魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #27 親になろうとする男

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あいつだってもう16だ」

 

 もうすぐ大人の仲間入りだ。いつまでも自分に甘えている子供じゃない。

 何か困難に当たっても、自分の頭で考えて解決していける年頃だろう。

 

 なんとかなる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――衝撃、爆音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 覚醒。がばりと上体を起こした。一体何が起きたのか、慌てて周囲を確認する。

 原因は窓にあった。

 強風と弾丸の如き勢いの雨が窓を強烈に叩きつけていて、バンバンとけたたましい音を建てている。

 嵐が来ていたのか――――漆黒の夜空をじっと見つめていると、一瞬だけ真っ白に染まった。同時に薄紫の曲線が一本、天から地上に向けて降り注いだ。

 

「っ」

 

 それが雷と認識した木次郎は咄嗟に耳を塞いだ。地面が弾け飛ぶ様な、衝撃と轟音が身体を震撼させ、耳を劈く。

 どうやら酔っ払って夕方まで寝入ってしまったらしい。慌てて携帯を確認すると、『18:15』と表示されていた。

 

「ちっ」

 

 飲む前に雨戸を閉めときゃ良かったか――――木次郎は自分の迂闊さが腹立たしくなり舌打ち。今から閉めようとしても、この強風と雨の弾丸では開けた所で自分どころか部屋の半分がずぶ濡れになるのは目に見えている。

 仕方ない、このままにしておくか。何か物が飛んできて割れたとしても、その時はその時だ。おとなしく諦めよう――――そう思い至った矢先だった。

 

 

 ♪~♪~

 

 

 携帯から着信音が響く。誰からだろうか。木次郎が画面を確認すると「鶴乃」の二文字が表示されていた。

 

「…………」

 

 一ヶ月振りだ。

 再開発の件は大丈夫か。祖母のことで何か悩んではいないか。何より、今も元気にしているのか。

 様々な不安が急激に脳裏をひた走った。木次郎の背筋を再び見えない虫がざわざわと這い出してきた。

 彼は、意を決して通話ボタンを押す。

 

「おう、俺だ。どうした」

 

『おんじ……』

 

「っ!」

 

 携帯から聞こえてきた声に、ギクリとした。

 寝耳に冷水をぶち撒けられたかの如く、悪寒が全身を走った。

 

 

『たすけて』 

 

 

 嫌な予感が、的中した。

 鼻を啜る音、そして何かに怯える様に震わせた声。紡がれた4文字が、答えだった。

 

「!!」

 

 ――――あいつは今、泣いている(・・・・・)

 

 頭を揺らがせていた酔いがどこかへと吹き飛んだ。

 気ががついた時には立ち上がっていた。車の鍵を潰すぐらいの力で強く握り締めていた。

 

「分かった。すぐ行く」

 

 言い終えて電話を切った頃には、既にレインコートを羽織り、玄関の扉を開け放っていた。

 ごうっ、と全身を叩きつけるような激しい風と雨が襲いかかってくるが、今の木次郎にはどうってことない。早くアイツの所へいかなければ。

 

 安心させてやりたい。その一心だけが、彼を衝き動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ18時半だというのに、参京商店街はまるで深夜の闇の様にどす黒く染まっていた。当然ながら営業中の店舗は一つも無い。人の気配すらなくなったその区域に、赤子が泣き叫ぶ様な雷雨の大合唱だけが騒がしく響き渡っていた。

 闇夜と豪雨を切り割く様に一筋の光芒が、走り抜いた。ライトを付けた由比木次郎の車だった。

 

「…………!」

 

 しばらく走ると、万々歳が見えた。裏庭に設けられた駐車場に車を滑り込ませる。

 豪雨に打たれる実家を窓ごしに見つめた。

 おかしい。以前来た時よりも、小さくて、寂れている。

 おかしい。父と兄が守り抜いてきたこの店は、もっと大きく見えなかったか。

 おかしい。何かが此処で起きている。そうでなければあいつ(鶴乃)が泣くなんて有り得ない。

 何より……

 

「っ!」

 

