魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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約2800字のSSです。



FILE #34.5 その少女は何者でもなく (短編)

 

 

 

 

『では、(おれ)引剥(ひはぎ)しようと恨むまいな。己もそうしなければ、餓死をする体なのだ』

 

 

                         ――――芥川龍之介「羅生門」より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――明朝 7:00頃

 

 

「いや~!! 退屈だったトラック旅もフェリちゃんのお陰で楽しかったぜ!」

 

「オレもだよおっちゃん!」

 

 雲一つ無い太陽だけが燦々と君臨する青空の下、高速道路の上で数多もの車が忙しなく走っている。

 その内の一つ、紅い塗装の4tトラックの中に二人は居た。

 運転手を務めるのはガタイの良い壮年の男、助手席に座るのは金髪色白で一見西洋人にも見える少年……

 

「……でも、フェリちゃんが女の子って知ったときゃあビックリしたよ……」

 

 ……いや、少女であった。

 運転席の男は、彼女を雇ってすぐに立ち寄ったサービスエリアで、一目散に女子トイレ(・・・・・)へ駆け込んだのを鮮明に覚えている。

 

「邪魔だからチョン切っちまったんだよ」

 

「~~っ! 寒気がするからそういうことは言わんでくれい」

 

 少女――フェリシアはそうヘラヘラと笑って、そんな冗談を何気無くいうが、全ての男性からすれば、肝が冷える内容だ。

 男は広い肩幅を縮こませながら、顔に青筋を浮かべてツッコむ。

 

「もうすぐ神浜だ~~~~!!!」

 

 窓を覗くと、神浜市の街並みが見えていた。東京都の中心にも匹敵するビル群――――あれは間違いなく神浜町だ。

 興奮したフェリシアは窓を開けると、顔を出して思いっきり叫ぶ。吹き付ける風が気持ち良かった。

 

「おっ、風来坊のフェリちゃんも故郷は恋しいのかい?」

 

 それを横目でみる運転手も嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

「そりゃ生まれたところだからなあ!!」

 

 半月は離れていただろうか。

 自由奔放に生きているが、年齢はまだ13歳。自分で思うのもなんだが、花も恥じらう可憐な乙女って奴なのだ。心はガラス細工の様に繊細だから、生まれ故郷を少しでも長く離れていたら、寂しさで身が朽ち果てそうだ。

 

 ―――――ということにしておくか。

 

「……神浜市ってさ、俺行くの初めてなんだよな~」

 

「あん? そうなのか?」

 

 そんなフェリシアの思惑にちっとも気づかない運転手は、少々顔付きを顰めながらそうボヤく。

 

「魔法少女が100人は居るって話じゃねえか」

 

「正確には236人だぜ。おっちゃん」

 

 座椅子に座り直したフェリシアがスマホをいじりながら答える。その画面には神浜市で保護登録済みの魔法少女が一覧で掲載されていた。

 

「まあともかく。最初にそいつらの保護特区を国が創るって聞いたときゃあ、魔法少女を知った時よりビビった訳だよ! でもよぉ」

 

 男はそこでニカッと笑う。

 

「10年経ってもなんともねえってこたあ、案外魔法少女ってのも大したことねえのかもしんねえなあっ!!」

 

 男はそこでガッハッハと豪快に笑い声を飛ばす。

 既にフェリシアはスマホから目を離して、頬杖を付きながら窓の外に広がる都会を眺めていた。

 

「大したこと、ねえ」

 

「おっとフェリちゃんは特別だぜ?」

 

「……いや、そういうことじゃねえよ」

 

 運転手が笑いながらそう零すと、フェリシアは窓から目を逸らさぬまま、ぶっきらぼうな返事を飛ばしてきた。

 

「どうしたんだいフェリちゃん?」

 

 心なしか声色が急に冷えた気がする。運転手は怪訝に思いながら問いかけた。

 

「おっちゃん、ブラックパンサー党って知ってるか?」

 

「ブラックパンサー? ああ、あの黒いタイツの猫みたいな奴か?」

 

「そりゃマーベル・コミックだろ。あと猫じゃなくて豹な」

 

