魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
――――2018/07/18(土) PM13:10
――――兵庫県・二木市・郊外
――――相徳寺・墓地
――――そんな、先輩……
――――ごめんなさい、結菜……
――――なんで、こんな……信じていたのに……!
――――仕方が無かったの。
――――許さない。許さない……!
「どうしたんですかァ? 親の仇にでも会ったような顔しちゃって」
「……っ!!」
ハッと結菜は我に帰り、憎悪の滾った灼眼で“それ”を捉えた。
喪服の様な黒い着物を纏った、吊り上がった瞳のある狐顔の、自分よりも小柄な、小さな女――――
名は、
「
「お久しゅうぶりですなァ、紅晴結菜さん。ご壮健で――」
双鷹はそこで手元に携えていたパイプ型の煙草――“キセル”を口に咥えて煙を吸い込んだ。
鼻腔に広がった臭いを充分に堪能すると、満足そうな顔で
「――何よりですわァ……」
言いながら、口から煙を吐き出した。
諸に顔に浴びて、結菜が顔を不快に顰める。
「……先輩は、“タバコ”が嫌いだった」
「でも、“キセル”の臭いは好きだと言うてはりましたよ? お香みたいだって」
くつくつと笑い、再びキセルを咥える双鷹。
「だから、わざわざ墓前で……噴かしてあげたんですわァ」
幼子を相手にするような、双鷹の猫撫で声が結菜の神経を逆撫でする。
白煙が再び、結菜の顔にかかった。
あからさま挑発行為だとは、理解できた。
しかし、“自分の知らない先輩を、こいつは知っている”――その事実が、結菜の理性を狂わせていく。
「どうして……?」
「んー?」
「どうして、貴女が、此処にいるの」
自然と握りしめた拳の中で爪が深く食い込んでいた。結菜が唸るような声で尋ねる。
「そりゃあ先輩さんとウチは、浅からぬ仲ですからなァ。友人の命日に墓参りに赴くのは当然の義理ですがな」
「貴女が、先輩に会う、資格は」
「無い、と? それは面妖ですなァ。二木市には、『同郷外の者は墓参りをしちゃいかん』という、アホみたいな条例でもございますので?」
結菜はかぶりを振った。
駄目だ。
感情的な物言いはこの女に通用しない。
そんなことは、分かっている。しかし――――
「無くても、私が、許さない。貴女のせいで、先輩は」
「此処に眠ることになりました――――と?」
「そうよ」
昂る怒りは抑えられそうになかった。射殺す程の鋭利な瞳で見据える。
「ふーん」
双鷹が笑みを消した。顎を掻いて考え込む仕草を見せた後、
「……じゃあ、本当にウチが殺したかどうか。今から証拠、確認してみますか」
懐から、取り出されたものに、結菜の目が大きく見開かれた。
スマートフォンだった。
双鷹は早速、動画アプリを起動して“証拠”を再生する。
「あー……」
しばらくすると、双鷹は口をあんぐりと開けた。
画面で繰り広げられた光景に、呆気に取られた様子だった。
「あーあーあー……。やっぱり違うや無いですかァ。先輩さんを殺したのは――」
口元が愉悦の弧を描いた。
一瞬、結菜の怒りが頂点に達した。
「いッ!!?」
瞬間、バンッと破裂音。
掌に焼ける様な熱が走って、双鷹はビクリと仰天した。
手元を見ると、上半分が弾け飛んでバチバチと火花を散らす自身のスマートフォンの無惨な姿があった。
「!? あーあーあー、何をしなさるっ!」
「うるさいわねぇ……」
結菜はただ、直立不動のまま、阿修羅の如き形相で双鷹を睨んでいた。
余計な事を口ずさめば、次はお前だ、と暗に告げていた。
だが、双鷹に怯えは無い。
スマートフォンがノーモーションで爆破したのだ。次は自分自身が
「ええんですかー?? 器物破損で訴えますよォ??」
「見てわからなかった? スマホが“勝手に”が破裂したのよ」
