魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
2600字程の短編です。
――――神浜市内・高速道路途中のパーキングエリア。
トラックの運転手の中年男性とフェリシアはここで、夕食を取っていた。
昼食を取ってからというもの、特に重労な運搬作業も無く、魔女の襲撃も無かった為、二人とも小腹程度にしか空いてない。
「あと少しでフェリちゃんともお別れと思うと寂しくなるな」
うどんを啜りながら、言葉通りの寂しそうな顔で彼が言う。
「オレもだよ、おっちゃん」
ラーメンを啜りながら、フェリシアも同調するようにそう返した。
彼は本気でそう思っている。まったく、なんていい人なんだろうか。
「オレさ……おっちゃんのこと、父ちゃんみたいにおもっちまってさ……」
フェリシアは俯くと、ポツリと小さな声で呟く。
「え……フェリちゃんの親父さんって……」
「家が無いって言っただろ。オレの両親は魔女に殺されて死んだんだ……っ!」
声が急に震えて、運転手はギクリとなった。
フェリシアが顔を上げると両目に涙が溢れていた。それを見た運転手の相貌に悲痛の色が浮かぶ。
「そうだったのか……なんて可哀そうに……」
彼女の身の上話に、心の底から同情したが故の貰い泣きかは知らないが――――運転手の瞳からもボロボロと涙が零れた。
改めて、フェリシアは思う。
「グスっ……泣かせるねえフェリちゃん! 分かったっ! 今日は何でも好きなもん買ってあげるから遠慮なく言いなよ!」
「ああ……ありがとな、おっちゃんっ……!」
“なんて純粋で良い人なんだろう”
(はい。儲け)
――――思わず、鼻で笑いたくなった。
だから、自分みたいな子狐に騙されるのだ。
自分は彼と会ってたった一日半しか一緒にいなかったのだ。信頼の構築もクソも無い。ただ魔女や魔法少女が怖いからと、雇われただけの関係。
だから、フェリシアは彼から
この後、彼が魔女に襲われ死のうが、同業者に襲われて身包みを剥がされようが、自分には関係無いことだ。
基本的に『傭兵』は、“金持ち”を狙うことが多いが、自分は逆だ。
目の前の彼のように――潔白で、人畜無害な“良い人”を
メリットは大きい。
まず、一つ目は、攻略が簡単だから。
“良い人”は基本的に性善説を信じており、人を疑わない。だから自分みたいな悪党でもすんなり受け入れてくれるケースが多い。
二つ目は、報酬が大きい。
“良い人”は自己犠牲的なのだ。自分よりも、人に尽くしたがる。金銭的事情や都合など関係なく。
だから、軽く身の上話をして同情を誘えば、自分が必要とする以上に“お釣り”が手に入る。
三つ目、これは一番大事。
何よりも、動き易くなる。
“良い人”は、組織の中でも周りから信用されているし、初対面の相手にも好感を持たれ易い。
だから、一緒に行動しているだけで、
「うっ……!」
そんなことを思いながら、運転手を見ていると、突然彼の顔が蒼褪めた。
「どうしたんだおっちゃん?」
問いかけるよりも早く彼は立ち上がっていた。
「ヤベェ! 急に催してきちまった……っ! ちょっと離れるぜっ!!」
「行っといれ~」
男性はトイレに向かって一目散に猛ダッシュ!
その背中を、手をひらひらと振って見送るフェリシア。男性が見えなくなると、再びラーメンを啜り始める。
「失礼致します」
直後だった。知らない女性の声が頭上に掛かった。
――――微かな、魔力の反応。
瞬時に、フェリシアの瞳が鋭くなる。
箸を止めて顔を上げた。白いパーカーにフードを目深に被った、自分より少し上ぐらいの背格好の少女らしき人物が、彼の席に座っていた。
「お初にお目にかかります。深月フェリシアさん」
精錬された淑女のように恭しくお辞儀して、そう挨拶する少女の口元をまじまじと見つめた。
――――自分の名前を知っている……もしかしたら、同業者か?
だが、記憶をいくら探っても、目の前の少女の様な口の動かし方をする人物は見当たらなかった。
「傭兵、ですよね」
「ああ……つっても、今は雇われ中だからな~~。仕事を二重に受け持つ気はねーし、他当たれよ」
しっしっ、フェリシアは手を払う仕草で少女を追い払おうとする。
――――微かな魔力から感じ取れる、澱んだ瘴気。
こいつの纏う雰囲気は、妙だ。こんな魔法少女とは会ったことが無い。明らかに“普通”とは違っている――――狡猾そうな奴は、門前払いが傭兵の常だ。
だが、少女は応じなかった。顔を上げると、フェリシアを鋭く見据える。
「“アステリオス”」
少女の眼がギラリと瞬いた。
その単語を呟いた途端、フェリシアから感情が消える。
「貴女のあだ名でしょう……? ふふふ……」
少女が瞳が比類なき残忍性を以てフェリシアを射貫く。
意表を突いた事が嬉しかったのか、口元から愉悦が抑えきれず溢れていた。
「その名を知ってるんなら、高くつくぜ」
フェリシアの瞳がうっすらと猟奇を帯びて澱んだ。
「ええ。承知の上です」
本性を顕わにして睨み据えるも、少女の余裕綽々とした佇まいは微塵も揺らがない。
寧ろ、口端がより吊り上がった。自分の反応が、期待通り――――とでも言いたげだった。
「何をさせたいんだ。言ってみろよ」
――――相応の報酬があればな。
愉悦と同時に口の端がニタリと裂ける。
だが、少女は小さく首を振った。
「依頼するのは私ではありません」
「へえ、ってことはアンタのボスか?」
「ご名答。我が主に是非ともお目通り願いたい」
「……面白そうじゃねえか。案内しろ」
少女はすっと立ち上がると、背中を向けて去っていく。
フェリシアも何も言わずに席を立つと、後を付いていった。
例え、付いていった先が罠だろうが、構わない。
返り討ちにしてやるまでだ。その為の算段は、もう頭の中にある。
だが、儲け話なら、それに越したことはなかった。
――――10分後。
そんなことがあったとは微塵も知る由も無い運転手の男性は、手をハンカチで吹きながらテーブルに戻ってきていた。
「ふぃ~~~っ、スッキリしたぜぇ~~! …………ってあれ?」
運転手、テーブルを見てビックリ仰天。
――――フェリシアが、いない!?
しかも、ラーメンを半量も残して……大好きな肉(チャーシュー)まで残してっ!?
フェリシアと知り合ってからごく僅か。
でも、あの子が、食べ物を残してどこかに行ってしまう様な真似をしただろうか。
いや、無い。断じて無い。絶対に……億が一にも無い!!
「フェリちゃ~~ん! お~~~い!! どこ行っちまったんだい!? フェリちゃ~~~~~~ん!!??」
フードコート内に、彼の虚しい叫びがいつまでも続いていたという。