魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

42 / 155
フェリシア編、その2。
2600字程の短編です。


FILE #40.5 その少女は何者でも無く② (短編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――神浜市内・高速道路途中のパーキングエリア。

 

 トラックの運転手の中年男性とフェリシアはここで、夕食を取っていた。

 昼食を取ってからというもの、特に重労な運搬作業も無く、魔女の襲撃も無かった為、二人とも小腹程度にしか空いてない。

 

「あと少しでフェリちゃんともお別れと思うと寂しくなるな」

 

 うどんを啜りながら、言葉通りの寂しそうな顔で彼が言う。

 

「オレもだよ、おっちゃん」

 

 ラーメンを啜りながら、フェリシアも同調するようにそう返した。

 彼は本気でそう思っている。まったく、なんていい人なんだろうか。

 

「オレさ……おっちゃんのこと、父ちゃんみたいにおもっちまってさ……」

 

 フェリシアは俯くと、ポツリと小さな声で呟く。

 

「え……フェリちゃんの親父さんって……」

 

「家が無いって言っただろ。オレの両親は魔女に殺されて死んだんだ……っ!」

 

 声が急に震えて、運転手はギクリとなった。

 フェリシアが顔を上げると両目に涙が溢れていた。それを見た運転手の相貌に悲痛の色が浮かぶ。

 

「そうだったのか……なんて可哀そうに……」

 

 彼女の身の上話に、心の底から同情したが故の貰い泣きかは知らないが――――運転手の瞳からもボロボロと涙が零れた。

 改めて、フェリシアは思う。

 

「グスっ……泣かせるねえフェリちゃん! 分かったっ! 今日は何でも好きなもん買ってあげるから遠慮なく言いなよ!」

 

「ああ……ありがとな、おっちゃんっ……!」

 

 “なんて純粋で良い人なんだろう”

 

 

(はい。儲け)

 

 

 

 ――――思わず、鼻で笑いたくなった。

 

 だから、自分みたいな子狐に騙されるのだ。

 自分は彼と会ってたった一日半しか一緒にいなかったのだ。信頼の構築もクソも無い。ただ魔女や魔法少女が怖いからと、雇われただけの関係。

 だから、フェリシアは彼から必要以上の(・・・・・)賃金と食べ物を搾取できればそれで良かった。

 この後、彼が魔女に襲われ死のうが、同業者に襲われて身包みを剥がされようが、自分には関係無いことだ。

 

 基本的に『傭兵』は、“金持ち”を狙うことが多いが、自分は逆だ。

 目の前の彼のように――潔白で、人畜無害な“良い人”を標的(カモ)にする。

 メリットは大きい。

 

 まず、一つ目は、攻略が簡単だから。

 “良い人”は基本的に性善説を信じており、人を疑わない。だから自分みたいな悪党でもすんなり受け入れてくれるケースが多い。

 

 二つ目は、報酬が大きい。

 “良い人”は自己犠牲的なのだ。自分よりも、人に尽くしたがる。金銭的事情や都合など関係なく。

 だから、軽く身の上話をして同情を誘えば、自分が必要とする以上に“お釣り”が手に入る。

 

 三つ目、これは一番大事。

 何よりも、動き易くなる。

 “良い人”は、組織の中でも周りから信用されているし、初対面の相手にも好感を持たれ易い。

 だから、一緒に行動しているだけで、自分も善良な人間だ(・・・・・・・・・)と周りが勝手に錯覚してくれる。

 

 

「うっ……!」

 

 そんなことを思いながら、運転手を見ていると、突然彼の顔が蒼褪めた。

 

「どうしたんだおっちゃん?」

 

 問いかけるよりも早く彼は立ち上がっていた。

 

「ヤベェ! 急に催してきちまった……っ! ちょっと離れるぜっ!!」

 

「行っといれ~」

 

 男性はトイレに向かって一目散に猛ダッシュ!