 おかしい。ここには大人が三人もいるはずだ。何をやっているんだ。

 不安は次第に苛立ちへと変貌した。奥歯をギリッと噛みしめる。扉を開ける時、一瞬窓に自分の顔が映った。

 ――――怒りの面だ。

 程度が凄まじく筆舌に尽くし難いが、何かに形容するなら“鬼”と称するに相応しい形相だった。

 雷雨の中を駆けて、自宅の玄関へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 玄関の戸は手を掛けるとガラガラと開いた。

 「不用心な世の中だから、いつでも鍵は掛けておけ」、と散々教えたつもりだったが、どうやら忘れられてしまったらしい。

 すぐ右に居間が見えた。こんな雷雨なのだから、家の中もさぞ静まり返っているものと思いきや、談笑が聞こえてくる。

 

 その中に、あいつの声は無い(・・・・・・・・)

 

「叔父さん!?」

 

 噴出しそうな苛立たしさをどうにか抑えていると、居間の扉がガラッと開いた。甥が飛び出してくる。こんな嵐の中で来訪者――しかも自分――が来たことに心底驚いている様子だ。

 

「いきなりどうしたんだい!? 来てくれるなら迎えにだって……」

 

「鶴はどこだ」

 

「っ!」

 

 修羅の如き顔貌に、甥の足が竦んだ。血色の良い丸顔は、一瞬で蒼白になる。

 

「どこにいるのかと聞いてるんだ」

 

「え……? えっ!?」

 

 甥は震えながらも、何がなんだか分からない、と困惑に満ちた様子だった。その態度が木次郎の苛立ちを更に煮え滾らせた。

 

「へ、部屋にいる筈だよ……!」

 

「分かった」

 

 訳が分からない。だが、叔父は何か怒っている。隼太郎は震え上がりながら娘の居場所を教える。

 木次郎は甥を足蹴にすると、濡れたレインコートを玄関に投げ捨てて、足を踏み込ませる。

 

「お、叔父さん。タオル持ってくるから……!」

 

 木次郎の靴下はぐっしょりと濡れていた。玄関を濡らしてしまえば、妻と義母の機嫌を損ねるのだからそれだけは辞めて欲しい。

 そんな隼太郎の願いが届いたのか、木次郎は「チッ」と舌打ちすると、靴下を無造作に脱ぎ捨てた。

 

「隼」

 

 そして、階段に足を掛けると、甥を呼びかける。

 

「は、はい……?」

 

「最近、あいつを見てて、何か感じなかったのか?」

 

「え……?」

 

 問いかけに目を丸くする隼太郎。首を深く傾げる。

 

「う~~ん。少し前まで再開発の事で忙しそうにしてたけど……ここ最近は、元気そうでいつも通りって感じだったなあ~……。でも、今日は夕飯もいらないって言って下りてこないし……昨日学校で何かあったんかなぁ~?」

 

「分かった。もういい」

 

 ――――こいつに尋ねた自分が馬鹿だった。

 

 木次郎は甥をスッパリ思考から切り捨てると、一目散に二階へと駆け上がった。当人に確認した方が一番早い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二階はまるで、真夜中のトンネルの中の様に真っ暗だった。

 鶴乃が居るのは確かだ。なのに……まるで人の気配が感じられない。

 明るく、談笑も聞こえてきた一階とは比較にもならない静寂の暗闇が、木次郎の胸を余計に騒がしくさせる。

 

 ――――あいつは今、どうなってる? あいつの身に、何があった?

 

 額に汗がじわりと浮かんだ。嫌な予感が堪らなく下腹部を圧迫する。

 急いで彼女の元へ向かおうと勇んでいた足取りが、急にずっしりと重くなった。

 

「…………!」

 

 廊下の電気を付けると辿々しい足取りで、慎重に彼女の部屋に向かう。

 すぐに『鶴乃』と可愛らしいポップ体で書かれたネームプレートが貼り付けられた扉が見えた。かつての自分のものだった部屋を、あいつに使わせていた。

 

「鶴、いるのか」

 

 とんとん、とドアを小突きながら声を掛ける。

 だが、返事は無い。

 

「俺だ、おんじだ」

 

 語気を少し強めにして、再度呼びかける。だが、返事は無い。

 

「っ!」

 

 意を決してドアノブに手を掛け、開けた。

 瞬間、全身に悪寒が走った。

 彼女の陽気で暖まっている筈の部屋は、凍りついたかのように、暗闇に閉ざされている。

 思わず、木次郎は口元に手を当てた。胸からグラグラ煮立ってくる忌々しさが、顔の剣呑さを更に鋭利にする。

 

(あいつらは、気付いてねえのか……!)

