魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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今回も5300字程です。


FILE #21 暗晦の中枢で嗤う魁物

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深淵の奥底で、一人の幼き少女が眼前の映像を見つめていた。

 その双眸は冷然と細められており、睨みつけているような鋭利が感じられた。

 

 

 

 

『ところで、源道さん……』

 

『何でしょうか?』

 

『お孫さんのことなんですが…………』

 

『ああ、みふゆですか。あの子のことなら特に心配はしていませんよ?』

 

『……えっ?』

 

『あの子は幼い頃から、私が特に目を掛けて育ててきましたからね。どこかで逞しく生きていると信じてます』

 

『で、でも……行方不明になられてから1年も音信不通のままというのは……』

 

『あの子は12歳の頃に魔法少女になり、同時に、治安維持部に所属しました。誰よりも早く大人の仲間入りを果たし、【戦場】という過酷な職場で心身を鍛え上げられてきたのです。今はもう19歳。まだ成人ではありませんが、もう結婚もできるし、立派な大人の筈です。我々があれこれ口や手を出さんでも、自分の人生を自分で決めている頃でしょう』

 

 

 

 

 

「厚顔無恥も甚だしいねー、源道」

 

 映像の中で平然と嘯く老紳士を、幼き少女は辟易とした様子で眺めていた。

 呆れ返った表情の口元は笑みを零しているが、対照的に双眸は酷く冷え込んでいる。どこか彼に対する侮蔑の感情が見え隠れしていた。

 

「これだから、大人は嫌いなんだよー」

 

 彼女の孫娘――――梓 みふゆはこの『深淵』の中に居座っているのだ。

 少女はふう、と嘆息。

 人は大人になると、純粋さを失う。真っ直ぐ進む事を恐れて安全な回り道を選びたがる。だが、子供みたいな嘘は平気で言う。

 

(でも、これも彼の戦略の内か……)

 

 少女は再び凍りついた眼差しを源道へと向けた。

 卑しいやり方だ――――そう思いつつも、彼の手口は深淵の主たる彼女ですら頭が下がるぐらい非常に合理的であったので、納得するしかなかった。

 

 

 ――――梓みふゆはかつて、神浜市治安維持部の副部長を務めていた。

 『七海やちよの相棒』といえば、最近では都ひなのを指す声も挙がり始めてきているが、今でも市民の大半は彼女を推す声が多い。

 サンシャイングループ代表取締役の孫娘という恵まれた血筋、神浜市随一の名門・水名女学園を主席で卒業する程の明晰なる頭脳。聖女然とした佇まいに相応しい、柔らかだが奥底に強い意志が感じられる言動。だが何より見た目だ。七海やちよに匹敵する白雪の美貌は硝子細工の繊細さで、良家の出を如実に語っていた。

 当時の治安維持部では、部長の七海やちよと並ぶ象徴的存在として梓みふゆは絶大な人気を博していた。メディアや市民からは『二人の女神』と祀り上げられ、彼女達を中心にして守られる神浜市の治安は絶対的で永久的な物と信じられていた。

 

 だが一年前に、梓みふゆは、突然治安維持部の辞職を申し出る。

 そして、行方をくらました。

 理由は、同じチームメンバーが二人同時に殉職したことで、自責の念に耐えられなくなったからだと当時の週刊誌ではそう推測されていたが、実際のところは不明だ。

 足取りは未だに掴めていない。

 

 

あくまで(・・・・)表向きはそうなっている(・・・・・・・・・・・)けどね……)

 

 マギウスはフッと笑みを浮かべる。実際はこちら側(深淵)に転げ落ちただけなのだが。

 ともあれ、梓みふゆが失踪したという事件は、神浜市全体に大きな衝撃を与えることになった。特に世間が注目したのは日秀源道だった。彼が孫娘を溺愛していたというのは公然の事実であり、斯様な一大事にはさしもの巨魁も揺らがざるを得ないだろう、と市民の大半は考えていた。メディアに至っては、彼が市役所に責任問題を追求して市長相手に裁判沙汰を起こす事態を心待ちにしている節も見られた。

