魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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今回も説明過多且つ暗いですが、何卒、お読み頂ければ幸いです。


FILE #26 二度と“そこ”から抜け出せなくなる前に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 商店街に辿り着いた直後、他の経営者の老人達とはバラバラに分かれた。

 

 ――――一人になってから、鶴乃は考える。

 結局、あの説明会で得られたものはなんだったのだろうか。

 反対派同士の結束と、協力態勢――――心の中で大いに期待していたものは呆気なく露と消えた。

 それは当然だったのかもしれない。参京商店街は小さな小さな区域だ。神浜市全体を治める行政と日本有数の大企業に立ち向かうなんて、最初(はな)っから無理だったのだ。

 下手に張り切らずに、父の言葉を大人しく聞いていた方が、傷つかずに済んだのかもしれない。

 

 

 ――――その後の時間は、まるで矢の様に早く過ぎ去っていった。

 サンシャイングループは着実に商店街の経営者達と話を進めていった。

 当初は商店街全体で8割いた反対派も、一か月後には3割程度に激減していた。

 しかも、西と南の商店街の経営者はほぼ全員が賛同しており、残るは未だ反対の看板を掲げ続ける中山と、反対か賛成か答えを出しあぐねている川野の二名だけとなった。

 だが、両者が陥落するのも時間の問題だった。

 その間、鶴乃は機械に戻っていた。

 ただ、自分の店の手伝いしかしなかった。

 父と一緒に厨房で料理を作り、注文を受ければ出前を配達し、母と一緒に家事を手伝い、家計簿を毎日一円の出費から逃さずに付ける。

 店の中のことだけで多忙だった。祖母の散財も金銭元が気になっていたが、それを調査する暇も無かった。

 

 ――――そんな、ある日の事。 

 

 万々歳の二階の奥の部屋――――かつて亡き祖父・鶏太郎が書斎として使っていた部屋で、鶴乃は忙しなく動き回っていた。

 店の昼休憩中に、必ずその部屋を掃除するのが日課だった。

 家の事も、地元の事も、自分自身の事も一切気にしない薄情な家族に囲まれた中で、祖父の部屋掃除は鶴乃にとって唯一の癒やしの時間であった。

 

「♪~♪~」

 

 流行りの音楽を鼻歌で謡いながら、丹念にタンスに付いた塵を拭き取っていく。

 祖父はもういない。でも、こうしていると逝ってしまった祖父を身近に感じる事ができた。

 

(……そういえば、おんじ、元気にしてるかなあ)

 

 ふと、大叔父の木次郎の事が気になった。

 幼い頃から慕ってきた、もうひとりの祖父。

 サンシャイングループに買収されそうになったところを助けてくれた、万々歳の救世主。

 父が店を経営できるようになってからは、たまに月一で近況確認をするぐらいで、会う事は無くなってしまった。如何せん鶴乃の方が忙しいので、機会が作れないのだが。

 現在は中央区にあるアパートで一人暮らしをしているが、年齢はもう68だ。身体の事が気がかりだった。

 (無論、そんな心配を電話口で告げれば、「要らねぇよ、んな心配」とツッケンドンに返されるのがオチだが)

 

 5年前に、祖父は急死した。心臓発作で帰らぬ人となった。

 だから、木次郎もいつか、同じ様に、急にこの世を去ってしまうのではないか。

 

 そうなったら自分は――――

 

(っ!!)

 

 急に降って湧いてきた不安を、頭を勢いよく振って強引に振り払う。

 駄目だ!! そんなことを考えるな、由比鶴乃!! お前は万々歳を守っていくんだろう!! だったら自分の事なんて考えなくていい!! 他人に頼る事も考えなくていい!! 強くなれ!! 強くあれ!!

 頭の中で必死に、自分に暗示を掛ける。両手で頬をパンッと強く叩いて気合を入れた。

 

「よしっ!」

 

 鶴乃は「奮々(ふんふん)!」と鼻息を吹かすと、再び手に持っている雑巾で、祖父のタンスを拭こうとした。

 

「ん?」

 

 祖父が愛用していた木彫りの棚を掃除していると、違和感を覚える。

 一段目の引き出し。鍵穴が付けられたそこは、誰も開けてはならない祖父のブラックボックスだ。鍵の場所は、鶴乃と父の隼太郎しか知らない筈だった。

 

 ――――なのに、開いていた。

 

 まるで鍵が最初から無かったかのように、スルリと棚が引き出せた。

 ぞっ――――と。

 背筋が急激に寒くなった様に感じた。何か嫌な予感がする。

 

「…………」

 

