魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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どうしてこんなに時間がかかってしまうのでしょう?


追記

10/20 いろはの出身地ですがアニメ版準拠に直しました。

(優戒市→宝崎市)


FILE #41 いろはの新しい生活へ②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――次の日。

 

 

 

 ――――PM4:30。宝崎市内・公立優戒中学校。

 

 

「それでは、以上を持ちまして、環いろはさんの送別会は閉会します。環さん、今までありがとうございました!」

 

「皆さん、今まで、お世話になりました」

 

 司会の子から、花束とクラスメイトの寄せ書きが記された色紙を受け取ると、いろはは極めて事務的にお辞儀をする。

 直後、男子の一人が「いいぞぉ中村~!」と司会の子を(・・・・・)賞賛する声を響かせた。

 

(一応、主役は私なんだけどなぁ……)

 

 いろはは、少しその男子を睨んだ。

 確かに中村さんは生徒会役員だし、綺麗だし……自分とは違って誰からも好印象を持たれている子だ。

 目立つ行動を取れば、即座にこんな声援が飛んでくるのは分かっていたけれど……これはあんまりじゃないか。

 最後だから、文句の一つでも言って驚かせてみたかったけど――――

 まあいいや。もう少しだけ、我慢してやる。

 

 ――――2年間、この学校に通ってきたが、特に印象は無かった。

 中学生特有の『勢い』で突っ走る姿勢に付いていけなかった自分は、ただ周りに愛想笑いして空気のように過ごす日々を送っていた。

 なにか「こうありたい」という目標があって、熱中してスポーツに打ち込んだことも無い。

 勉強だって、赤点を取らない程度にしか、頑張らない。

 誰かと仲良くなったことも無い。よく居る『〇〇グループ』みたいなのに加わって皆とバカしたこともない。

 

「は~~、終わった終わった。かえろーぜー」

 

「それにしてもぉ、環さんってどんな子だったっけ~?」

 

「あんた三年間同じクラスだったでしょ。覚えときなさいよ」

 

「え~~? そうだったっけ~? 覚えてな~い」

 

「まあ、でも……あんまり目立たない子だったよねぇ。須藤は二年から同じだったでしょ。なんか覚えてる?」

 

「いや、俺もあんまり……」

 

 クラスでも人気の(悪い言い方をすれば『リア充』)グループから話し声が聞こえてくる。

 ……そもそも仲良くできるはずも無いのだ。

 だって、魔法少女の自分を理解してくれるものなんて、今までのクラスメイトには誰一人、いなかったのだから。

 

「つい最近知ったけどよ……あいつ魔法少女だったんだな!」

 

「ああ、それは私もびっくりした。ってか見直した。ずっと根暗な子だって思ってたけど、影で私たちの生活守ってくれてたんだよね……」

 

「カッコいいよな魔法少女って! それに聞いたかよ! 環は七海やちよに勝ったらしいぜ!」

 

「そんなんもうみんな知ってるって~~!」

 

「案外とんでもない奴だったりしてな」

 

 また、他のグループからも話し声が聞こえてくる。

 自分の評価を改めてくれたのは、素直に嬉しい。

 だけど、陰口のように話すのはどうなんだろう。私に直接話してくれないのは、何故なんだろう。

 

 ……実際、どうでもいいんだろう。彼らにとって、私のことは。

 

 私も、彼らのことなんてどうでもよかった。

 それに、彼らは間違えている。私は別に貴方達を守るために戦ってたんじゃない。

 “魔法少女”であることが、私の唯一無二の存在意義だったから、戦ってただけ。

 

 ……急に頭が重くなってきた。帰ろう。

 

 結局、学校の校門を出るまで、私に話しかけてくる子や、見送ってくれる子は、いなかった。

 

 ――――この学校に通って良かったと思った事が、ようやく、一つできた。

 友達を作らなかったお陰で、後腐れ無くみんなと別れることができる。

 これからは、自分もスッパリこの学校の事は忘れられるし、クラスのみんなも明日には私のことなんて忘れてるだろう。

 お互いに万々歳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……さて、どうしていろはの『送別会』が開かれたのか、説明しなければならない。

 

 第一に、未成年後見人である神浜市長・青佐の意向を優先したからだ。

 両親がサンシャイングループに原因不明の拉致をされた以上、いろはの身にも今後、危険が及ぶ可能性が高い。

 市外は治安維持部の管轄外である上に、宝崎市には、『魔導管理局』『魔導事務局』といった公的機関がまだ設立されていない。

 よって、極力いろはの生活を、()()()()()()()()で限定させたかった。

 