確かに結菜は何もしなかった。端から見れば、彼女の言葉通りである。
双鷹の口元が、愉悦を描いた。クカカカ、と低い笑い声を漏らす。
「マジでウチが、先輩さんをいてこましたと思い込んどる様ですなァ? ま、責任転嫁は紅晴のお家芸ですが」
結菜の目が真紅に瞬く。
「おっと、その“御力”で、ウチの首を捩じ切ろうなんて思わんでくださいよ」
「……」
言われて結菜は、我に帰った。
周りを見渡す。
危ないところだった。衝動的な殺傷は、この女の思う壺だ。
まず、こいつが自分の前に堂々と姿を見せた理由を、考えるべきだった。
「うちも、結菜さん程ではございませんが……100人以上の従業員を養ってる身でしてなァ。そう簡単に、死ぬ訳にはいかんのですわァ」
言いながら双鷹は、首を掻っ切る仕草を見せた。
殺れるものなら殺ってみろ、という意図が、挑発的な笑みから伺えた。
ここで双鷹を殺した所で、不利になるのは結菜の方だろう。
奴は既に配下の者を忍ばせているのだ。自分を護る為ではない。
『結菜が、人を殺した』――――その決定的瞬間を、撮影する為の――――
「…………」
僥倖と言うべきか。
頭から熱が引いた。自然と、視界が双鷹以外の景色を受け入れた。
ここは、先輩が眠る地だ。殺し合う場所ではない。
「お互い背負うとるもんは同じじゃ。だから、仲良うしてくれんと困りますなァ」
愉悦のまま、双鷹は言い放つ。
拳の緊張を解いて、結菜が尋ねた。
「何が目的なの……?」
「そりゃあ勿論、今後の事業の為に。稀代の大親分殿には、是非ともご援助頂きたく……」
「馬鹿げているわね」
「ありもしない罪を押し付けて、親の仇みたいに憎む方が馬鹿げていると思いますがァ??」
「どう言おうと、貴女のような鬼畜に協力する義理はないわぁ」
毅然と結菜は断る。
が、双鷹がグッと足を一歩踏み出して、結菜に詰め寄った。耳元に唇を当てて、囁く。
「
「…………」
――――駄目だ。
――――振り切れ。
――――飲み込まれるな。
「“先輩”さんはウチの優秀な従業員じゃった。婚約者もおった。……結菜さんが、あんな事さえしなければ……」
結菜の瞳が、再び憎悪の熱を宿す。
解放されたばかりの掌を、再び指の中に封じ込めた。
「うるさい……貴女が悪いのよ、双鷹。貴女が先輩を誑かし、誤ったレールを敷いて、歪ませた」
「それはちーっと違いますなァ」
結菜の言い分に、呆れたように溜息を付くと、双鷹は続けた。
「
「……!」
「だって、そうでしょう? 延々と続く命がけの戦い……
「……」
「一線を越えて、帰る場所を失い各地を流浪する魔法少女達に、『健康で文化的な最低限度の生活』を保障してやるのが、ウチの会社の理念ですがな」
黙れ。
人を悪事に加担させる反社組織の長が。そもそもお前のせいだ。お前が“悪”だから、先輩を――――
「っ」
結菜は、口から飛び出しそうになった言葉をどうにか飲み込むと、踵を返した。
双鷹が首を傾げて問いかける。
「おんやァ~?? まだ頼み事の了解は得ていませんがァ?」
「これ以上、貴女と話す価値も無いわぁ……。大人しく帰りなさい。せいぜい、夜道に気を付けることねぇ」
振り向かずに結菜は、脅しを込めて“警告”した。双鷹の口端が吊り上がる。
「ええんですかー? 本当にええんですかー?? それで」
微塵も通用しなかった。楽しそうに笑っていた。
――――それでいい。
双鷹の目的が、自分にあるのなら、相手にするだけ時間の浪費だ。
結菜は、愉悦混じりの問いを無視して、歩き始める。
しかし、
「『憎まず 嫉まず 利己的にならず
何よりも誰かの為であり
世の平和と心の安寧を願い続ける 』」
双鷹が結菜の地雷原に触れた。
「ッ」
結菜の足が止まった。
反応しても意味が無いと分かっていた。
