと少女の姿が出現する。
こころと並ぶ秘書の一人であり、彼女とは対極的な印象を受ける魔法少女――――加賀美まさらである。
「ええ、でもあれぐらいの行動力が無いと務まらないもの」
市長は何かに期待するかの様にクスクス笑っている。
「務まる?」
まさらが即座に不審な目を向けた。市長はコホンッと咳払いすると、表情を真面目にする。
「――――
まさらは迷わずコクン、と縦に頷くと、「承知いたしました」と答えて、再び姿を消した。
彼女の気配が完全に消えたのを察知した後――――市長はまたもや、両手を組み合わせ、瞳を閉じて考え込む。
「そういうのを意地悪っていうんですよ。“教授”」
嘆くように吐き出された言葉が、彼女の他に誰もいない執務室に響く。
「ええ。分かってます。いろはさんはあなたから見れば――――」
そこで青佐は何かの単語を呟いた。
「――――なのでしょう。だったら、私は全力であの子を支援するだけです」
青佐は閉じた瞼の裏に映る自分の娘よりも小さな人物を、力強く睨み据えた。
☆