魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #36 戦う為の第一歩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市長とこころが、詳細を話してくれた。

 

 

 ・父は家を出る前に、市長に『いろはを頼みます』とメールを送っていたこと。

 

 ・両親が向かった先は、成田空港であり、本当に海外へ向かおうとしていたこと。

 

 ・市長がこころを派遣し、両親の護衛役として付けさせていたこと。

 

 ・しかし、「これ以上巻き込む訳にはいかない」と父に言われ、糀谷駅で一方的に別れを持ち出されたこと。

 

 ・それでも、心配になって影から両親に付いていったこと。

 

 ・路地裏で、両親が不審な男性の集団に襲われた事。その集団の正体がサンシャイングループであったこと。

 

 

「サンシャイングループは、どうして……私のお父さんとお母さんを……?」

 

「それが、わからないの……。私、助けようと思ったんだけど……っ」

 

 こころの顔が更に悲痛に歪んだ。

 黒服達からいろはの両親を助けようと、飛び出そうとした矢先だった。

 

 ――――意識を失った。

 

 気が付いたら……周りに誰もいなかった。

 

「多分……奴らに加担する魔法少女が近くにいたんだと思う。私、全く気づけなくって……!」

 

 ぎゅう、と握りしめた拳がワナワナと震える。

 あの時、自分がもっと気を張っていれば――――!!

 何度そう後悔してももう遅い。自分の無力さが心の底から情けなくて堪らなかった。

 

「ごめんなさい……いろはちゃん……っ!」

 

 何より、目の前の彼女に申し訳が立たない。

 溢れた涙が止めどなく頬を伝って、床にポタポタと落ちていく。

 

「ごめんなさい……っ」

 

「ッ!!」

 

 いろはの瞳がギッと鋭利に瞬いた!

 二人に背を向けると、猛然と執務室の扉まで歩いていく。

 

「どこにいくつもりかしら?」

 

 市長は至極平静を保ったまま、いろはの背中に言葉を突き刺した。

 ドアノブに伸びた手が、掴む寸前でピタリと止まる。

 

「どこって、決まってるじゃないですか……」

 

 振り向かずに答える。

 その震えた声は、今にも溢れださんばかりの激情をどうにか喉元で抑えてる様だった。

 市長は瞳を鋭くして、いろはの背中をじっと見つめる。

 

「警察に、訴えるんです」

 

「っ!?」

 

 いろはの言葉に、こころがギョッと目を剥いた。

 

「やめなさい」

 

 市長は更に言葉を突き刺した。

 

「どうしてですか? だって、犯罪じゃないですか。こんなこと……!」

 

「貴女のご両親が、望んでいないからよ」

 

 いろはの手が微かに震えた。市長は続ける。

 

「輝一さんと曜さんは、貴女がこの街で健やかに生きてくれることを望んでいる」

 

 だから、二人は娘を、彼女に託した。

 大勢の魔法少女を庇護し、治安維持部を統括する彼女なら、娘の身は絶対に安全と踏んだから。

 

「もし、貴女が戦うことを選べば……二人は悲しむかもしれないわ」

 

「だけど」

 

「それに……サンシャイングループの会長、日秀源道さんは、県警や警察庁とも太いパイプで結ばれている。貴女が訴えたところでタチの悪い子供の悪戯としか思われないでしょうね」

 

 その言葉が、いろはの沸点を超えた。

 

「ッ」

 

 そんなことはわかっている。只の中学生でしかない自分が大企業に太刀打ちできる筈がない。

 だけど――――!!

 

 

「じゃあどうしたらいいんですかっ!?」

 

 

 抑え込んでいた怒りが猛烈に口から吐き出た。

 

「お父さんとお母さんが捕まって今も酷い目に遭ってるかもしれないのに!? 苦しんでるかもしれないのに! 自分だけそれを忘れたフリをしてのんきに過ごせっていうんですか!!?」

 

「それを何よりも、お二人は望んでいるわ」

 

「できない!! そんなことっ!! 大切な家族を忘れて自分だけ幸せになるだなんて私にはできない!! そんなことができる人は、もう人じゃないっ!」

 

「…………」

 

 いろはの気持ちは市長に痛いほど伝わった。

 しかし、だからといって尊重するつもりは微塵も無い。巨大な組織に感情の赴くまま立ち向かえば、どうなるか――――

 

 ――――簡単だ。

 力の差を思い知らされた後、牙を抜かれ、服従を強いられ、飼いならされる。

 

