魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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いろは☆マギカ史上最速次話投稿となります(爆)

※2023/09/14 人物描写を大幅に削減した事に伴い、一部文章が変更しております。ストーリー展開には何も影響はございません。


FILE #30 凡愚が喚き、足掻こうとも

 

 

 

 

 

 

 

【定食屋『いなほ』の川野ケイ子が、再開発に賛同した】

 

 

 七海やちよと話し合って、決心が付いたらしい。

 川野は、サンシャイングループや市役所の職員が如何なる甘言を用いても聞く耳を持たず、時に役員クラスの人間が訪れ高圧的な交渉を用いる事もあったそうだが、頑なに首を横に振り続けていた。

 店を守ろうとする彼女の意志は、まるで堅牢な城を攻め落とすよりも、困難に思われた。

 

 しかし――――そんな彼女でも、たった一人の魔法少女には敵わないのか。

 

【そろそろ●●かねえ……】

 

 そうだ。あの時――――

 以前組合事務所に寄った時、中山が自分に頭を下げて謝った後、川野はこうボヤいたんだ。

 

 

【そろそろ“潮時”かねえ……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで、弦を力いっぱい引いてから放たれた矢じりの様に、商店街を一人の少女が猛然と飛び抜いていく。

 住民達が不思議に感じて声を掛けてくるが、全く聞こえてはいなかった。

 

「必要な者はこんくらいか……あとは業者に頼むとするかね」

 

「川野の婆ちゃん!!」

 

 目的の老婆は、自身の店の前で軽トラックに粗方の荷物を積み終えたところだった。

 視界に映った途端に大声を掛けると、振り向いた。

 

「おお、鶴ちゃんかい? 相変わらず元気だねえ」

 

 鶴乃はニンマリと、普段どおりの温和な笑顔を向けてくる。今の鶴乃にはそれが何よりも辛かった。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないよ! 何してるの!?」

 

 川野が今しがた行っていたのは、どう見ても引っ越しの荷造りにしか見えなかった。

 鶴乃が老婆の縮こまった両肩を掴んで喚くが、彼女は、

 

「見ての通りさ」

 

 普段通りの飄々とした態度で軽く流すだけだ。鶴乃の目が震える。

 

「ここを出ていくつもりなの!?」

 

 思わず怒声を叩きつけていたが、老婆の笑みは崩れない。

 コクリと頷くと、迷いなど一片も無さそうな明るい口調で言い放った。

 

「息子は継がんと言っとるし、何よりこの歳じゃあ、もう店を続けていく事は不可能だって思っとった。やちよちゃんと話して踏ん切りが付いたよ」

 

 七海やちよに何をされたのか、ずっと気になっていたが、魔法を仕掛けられたり、脅された訳では無かったらしい。少しだけホッとした。

 でも――――

 

「だけど、先祖代々守ってきたお店なんだよ。それを畳んで、置いていくなんて……」

 

 彼女の説得で、川野が店を潰す決心が付いたのは事実だ。

 魔法少女に対する憎しみと、川野に対して何もできなかった無力感が複雑に混じり合った。

 目尻に涙が溜まり、手のひらにギュッと爪を食い込ませる。

 

「最後までありがとねえ、鶴ちゃん」

 

 だが、川野も鶴乃の気持ちは強く伝わっていたようだった。

 彼女は鶴乃の溢れんばかりに波立つ感情を宥めるように、頭にそっと手を置く。

 

「でもねえ、古い物はいつか無くなり、新しいものに生まれ変わるもんなんだよ」

 

 撫でながら、川野はそういった。鶴乃の目が愕然と見開く。

 

「だけど……!!」

 

「そうして時代は変わっていくのさ。あたしらの世代のモンがいつまでも土地にしがみついて、若者に迷惑掛けてちゃいけないよ。まあ、中山のジジイ達はまだ根を張ってたいようだけどね。いい加減枯れてる事に気付くべきなのさ」

 

 川野は自分の店を一瞥した。遠くを見る様に目を細める。

 昔、繁盛していた頃を思い出しているのか――――鶴乃には分からなかったが、川野の頭の中には、店に対する様々な思い出が行き交っているのかもしれない。

 

「ここいらが潮時なんだよ」

 

「……ばあちゃんは悔しくないの?」

 

「そりゃ、悔しいさ。護り続けてきた店を手放すんだからねえ」

 

「だったら!!」

 

 猛烈に滾った熱に駆られて、気がつけば吠えていた。

 ――――ここに残って、戦うべきじゃないか!!

