魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
あれは、いい作品だぜ……
「狂っているのかどうかなんて、私には分かりませんし、決められません……」
膝の上に置いた拳を、ギュッ、と握り締めながら、いろはは顔を複雑そうに歪めた。
鶴乃の行為は間違っている。許されるべきではない。彼女もそれが良く分かっているからこそ、自分の言葉を求めているのだ。
忌み嫌ってる七海やちよの様に、断罪してほしいのかもしれない。
敬愛しているおんじのように、叱りつけてほしいのかもしれない。
どちらも必要だろう。
「でも……」
自分が言うのは違うと思った。
今の鶴乃の笑顔は、出会った時に見せた陽の様な暖かさが溢れていない。
乾いた瞳から伺い知れる感情は、辛そうで、悲しそうで……冷たかった。
だから、
「由比さんは、幸せになるべきだと思うんです」
「えっ!?」
自分が思った事を、素直に伝えると、鶴乃の顔が驚愕に染まった。
まるで理解できない、と言いたげに目をパチクリさせながら素っ頓狂な声を挙げる。
「だっておかしいじゃないですかっ」
顔を俯かせながら、いろはは威勢良く声を張り上げた。
「大事なレシピは奪われて……地元が再開発されそうになって、人を集めて立ち向かおうとしたけど、うまくいかなくって……信用してた家族からは裏切られて……仲が良かった人達は商店街から去って……魔法少女の力が欲しいところまで追い詰められてっ!」
膝の上の拳に、ポタポタと雫が落ちた。
「幸運を願ったのに、お母さんとお婆ちゃんが殺されちゃって……由比さん、みんなの為を思って一生懸命頑張ったのに、ちっとも報われてないじゃないですか。こんなこと、おかしいですよっ」
「なに言ってるの、いろはちゃん?」
鶴乃が首を振った。そんなことを言って欲しかったんじゃない。
「わたしは本当に自分勝手な奴で……魔法少女をたくさん、傷つけたんだよ。今だって、七海やちよが憎いって気持ちは変わらないの。潰したいって思ってる。こんなわたしが、幸せになる資格なんて……ないよ……」
いろはが瞳をカッと向けた。
「由比さんは、本当にそれでいいんですか!?」
「えっ……?」
叫ぶ様な声。
だけど、その表情は怒りにも嫌悪にも染まって無くて、寧ろ、悲しみに満ちあふれていた事に、ビックリした。
「自分勝手って言いましたよね? だったら、今まで自分をちゃんと考えた事が一度だって有るんですか? 私はそう思えない。由比さん、周りのことを気にしてばっかりで、自分の事は二の次にしてる……!」
「違うよいろはちゃん!」
憐れまないで欲しかった。
「わたしは本当に自分勝手なんだよ! 人の事なんてちっとも見てない! なんでもかんでも自分で決めて突っ走っちゃうの!! だから……」
そんな自己中心的な性格だから、母と祖母の死に笑った。
多くの魔法少女を……あの幼い姉妹の気持ちを考えられなくて、傷つけた。
掃き溜めに落ちた醜い人でなし――――それが自分だ。
怒って欲しいし、避けて欲しい。どうせなら嫌って貰った方が気が楽だ。
「分かってます。人を傷つけたのは間違ってますし、誰かを恨むことだって、きっと違ってると思うんです。でも、由比さんっ!」
涙に濡れた桃色の二つの瞳が、強い熱を帯びていた。
「自分が間違ってるって分かってるのに、誰にも相談できないから治し方もわからなくて、結局……気持ちにも余裕が無くなって、間違ったまま突っ走るしかなくって……それで由比さんの欲しいものは手に入るんですか!?」
「!?」
鶴乃は息を飲んだ。そんなことを言われるなんて思いもしなかった。
「由比さんの願った“幸せ”は、その先にあるんですか!?」
「いろは、ちゃん……」
瞳が震えた。心がじん、と熱くなった。
この子の言葉は、どうしてこうも、突き刺さるんだろう。
