魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
約一ヶ月かかってしまいました。
※2023/09/14 人物描写を大幅に削減した事に伴い、一部文章が変更しております。ストーリー展開には何も影響はございません。
二年前――――
参京商店街――――昭和の香りを色濃く残したその地区で、一人の少女の自転車を駆ける音がけたたましく聞こえてきた。
中華料理店の制服を纏った少女は、前方に見えてきた自分の店よりも少し大きな工場へ向かって突き進んでいく。やがて、敷地内に入ると、工場の裏側まで自転車を滑り込ませた。
裏口らしき戸が見えた途端、自転車から飛び降りて開口一番、
「織田さ――――――――――――――ん!!!」
小さいとはいえ、工場一つを震撼させるほどの大音声が放たれた!
それに呼応してか、裏口がガチャッと音を立てて開かれる。現れたのは小山の様な体躯で、若干白髪が混じった短髪の男性だ。
「おう鶴ちゃん!」
『織田鉄工所』の所長、織田
鶴乃もまた笑顔で返すと、自転車の後ろに積んである『万々歳』と行書体で大きく表記された箱を開けて、一つの御膳を取り出す。
「はい、唐揚げ定食一つ」
花が咲いた様なスマイルを向けて差し出す。
「いつもありがとうよ! いや~万々歳に行ければよかったんだけど、この時間いっつも忙しくてなあ」
「良いことじゃん」
織田一平自身は、参京区の名うての技術者で有り、鉄工所も家族を含めて全従業員数15名と非常に小規模だが先祖代々受け継がれてきた縁のある建物である。
忙しいと愚痴ることは、それだけ経営が潤っているということだろう。そう確信した鶴乃は笑顔を向ける。
「……それにしても、鶴ちゃんの声はようく響くねえ!」
「えっへっへ~」
若干笑顔に苦味を混じえて、そう伝える織田。褒められたと勘違いした鶴乃は照れ笑いを零している。
「……耳がまだジンジンするよ……」
「なんか言った?」
「っ……いえ何も……。それより鶴ちゃん、彼氏はできたのかい?」
笑顔満開のまま、冷え付いた声を向ける鶴乃に寒気を感じた織田は、即座に話題を変えた。
途端、鶴乃は呆れ返った様に口元をへの字に歪めた。
「またその話ぃ~? そんなこと言ったら織田さんだっていい年なんだからさっさと嫁さん貰って跡継ぎ作りなよ」
「鶴ちゃんみたいないい女が
まさか、からかうつもりで言ったその一言が地雷になるとは微塵も思わなかった。
「…………」
ニヤリ。
鶴乃の目が鼠を標的に収めた猫の様に瞬き、口元を不敵に弧を描くまでは。
「言うと思った。けどね、知ってるんだよー?」
「……っ!」
やばい、まずった――――!! 一瞬で、蛇に睨まれた蛙と化した織田は、息を飲んだ。
熊並の体躯の持ち主には思えぬ程、ビクリと肩を震わして後ずさる。
「織田さん、慶治駅前のpeachってBARによく通ってるんだってー? そこのママさんと最近仲良いんでしょー?」
瞬間、隠していたエロ本が母親にバレた少年の様にビックリ仰天。顔が焦りと恥ずかしさで一気に紅潮した。
「な、何で鶴ちゃんがそんな事をっ!?」
「そりゃああんな
そうニタニタ笑いながら、自身の薄い胸元に両手を寄せて、大きな弧を描く鶴乃。その仕草が何を意味していたのか即座に悟った織田は、茹で上がった顔を両手で覆い隠す。
「ううう……!」
(畜生!! どうせ雉さんから聞いたんだな! あの爺さん、ほんっとに余計な事を……!!)