 抗って抗って、店を守り抜けば良い! 店を畳むのはしょうがないとしても、せめて、取り壊せないようにはできる筈!!

 

「もういいのさ」

 

 しかし、川野は冷淡に告げると、首を横に振った。

 彼女の決心は揺るぎない。その一言で、鶴乃の身体から力が抜けた。

 燃え上がった身体の熱が末端から急激に冷えていく。

 

「あとは、鶴ちゃんみたいな若いモンと、商店街の皆に任せるよ」

 

 川野はどこまでも笑顔だった。普段と変わらない軽口でそう告げると、軽トラックに乗り込む。

 

「じゃあね、鶴ちゃん」

 

 その言葉を合図にするかのように、軽トラックは発進した。

 どんどん小さくなる軽トラックを、鶴乃はただ呆然と、見えなくなるまで見送った。

 それしか、彼女にしてあげられることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、自分は何だったのだろうか。

 あれだけ必死になって頑張ったのに、全てが徒労に終わった。

 努力すれば報われる――――亡くなった祖父の言葉を信じて自分なりに真摯に努めてきた積もりだったのに、この仕打ちはあまりにも酷いじゃないか。

 いや……寧ろ逆だ。よくよく考えたら、自分が勝手に急いで空回っていただけじゃないのか。

 とんだ道化師だ。滑稽。可笑しすぎて、自分でも笑ってしまう。

 

 足元が全て崩れ落ちた後はこういうものだろうか。

 いつも身体がふわふわして、自分が現実にいないような感覚。

 もう希望も何も無い――――自分には、何かを手に入れる力は無い。

 生きる事に意義を見いだせない。かといって死ぬ勇気も無い。

 なら、空気の様にふわふわと今を漂うのみ――――

 

 

 そんな鶴乃の感情を再び奮起させる事態が起きたのは、次の週末だった――――

 

 

【『なかやま陶器店』の中山三郎が、再開発に賛同した】

 

 

 これで、東と南の商店街の全経営者が、再開発に賛成した。あとは工事が行われるだけである。

 その時の、中山の様子は、いつもと違った(・・・・・・・)

 目が虚ろだった。

 交渉したのは七海やちよだが、“何かされた”としか思えない。

 或いは梓みふゆが手を回した……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――限界だった。

 

「――――ッ!!!」

 

 鶴乃の中で、理性の糸がプツリと、音を立てて切り落とされた。

 瞳が、苛烈な激情を乗せて瞬く。

 燃え盛る炎の様な猛烈な怒りを滾らせながら、少女は、商店街を疾駆する。

 各店舗を駆け回り、老人達に話を聞いたところ、七海やちよはまだ近くにいるらしい。

 

 許せない。

 奴らは、わたし達を弄んだ。

 わたし達守るべき市民じゃ無かったのか。

 許せない許せない許せない許せない許せない許せない。

 

「――――いた」

 

 目的の人物は、商店街の北出入口を抜けて少し進んだところにある小さな公園に居た。

 この『参京公園』は曾祖父が存命時に創られた場所だが、今は林に覆われてしまって、遊具も禄に整備されておらず危険が有ることから、子供が遊びに来ることはまず無い。

 鶴乃は近くの茂みに隠れると、獲物を猟銃で狙う様に標的を睨みつける。

 

 ――――七海やちよ。

 だが、もう一人、少女を伴っている。白いショートカットヘアの淑女然とした彼女は、梓みふゆだ。

 