 

 だが、事態は世間が思うように行かなかった。

 源道は、警察に捜索願を届けだしただけで、市長と七海やちよの謝罪を受け取った後は何も言わずに、普段通りの会社経営を続けていた。

 

(最愛のお孫さんの失踪――――そんな事態に遭っても一切揺らがなかった彼の姿勢を世間は高く評価した)

 

 本当は、辛いのに。苦しいのに。

 やり場の無い怒りを市役所にぶつけたいだろうに……なんて誠実で立派なんだと――――メディアは彼の心情を勝手に推測し、その立ち振舞いを高潔と言わんばかりに過剰な報道をしていたが……

 

 

 ――――愚かしい。演出(・・)だよ、結局は。

 

 

 と少女は、胸中でそう吐き捨てると、鼻で笑う。

 源道は、『孫娘の失踪』を自分の評価の底上げに利用しただけに過ぎない。彼の猿芝居にまんまと踊らされている下々の人間達を見ているのは滑稽極まりなかった。

 モニターがフッと消滅した。少女が自分の意志で消したのだ。この深淵にあるものは全てが少女の意のままにある。故に誰であろうと逆らうことはできない。

 

 刹那――――背後に気配を感じた。

 振り向くと、黒い外套を纏った自分より幾分か年が上の少女らしき人物が一人、佇んでいた。

 

「プロフェッサー・マギウス」

 

 柔らかそうな唇から冷淡な声が虚無に響く。その敬称で呼ばれた少女は、陽の様な笑みを相貌に浮かべた。

 

「環 輝一(きいち)。並びに環 耀(ひかり)の身柄を確保致しました」

 

「ご苦労さま、“匿名希望”」

 

 “匿名希望”と呼ばれた黒き羽根が報告すると、『マギウス』は悠然と彼女に歩み寄る。

 

「頑張ってきたお礼に好きなものをあげるよ。何がいいかにゃー?」

 

 少し語尾を変えて戯けるが、“匿名希望”の口元は微塵も感情を表さない。

 

「いえ、いりません」

 

 小さく開かれた口からはキッパリとした声が良く響いた。『マギウス』はきょとんと目を丸くする。

 

「なんでー?」

 

「『ご苦労さま』と言われる程、頑張ったつもりはありませんので」

 

「…………くふっ」

 

 “匿名希望”の冗談なのか真面目なのか判別付かない言動に、『マギウス』は一瞬呆気に取られたが、すぐに含み笑いを零した。

 

「相変わらず冷たいねー。まあ、それがあなたらしいといえばらしいけ、ど!」

 

 『マギウス』が一歩大きく踏み出した。眼前に止まった彼女は“匿名希望”よりも頭一つ分は小さい。爪先をグッと伸ばして背伸びをすると、小さな唇を耳元に寄せてきた。

 言葉が、囁かれる。

 

「臣下は王の褒美を快く受け取るものだよ?」

 

「……っ!」

 

 “匿名希望”の瞳が一瞬、鋭く瞬いた。

 何の変哲の無い少女の言葉に、ずっしりと胃が沈む様なプレッシャーを感じたからだ。

 

「それが、組織で生き抜く為のコツだから」

 

「……」

 

 “匿名希望”は何も答えない。主の言葉が通じたのかすら、分からない。

 ただ、見据えていた。伸ばされた黒い前髪の合間に光るアメジストの瞳が、マギウスの歪んだ口元をはっきりと捉えていた。 

 

「分かったかにゃー?」

 

「…………っ」

 