 すっとぼけた事を言う運転手に、フェリシアは振り向かないままツッコむ。

 

「ブラックパンサー党ってのは1966年に、カリフォルニア州でヒューイ・P・ニュートンとボビー・シールが、黒人を警察官から自衛するために結成された組織だ」

 

「は、博識だねえフェリちゃん……でもいきなり何でそんなことを」

 

 運転手が尋ねようとするが、フェリシアは聞こえていないのか無視して続けた。

 

「革命による黒人解放を提唱し、アフリカ系アメリカ人に対し武装蜂起を呼びかけたんだって。そんで1970年10月に、何が起きたと思う?」

 

「さ、さあ、外国のことなんておっちゃんにゃあ分からねえよ……」

 

 フェリシアの真意が全く読めず、運転手は困惑に顔を歪める。

 体躯に反して、気弱な男だ、とフェリシアは運転手を冷ややかに断定すると、

 

「デトロイトで暴動だ。ショットガンで武装した黒人と警察官の銃撃戦が勃発した。最終的な死者は43人・負傷者は1189人・逮捕者は7200人も及んだそうだ」

 

 何処か愉悦が混じってそうな声で、そう教えた。

 運転手の顔が一気に青褪めた。つい先程まで和気藹々としていた車内の雰囲気はどこに消えたのか。

 感情を消した声で物騒な話を始めたフェリシアが、妙に怖かった。

 

 

「なあ、おっちゃん……ここでもいつか、デトロイトみてぇなことが、起きるのかな」

 

 

 人間と魔法少女の間で、さ――――彼女の言葉には暗にそう込められていた。

 

「お、起きねえだろ」

 

 少し驚いた。

 答えに窮するかと思いきや即答が帰ってきたので、僅かに顔を戻して様子を見る。

 運転手は額に浮き出た汗をハンカチで拭いながらも、声を吐き続けた。

 

「なんでそう思う?」

 

「だって、ここは日本だぜ? どこよりも平和な国だからだよ。暴動なんて起きるわけねえじゃねえか。冗談キツイな~アハハ……」

 

 冷や汗を拭いながらも、運転手の男は愛想笑い――無理やり浮かべているのか、大分引きつっている――を浮かべていた。

 

「ふーん」

 

 ――――少しビビらせ過ぎたか。

 運転手は気は弱いが、今のフェリシアにとっては大事な雇い主だ。少々申し訳無い事をしてしまったかな、とイタズラをし過ぎた子供のように罰が悪い顔を浮かべると、フェリシアは再び窓へと顔を向ける。

 市街はもう近い。

 

 

 

 

 

(さあて、2周間ぶりの神浜だが……)

 

 口元がニッと吊り上がった。

 

(少しは転がりこんできたのかねえ……オレが楽しめそうなものは……?)

 

 瞳に猟奇が瞬く。口端が更に釣り上がり、明らかな愉悦が顔に描かれた。

 ――――深月フェリシアは、魔法少女だ。

 しかし、ただの(・・・)魔法少女ではない。先程、運転手が彼女を『特別』と称した様に、同年代の魔法少女の中でも、彼女は大分奇異な存在だった。

 

 だからこそ、ごく一般的な人の倫理で動く魔法少女では(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)決して彼女を捉えられないのだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 

(年齢も善悪もクソもねえ……。魔法少女はどいつもこいつも平等なんだろ? だからさあ……)

 

 

 ――――本気で挑むオレを、満足させてみせろよ。

 

 

 飢えを満たす物。

 乾きを潤す者。

 自分の中で滾り始める猟奇の衝動を鎮めてくれるのは誰だ?    

 胸中でそう呟くフェリシアの口元は、まるで獣だった。端まで裂けるくらいに釣り上がっていた。

 

 

 

 ――――闇と光の邂逅まで、あと少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ななみけ最後の一人、満を期して(?)登場しました。




 次話以降からは少々間を置かせて投稿させていただきます。
 今後とも、よろしくお願い致します。


※追記

投稿直後に、#11と矛盾があったことに気がつきましたので、一部修正させて頂きました。

申し訳ありませんでした。

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