魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
なお、ストーリー展開には特に影響はございません。
説明会を終えた後、鶴乃は他の参京区民たちと帰路に付いていた。
心なしか全員の足取りは、トボトボと重たく見える。
いつもは区民同士、親しげに交わされる会話が、今は全く無い。
皆、心ここにあらずと言った様子だった。
「………………あの梓って人は、大した人だったねえ」
呆然とした顔を俯かせたまま、歩いている鶴乃の耳に、突然老婆の声が刺さった。
東方面の定食屋「いなほ」経営者・川野ケイ子である。
ハッと鶴乃が顔を上げると、目先の道路の両脇沿いに、古ぼけた店舗がくっつく様にして並んでいるのが見えた。商店街の入り口を見て、我に帰ったのだろうか。
「……そうだね」
少し間を開けた後、鶴乃はコクリと同意した。
確かに、梓 つむぎは大した人だった。認めたく無い事実を、否応なしに受け入れざるを得なかった。
『サンシャイングループなら、可能です』――――
あの一言の後、誰一人として、反論する者はいなかった。100人以上居るかに見えた区民はまるで一人も居なくなってしまったかのようにシン、と静まり返った。つむぎだけが、平常通りの顔つきで順調に話を進めていた。
――――何度も言うが再開発は、その土地の歴史と文化を踏み躙る行為だ。
自分を含めた100人以上の住民から怒りと不安の目線を向けられれば、普通なら萎縮するだろう。
しかし、彼女は毅然とした姿勢を一切崩すことなかった。
罵詈雑言を浴びる事も、物を投げられる事も、暴動を起こすこともなく、彼らの反感を全て抑えて、話を終えた。
調べたところ、つむぎが温室育ちの令嬢であったのには違いなかった。
世間知らずに、下々の気持ちなど分かるものかと鷹を括っていたが、予想外の形で裏切られた。
彼女には日秀源道の血が流れているのだ――――上に立つ者の素質が。
「まあ、父はサンシャイングループの会長、娘は魔法少女で治安維持部の副部長じゃしな。我々とは天と地程の格差がある」
鶴乃が思いに耽っていると、小柄のメガネを掛けた老人の声が飛んできた。
『斎藤寝具店』店主・斎藤 司の父、
息子の司と違って、再開発賛成派であり、年中ムスっとした顔つきの堅物で有名だ。
彼のように商店街が発展し、人が集まるならそれでいい、と考えている者たちも多い。
それに、最初から立ち向かえる相手ではないと、彼は考えていたようだ。父と祖母と同じだ。
しかし、つむぎのあの提案には、賛成派の彼も流石に面食らったようだが。
「…………」
鶴乃は再び顔を俯かせた。閉じた口の中で上下の歯を強く食いしばる。悔しさと忌々しさで瞳が震えた。
何でこんな簡単な事が分からなかった! 少し頭を捻れば、こんな『当然の結果』分かる筈だったのにっ!
「お鶴ちゃん、あんまり思い詰めるな。これから、みんなに確認するんだから、挽回の余地だって……」
「あると思うかね、
鶴乃の背中はかすかに震えていた。悔しさを噛み締めているのだろう。
そう察した中山三郎が、優しく声を掛けようとするも、正がピシャリと遮る。
「親父っ!」
暗澹とした気持ちの皆に、更に追い打ちを掛けるつもりか。
共に歩く息子の司が叱りつけようとするが、正にはどこ吹く風だ。
彼はテクテクと急に早足で歩くと、鶴乃の方まで歩み寄った。
「!?
「頭の固いジジイには分からんよ」
正は素っ気ない言葉で鶴乃の隣に立つ中山を払うと、入れ替わる様に鶴乃と並んだ。
「
「っ!?」
正は憮然とそう告げた。ハッと目を見開く鶴乃。
「…………」
鶴乃は歩く足を止めた。同時に隣の正と後ろを歩く3人も足を止めた。恐らく、皆、自分に注目しているのだろう。
ならば、考えるしかない。
サンシャイングループに振るわれた大鉈によって、切り裂かれた商店街がどのように変わるのか――――その答えを導き出さなければならない。
祖父の鶏太郎は生前、いつも言っていた。
未来の事を考えろと。偉い人が善意で事を成した場合、それが必ずしも下々の人間にとって良い結果になるとは限らないのだと。
「………………………」
考え込む鶴乃。4人は彼女の答えを心待ちにしている。
答えが分かっている正は相変わらず飄々としており、川野は憮然と見つめて、中山は額の汗をハンカチで拭い、司は息を飲んでいた。
期待に胸を弾ませている者はいない。寧ろ、悪い予感が強まった。
「………………………………………………………………………っ!!」
暫しの熟考の末、鶴乃は大きく目を見開いた。同時に驚く様にアッと開く。
「わかったのかね?」
「……!」
正が尋ねると、鶴乃は力強く頷いた。
だが、それを伝えていいのだろうか――――いや、逡巡する余地などない。やがてみんな思い知ることになるならば、早い内に伝えた方がいい。
「みんな、聞いてっ!」
鶴乃が声を張り上げる。4人は緊張の面持ちで見つめている。
「この再開発は、確かに東と南の商店街にとっては救済になるのかもしれないっ!」
「お鶴ちゃん、つまり、どういうこったね?」
川野が憮然とした表情のまま、尋ねる。司と中山も息を飲んで見つめていた。
「内乱……」
ポツリと呟かれたその単語に、全員が目を見開いた。