 勘が強く訴え始める。そこを見るな(・・・・・・)。見たら何もかもが崩壊する――――と。

 恐怖に近い感情が胸の内を食らいつくす。しかし、微かに残っていた義心が憤懣と燃え上がってきた。それは真逆な事を訴える。

 それを見ろ、と。お前の大事なものを護れ、と。

 引き出しの中を恐る恐る除いて見えたのは、小さな千両箱だ。しかし、頑強そうな金属で覆われており、またそれにも鍵穴が付いていた。

 ――――鶴乃は祖父の生前言っていた事を思い出す。

 祖父が経営していた頃、万々歳は最盛期を迎えていた。市外から有名人が多数押し寄せてきて、テレビや雑誌で何度も取り上げられていた。

 この千両箱は、確か――――鶴乃は思い出す。

 有名人は度々常連となってくれて、祖父とも親しくなった。その人達が祖父へお礼にと譲ってくれた品が、この箱の中にはある。

 

 ――――どんなものが入っているのかな。

 

 恐怖と興味が一気にせめぎあった。

 まるで玉手箱を開ける前の浦島太郎にでもなった気分だ。だが、これは、呪いの箱ではない。間違いなく宝の山が眠っているのだ。

 鶴乃の右手は、自然と、千両箱を掴んで胸元まで引き寄せていた。

 左手がゆっくりと蓋に、手を掛ける。

 鶴乃は息を飲んだ。これを開けても自分が死ぬことは無い筈だ。だが、先ほどからざわざわと感じる嫌な予感はなんだろうか。

 まるで、首筋に包丁を突き立てられている様な脅迫感と恐怖に苛まれながらも――――一思いに蓋を開けた。

 

 

 

 

 

 

 違和感を覚えた。

 何で、自分は、千両箱に『鍵が掛かってない』と思ったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「…………ない」

 

 

 

 

 千両箱の中には、何も無かった。

 胸中を食らいつくしてきた感情が、一気に全身へと這い出した。

 

「ない! え、ウソ!? ないっ!?」

 

 棚の二段目を確認する。祖父生前愛着していた衣類が几帳面に折りたたまれていた。

 だが、千両箱の中身らしきものは、無い。

 

「ない!ない!ない!ない!ない!ない!ない!ない!」

 

 三段目、四段目五段目六段目七段目……全ての棚を開けて隈なく確認する。だが、どこを見ても、宝は見あたら無い。

 

 ――――ウソでしょ?!

 

 安らぎの部屋は一気に、抜け出せない暗闇へと変貌した。

 

 鶴乃の額に汗が滝の様に流れ始める。息が多量に肺から漏れ出して、呼吸が上手くできない。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 脳がボンヤリとしてきた。視界が白ぼったく霞んでグラリと揺らぎ始める。

 駄目だ、ここで倒れたら。わたしが、守るんだ。だから、しっかりしなきゃ!

 鶴乃は力一杯歯を喰いしばって、どうにか精神を紙一重のところで繋ぎとめた。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ、ハァ、ハァ、ハッ、ハッ、ハァッ!」

 

 呼吸が荒い。酸素が行き渡らなくなった頭が大きく揺らぐ。胃の奥から急激に酸っぱい物が込み上げていて、喉元を刺激する。気持ち悪い。その場で吐き出したい。

 鶴乃は、両手で口元を強引に抑えると首を上に持ち上げて、ゴクリと飲み干した。精一杯の力を込めた両足で踏ん張って、耐える。まだ倒れる訳にはいかない。

 とにかく、タンスの中には無いのは分かった。では、他の所にある筈だ。

 ならば、押し入れは――――!?

 飛びついて、勢い良く開ける。ない。

 ならば、祖父の愛読書が置いてある本棚はどうだろう。

 自分よりも頭一つ分は大きくて、7段もある。本もぎっしりと詰まっている。

 

「っ!!」

 

 迷ってる暇はない。

 一番上の段の本を持てるだけ鷲掴みにすると、一気に床に投げ捨てた。次々と繰り返して空にする。無造作に転がった本の山を、一冊一冊取り出してパラパラと中身を確認する。

 やはり、無い。

 なら、次の二段目は!?

 二段目に無かったら、三段目は!?

 同じ動作を繰り返す。

 長い時間が掛かったが、鶴乃にとっては刹那の様な瞬間に感じた。

 そして、いよいよ最後の希望となる再下段へとたどり着く。

 

 

「…………っ!」

 

 

 そこで、鶴乃はある可能性に辿り着いた。まるで雷が降ってきたかの様に、頭に急激に思い浮かんできた時には、もう、祖父の部屋を飛び出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆け足で滑り込んだのは、祖母の部屋だった。

 元々は父の部屋だったが、転がり込んできた際に、母親から『譲ってあげて』と強くせがまれたので、やむをえず譲り渡した。

 祖母は買い物に行って、今はいない。

 恐らく中央区だろうか――――鶴乃の心にが灯された。だが、それは義憤でも情熱でもない。全く覚えのない(・・・・・・・)感情だった。

 

「っ!!」

 

 だが、今の鶴乃にその感情を確認するだけの余裕は無かった。

 すっかり祖母のものとなったタンスの引き出しを、力任せに引っ張り出す。

 

「ない!ない!ない!ない!!ない!!ない!!ないっ!!!