 

 鶴乃の部屋を一目見て、木次郎は感づいた。

 恐らく、今のあいつは異常(・・)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼻を啜る様な声――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 消え入りそうではあったが、確かに、ぐすり、と聞こえた!

 鶴乃の部屋を離れ、咄嗟に顔を聞こえた方向に向ける。かつて父・雀七と兄・鶏太郎が使っていた書斎へと繋がる襖が見えた。

 急いで開け放つと、息を飲んだ。自分の予感が的中したのと同時に、部屋の異常さに目眩がしそうになった。

 全ての棚とタンスの引き出しが、引っ張り出されたまま――――中身と思しき、父と兄の遺品である衣類や書籍が床中にばら撒かれていた。

 誰かが暴れまわったか、或いは泥棒にでも入られたかのように、滅茶苦茶に散乱していた。

 

「……鶴か?」

 

 暗闇の中心で、蹲っている黒い何かが見えた。

 問いかけるまでもない。間違い無く、由比鶴乃だろう。だが、小さく丸まってぐずぐずと泣いている“それ”は木次郎の知る彼女とは掛け離れて見えた。別人であって欲しいと、僅かに願ってしまった。

 だから、思わず問いかけてしまった。

 

「おんじぃ……?」

 

 蹲っているものが、自分の声に気付いて、顔を上げる。

 暗闇に溶け込む様に染まり切って、表情は確認すら難しい。

 木次郎の足が毅然と彼女の方に進んだ。目前で立ち止まると、屈んで視線を合わせる。

 

「安心しろ。俺だ」

 

「っ……おんじ、おばあちゃんが、おかあさんが……っ!」

 

 ひっく、うぐ、と嗚咽を混じえながら、暗闇に紛れ込んだ“それ”が必死に何かを訴えようとする。

 木次郎は直ぐに、彼女の周囲の散乱物に目を配った。

 もしかしたら、こいつが泣いている原因が近くにあるのかもしれないと、元刑事の直感で悟ったからだ。

 

 ――――すぐに分かった。

 

 彼女の脇に、二枚の白い紙切れが落ちていた。元々は一枚だった紙を、手で感情任せに切り裂いた様に見えた。

 こいつが元凶か。確信すると、ギンッと鋭く睨みつける。

 他の散乱物は乱雑に撒かれているものの、傷を負ったり、破かれたものは一つも無い。彼女が父と兄の遺品にそんな真似をするとは思えない。

 と、なれば――――この破かれた白い紙切れは、父や兄のものでは無い。家族の誰か(・・)のだと判断した。

 木次郎はそれらを手に取り、中身を確認すると、

 

「分かった」

 

 “それ”と自分に言い聞かせるように木次郎は一言だけ口に出すと、懐にしまった。

 そして、もう一度、彼女の顔に目線を合わせると、はっきりと伝えた。

 

「よく頑張ったな」

 

 瞬間、開け放たれた襖から入り込んだ廊下の光が、ようやく“それ”の顔を差した。

 

「……!」

 

 まるで生まれた赤子の様にくしゃくしゃに顔が歪んでいた。

 一人でずっと泣いていたのだろう。そう確信した時、木次郎は彼女の両肩をグッと掴んでいた。

 

「ずっと我慢してたんだな。褒めてほしかったんだな」

 

 “それ”の顔に生気が宿った。自分がよく知る少女の顔になった。

 鶴乃が胸に飛び込んできた。迷わず両腕で受け止める。立派に成長したと思っていた体躯は、案外小さく、頼りなかった。

 

「うん、うん……っ!」

 

「わかった。お前はよくやった」

 

 木次郎は鶴乃の両肩を掴んで話すと、顔を見合わせた。

 生気の戻った赤い瞳が自分をしっかりと捉えているのを、確認した。

 

「後は俺に任せろ」

 

「おんじ……?」

 

「全部引き継ぐ。だからお前はもう何もするな。休め」

 