「対立が、起きる。商店街の皆で……」
つまりはどういうことか。
梓つむぎは確かにこう言った。複合商業施設『サンライズスクエアモール』の一画を新たな参京東・南合同商店街にすると。
――――だが、それは罠だ。
まず、一つ目の懸念。全店舗が加盟すれば、サンシャイングループは、商店街の半分を手に入れたのも当然。要はそれらを生かすも殺すも自由だ。売上が悪ければ――かつての万々歳の様に――甘言を用いて近づき、自社のチェーン店に差し替えるだろう。
二つ目の懸念は、商店街の経営者は大半が後期高齢者だ、ということだ。
跡継ぎとなる子供達は都会の方へ移り住んでしまっているケースが多い。この場に居る川野と中山が良い例だ。
つむぎは、「建設完了には6年と半年掛かる」と言っていた。その間に、加入する店舗の経営者達の身に何が起きてもおかしくない。誰もが高齢に鞭打って働いているが故に、体内を巣食う病魔には無頓着だからだ。
もし、「建設中に加盟する店舗の経営者が亡くなってしまったら?」――――言うまでも無い。
サンシャイングループは、自社のチェーン店を代わりに入れるだけである。
つむぎは『迷惑料』の話をしたが、あれは、目先に大金をチラつかせることで、経営者達の目に上記の未来を見えなくさせる為だろう。
今や、商店街の誰もが経営が苦しいのだ。目先に高価なお宝があれば真っ先に飛びつきたい。
事実、あの話の後、つむぎに抗おうとする声は一切聞こえてこなかった。
だが、鶴乃が最も懸念しているのが、商店街の『内乱』だ。
複合商業施設が完成されれば、サンシャイングループはテレビのCMやネット、行政と協力して市の広報を用いて、大々的に宣伝をすることだろう。
つまりどうなるか。
新造のショッピングモールとなれば当然、老若男女の客はこぞって集まってくる。市内どころか、県外からの来客も見込める。
つまり、西と北の店舗を利用してくれていた、残り少ない地元の客も、吸い取られてしまう可能性があるのだ。
「それで、何が起こるか、だな」
既に答えは知っている筈の斎藤 正が、鶴乃を試すかの様に話を振る。
鶴乃はコクリと頷くと迷い無く口に出した。
「経営の格差……」
サンシャイングループの庇護下に入った東と南、そうでない西と北で深刻な格差が発生する。
――――西と北の経営者は抗議するだろう。「お前らは大企業に泣きついて俺らを見捨てた裏切り者だ」と。
――――東と南の経営者は反論するだろう。「いや、大企業の恩恵が無ければ、経営は維持できなかった」と。
ここで、最悪の事態が想定できる。
西と北の商店街の経営者の誰かが「我々にも大企業の恩恵を与えろ!」と騒ぎ始める可能性だ。一度付いた火は、山火事の様に周りを巻き込んで燃え広がるだろう。
そうなればもうサンシャイングループの思うツボだ。
「対立が激化すれば、連中はモールを増築するだろうな」
正の口から発せられた更なる『最悪の可能性』についても、鶴乃は否定せずに首を頷かせた。
冷気は無いが、背中が冷え込んで震える様な感覚だった。
それでも、両の拳だけは熱を失くさないように、グッと握りしめていた。
つまり――
参京商店街の憎しみが自分達に向けられる前に、“商店同士で憎みあってもらおう”という訳だ。
商店街がサンシャイングループに対して、一致団結の抗議やデモ活動を考える前に、彼らの内輪で潰しあってもらおうと。そうすることで商店街とサンシャイングループの世界は切り離されるのだ。
内側で争いが勃発すれば、怒りを外に向けている余裕はなくなる。小さな商店でいがみ合えば、大企業を非難する余裕は消し飛ぶ。外へ漏れ出そうだった怒りを、その内側に閉じ込める。
梓つむぎは――――もっと言えば、彼女の背後で糸を引いているであろう日秀源道は、自社グループの社会的地位の損失を未然に防ぐ為、分裂を引き起こそうとしている。
☆
「そして、わたしたちの争いの歯止めが利かなくなったところを見計らって、介入する。恩情の手を差し伸べてくる」
「それが、正さんの言っていた……」
桃色の二つの瞳が、淡々と語る鶴乃の双眸をしかと捉えていた。
「そう、サンライズスクエアモールの増築。もしくは新しい複合商業施設の建設。そこに、『救済』という名目で、北と西の商店も丸め込む。そうなったら後の祭り。商店街全てが奴らのものになる……」
「…………」
鶴乃の言葉尻が震えた。
彼女より年下のいろはには、難しくてよく分からない話だ。だが、鶴乃の抱える怒りと哀しみは、しっかり受け止めようと思った。
「そんなことで、本当に、参京商店街が……由比さんの地元が救われるんですか?」
ふと頭の中で湧いた疑問を尋ねると、鶴乃は首を振った。
「……わからない。だって」
――――開発は
鶴乃の一言に、愕然と目を見開いた。
「え?」
「順を追って話そうか……」
鶴乃はどこか疲れた様子で、背もたれに寄り掛かると、遠くを眺める様な目で窓を眺めた
連載していると、『連載開始前には浮かばなかった』アイディアがボロボロ出てきますね。結果的に後付け感満載になってしまうのは否めません。また、話が膨大になってしまうのも否めません。
当初は、役場で魔法少女が居る部署は、治安維持部と調整課だけだったのですが……もう一つ魔法少女が必要な課をつくろうと考えてます。