「でも、わたしは……!」
「避けて欲しいなら、どうして私に『弟子にしてください』って頼んだんですか?」
「あ……」
「あの時の由比さんの笑顔、すっごく輝いてました! あれが本当の由比さんだって、今なら思えるんです! だから……由比さんが本当に取り戻したかったもの、なんとなく分かるんです」
うっすらとではあるが、気づいていた。
恐らく、鶴乃は耳を塞ぐかもしれない。首を振って否定するかもしれない。だけど、言わせて欲しい。
「本当は、誰かを頼りたかったんですよね? やちよさんを倒したかったんじゃない……。今の自分を分かって貰って……元の、明るい自分に戻してほしかったんですよね?」
「…………」
鶴乃は沈黙。
瞳はもう乾いていない。いろはと同じく、熱いもので濡れている。
「由比さん、私と一緒に考えましょう」
そっと、彼女の手が鶴乃の両肩に触れた。
「でも、一体どうしたらいいの……?」
その暖かさを素直に受け取れず、鶴乃は顔をクッと歪める。
沢山の人々を傷つけてきた罪深い自分だ。彼女の優しさに甘えていいのだろうか。
「それは……」
いろはもまた、言葉に澱んだ。
彼女は罪はあまりにも重すぎる。そう簡単に拭い落とせる訳ではないし、彼女の事を今日知ったばかりの自分が一緒に背負ってあげることもできない。
だが、目の前の鶴乃は、困っている。出口の無い迷路の中にたった一人で、必死に助けを求めている。
だから、どうにか救ってあげたかった。
(このままじゃ、由比さんは押し潰される……! でも……)
市民で無い部外者の自分に、何ができる?
――――環さん。夢に勝てよ。
「!!」
ふと、唐突に頭に過った言葉に、瞠目した。
「由比さん」
――――そうだ。自分はまだ、彼女に言えることがあるんじゃないか。
いろはは、決意の表情を固めて、再び鶴乃に呼びかける。彼女は赤く腫れた瞳を向けた。
「……なに?」
濡れた両目からは、何かを期待している様な色が読み取れた。
「私、この街に来てまだ二日目ですけど、色んな人に出会ったんです」
「それで……?」
「図書館で知り合った作家の先生が、私にこう言ってくれました。今、ここにいる君が全てだ。自信を持って、前を向いて歩いていって欲しいって……」
「そう、良かったね……」
羨ましい。
いろはは
でも、わたしには――――
「私にとっても、ここにいる由比さんが全てなんです」
「えっ……!」
誰もいない――――そう思った直後に、そんな事を言われたものだから、仰天するしか無かった。
「過去を振り向くな、なんて言いませんし、言える資格なんてありません。だけど、辛い物がある過去に、ずっと縋りついたままで居て欲しくないんです」
鶴乃には前を向いて欲しい。出会った時に見せた明るさで、周りを照らして欲しい。
「そう簡単に言わないでよ……!」
鶴乃が辛そうな顔をして拒絶するのは、予想できた。
当然だ。彼女にとって、自分の言葉は独り善がりにしか聞こえないだろう。
“次の休日の時に、来ると良いわ。協力してあげるから”
「……!」
いろはは両膝に置いて手を固く握りしめる。自分は一人じゃない。この街に住む人々が、自分に勇気をくれた。
だから、自信を持って彼女にこう言える。
「……やちよさんが、言ってくれました」
「七海やちよが……?」
「治安維持部はどんな魔法少女も、見捨てないって……。由比さん、やちよさんと一度話してみたらどうですか?」
「っ!?」
何を言い出すのだろう。
いろはの提案に、鶴乃は唖然とした。だが、凛とした顔つきからは、一端も冗談を言ってるとは思えなかった。
「無理だよ。憎いし。あいつだって
「わたしは、そうは思えません」
やちよが参京商店街の人々にそうしたのは、理由が有る筈だ。
――――貴方達に、命を掛けて護る覚悟は、お有りですか?