 第二に、いろはの都合もある。

 みかづき荘から学校へは遠い。確かに通えない距離ではないが、電車やバスを経由して二時間も掛かるのだ。

 一か月も通おうものなら、運賃も馬鹿にならない。

 いくら、市長ややちよが付いているとはいえ、本来、親族でない人達から金銭ばかりを援助して貰うのは気が引けた。

 

 

 以上の理由から、みかづき荘から徒歩で通える上に、魔法少女も多く通っているという「神浜市立大学附属学校」に転校した方が合理的と判断した。

 なお、手続きは既に青佐が行ってくれた為、いろはは来月から正式に通うことになる。

 

 

「思い出は無くても、今までお世話になったんだから。しっかり皆にお礼を伝えて、お別れしなさい。いいわね?」

 

 今日の朝。

 青佐は、渋るいろはをそう叱責してから、車で送り出してくれた。

 ちなみに、両親が行方不明と知れ渡ったら騒ぎになるのでは? と心配していたが、既に青佐は学校側に『父親の()()()()()で転校する』と話を付けてくれていた。

 

 

 

 

 

 ――――PM5:10  宝崎市・待那比町・三丁目東

 

 宝崎市も、神浜市と同じく、都市化開発が進められている。

 駅周辺にはショッピングモールや大企業所有の大型ビルや工場等が建設され、活気が溢れるようになったが、神浜市と比べるとまだまだ発展途上と言い表せるのが現状で、駅前を離れれば、まだまだ田んぼや畑に囲まれた閑散とした田舎道が続いている。

 

 夕陽の暖かさと、微風の涼しさ、そして目先に広がる自然の風景に心地よさを感じながら、いろはは、畑が延々と続く道を歩いていた。

 目指すのは、ある場所だ。そこには、あの子がいる。

 足取りが、とても軽かった。

 学校生活の窮屈さから解放された弾みも大きいが、早く“本当の友達”に会いたいという気持ちも強まっていった。

 

『皆木植木店』

 

 その看板が見えた途端、いろはは駆け出していた。

 飛び込むようにして庭に入ると、一人の初老の男性が黙々と植木を切り揃えていた。

 いろはは迷わず、声を掛ける。

 

「こんばんは、おじさん!」

 

 初老の男性は振り向き、人の良い笑顔を見せた。

 

「おお、いろはちゃん!」

 

 近寄ると小山の様な印象を受ける大柄な男性は、あの子の父親だ。

 自分とはすっかり顔なじみで、気を遣わずに話せる数少ない人だ。

 

(よう)ちゃんいます?」

 

「あいつなら、()()()()()()()だよ。多分累ちゃんも一緒じゃないかな」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 いろははペコリとお辞儀をすると、早速そこに向かおうとするが、

 

「あ、ちょっと待ちなよいろはちゃん」

 

 踵を返した直後に、呼び止められる。

 彼は、一度、敷地内にある邸宅に戻ったかと思うと――――4~5分経ってから、再びいろはの前に戻ってきた。

 

「新生活じゃいろいろ物入りだろう。少ないが、持っていきなよ」

 

 そういって彼が持ってきてくれたのは封筒だった。

 手に取ると、ギョッと目を見開く。厚みがあって、指が沈んだ。

 

「こんなに……!? 受け取れませんよ……」

 

 即座に返そうと差し出したが、彼は手を振って拒んだ。

 

「これから引っ越しに転校、将来は高校受験が控えてるんだろう? 塾だって通わなきゃだし。高校生活を終えたら今度は大学に進学か就職活動だ。学生生活はこれからが肝心なんだぞ?」

 

「だけど、生活の面倒を見てくれる方はいますし……。それにこんな大金、中学生に渡したら危ないですよ」

 

「な~にいろはちゃんは魔法少女だ。しかもあの“七海やちよに勝った”って御墨付き。そんじょそこらのチンピラには手出しされんだろうよ」

 

 彼はケラケラと笑ってそう言った。あの子に似た、人の好さが伝わってくる笑顔だ。

 それにしても――――

 

「……もう葉ちゃんから聞いてるんですね」

 

 『新生活』――――神浜市に引っ越して、新しい生活を送るということを。

 

「昨日電話が来たって騒いでたぜ」

 

「言わないでって言ったのにぃ~~……」

 

 いろは、涙目。

 このように、気を遣わせてしまうからである。

 