 首を引っ込めるのと同時に、爪先を下ろすと、再び『マギウス』は“匿名希望”と向き合う。

 あどけなさと小生意気さが混じった、色白で血色もよく、笑う度に笑窪を刻む熟した果実の様な年相応の丸顔が、どこか貼り付けた仮面の様に感じられた。

 “匿名希望”は息を飲みつつも、相変わらずの虚無の表情で応戦した。

 感情を波立たせたことを察知されてはならない。

 そう思ったのは、感じたからだ。

 『マギウス』の魔力反応――――その根底に潜む、禍々しき妖気を。(くら)く冷えた、冴え渡る白刃の、鋭く危うい狂気の気配を。

 

 ――――飲み込まれるな。喰われるぐらいなら、喰らい返せ。

 

 “匿名希望”の暗い瞳に、刹那、深く冷たい光が閃く。兎を捉えた孤狼の眼差しが呑み込むように『マギウス』を見下ろした。

 眼光のみの鍔迫り合いが、二人の合間で暫し続けられる。

 

「……くふっ」

 

 先に刃を戻したのは『マギウス』の方だった。瞳を下に落として含み笑いを零す。

 “匿名希望”の眼力に気圧された――――というよりは、こんなことをしても時間の無駄だと彼女の合理的な知性が察したからだろう。

 

「じゃあ、どうしても、受け取れないっていうのならー……」

 

 『マギウス』は頭を捻って考える仕草を見せた……かと思うと、即座に何か思いついたらしくパアッと両目を輝かせて喜色満面を匿名希望の視界全体に映し出した。

 

「わたくしが勝手に与えてあげるね☆」

 

 何を――――と問う前に彼女は答えを告げた。

 

「幹部の地位をあげるっ!」

 

 『マギウス』はとてもウキウキしている様子だが、その単語を聞いた匿名希望の口元が微かに歪んだ。怪訝の感情が見え隠れしていた。

 『マギウスの翼』には、複数の幹部たる魔法少女が存在するが、全てが眼前の主、この昏き深淵一帯を治める覇者――――『マギウス』によって抜擢されたものだ。

 

 有能か、無能か――――

 

 前者に判断された者だけが、組織内において一定の自由を与えられる(・・・・・・・・)。具体的には名乗りと顔出し、そして複数の傀儡(・・)を率いることが許されるのだ。 

 

「羽根部隊のですか? それなら既に――――」

 

 『羽根部隊』とは、『マギウス』の手足となって働く事を義務付けられた、実質的な組織の実働部隊の通称だ。外に出られぬ主に代わって、外部――主に神浜市内――での活動を中心に行っている。

 “匿名希望”が思うに、部隊の組織構成は概ね完成されていた。

 

 神浜市治安維持副部長の経験を活かして、今は羽根部隊と最高幹部達の中継役を執り成す。元締/梓 みふゆ。

 正体不明の朱き夜叉。羽根部隊・隊長。紅羽根/双樹ルカ

 そして、双樹ルカの右腕であり、怜悧な瞳と確かな実力を持つ必殺仕事人。羽根部隊・副隊長。蒼羽根/天乃鈴音

 天真爛漫で飄々とした様子からは到底信じられない薄暗いものを背負った哀しみの双子。羽根部隊・副隊長。白羽根/天音月夜天音月咲

 

 これだけの猛者が揃い踏みなのだから、今更自分が加わったところで、務められる仕事などない。寧ろ、手持ち無沙汰になるだけではないか。

 そう考えていた矢先に、『マギウス』の、キンと響くぐらいの甲高い声が"匿名希望”の耳に飛んできた。

 

「ううん、違うよー」

 

「……っ!」

 

 刹那――――自分達を囲む様な複数の気配に、“匿名希望”は主を咄嗟に庇うと、身構える。

 周囲は暗闇に閉ざされているため視覚は役に立たない。故に、魔力で相手を嗅ぎ分ける。

 総数は14。これだけの魔法少女に接近されていながら、全く気付けなかった自分の迂闊さを呪う。だが……

 

「くふっ」

 

「……?」

 

 自分の背に隠れた状態の『マギウス』が含み笑いを零したことが気になった。同時に、自分達を取り囲む者達から、一切の悪意も敵意も感じられない事にも。

 