 その背中を、手をひらひらと振って見送るフェリシア。男性が見えなくなると、再びラーメンを啜り始める。

 

「失礼致します」

 

 直後だった。知らない女性の声が頭上に掛かった。

 

 ――――微かな、魔力の反応。

 

 瞬時に、フェリシアの瞳が鋭くなる。

 箸を止めて顔を上げた。白いパーカーにフードを目深に被った、自分より少し上ぐらいの背格好の少女らしき人物が、彼の席に座っていた。

 

「お初にお目にかかります。深月フェリシアさん」

 

 精錬された淑女のように恭しくお辞儀して、そう挨拶する少女の口元をまじまじと見つめた。

 

 ――――自分の名前を知っている……もしかしたら、同業者か?

 

 だが、記憶をいくら探っても、目の前の少女の様な口の動かし方をする人物は見当たらなかった。

 

「傭兵、ですよね」

 

「ああ……つっても、今は雇われ中だからな~~。仕事を二重に受け持つ気はねーし、他当たれよ」

 

 しっしっ、フェリシアは手を払う仕草で少女を追い払おうとする。

 

 ――――微かな魔力から感じ取れる、澱んだ瘴気。

 

 こいつの纏う雰囲気は、妙だ。こんな魔法少女とは会ったことが無い。明らかに“普通”とは違っている――――狡猾そうな奴は、門前払いが傭兵の常だ。

 だが、少女は応じなかった。顔を上げると、フェリシアを鋭く見据える。

 

 

「“アステリオス”」

 

 

 少女の眼がギラリと瞬いた。

 その単語を呟いた途端、フェリシアから感情が消える。

 

「貴女のあだ名でしょう……? ふふふ……」

 

 少女が瞳が比類なき残忍性を以てフェリシアを射貫く。

 意表を突いた事が嬉しかったのか、口元から愉悦が抑えきれず溢れていた。

 

「その名を知ってるんなら、高くつくぜ」

 

 フェリシアの瞳がうっすらと猟奇を帯びて澱んだ。

 

「ええ。承知の上です」

 

 本性を顕わにして睨み据えるも、少女の余裕綽々とした佇まいは微塵も揺らがない。

 寧ろ、口端がより吊り上がった。自分の反応が、期待通り――――とでも言いたげだった。

 

「何をさせたいんだ。言ってみろよ」

 

 ――――相応の報酬があればな。

 愉悦と同時に口の端がニタリと裂ける。

 だが、少女は小さく首を振った。

 

「依頼するのは私ではありません」

 

「へえ、ってことはアンタのボスか?」

 

「ご名答。我が主に是非ともお目通り願いたい」

 

「……面白そうじゃねえか。案内しろ」

 

 少女はすっと立ち上がると、背中を向けて去っていく。

 フェリシアも何も言わずに席を立つと、後を付いていった。

 例え、付いていった先が罠だろうが、構わない。

 返り討ちにしてやるまでだ。その為の算段は、もう頭の中にある。

 だが、儲け話なら、それに越したことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――10分後。

 

 そんなことがあったとは微塵も知る由も無い運転手の男性は、手をハンカチで吹きながらテーブルに戻ってきていた。

 

「ふぃ~~~っ、スッキリしたぜぇ~~! …………ってあれ?」

 

 運転手、テーブルを見てビックリ仰天。

 

 ――――フェリシアが、いない!?

 

 しかも、ラーメンを半量も残して……大好きな肉(チャーシュー)まで残してっ!?

 フェリシアと知り合ってからごく僅か。

 でも、あの子が、食べ物を残してどこかに行ってしまう様な真似をしただろうか。

 いや、無い。断じて無い。絶対に……億が一にも無い!!

 

「フェリちゃ~~ん! お~~~い!! どこ行っちまったんだい!? フェリちゃ~~~~~~ん!!??」

 

 フードコート内に、彼の虚しい叫びがいつまでも続いていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。