 鶴乃の視線が泳いだ。まだ何かしなければいけないと思い込んでいるならば、それは拙い事だ。

 この子は本当に良い子だ。大人の分まで責任を負おうとしているのだから。

 だからこそ――――潰してはならない。

 自分が、大人達が、しっかりこの子を支えていかなければ――――

 一人で飛び立てる様になるまでは……いや、飛び立ってからも、自分がずっと傍にいてやらなくては。

 

「休め。鶴乃」

 

 上手い言葉は思いつかない。だから、もう一度、より力強くはっきりと伝えて、もう一度身体を抱きしめる。

 

「おんじ」

 

 すると、鶴乃の顔が笑った。

 

「ありがとう」

 

 いつも、木次郎に見せてくれた、優しくて陽の様に暖かな笑みに、木次郎は心から安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段の板が一段、一段下りる度に、ギイ、と悲鳴の様な音を響かせる。

 木次郎の足はそれだけ強く踏み抜いていた。

 その形相は刑事の彼を彷彿とさせた。犯人を目前まで追い詰めて、あと一歩で捕まえられる寸前の時によく浮かべた、鬼の如き形相が張り付いていた。

 居間では食事をしているのか、楽しそうな声が聞こえてくる。

 心底、忌々しい。

 はちきれんばかりの怒りをどうにか喉元で抑えながら――――木次郎はガラス戸を空けた。

 

「あ、叔父さん!」

 

 三人は呑気に鍋を(つつ)いていた。それを見ただけで爆発しそうだった。

 隼太郎が即座に振り向いて声を掛けてくる。

 

「鶴乃は様子はどうだったんだい? みんなで心配してたんだよ~。でもあいつだってもう16だし、大人がいちいち口を出す訳にもいかないだろ。放っとけばその内出てくるんじゃないかと思って待ってたんだよ~」

 

 放っといて自分らは飯食ってて何が「心配してた」と言えるんだこの野郎。

 甥は相変わらず鈍感だ。目と鼻の先に起きている事態にまるで気づきもしなければ見ようともしない。

 

「全くあの子にも困ったものね~。せっかく木次郎叔父さんがきてくれたのに挨拶にも来ないなんて……あ、叔父さん。よろしければ一緒に食事でもどうですか?」

 

 その妻の紀子は屈託ない笑みを向けてくる。笑っている場合じゃない。

 

「それなら、お昼に買っといたお寿司を皆で食べましょうか!?」

 

 この家で一番の余所者が突然そんなことを思いつく。何を言ってるんだコイツは?

 木次郎は無言で睨みつけたが、とっくに目が曇りきっている夫婦二人は迷わず飛びついた。

 

「お、いいですねぇ」

 

「お寿司って久しぶりね!」

 

「鶴ちゃんも呼んで早速頂きましょっ! ……ってああ、木次郎さん。ごめんなさい! 会ったのは紀子の結婚式以来でしたかね~。その節は色々とお世話になりました! せっかくいらしたんだしまた仲良くしましょうね! みんなで楽しくご飯でも」

 

 こいつらの会話を聞いてるだけで目眩と吐き気がした。もう限界だった。

 

 

 木次郎の中で何か(・・)が、プツンと音を立てて切れた

 

 

「てめえら……」

 

 一番大事な者が、守らなければいけない子供が――――暗闇の底で悩み苦しんでいるのに。

 何も見ていない。見ようともしない。

 何なのだろうか、こいつらは。それでも、人の親か。親であると自負するのか。それ以前に常識を持っているのだろうか。

 

 ――――間違い無い。あいつを異常に染めたのは、こいつらが異常だったからだ。

 

 理解した瞬間、既に口が大きく開いていた。

 

「大人が雁首揃えて一体何をしてやがるんだあああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」

 

 鬼の如き剣幕と同時に放たれた咆哮に、目の前の薄情な団欒は一瞬で凍り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




《link:126》☆サイドストーリーへ《link》

 明けましておめでとうございます!

 というわけで、新年早々暗い話アンドジジイによる、ジジイの為のジジイフィーバー回でした。

 こんなんまどマギ小説じゃないぜ!! と思われた方、安心してください。作者自身もそう思ってます。(爆)

 もう少々お待ち頂ければ、魔法少女が絡んできますので……何卒、よろしくお願いします。

 
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