 いや、待てよ。彼女達はもしや――――

 

「黒羽根?」

 

 呟いた途端、『マギウス』は「大正解っ!」と無邪気に喜んでパチパチと拍手を送った。

 

 黒羽根――――それは、魂を引き抜かれた肉人形。主人の意のままに従う、完全な傀儡共。

 『マギウス』に無能と判断された者の堕ち行く先。暴力の様に降り注ぐ運命から逃れたいと、大いなる殻に自らの魂の守護を望んだ弱者達が、辿り着く、唯一の救済への道。

 

「この羽根達は貴女の(・・・)言うことしか聞けないの」

 

「……!」

 

「わたくしが細工を施した、特別性だよ―!」

 

 軽薄な笑みであっさりとそう告げる『マギウス』に、"匿名希望”は一瞬目を細めて睨みつけた。

 

「つまり、私を隊長に据える為の部隊を新設する、と?」

 

 『マギウス』は、説明が省けて助かる、と言わんばかりに、うんうんと首を大きく頷かせた。

 

「ここ最近治安維持部の勢いは盛んだからねー。斥候をしてくれる特殊部隊みたいなのが必要になったって訳☆」

 

 そう捲し立てる主の表情はまるで、新しい玩具を目前にした子供だ。

 

「務めてくれるかな? 匿名希望」

 

 選択を求めてきたが、恐らく自分の前には一択しか示されていないのだろう。

 彼女の言葉の最後。自分の名を言う時だけ声色が豹変していた。深く沈みきった、威厳すら感じさせられる重たい声が、深淵の暗闇を飛び交う様に強く木魂した。

 それが、暗にこう告げていた。

 

 

 ――――ここまで用意したんだから、断るなよ。

 

 

 と。

 

「貴方様が望まれるのであれば、仰せのままに」

 

 “匿名希望”は恭しくお辞儀をして、主の褒美を受け取ることにした。そうせざるを得なかった。

 この時マギウスの口元が、ニタリと、邪に歪んだ事には、気づけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "匿名希望”が14人の傀儡を引き連れて立ち去った後、残された『マギウス』は只一人、直立不動のマネキンの様に、静かに佇んでいた。

 

 

「およそ人事には潮時というものがある」

 

 

 頭に過った言葉が口を付いて放たれた。

 漆黒に覆われた暗晦の中心で、幼子の瞳孔は大きく見開かれる。禍々しく、底知れぬ悪気を孕んだ紅蓮の光を瞬かせた。

 

 

「上げ潮に乗れば行き着くは幸運の港、あえて乗り損ねれば人生のその航路、浅瀬と悲惨に身動きもならない」

 

 

 首を持ち上げる。ドクン、ドクン――――と、脈打つ鼓動の様に内側から叩きつける様な音が耳を付く。

 視界の先に蠢いてるのは、果てしなく巨大な異物だ。

 それが果たしてどのような形をしていて、どんな意味をもつ物であるのかは、『マギウス』にしか知り得ない。

 

 

 

 

「我々が今浮かぶのは大いなる満潮だ。流れに逆らわず流れを捉えよう、せっかくの積荷を失ってはならぬ」

 

 

 

 

 シェイクスピアによって描かれた悲劇・『ジュリアス・シーザー』の台詞の一部を引用しながら、『マギウス』は相貌に喜色を生み出した。

 それは、梓みふゆは愚か――――日秀源道にすら見せたことがない、残忍で残酷な所業を積み重ねる愚者の様に、歪んだ微笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 というわけで、悪役サイドの話となりました。

 本当は合間に鶴乃の過去話をいれたかったんですが、予想以上に文章量が多くなってしまったので、止むを得ず省いて投稿させていただきました。

 悪役を書くのは楽しいですね。


 余談ですが安里アサト氏著作のライトノベル、「86-エイティシックス-」にドハマリしてしまいまして……今回から文章表現に関しては、かの作品からの影響が強くなることかと思います。
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