「相手は強大よ。立ち向かえば貴女の人生から安寧は無くなるかもしれない。輝一さんと曜さんの期待を踏み躙り、悲しませるかもしれない。それでも貴女は、戦うつもりなの」

 

 託された以上、いろはの今後の人生は絶対に守ると決めた。故に、市長は心を鬼にする。

 

「……私は、家族みんなで、もう一度笑いあいたいんです」

 

 いろははそこで、漸く振り向いた。

 涙に濡れた瞳が、猛虎の様な激しい光を伴って、市長を見据える。

 

 

「だから、行かせてください……っ! お父さんとお母さんを、私が助けないと……っ!!」

 

 

 いろはの手が再びドアノブに触れた。ぎゅう、と力強く握り締める。

 その様子に市長は観念した。ハア、と溜息を付くと、チラリと脇に立つこころを見る。彼女もいろはにどう声を掛けるべきか迷っているようだった。ソワソワしていて忙しない。

 

(仕方ないわね……)

 

 市長は、何かに祈りを捧げる様に両手を組むと、瞳を閉じた。

 頭の中で、ある人物の姿を描き出す。

 

教授(・・)……。どうやら彼女は“本物”のようです。如何いたしますか?)

 

 『教授』と呼んだ想像上の人物は、その質問を聞くと、まるで意志を持った人間のように、嬉しそうに口元に弧を描いた。

 小さく開かれた口から、市長に向かって、“御告げ”を囁く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『青佐。君に任せるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(恨みますよ、教授……!!)

 

 すぅ、と闇に溶け込むようにして消えゆく『教授』に市長は眉間に皺を寄せてあからさまな苛立ちをぶつけた。執務室に誰もいなければ舌打ちを飛ばしていただろうか。

 市長は誰よりも『教授』の事を尊敬している。

 しかし、かの人物は少々――というか、かなり――無責任なきらいがあるのは、未だにいけ好かなかった。

 

(…………輝一さん、耀さん。ごめんなさいね……)

 

 いろはを止める術は無い。しかし、彼女には太く長く生きてもらわねばならない。

 ならば、方法は一つだ――――

 市長は頭の中で、二人に謝ると意を決して、目をカッと見開いた。

 

「いろはさん。貴女が本気で彼らに立ち向かいたいと思うのなら、ここで力を付けるべきだわ」

 

「力……?」

 

 しかと見つめながら、そう言い放つ市長にいろはは固まる。

 

「神浜市の人口は、約320万人。魔法少女は?」

 

「えっと……確か、236人、ですよね?」

 

「ええ、表向きはね。実際は420人よ」

 

「そんなにっ!?」

 

 目が飛び出るかと思った。

 

「諸事情が有って名前を掲載できない子がいるのよ。本人の強い希望もあって、秘匿させてもらってる」

 

 但し――――と、市長は目を光らせた。

 

「『私に協力する』、という条件付きでね」

 

 呆然となるいろはを、楽しそうに見据えながら、市長は続ける。

 

「神浜市が魔法少女保護特区に指定されたのは、彼女達に太く長く生きて貰う為のノウハウがあるからよ」

 

 だから、それだけの人数の魔法少女を抱え込めるのだ。

 魔法少女は二人もいれば争う――――そんな話を、昔どこかで聞いたことがある。

 仕方ない、と当時のいろはは思っていた。何せ、魔法少女にはグリーフシードが必要不可欠だ。自分が住んでいる街では無かったが、他の地域ではグリーフシードを確保する為に、わざと魔女の使い魔を放置して人を襲わせたり(そして、成長した魔女を退治して、人々の賞賛を得るというマッチポンプを繰り返したり)、魔法少女を襲撃して、奪い取ったりするケースもあったという。

 

 だが、神浜市では、420人の魔法少女が争うこと無く、過ごしている。

 グリーフシードの確保に焦っている様子は無い。やちよや美代にしたって、魔力の消費を気にしている素振りすら無かった。

 『一般的な』魔法少女の姿を知るいろはからすれば、それは驚嘆するに等しかった。

 

「いろはさん、貴女はまず、この街の人々の信用を得なさい」

 

「えっ?」

 

 いろはは目を丸くした。

 

「強大な相手と戦うには、貴女も同等の力を身に付けなければならない」

 

「でも……!!」

 

 いろはが歯を強く喰いしばる。

 