「あいつに口止めなんて無理だろう。それよりもいろはちゃん」

 

 あの子の父親はそこで口を止めると、首を右往左往した。

 周りに誰もいないことを確認すると、いろはに小声で問いかける。

 

「……お父さんとお母さんが行方不明なんだろう?」

 

「……!」

 

 ――――あの子は、そんなことまで言ってしまったのか。

 いろはは再びギョッと目を見開くが、知られてしまった以上は、仕方がない。

 

「……はい」

 

「……サンシャイングループに攫われたって聞いたぜ……。できればおじさんも協力してあげたいが」

 

 そこで彼は、深く頭を下げた。

 

「すまんっ! あそこのグループ会社の『陽渡造園』はウチの最大の取引先なんだ。だから何も力になってやれることが無いっ。本当に申し訳ないっ!」

 

「おじさん、大丈夫ですっ!」

 

 いろはは慌てた。気持ちは嬉しいが、そこまでしてほしくはない。

 自分の問題は自分で立ち向かうと決めたのだから、他の人には自分の人生を歩んでもらいたかった。

 

「もう、力は頂きましたから」

 

 先ほど受け取った封筒を強く見つめて、言い放つ。

 

「……これには、おじさんが必死に働いてきた結果が詰まってるんです。おじさんの私への想いが、籠められているんです。だから、私はもう、満足です。これ以上の力は、有りませんから」

 

 笑顔を見せると、彼は安心したのか、肩が下がった。

 ホッと一息つくと、いろはの肩にポンと手を置く。

 

「……そうか。だが、無理はするなよ」

 

「すみません。ご心配かけて……」

 

 彼は小さく首を振ると、ニッと笑った。

 

「いいってことよ。それよりも、早くいつもの場所に行って、あいつに顔見せてやりな。いろはちゃんのこと、すっごく心配してたからよっ」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 いろはは深々とお辞儀すると、封筒をカバンに入れて いろはは深々とお辞儀すると、封筒をカバンに入れて踵を返し――――

 

 

 

 

 

「死ね」

 

 

 

 

 

 走りだそうとする寸前で、足が止まった。

 彼の冷えついた声が耳朶を打ったのと、強烈な殺気を背後から感じたのはほぼ同時だった。

 ヒュッ! と何かが振り下ろされる音が聞こえて、咄嗟にいろはは横跳びする。

 

「おじさん!?」

 

 振り向くと、あまりにも信じ難い光景が目に飛び込んできて、息を飲んだ。

 彼の右手に握られていたのは刃渡り20cmはあろうかという出刃包丁だ。

 

「それは、俺の金だ……渡して、たまるかぁ……」

 

 先ほど会話を弾ませていた相手と同一人物だとは思えなかった。

 彼は一切の感情が凍り付いた抑揚の無い声で呟くと、焦点の合ってない虚ろな瞳で自分に強い憎悪を向けている。迫ってくるが、足取りはヨロヨロと覚束なくて、まるで幽鬼のようだ。

 

 あまりもの狂変ぶりのいろはの肝が冷えた。

 一体、何が――――でも、彼のこの様子には、見覚えがある。

 いろはは、視線を彼の首元に集中した。

 

「あった……」

 

 予感は的中。首筋に、見たことの無い紋章の様な青痣が浮かんでいる。

 

(魔女の口づけ……っ!)

 

 迂闊な自分を呪った。

 あの子に会いたい――――ただそれだけに夢中になっていたせいで、魔女の気配に全く気づけなかった。

 

「っ」

 

 腹立たしさからか、思わず舌打ちを鳴らしていた。

 しかし、いくら悔やんでも起こってしまった以上は仕方がない。

 まずは、彼から包丁を取り上げて、安全なところへ避難させなければ……!

 だが――――

 

「!?」

 

 

 世界が自分達を残して、グニャリと歪む。

 

 

 数拍後には、世界が景色を豹変させていた。

 薄暗い森の中の様だが、赤・青・黄・紫・ピンク・グレーなど様々な色が複雑に交じり合った摩訶不思議な絵画の様な平面的世界に放り込まれていた。

 

 『結界』に、取り込まれた――――!?

 

 魔女は獲物として標的を定めた人間を、『結界』という自らのテリトリーに閉じ込めて、喰らう。

 だが、天敵である魔法少女の自分まで、誘き寄せたのは意外だった。

 

「……」

 

 ぞっと、首筋に氷を押し当てられたような、寒気がした。

 この魔女が、()()()()()()常日頃標的にしているのだとしたら、間違いなく手強い。いろは単独では、敵わない相手かもしれない。

 

(だけど……!)