胸中で雉こと、鶴乃の大叔父(祖父の弟)、由比木次郎に対して恨み節を嘆く織田。
今は、神浜町にある自宅に戻っているが、ほんの一ヶ月前までは、鶴乃の生家である万々歳に居候し、再建に貢献していたのだ。
どう見ても頑固一徹な風貌であり、無愛想かつぶっきらぼうな喋り方から、如何にも人付き合いが苦手そうに見える木次郎だが、意外とそうではない。
彼は、この商店街に居座っている間に、住民のプライベートな情報は粗方把握してしまっていた。その辺りは流石元敏腕刑事というべきか。
――――とはいえ、そんな痴情をうら若気少女に知られてしまったのは、あまりにも恥ずかしい。恥辱の余り体が震えてくる。穴があったら頭から飛び込みたい。
「……おっ、そうだ」
織田はそこで、ふと何かを思い出したらしい。両手を顔から剥がすと、急に真面目ぶった顔を向けてきた。
「なあ、鶴ちゃん。雉さんから何か変わったことを聞いてないかい?」
「?? ううん、何もー?」
そう尋ねる織田の意図が読み取れず、鶴乃はきょとんと首を傾げた。
「あのなあ……この前、市役所行った時に職員が話してるのを聞いちまったんだが……」
「ふんふん……」
織田は周囲をキョロキョロと見回し、自分と鶴乃以外に誰もいないことを確認すると、彼女に歩み寄った。
姿勢を屈めて、耳元に口を寄せて、コッソリ伝える。
「ここ、再開発されるみたいだぞ……」
「え……?」
鶴乃の思考が、停止した。
☆
『冗談でしょ? 織田さん』
『俺も冗談だと思いたいけど、耳にハッキリ残っちまってんだよ……』
あの後、織田とはそんなやりとりを10回ぐらい繰り返したと思う。他にも何かどうでもいいことを話していたと思うが、あんまり覚えてない。
再開発――――たった3文字で構成されたその単語が脳に与えた衝撃は凄まじかった。つい先程の会話の記憶すら曖昧になってしまっている。
『魔法少女保護特区』
そんなものに市が指定されてからというもの、中央区は国の指示によって積極的に開発事業が行われて、現在は東京都の池袋か新宿もかくやという程の大都会へと生まれ変わった。
中央区だけじゃない。他の町の各区も開発事業の手が加えられ、発展を続けているのだ。
いつかは参京区も、その話が来るかもしれない、明日は我が身――――区に住む者の頭の片隅にもその不安は常に合ったが、特区として指定されてから8年もの間、行政からは何も話が来なかった。
だから、楽観していたのだ。
『もしかしたら
そして、3日後――――
織田が言った通りの展開がこんなに早く来ようとは夢にも思わなかった。
というのは、家のポストに届いていた一枚の区民便り。それに書かれていた文章が全ての始まりだった。
居間で、封を切って中身を取り出すと、内容を確認する鶴乃。
そこには「参京駅前北口地区市街地再開発事業」に関する旨が長々と記載されていた。
<神浜市参京区の再開発事業『参京駅北口地区市街地再開発事業』都市計画決定のお知らせ
神浜市参京区における「参京駅北口地区市街地再開発事業について、2018年5月15日に都市計画決定の告示がされましたのでお知らせ致します。
本事業は神浜市役所を主体として行われるものであり、総責任者は神浜市市長であらせられる――――>
最初は目で追っていた鶴乃だったが、途中、気になる文章に突き当たった。それを自分の耳でも確認するべく、声に出して読み上げてみる。
「事業協力者は……株式会社Divine Light of CITYとTOYAMA不動産株式会社……」
その会社名と、代表取締役の名前を見て、目を細めた。
サンシャイングループの系列企業だ。そして代表者は日秀源道の親族。
憎悪の感情が胸の奥底の血流をグラグラと煮詰め始めた。
今、自分は目をキッと鋭くして睨みつけているのかもしれない。
「……本地区は、
詭弁だ。
鶴乃は上記の文を読んだ直後に、胸中で吐き捨てた。サンシャインの連中は行政と結託し、
鶴乃は、クッと歯噛みする。同時に、紙を千切れるぐらいの力でギュウッと握りしめると、目線を更に下に向けた。
文章の最後には小さな地図が記載されている。当然だが、自分達の住んでる参京商店街の全体図だ。
そして――――東商店街と南商店街に当たる区画が赤く塗りつぶされていることに、ぞっと寒気がした。
「つきましては、当該の地域にお住まいの皆様には……」
目を震わせながら、最後の文章の最後を読み上げる鶴乃。
「住宅を立ち退いて頂くよう、要求させて頂きます…………っ!?」
頭のてっぺんが急激に熱くなった。
この時、「ふざけるな!」と口から怒号が出そうになったのを喉元で抑えられたのは僥倖だった。
出そうものなら、両親に迷惑を掛けてしまうに違いない。
☆
『灯台下暗し』――――という諺があるが、まさにその通りだ。
鶴乃は生まれてから今日に至るまで、参京区にずっと住んでいたが、実の所、区の情勢は全く知らなかった。
――――いや、今まで、目を背けていた、と言った方が、正しいか。
自分がうんと小さかった頃、ここの商店街は多くの買い物客で賑わっていた。
夕方になれば、食材の買い出しに来るおばちゃんのチャリで溢れ、夕焼けの空と美味そうな惣菜の香りが、ノスタルジーを感じさせた。夜になれば、飲み屋でサラリーマン達のどんちゃん騒ぎの声が方々から聞こえてきた。
鶴乃はそんな商店街の雰囲気が大好きだった。
その頃の思い出が強く残っていたからこそ、今の商店街からは目を背けていたのかもしれない。
最近は、日中でもシャッターを閉めたままの店を多く見かける様になった。買い物客どころか通行人だって年々少なっていて、それに伴い商店街の熱気が失われていくのを肌で感じていた。
――――どうして、参京商店街は活気を失ってしまったのか?
