魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #54-S 下ろされた役目

 

 

 

――――神浜市役所・市長執務室

 

 

「失礼致します」

 

 再び青佐独りとなり、静寂に満ちたその部屋に、七海やちよが入室してくる。

 

「来たわね、七海部長」

 

 既に夕刻。陽は落ち始め、橙色に染まった神浜市の景観をバックにやちよを見据える青佐の顔面は、暗闇に染まっていた。

 やちよの胸がざわつき始める。

 

「……何か、重大なことをご決定されたのですか?」

 

 齢50とは思えぬ明朗快活さと、即決即断を信条とする男も黙る豪胆さを兼ね揃えた人物が青佐である。

 故にだ――こんな想い悩んでいる(・・・・・・・)様子は滅多にお目に掛かれない。

 恐る恐るやちよが問いかけると、漆黒の仮面を付けた女はコクリと頷いた。

 

「察しが良いわね……。実は貴女に伝えたかったことがあるの」

 

「まさか、いろはに関すること、ですか?」

 

 青佐が顔を見上げると、僅かに、橙色が差込み表情が伺えた。

 眉間に皺を寄せている。憤怒を堪えているようにも見えたし、哀憐が溢れている表情に見えた。

 彼女は、首の裏を撫でる、というらしくない仕草を取ると、ポツリと口にする。

 

「“教授”からお告げがあったわ……」

 

 刹那――――やちよの形相が豹変した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――神浜市役所・市長執務室

 

 

「いろはが、“主人公”……!? そんな馬鹿な話が……!?」

 

 女神の形相が瞬時にして阿修羅の如く歪み、目の前の青佐を漸く親の仇のように睨みつける。

 だが、青佐の表情に一端も動揺は見られない。寧ろ、この豹変がさも予想通りと言いたげな佇まいだ。

 

「ええ。黙っていてごめんなさい。でも、もう確定事項なのよ」

 

 その冷徹な態度と薄情極まる言い草が、やちよの神経を逆撫でした。

 拳を奮うかの如く高速で振り下ろされた右手が、青佐の胸倉をグッと掴み上げる!

 

「貴女は……! 貴女達は……っ!!」

 

 普段は海色が穏やかに揺らいでいる瞳は、今や無数の死者の血で染めた真紅に染まっていた。

 その鬼神の如き眼光が、息苦しさに咳き込む青佐を刺し殺すように射貫いた。

 

「どれだけの生贄(・・)を捧げれば気が済む……!? みたまの人生を滅茶苦茶にしたあんなもの(・・・・・)は私が終わりにする筈だった……。なのに……なのにっ!! どうして()を選んだっ!! 私では不服だったと……成し遂げられないと言いたいのっ!?」

 

 青佐はクッと呻きながらも、その鷹の如き精悍な瞳で修羅を睨み返す。

 

「ごめんなさい七海部長。私も、教授も、こうなることは予想していなかった……」

 

「何が……!」

 

「彼女を選んだのは、“彼ら”よ」

 

 ――――貴女と同じように。

 

 そう告げた直後、やちよはクッと目線を下に落とした。

 そして、青佐は申し訳無さそうに、目を閉じて、謝罪するように頭を下げた。

 

 

「おつとめご苦労様、七海部長。貴女の物語は終わったのよ」

 

 

 青佐の一言で、修羅は消えた。

 やちよは、口を大きく開き何かを叫ぼうとしたが――――ぎゅっと堪えるように両顎を噛み締めると、静かに青佐を下す。

 

「私は、まだ……何も成し遂げちゃいない……」

 

 怒りが何処かへと吹き飛んだ――――どころか、茫然自失となり蒼くなった瞳を小さく震わすやちよは、まるで小さな女の子のように儚く、脆弱そうで。 

 

「いえ、貴女は十分成し遂げてくれたわ、七海部長。貴女の愛郷心と献身的な努力が無ければ神浜の治安はとっくのとうに崩壊していた。でも……だからこそ、次を求めたのでしょうね」

 

 故に青佐は精一杯の言葉で彼女を讃えた。

 だが、納得いかない形相できっと睨まれた。先ほどの覇気は微塵も無いが、あからさまに忌々しさを孕んでいた。

 

「安心して。“主人公”は、死なないから」

 

「ええ、少なくとも(・・・・・)ね」

 

 再び喉元までせり上がった憤怒をどうにか堪えながらやちよは続けた。

 

「貴女は何もわかっちゃいない……! “主人公”に選ばれた者が進み行くのは、地獄よ。人間の愚かしさと疚しさを嫌という程見せつけられて、彼らが争い死にゆく様を延々と見届ける……死にたくなる程の絶望に苛まれながらも、死んではならない状況に追い込まれ、縛り付けられる……」

 

 しかし、一度口から吐き出された激情は留まることを知らず、机に両手を叩きつけて、青佐を見下した。

 

「死なない? だから何だと言うの? 生きているからいつかは幸せになれると? それこそ無能な働き者の常套句ね」

 

 そして心の底から嘲笑混じりの侮蔑を青佐の頭上に吐き捨てた後、はっきりと言った。

 

「あの子はいつか思うわ。『死んだ方がマシ(・・)だった』と。あんな思いを誰かにさせるぐらいなら、私は――――」

 

「あの時、排除した方が良かった、と」

 

 青佐は鷹の目のまま、きっぱりと言い放った。

 

「感づいていたのね? 七海部長」

 

 だとしたら、その時点で自分達に伝えて欲しかったが――――と暗に込めながら青佐は問い詰める。

 やちよは迷わず頷き、答えた。

 

「ええ、嫌な予感がしたので」

 

 小さなキュゥべえが気になると、いろはが言った時点から。

 くっと歯噛みする。あの時、追い出してさえいれば……例え、どんな手を使ってでも――――!!

 

 だが、やちよはいろはに敗北した。

 そして、強さを認めた。心に寄り添った。存在を受け入れてしまった。神浜に住まわせた。

 ――――故に、だ。

 彼女が選ばれてしまった(・・・・・・・・)責任は紛れも無く自分にもあるのだと、やちよは強く恥じていた。

 しかし、

 

「宝崎に戻ったところで、大人しくしてくれるかしら……?」

 

「それは」

 

「あの子は戦うでしょうね。多分……いえ、絶対に」

 

 以前みたまが呟いた言葉と、今の青佐の言葉が、重なった。

 

 ――――そうだ。

 それはやちよも否定しない。

 いろははどこまでも追及するだろう。消滅した妹の所在を。絶対に認めないだろう。両親が連れ去らわれた現実を。

 自分に与えられた理不尽の数々が、決してあってはならないものだと――――真面目に生きる人間への仕打ちで無いと捉え、勇然と立ち向かっていくだろう。恐れ、傷ついても、行き着く先で、取り戻せると信じて。諦めず。

 

 だが、それは……

 

「サンシャイングループの内情に深く関わろうとした魔法少女は、何れも行方不明になっている……いろはさんもやがてそうなるか、或いは、魔女に殺されるかの、どっちかよ」

 

「……」

 

「でも、神浜市(ここ)に居れば、あの子は運命に抗うことができる」

 

 死なない。そして、強い味方が居る。

 青佐は目を見開き、力強い眼差しでやちよを見据えながら、そう言った。

 

「幸せにはなれない……」

 

 デスクから体を戻したやちよが、俯きながら呟いた。

 

「可能性は有るわ」

 

「ですが」

 

 青佐が立ち上がり、項垂れるやちよの両肩をぐっと掴んだ。

 

 

「“三度目の正直”を目指しましょう。みんなで」

 

 

 

 

 

 

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