――――私は、治安維持部長として、市民の皆様一人ひとりの時間を無駄に取らせたくありません。皆様を家で待ってくださっているであろうご家族の皆様に、余計な心配や不安を与えたくはありません。
昨日、やちよが魔法少女を嫌悪する人達にはっきりそう伝えたのを、覚えてる。
集団に怯みも脅えも無く、はっきりと自分の意志を伝えられる彼女は、芯が強い女性だった。大企業に謙る人物とは思えなかった。
「あの人は……多分、不器用だし、口数も少ないけれど、この街に住む人々のことを大事にしているのは、確かだと思ったんです……。だから、川野さんと中山さんのことだって、きっと、なんとかしてくれてますよ」
出会って間もない自分にすら、彼女は手を貸すと申し出た。だから、
「由比さんのことだって、話せば必ず、分かってくれます」
「いろはちゃん……でも……」
鶴乃の顔は涙目を浮かべていて、未だに混迷が読み取れた。でも、今の自分なら、彼女に手を差し伸べられる。
いろはは、凛とした表情で、力強く言った。
「もし、由比さんがどうしても無理って言うのなら」
――――私が、やちよさんと掛け合ってみます。
そこまで伝えると、鶴乃はポカンとした。
呆気に取られたような、意外そうな表情で、目をパチクリさせた。
「え……? いろはちゃん、それって大丈夫……?」
「大丈夫ですよ」
「いやでも、いろはちゃん、市民じゃないでしょ? 事情だってよく分かってないよね?」
本当に大丈夫なのか。いろはの事が心配になってそう問いかけるが、彼女の顔は自信に満ち溢れていた。
「だから、いいんじゃないですか。やちよさんに気を使わないで話せるじゃないですか。由比さんにだって同じです」
「あ……!」
そんな発想、思いもしなかった。驚きのあまり、口が開いたままになった。
「だから由比さん。安心してください」
この街は、人情で溢れていると思う。手を差し伸べて親身になってくれた人達がいる。
だから鶴乃にも、そういう人達が周りに居ることに気づいてほしい。それさえ分かってくれれば、もう、迷わなくて済むかもしれない。
そう思って、いろはは笑顔ではっきりと伝えた。
鶴乃はしばらく、呆然と口を開けたまま硬直していたが、
「――――ぷ」
やがて、吹き出して、可笑しそうに笑った。
「なんか、いろはちゃんってさ」
いろはの笑顔に応えるように、鶴乃も屈託無い笑顔を見せて、話し始めた。
瞳は熱を取り戻していた。
「本当に、わたしの
「へっ」
いろは、固まる。
その反応が、鶴乃の小さなイタズラ心に火を付けた。内心ニヤリとほくそ笑むと、
「これからもご指導、ご鞭撻、よろしくお願いします!! 環師匠!!」
「なっ……!」
ビシッと敬礼して低い声を張る!
いろははそこで我に返った。自分が何を言われたのかようやく理解して、悲鳴を上げた。
「ええ!? そ、そこまでは……ちょっと!! や、やめてよ由比さ~~~んっ!!?」
「あっはっはっはっはっはっはっは!!!!」
混乱に慌てふためく彼女があまりにも可笑しくて、鶴乃は声を挙げて笑い飛ばした。
――――ああ、楽しい。
人と話してて心から楽しいと思ったのは、何年ぶりだろうか。
《link:127》☆サイドストーリーへ《link》
はい、という訳で、鶴乃編は一旦ここで区切らせていただきます。
費やした話数は17話、長くなりすぎましたね。
オリジナルキャラクター達も、やたらめったら登場しました。
当初の予定では、木次郎おんじと鶴乃パパくらいしか設定していなかったのですが……織田さん、斉藤親子、川野のばあちゃん、中山の爺ちゃん、理恵ちゃん、鶴乃のひいおじいちゃん、鶴乃ママ、おばあちゃん、みふゆの両親、他所の街の魔法少女達……書いてる内に、とんでもなく賑やかになっていきました。
次回から暫くいろはがメインとなりますが、何やら物騒な気配しか感じられません。
はてさて、どうなることか……