――――商店街を周って、住んでいる人達に話を聞いてみよう。
即決即断を信条とするだけあって、そう思い至った鶴乃の行動は早かった。
まず最初に向かったのは、万々歳の近所に有り、商品を卸して貰っている精肉店だ。
入口のガラッと開けて入ると、カウンターの方から、快活そうな少女が笑顔で飛び出してきた。
「いらっしゃ~い! ってあれ? 鶴ピー? どしたの?」
可愛らしい子豚の顔のイラストが表記されたエプロンを纏った茶色いボブカットの少女は、この店の看板娘――――
鶴乃とはそれこそ幼稚園の頃から幼馴染の間柄で、姉妹の様に仲が良い。
だからか、彼女は鶴乃の表情を見ただけで、いつに無い焦りを感じていたことを察した。
「利恵ちゃん、あのさ……」
「もしかして、再開発の件?」
「!? 分かったの!?」
機先を制されて、鶴乃はびっくりする。
「鶴ピーは顔にすぐ出るからね~。一目見りゃお見通しだよ~」
目を丸くする鶴乃に対して利恵はからかいが成功した子供の様にけらけらと笑っている。
なら話は早い――――そう思った鶴乃は早速問いかけてみることにそた。
「ねえ、利恵ちゃん、ちょっといいかな?」
「何?」
「利恵ちゃんから見てさ、
直後――――利恵から笑顔が消えた。
神妙そうに口元を結んだ後、眉間に皺を寄せて、顔を俯かせる。
「…………」
「……どうしたの?」
もしかして聞いてはいけない質問だったか。
黙りこくる利恵を見て、怒らせてしまったかもしれないと、鶴乃は罪悪感を感じる。
「…………あのさ、鶴ピー」
数拍沈黙していた利恵の唇が、重たそうに上下する。
「ウチの精肉店もさ、来月いっぱいで" ”することになったんだよねー……」
「えっ?」
今、利恵が何て言ったのか分からなかった。
言葉に含まれていた二つの単語――――耳にした途端、頭の中が真っ白になった。体の熱が急激に奪われて硬直する。
「……今、なんて言ったの?」
全身が凍える様な感覚に、戸惑いながらも聞き返す鶴乃だったが、理恵は口をむっと結んだ。眉間に皺を寄せて苛立ちの籠もった低い声を返してくる。
「……何度も言わせないでよ」
しかし、それで引く鶴乃ではない。彼女の口から、はっきりと耳にするまでは、退くつもりはない。
両肩を激しく揺すって、更に詰め寄る。
「"閉店”……"閉店”って言ったよね!?」
「…………………」
暫く憮然としたまま沈黙していた理恵だが、やがて観念したのか、口を重たそうに開く。
「そうだよー……」
申し訳なさそうに低頭する理恵。
「何、で……?」
「しょうがないんだよー……」
両肩を掴んでいる手が震えていた。鶴乃は顔は泣きそうなぐらいにくしゃりと歪んでいて、自分に怒っているのか悲しんでいるのか判別できない。いや、或いは両方の感情が入り混じっているのかもしれない。
「みんな経営が苦しいんだよー……。村瀬くんの店だって潰れちゃったの、知ってるでしょ? 宮田くんの和菓子屋だって、サンシャインに買収されてチェーン店に改装されるっていうしさー……。私の店だって全然客来ないもん……!」
話している内に、抑えていた感情が段々噴き出してきたのか、理恵は捲し立てる様に続けた。
8年前から進んでいる中央区の都市化開発は、確実に古くから存在する参京商店街に大きな打撃を与えてきたのだと。