 

 一段目から隈なく探す。激情が口の中から咆哮の様に飛び出していた。

 幸運だったのは、今、家の中には誰もいないことだろう。

 最下段の引き出しに手を掛ける。

 ここに無かったら、何もかも終わりだ。祖母に問い詰めるしか方法は無くなる。

 

「…………ない」

 

 しかし、やはり、祖父の宝は無かった。

 愕然とした。まさか、もう質に――――いや、と頭を振りかぶる。

 まだ何処かに行っちゃっただけだ。探せば必ずある筈――――

 

 

 

 

「えっ」

 

 

 

 

 思考の鬩ぎあいが唐突に終わりを告げた。最下段に衣類は何も入ってない。

 ただ、一枚の領収書だけが、そこには有った。

 

「なに……コレ?」

 

 触れた途端、まるで氷に肌を押し付けたかの様に、全身がビクリと震えた。

 直感だった。

 祖父の宝の所在は、この領収書に隠されている――――

 

 

 

 

 内容を、そして記載された金額を見た瞬間、鶴乃はそれを真っ二つに裂いた。

 

 

 

 この時、自分の胸の中で燃え猛る炎が――――

 

 

 

 

 

 

 『憎悪』なのだと知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がんがん、と――――窓が叩きつける様な音を、先刻から忙しなく響かせていた。

 そういえば朝のニュースで、今年最大規模の台風が近づいていると聞いた。横目で見ると、雨が滝の様に硝子全面を伝って流れている。

 もし、天気が神様の気まぐれによるものだとしたら、かの者でさえ何か泣き叫びたいぐらい絶望する出来事が空の上であったに違いない。

 人々に迷惑を掛けるやり方で懸命に自分の悲嘆を訴えているのだとしたら、神様というのは存外、子供っぽくて無邪気な性格なのかもしれない。

 

 なんだか、自分を鏡で見ているみたいで余計に辛くなった。窓に歩み寄ってカーテンを閉める。

 自分の心にいつも光を差してくれた部屋が、今は薄暗く、息苦しさすら感じられる洞穴の様に感じた。自分が散らかした本や祖父の遺品がそこら中に散乱していた。そこでただ一人、置き去りにされた子供の様に(うずくま)っている。

 

「……………………」

 

 もう自分には無理だ。何も救う事はできない。一階の居間から聞こえてくる父達の楽しそうな声が、酷く忌々しい。

 

「……っ!!」

 

 もうやめて――――

 

 両耳を強く塞いでも、隙間から声が入り込んでくる。

 その笑い声が暗にお前なんて誰も気にしないし、見ていないと告げていた。

 もう、限界だった。

 祖母ともう一人の散財を許した自分、偉大なる曾祖父・祖父の遺志を継ごうととんだ自惚れを抱いていた自分。そして何より、家族に対して強い憎しみを抱いた自分を、激しく嫌悪した。

 これ以上自覚したく無かった。

 

 気がついた時、スマホが右手の中にあった。ある人物の連絡先を探していた。

 

「…………」

 

 通話ボタンをタップして、耳には当てる。

 助けてくれなくってもいい。

 ただ、声が聞きたい。今の自分の気持ちを、辛さ苦しみ痛み絶望を――――あの人にだけは伝えたかった。

 

 

 

『おう、俺だ。どうした』

 

 

 

 いつも通りのぶっきらぼうだが、底知れぬ頼もしさが感じられる声。それが、荒みきった心に束の間の安心感を齎す。

 

「おんじ……」

 

『何が有った?』

 

 呼んだだけで、彼は察してくれた。

 溜まらなく眼尻に涙溢れた。奥歯をがたがたと震わせながら、掻き消えそうな声で、懸命に伝える。

 

 

 

 

「助けて」

 

『……!!』

 

 

 

 

「たすけて、おんじ……っ!」

 

 

 

 

 ずっ、と――――彼の両足が床を強く踏み抜く音が聞こえた。

 鶴乃の声で、一緒に暮らしている家族は誰一人として微動だしなかったのに、離れている彼だけは動いた。

 立ち上がってくれた。

 

 

『わかった』

 

 

 即答。

 

 

『すぐ行く』

 

 

 相変わらず素っ気ない返事だったが――――強靭な決意の如き熱量が宿っているのを、鶴乃の耳は確かに感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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