「分かっているわ。お父さんとお母さんの事が心配でしょうし、悔しいでしょう。その気持ちを抑える権利は誰にも無い。ヒューマニズムを推奨する私としては、感情の赴くまま戦うのは大いに結構。だけど、“今の”貴女だと通じる相手は限られてしまう」

 

 そこで市長は、目をキツくして睨んできた。眼力の強さにいろはがたじろぐ。

 

「小さな子供か、社会的弱者にしか、ね」

 

「…………!」

 

「個人のワガママが通じる相手は、自分より弱い者に限られる。サンシャイングループに敵わなかった時、行き場の無い怒りがどこに向くかは目に見えている。……そうなって欲しくないからこそ、貴女はこの街で、彼らに対抗する為の人脈と知恵を身に着けて貰いたいのよ」

 

「…………」

 

 そんなこと言われても――――と言いたげにいろはは俯いた。

 ただの中学生の自分に、そんな大それた真似ができるのだろうか? 大企業に立ち向かえるだけの、力と協力を、身に着けることが――――?

 

「貴女は若いわ。時間はいくらでもある。この街の隅々まで歩き回って、色んな人たちと出会い、絆を深めて欲しい。神浜の全てが、貴女の力になってくれる」

 

「でも、信用なんて……どうしたら……」

 

 市長の口元が弧を描いた。瞳がカッと瞬く。

 

 

「胸を張りなさい。貴女は七海部長に勝った(・・・)んでしょ?」

 

 

 ぽっかりと空いた胸の穴に、暖かな風が吹き抜けたような気がした。

 

「神浜市の全ての人があなたに注目している。チャンスは今よ」

 

「っ!!」

 

 チャンス――――その言葉にいろはは愕然となる。

 迷宮入りしていた思考に光が差した。進むべき道が、はっきりと見える。

 

「市長……いえ、夕霧さん……?」

 

「どちらでもいいわ」

 

 いろはは、再び市長の眼前まで歩み寄ると、その名を呼んだ。

 迷いの無い瞳に、市長は朗らかに笑う。

 

「あの、私……何も知らないんです。だから」

 

 

 ――――手を貸してください。

 

 

 はっきりと、言い放たれたその一言に、市長は力強く頷いた。

 

「その言葉を、待っていたわ。いろはさん」

 

 満足気にそう言うと、市長は右手を伸ばした。

 いろはも同じく、右手を伸ばして、市長の手を握りしめる。

 お互いの掌から、力強さと熱を感じ取った。

 

「……じゃあ、新しく住むところを決めなくっちゃね」

 

 握手を交わした後、市長は眼鏡を直しながら、そう呟いた。

 

「すみません。色々と……」

 

「いいのよ。そうねえ、私の家は……」

 

 どうかしら? と、言った直後に、執務室の扉からトントンと叩く音。市長といろはが目を向けると、すぐに開かれた。

 

「市長。失礼いたします」

 

 中に入ってきたのは、青いスーツ姿の七海やちよだ。その姿を捉えた途端、市長の顔がパアッ!と輝く。

 

「あ! そうだわっ!!」

 

 突然ガタッと音を立てて立ち上がる市長に、いろはとこころがギョッとなる。

 やちよも呆気に取られて、彼女を見つめた。

 

「七海部長、確か『みかづき荘』の部屋はまだ空いていたわよね?」

 

 ――――突然何を言い出すのか、この人は?

 市長の意図が全く読み取れないやちよは、困惑したまま、頷く。

 

「……ええ、まあ、あと5人分ぐらいは……」

 

「よっしゃっ!! 決めたわ!!」

 

 市長は豪快にガッツポーズ! 3人の魔法少女の変人を見るような目を諸共せず、市長はやちよにこう言ってのける。

 

 

「……七海部長、今日からこの子の面倒を見て頂戴」

 

 

「「ええっ!?」」

 

 いろはとこころが揃って驚愕。

 そして、至極穏やかな笑みで、市長にそう言われた張本人は、思わず――――

 

 

「はい??」

 

 

 と酷く不可解な顔でそう言ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いろはとやちよが部屋から去った後、市長は秘書と話し合っていた。

 

「いいんですか、市長。あんな嘘付いて……」

 

「話を盛らなければ、いろはさんは納得しなかったわ」

 

 あの頑固さは、輝一さん譲りね。市長は楽しそうに笑っているが、こころは不満気だ。

 

「でも……でも……! 180人もの魔法少女と個人的な協力関係なんて築いてないじゃないですか?」

 

 市長は、ふぅ~、と溜息。

 

「そうね……実際は60人程度よ」

 