 

 かぶりを振って恐怖を払うと、魔法少女に変身!

 自分のことは二の次。巻き込まれた彼を早く助けなければ! いろはは大きく口を開けて腹の底から叫んだ。

 

「おじさんっ!! どこに……っ!?」

 

 いるんですか、と呼び掛ける寸前で――――ギクリとした。

 真正面にある茂み。それを形成している葉の一つ一つが、まるで()()()()()()()()()()モゾモゾと蠢いている。

 

「おじさんっ!!」

 

 まさか――――と思い、咄嗟に駆け寄ると、茂みが()()()()

 いや、正確には……

 

「うぇっ」

 

 気持ち悪さが喉元までせり上がり、堪らず口から嗚咽を吐き出した。

 ――――茂みだと思っていたものは、無数の『使い魔』の集合体だった。

 大きさは掌大だろうか。蠅の顔面を張り付けたダンゴムシの様な奇怪な姿の使い魔が、一斉にぞろぞろと地面を這っていく光景は、死んだばかりの動物に群がる蛆のようで――――はっきり言って気色悪かった。

 

「おじさんっ!」

 

 だが、ダンゴムシの大群が覆いかぶさっていたものを見て、不快感は吹き飛んだ。

 彼が、蹲った体勢でそこにいた!

 急いで駆け寄り、何度も呼び掛けるが、瞳孔は閉じたままで反応がない。

 

 意識を失っている――――!!

 

 急いで、脈と心臓を確認すると――――ゆっくりだが、トクトクと規則正しい音を立てていた。

 よかった、まだ生きている。

 

「ふぅ……」

 

 一先ず、ホッと一息付くいろは。

 だが、安心してはいられない。

 背中に感じるのは全体を突き刺してくるような、無数の魔力反応!

 

「!!」

 

 振り向くと同時に、唖然。

 無数に存在していた筈の茂みが、無い。

 代わりに地面に敷かれていたのは、覆いつくさんばかりの夥しい数の、蟲、蟲、蟲……。

 その一体一体が、瞳から放たれる緑色の光を、いろはに集中させている。

 

「…………!!」

 

 両足が震えた。こんな物凄い数の使い魔には遭遇したことがない。

 そして、この結界内の全ての茂みは、この使い魔達が擬態した姿だったのだろう。

 だけど――――

 

「よくも、おじさんを!!」

 

 いろはは歯噛みしてクロスボウを構える!

 圧倒的物量による恐怖よりも、大切な恩人を傷つけられた怒りが勝ったのは僥倖だった。

 

 まだ、戦える――――!!

 

 いろはは、激情に任せるように、闇雲に矢を発射する!!

 真っ直ぐに飛翔したそれは、使い魔の海に飛び込むと、一体の身体を貫く!

 筆舌に尽くしがたい金切り声を響かせながら、紫色の体液を噴出させて絶命していく。

 

「っ!!」

 

 やった――――等と喜んでいる暇は無い。

 続けて2発目、3発目の矢を放つ! いずれも使い魔の体に命中し、絶命させた。

 だが、攻撃の最中にも蟲の大群はぞろぞろといろはの足元まで迫りつつある。

 

(このままじゃ――――!!)

 

 おじさん諸共、使い魔に嬲り殺しにされるだけだ。

 闇雲に攻撃するだけじゃ意味がない。

 しかし、自分の固有武器である『クロスボウ』は一対一ならともかく、集団相手には相性が悪い。

 というのも、矢を()()()()装填してから発射する仕組みの為に、連射することも、複数の矢を同時に発射することも不可能なのだ。先ほどのように、一体ずつ潰していくしかない。

 

(葉ちゃんがいてくれたら……!!)

 

 彼女の固有武器と能力なら、こんな大群でも目じゃない。 

 しかし、頼れるあの子は、今は傍にいないのだ。

 自分一人で考えて、この絶体絶命的な状況を切り抜けなくてはならない。

 

 ――――でも、手はあるのか。

 

 この状況から、大逆転できる起死回生の一手を、打てる機会はあるのか。

 考えてる余裕は無かった。

 脛の辺りに、ぞわぞわと這う感触がして、咄嗟に視線を下に向けると――――顔が蒼褪めた。

 既に使い魔の波が自分の下肢まで飲み込んでいた。内の数匹が、自分の膝までよじ登っている。

 

「っ!!」

 

 下肢全体の気色悪い感覚に、意識が遠のきそうになったが……舌を強く噛んで堪えた!