だが、聞かざるを得なかった。
鬼の瞳が、真紅に燃え上がる。
「先輩さんが結菜さんに説いた教え……ありゃあ、初めて聞いた時、ゾッとしましたわァ」
結菜の拳が震える。
双鷹は嗤って続ける。
「結菜さんも魔法少女なら……その時点でもうお分かりになられていたでしょう。『絶対に正しい人間はこの世には存在しない』って」
結菜が息を飲みこんだ。
多くの参考書がそのように記述している事は、当時から知っていた。
この世は、真面目よりも要領――狡賢い者、有能な怠け者、自分を優先できる者が勝利し、成功するのだと。
それは人間社会でも、魔法少女でも、同じだと、
「そもそもありゃあ……
全くもって理解不能だと双鷹は吐き捨てた。
「政治家を御父上に持つ結菜さんなら、よぉくお分かりになっとった筈でしょう? “非合理”だと。“夢想”だと。責任感を強く持ち頑張りすぎれば、いつかは泥沼に嵌る。多少いい加減な姿勢でも最後まで地に足ついて立っていられる方が、現実的じゃと、ね」
そこで、わざとらしく溜息を付いた後――双鷹はニッとはにかんだ。
「それとも、
結菜の眼光が一層強く瞬いた。眉間にぐっと皺が寄る。
「黙りなさい……」
猛烈に湧いてくる殺意を噛み殺しながら、結菜が震えた声で呟いた。
双鷹は気にもせず、クカカ、と笑い声を飛ばして、続ける。
「上に立つモンはね。『ヒーロー』であっちゃアカンのですわ。多少ヒールで怠け者ぐらいが丁度ええんですわ」
「…………」
「現実を見なされよ。決して手の届かないものに、真面目に、真剣に、真っ直ぐまっすぐ向かっていった結果……今、どないなっとります? 先輩さんは死に、結菜さんは年中首に“鎌”を向けられとる。ウチは自分が狡猾で、怠け者で、何より自分の利益を優先しとる……じゃが、何も失っていない。何も怖くは無い。……つまり、勝っとるんはウチじゃ」
「…………」
結菜は何も答えない。
何れの言葉も、双鷹の悦を満たすものになるのなら、喋らない方が良い。
だが、先輩の人間性を侮辱し、先輩の道徳を貶し、先輩の正義を踏み躙った。
赦してはならない。
紅葉双鷹だけは、決して生かしてはならないと、脳が強く訴えていた。
体中がむずがゆい衝動に襲われた。怒りが、殺意が、血流と一緒に全身を隈なく駆け巡り、猛烈に熱くさせる。
決壊は、近い――――
「さあ、結菜さん。話は戻しますが、ウチの言う事聞かんとどうなるか、分かっとるんでしょうねぇ?? 結菜さんが運営する施設に居るご老人達や、子供達。商店街に住んどる人達に…………いっぱい、いーっぱい、しちゃいますよォ~?? い・や・が・ら・せ☆」
「…………」
結菜は何も返さず、睨み据えていた。
大親分としての責任感と、理性が、どうにか激情を一線前で圧し留めていた。
意外だったのか、双鷹は「おっ」と驚いた風な口を開く。
「……先輩の道徳は、壊れていない」
結菜は震えながらも、小さく呟いた。双鷹が愉悦を浮かべたまま、首を傾げる。
「んー??」
「先輩の教えを守ってくれた人が、他にもいたわ。その人は、今はもういなくなってしまったけど……抱いていた志は、“英雄”に受け継がれている……」
「ほーん……」
「貴女は……正義を馬鹿にしている間に、正義に飲み込まれるわぁ……いずれ、ね」
双鷹の口がしばし止まった。
結菜の言葉に呆気に取られた様子だった。
「つまり……ウチに協力する気は、無い、ということで??」
「ええ。私にも怖いものは無いわぁ」
毅然と結菜は言い放つ。
これ以上、こいつに用は無い。墓参りは済んだ。自分の仕事が最優先だ。
もう帰ろう。
「……
「はっ……?」
だが、双鷹が素っ気なく言い放ったその一言に、結菜は目を丸くした。
刹那――――背後から足音。
「息災で何よりだ。紅晴結菜」