「3分の1……!!」

 

 こころはガックリと肩を落とす。

 

「まあいいじゃない。嘘つきは政治家の始まりってよく言うし……。それよりも」

 

 市長はなんか訳の分からないことをボヤくと、部屋の隅に置いてあるクローゼットに目を向ける。

 

 

「ご苦労様、まさらさん」

 

 

 誰かの名を呼びかけた途端、クローゼットの扉がキイッと音を立てて開かれた。

 ……が、誰もいない。

 中には、市長の衣類がハンガーに掛けてあるだけだ。

 だが、クローゼットの前で、スウ……と人の姿が浮き彫りになった。淡い水色の髪をした、魔法少女らしき衣装に身を包んだ長身の少女だった。

 

「どうかしら? 貴女から見て、いろはさんは?」

 

 市長は少々得意気な笑みを浮かべて、まさらと呼んだ魔法少女を見つめる。彼女は感情の無い淡泊な瞳で見つめ返しながら、ボソッと喋った。

 

「鋭いですね。彼女」

 

「え……?」

 

 こころが、まさか、と言いたげに目を丸くしてまさらを見る。

 

「多分、私に気づいてました」

 

 姿を消していたのに――――とまさらは、若干眉を逆八の字にしてそう呟く

 

「あの子が、七海部長に勝った魔法少女……!」

 

「やっぱり只者じゃないわね……!」

 

「私は、そうじゃないと思うけどなあ……」

 

 何やらいろはに感嘆するまさらと市長に対して、こころだけは苦笑い。

 

「そういえば、“教授”には相談したのですか……?」

 

 そこでふと、まさらがそう問いかけてくる。途端、市長の顔があからさまな怒りに染まった。

 

「ええ」

 

「なんて?」

 

「“君に任せるよ”ですって。全く……!」

 

 まさらは沈黙を返すしか無かった。単純に何て返せばいいか分からなくなっただけだが。

 こころは逆にニコニコ笑って、

 

「ふふ。でも“教授”らしいですよね」

 

「全くね……」

 

 市長はそこで目を細めた。何も無い虚空を遠くを眺める様な目線で見据える。

 彼女には何かが見えているらしかったが、こころとまさらには、終ぞ分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――少女は“そこ”の中心に独りで居座っていた。

 腰を預ける地面には、まるで楽園か天国の様に、様々な彩りの花畑が地平線の向こう側まで続いている。

 

 顔を見上げると、どこまでも澄みきった蒼が無限に広がっていた。

 それは――――いつかの病室で見た、あの空と瓜二つ。

 

 少女は懐かしむ様な――或いは慈しむ様な瞳で――青空をじいっと眺めていた。

 かつての少女は不自由だった。

 誰かの箱庭に閉じ込められ、一切の希望が失われた地獄の螺旋を延々と駆け巡っていた。

 だが、この空の蒼さを知った時、少女は解放されたのだ。

 

 正直、今も不自由なのは変わらない。

 だけど、心は自由だった。今なら、この蒼穹の様に、広い世界のどこまでも自分の声と意志は届くだろうと信じていた。

 

 青空は、“彼女”が教えてくれた。だから、少女は“彼女”と共に歩むと決めた。

 

 

 ――――と、そこで、少女の鼻に、一枚の花びらがふわりと乗った。

 

 

 薄い桃色の花びらを指で摘まむと、少女は後ろに首を向ける。

 真っ青な空の中心に君臨する太陽の光を一直線に浴びながら、“それ”が大きく聳え立っていた。

 

 

 『桜の木』

 

 

 齢何千年――――否、何万年にすら及ぶであろう超大な樹木には、季節外れの艶やかな花が満開に咲き誇っていた。

 風が吹くと、世界が一瞬で桃色に染まった。

 どこまでも美麗を映し出す世界を、嬉しそうに眺めながら、少女は一人、誰にでもなく、ポツリと呟いた。

 

 

「環いろは。君は必ず、()の下へ辿り着くだろう」

 

 

 桜吹雪の中で、少女は今しがた自身に舞い落ちた、1枚の花弁を見つめた。

 あの子の心情を思えば不謹慎かもしれないが――――胸の高鳴りは抑えられなかった。

 

 

「僕はいつでも待っている。この万年桜の木の下で――――」

 

 

 少女の前に聳え立つ超樹は、いつまで経っても世界を鮮やかに染めていた。

 それを眺めているだけで、少女は自分が“そこ”に立って『生きている』のだと実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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