魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
――――2018/07/18 PM13:00
――――兵庫県・二木市・郊外
――――相徳寺・墓地
「…………」
スイレンの花束と、水の入った桶を手にした紅晴結菜は、独り、墓地の敷地内を歩いていた。
二木市の商業を統括する立場にある彼女は大人物だ。外に出歩く際は、基本的に、腹心の陸奥光琳か、加賀するがを連れていく筈だった。
虎屋町から離れるなら尚更だ。
「……先輩」
だが、今日ばかりはしなかった。結菜自身が拒否した。
彼女と、そう呟いた人物との思い出に、対話に、水を刺されたく無かったから。
ここ、相徳寺は、結菜の本拠である虎屋町の邸から二時間も離れた場所に有る、とても小さな寺だ。
墓参りに来るのは、近所の老人達しかいないし、ましてや虎屋町から人が訪れるなんて滅多に無い。
「…………」
真夏の日差しは、結菜の着物を貫いて背中を照り焼くようだった。
うだるような熱気が漂っていたが、結菜の意識は一切、向かなかった。だから、別に暑くない。
そうだ。
ここに来ると、いつも意識は、“先輩”のことだけ――――
「…………」
彼女の墓まで歩を進めながら、結菜は思い出に浸っていた。
――――もう12年も経つのか。
時の流れは速い。
しかし、あの時、彼女から教わったことは色あせることなく、胸に刻み込まれている。
かつて、魔法少女になった頃――――結菜にとって“先輩”は全てだった。
無論、当時の虎屋町では、“先輩”以外の魔法少女がいなかったのも事実だが……例え、彼女以外に優秀な魔法少女がいたとしても、結菜は彼女に教わり、付いていくことを選んだだろう。
魔法少女になったのはふとしたきっかけ。
だが、飛び込んだ世界は、まさしくこの世の地獄そのもの。
だからこそ。
“先輩”は結菜にとって、『光』と成り得た。
戦い方だけではない。
この世のあらゆる常識も、そして不条理も、一切合切余すことなく叩き込まれた。
――――。
――――ふと思う。
――――“先輩”って、一体どんな人だったんだっけ。
彼女と歩んだ日々を振り返ってみる。
“先輩”は美しくて、頭が良くて、品行方正で清く正しくて、誰に対しても公平で、誰かの為に犠牲になれた。
でも、やっぱり人間だから――魔法少女になったぐらいだから――稀に黒い所も見えて。
……一概にどんな人物か断定するのは難しい。
けど、間違いなく言えるのは、『偉かった』と思う。
彼女は、母のように厳しく、時には鬼のように厳しく接してくれた。
常識から外れた、多忙と過酷極まる魔法少女の世界に於いても、彼女は皆の基本であろうとした。
それは事実だ。
「……っ」
――――だが、その彼女はもう。
結菜は抱えるスイレンの花束に、やや顔を俯かせて、歯噛みした。
未だに分からない。
何故、あんな素晴らしい人があんな“末路”を迎えなければならなかったのか?
スイレンの花束を抱える力に、自然と力が籠る。ギュッと抱きしめて、結菜は思う。
これは魔法少女の世界が歪だったからだ。狂った環境こそが、先輩の清き心に毒牙に染めた。
自分が駆け付けた頃には、既に『毒』は全身に周り、手の施しようが無かった。
――――だから、ああするしか、方法が無かった。
仕方の無いことだ。
だからこそ結菜は、二度目を生み出したくは無かった。
魔法少女の世界を狂ったままでいさせぬように。
自分が、自分の周りの者が壊れてしまわぬように。
――――護ろう。
かつて、二木の土地を繁栄させた、
私がそうなろう。
そうだ。
「 憎まず 嫉まず 利己的にならず
何よりも誰かの為であり
世の平和と心の安寧を願い続ける 」
先輩がいつも私に説い続けてくれた、この言葉のような人間に。
「私は今も、護り続けていますよ……先輩」
呟いている内に、先輩の墓が見えた。
今日は何を話そう――――
背中が、震えた。
直感で、『悪寒』だと気づいた。
“先輩”の墓の前で、誰かが拝んでいた。
明らかに、家族では無い。
――結菜は、“そいつ”を知っていた。
――喪服の様な、黒い着物を纏う、その女を。
「クカカカ……」
自分の足音を察したのか。
女の口元が愉快そうに吊り上がり、犬歯を顕わにして、嗤った。
聞いただけで、下腹がぎりぎりと締め付けられるような違和感。
驚愕混乱嗚咽憤怒悲嘆狂乱嫌悪困惑悲哀落胆絶望快楽――――
憎しみ。憎しみ。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
憎悪。憎悪。憎悪。
憎悪。
憎悪。
憎悪。
憎悪。
憎悪!!!
私はこいつが嫌い生理的に苦手吐き気がする何でこいつが存在するんだ消えろ憎い殺したいいつか八つ裂きにしてやる女に生まれた事を後悔させてやる悪党が殺してやる殺してやる殺してやる
「……どうして、お前がそこにいるの」
喋っているだけで、喉元までせり上がってきた胃酸が溢れ出そうだ。
苦しい。
吐きたい。
でも、そうしたら、こいつの思う壺だ。無様な姿と、嘲笑うだけ。
いや、吐くよりも、こいつの首を捩じ切るのが先か――――
既に結菜の思考は正常では無かった。
狂い乱れていた。
そうだ。
こいつだけは許せなかった。
こいつの事を、決して忘れてなるものか。
「これはこれは、紅晴結菜さんじゃあ、ございませんかァ」
黒い着物の女は拝むのを止めて、すっと立ち上がった。
背丈は結菜よりも小さく、目元は狐のように細い。
腰まで伸びたツインテールの髪は、陽の恩恵を存分に受けて黄金に輝いていた。奇しくも、結菜の白銀とは対照的に。
結菜の顔を見ると、女の愉悦は更に深まった。
それは『無垢』や『無邪気』とは程遠い。
生来より、人を陥れるのが好きな異常者特有の、残忍極まる悪辣な笑みそのものだ。
黒い着物の、小さな、狐顔の女――――
そう、こいつの名は――――
――――嗤うな。“鬼”が。