 治安維持部が誇る魔法少女二人は、薄汚れたベンチに座り合って何かを話し合っている。

 みふゆが笑顔で何かを言った。すると、やちよの口元が弧を描く。

 

「……ッ!!」

 

 二人が談笑を交わしていると気付いた瞬間、鶴乃の怒りが頭頂部まで噴き上がった。

 わたし達にあんな真似を働いておきながら、自分達は笑うのか。

 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。

 気がつけば、茂みから飛び出していた。

 

「―――――っ!?」

 

「やっちゃん、下がって!!」

 

 やちよの目が一瞬驚きに見開かれる。だが、みふゆは既に立ち上がって、彼女の前に身構えた。

 闇雲に突撃してくる少女を視界にはっきり捉える。

 

「お前らああああああああああああッ!!!」

 

「っ」

 

 眼前まで迫ってきた少女が拳を振り上げるが、みふゆは努めて冷静だった。

 首を逸して躱すと、その腕を掴んで背中に捻じ曲げる。

 

「いっ」

 

 少女の顔が苦痛に歪んだ。そのまま背後に回り込んで、体重を乗せると少女が俯せに倒れた。

 

「区民の方ですね? ワタシ達は治安維持部の魔法少女です」

 

「っ……」

 

 鶴乃が奥歯をギリリと噛んだ。魔法少女の単語を聞くだけで胃の中が荒れそうだ。怒りで頭が狂いそうになる。

 みふゆは鶴乃を地面に押さえつけながら、冷徹に告げた。

 

「身勝手な暴力行為は公務執行妨害と判断し」

 

「うるさい」

 

 まるで獣の唸り声だ。

 

「何が、治安維持部だよ……わたしたちの事なんて、ちっとも守ってくれない癖に……!!」

 

 華奢な少女のものとは思えぬ怒りに滲んだ声に、魔法少女二人は呆気に取られた。

 

「返して……返してよぉ……!!」

 

 鶴乃は、地面に爪を突き立てる。

 

「川野の婆ちゃんと中山の爺ちゃんの店を……」

 

「!」

 

 そこで何かを悟った様に、やちよが目を見開いた。

 

「返せ……ッ!!」

 

 少女の腹の底から絞り上げた怨嗟の声に、やちよは何も言い返さなかった。呆然としているようにも見えたし、魔法少女でない少女(凡人)を冷然と見下げているようにも見えた。

 頭上から、みふゆの無慈悲な声が振り下ろされる。

 

「貴女のお怒りはご尤もです。しかし、これは市が決定されたことです」

 

「……ッ」

 

 鶴乃が僅かに顔を上げて、忌々しさを存分に孕んだ瞳を後ろに向けた。

 みふゆの表情は強張っていた。何か決意を固めているかのような表情だった。

 

「これは貴方がた商店街に住まわれる皆様の救済処置でもあるのです。要求を受け入れて下されば、いずれ報われます」

 

「ふっ」

 

 報われる――――? この現状のどこが? 片腹痛くて、思わず笑みが溢れた。

 

「皆が代々守ってきた店を潰してる時点で、不幸にしてるじゃん……」

 

「こちらに非礼があるのは、受け入れます。ですが、今は耐えていただきたい」

 

「耐える? 耐えろって何? 自分達は何も失わない癖に……わたし達にはそうしろって?」

 

「……っ!」

 

 みふゆの眉間に皺が寄った。

 母と父とて住民が古くから築き上げてきた文化と歴史を壊すことに躊躇いが無かった訳ではない。この再開発計画だって、断腸の思いで、市長と掛け合い決行したものだ。

 少女の言葉は、両親を侮辱しているのも当然だった。

 だが、彼女はもう形振り構わない。

 

「鬼ッ!! 悪魔ッ!! 人でなしッ!!」

 

 力の限り、吠える。

 

「女神とか呼ばれていい気になってるけど本当は一人の人間の想いにすら寄り添えないっ!! 大企業の言いなりになってわたし達を脅かすお前らは屑だッ!!」

 