現に、中央区の街並みは、東京都の新宿か池袋の様な都会へと生まれ変わっており、多くの若者や市外からの移住者で賑わいつつあった。郊外のロードサイドには大きくて便利な商業施設がどんどん開業し、参京商店街の客は殆どそちらに流れてしまったという。
「山本くんもさー……」
「山ちゃんが、どうしたの……?」
山本とは、理恵、村瀬、宮田と同じく、商店街に住む幼馴染だ。彼の蕎麦屋も何かあったのだろうか。
「こんな廃れた所で店継いで一生終わるの嫌だって言ってたんだよねー……。都会行って自分のやりたいこと見つけたいって……」
目眩が急激に襲ってきた。
あの後、鶴乃は、理恵と他愛の無い事を二、三言話して、店を後にしたのだった。
☆
――――唾液が、苦い。
胸が焼ける様な苦しみを覚えながらも、他の店を転々と周り、店主に話を聞いてみた。
その結果、いろいろ分かってきた。
若者の商店街離れが深刻化しているのだ。
現在、商店街の店主は大半が高齢者であり、店を継ぐべきだった子供達は、中央区か市外へと移ってしまったという。
原因としては、参京商店街が時代を省みなかった、ということだろう。
家に帰り、ネットで調べて分かったことだが、現在、世界は地価グローバル社会なのだという。
地価とは知識や知恵とか経験、あるいは、デザイン、ノウハウ、コンテンツ、ブランドといった
グローバルとは、世界的、包括的という意味だ。特にデジタルによる仕組みが世の中を大きく変え、また、世界の門戸を開いてしまった。インターネットにSNS……今や人々はいつでも好きなときに世界と繋がる事ができるのだ。
参京商店街にはこのような時代感覚が無かった。自分達が運営する商店街を絶対視するあまり、閉鎖的な空間を作り出してしまった。時代に取り残されてしまった。
かくいう自分も同じだった。目はいつも商店街。それどころか、万々歳が全て。さらに、活動は点的で視野狭窄。
このガラパゴス状況を見透かした若者達は早々に、商店街を去ってしまったのだ。
だからこそ――――
鶴乃はパソコンに自分の調査を纏めながら、マウスを握る手に力を込めた。
商店街の老人達の内には、もしかしたら、再開発に期待を掛ける者もいるかもしれないということだ。
例え、追い出されたとしても、参京区が中央区の様な都会として生まれ変われば、もう一度
それは分かる。でも、だからって――――!!
自分達が古くから築き上げてきた歴史を、惜しむことなく捨てられるのだろうか。
どうにも行き場の無い怒りや悔しさが、胸の内を痛いぐらいに暴れまわっていた。
由比鶴乃、16歳。
彼女はまだ、どこにでもいる普通の少女に過ぎなかった。
どこまでもまっすぐで、純粋で、無垢で、無邪気で、幼稚だった。
正しいと信じた事のみを貫き、周りからも正しいと思われてきた。
しかし、彼女はまだ知らなかったのだ。
自分の正しさが、やがて人生を大きく歪めてしまうことに――――
「これ、マギレコだよね?」
↓
「うん、マギレコです。鶴乃が出てるんだからマギレコです」
「魔女も魔法少女も出てないんだけど?」
↓
「それでもマギレコです。見知らぬ人がいっぱいいますが、鶴乃がいるのでマギレコです」
そんな自問自答を繰り返しながら書いてました。
今回は再開発計画という色々複雑なものをどうすれば作品に違和感なく組み込めるのか、かなーり四苦八苦しました。
ネットでググりながら色々と事例を調べて、なんとか書き上げました。