 

 ――――魔法少女、地獄に堕ちろ。

 

 

「っ」

 

 鶴乃の唇が確かに、その言葉を刻んだ時、みふゆの目がキッと剥いた。

 

「それ以上の口答えは、我々に対する侮辱と……!」

 

 魔法少女の非難は、最愛の親友の非難と同じだ。頭にカッと血が昇った。少女の腕を捻じ曲げる力に自然と力が入る。骨が軋む音を立てて、少女が呻き声を上げる。

 

「やめなさい、みふゆ」

 

 だが、やちよがみふゆの肩を掴んで、押し留めた。

 

「やっちゃん、ですが――――」

 

 この少女は憎悪に支配されている。開放するのは危険だ、とアイコンタクトを送るがやちよは構わないと、首を横に振った。

 

「由比鶴乃さんですね、川野さんから貴女の事は聞き及んでいます」

 

「!」

 

 やちよはみふゆを背中から退けると、地面に荒々しい爪痕を立てて這いつくばる鶴乃の前に、しゃがみ込み、手を差し伸べた。

 

「あんたが、七海やちよか……!」

 

 しかし、その手は強く払われた。

 少女は力強く立ち上がると、猛然とした勢いで詰め寄った。

 

「教えてよ、ばあちゃんをどう脅したの……!? 中山の爺ちゃんに、何をしたの……!?」

 

「……」

 

 やちよは何も答えない。ただ、鶴乃の顔を伺うようにじっと見つめていた。

 鶴乃もじっと見つめ返す。

 氷の様に冷えきった瞳の奥底で、どこか悲哀の感情が揺らいでいるように見えた。

 

「……っ?」

 

 その意味が、よく分からなかった。

 考えていると、やちよは上着のポケットから何かを取り出した。

 

「これは、私個人の連絡先です」

 

 名刺だった。

 

「何かあれば、ご連絡ください。私はいつでも、貴方の言葉を待っています」

 

 鶴乃が受け取ったのを確認すると、やちよは背を90度に倒して、深々とお辞儀した。

 

「この度は、部下が無礼を働いてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 

「やっちゃん」

 

 何もそこまでする必要は無いと思った。 

 この少女は、魔法少女に対して、強い憎しみを抱いている。真剣に相手をしてしまえば、しつこいクレーマーとなり、治安維持部の業務に支障を与えかねない。

 だが、

 

「みふゆ」

 

 貴女も頭を下げなさい――――

 やちよはそうアイコンタクトを送ってきた。みふゆは渋面を浮かべながらも、

 

「……申し訳ありませんでした」

 

 やちよと同じ角度に背を曲げて、謝った。

 そして、二人は踵を返して去っていく。

 

 

 

 

 それから、鶴乃がどうなったのか、二人が知る由も無かった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ここから先の話も、鶴乃が知らない話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、見ていたよ、随分と白熱したようだね」

 

「見世物ではありませんよ」

 

「わかってるさ、只、あの由比鶴乃という子は今後どうするのか(・・・・・・)、と思ってね」

 

「……」

 

「君たちも気付いているだろうが、彼女は強い因果を秘めている。将来、優秀な魔法少女になるだろう」

 

 虚無の表情の中で、血の様に赤い目が爛々と輝いていた。

 

「今の内に、味方に引き入れて、治安維持部に内定を与えた方が、得じゃないのかい?」

 

「それは確かに名案ですね、しかし……」

 

「最終的に決めるのは、あの子よ」 

 

 やちよとみふゆ――――

 神浜市の護りべたる二人の女神は、全ての根源たる魔法少女の孵化器に対して敵意にも近い強い眼差しを向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 もう30話目となりましたが、まさか鶴乃の過去だけでここまで話が膨らむとは思っていませんでした……。(ガクブル

 人間を書くのは面白いです。ですが、あまり入れ込みすぎると、ドツボに嵌ってしまう……なぜなら人間の感情に際限はないから。
 ううむ……。

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