 自分が最後の砦だ。

 ここで斃れれば、おじさんも、あの子の家族も、犠牲になる。

 

「……」

 

 今は、足の蟲は気にしない。

 両足に力を入れて震えを抑えると、足元から真正面まで無限に広がる使い魔の海を一瞥する。

 まるで黒い川の流れのようだ。

 しかし、冷静になって眺めていると――――強い魔力を感じる。

 つまり、この近くに、大群を指揮している親玉がいる筈だ。

 そう、魔女が……。

 

「!!」

 

 ――――そこで、いろはの眼が止まった!

 海の中で、一体だけ、動かない個体が居る。

 まるで、川の流れを分かつ岩のようにじっとしているそれは、形状こそ使い魔と同一だが、体躯は一回り大きく、瞳から赤い(・・)光を放って、自分を睨んでいる。

 

「っ!!」

 

 ――――ついに、見つけた!

 

 意識を集中させると、強い魔力は“そいつから”感じ取れる。

 間違いない。こいつこそが魔女だ。

 いろはの目が、キッと鋭く瞬く。同時にクロスボウの照準を、その個体に向けて構える。

 使い魔の大群はもう、自分の下腹部まで飲み込んでいた。

 だから、チャンスは一度きりだ。逃したら、もう後は無い。次の矢を装填する間に頭まで覆いつくされる。

 相手が死ぬか、自分が死ぬかの真剣勝負だ。

 

「……っ!!」

 

 噛み締めると、奥歯がギリリと鳴った。 

 恩人をこんな目に遭わせたこいつを、容赦するつもりは無い。

 憎悪が一気に噴出して顔が酷く歪んだ気がするが、どうでもいい。

 必ず、仕留める。

 

「行っけぇぇぇぇッ!!」

 

 裂帛の気合と共に、魔力の込められた矢が飛翔された!!

 寸分の狂いも無く直進したそれは、標的の体を易々と貫く!

 

「やったっ……!」

 

 ――――斃した!

 

 穿たれた個体の瞳から赤い光が消失。

 大量の血液を噴出し、絶命していく様を見て、いろはの顔が歓喜に染まる。

 しかし、

 

「…………えっ?」

 

 

 今のは、ぬか喜びでしかない(・・・・・・・・・)と悟った。

 

 

 宙空に舞い散った使い魔の血液が、みるみるうちに、一つに集まっていく。

 やがて巨大な水晶玉のような形になったかと思うと――――愕然とした。

 水晶玉からぬるりと現れたのは、羽根の生えた使い魔だった。

 同一の個体が、泡が噴き出るようにボコボコと音を立てて水晶玉から次々と姿を顕す!

 

「……」

 

 今、自分が倒したのは、相手が用意した『罠』に過ぎなかった。

 自然と、クロスボウを構えていた手が、下りた。

 

「あぷっ」

 

 羽根の使い魔達が一斉に飛来していろはの顔面に纏わりつく。

 重みに耐えきれず、いろはの体が仰向けに倒れた。

 瞬く間に全身が、黒い蟲の海に飲み込まれる。

 

「くっ……」

 

 もがこうにも、纏わりついた使い魔達が力を奪っているようで、四肢が動かせなかった。

 

 

「くっ……そ」

 

 

 ――――終わるのか。

 

 

 蟲の下敷きにされて、ふと、唐突にそんなことが頭を過った。

 

 

「くそ……!」

 

 

 ――――こんなところで、終わってしまうのか。

 

 ――――家族がいなくなって、恩人も救えなくて、失い続けたまま。

 

 

「くそっ!」

 

 

 ――――何も成し遂げられないまま。

 

 ――――ただ空気みたいにふわふわと漂うだけの人生で、終わってしまうのか。

 

 

「くそっ! くそっ!」

 

 自分は今まで何をしてきた。

 後悔と怒りが猛烈に押し寄せて、気が付けば泣き叫んでいた。

 しかし、いくら喚こうが、もう遅い。

 

「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! クソォッ!!

 

 体が動かない。

 目を開くと真っ暗だ。

 死ぬ直前とは、こんなものなのか――――

 

「ちくしょおっ! 離してぇっ! 離せよぉっ! 何で私ばっかりこんな目に遭うんだよぉっ!? ふざけんなよぉっ!! 私はまだやらなきゃいけないことが……ッ!! やりたいことだって沢山あるのにぃ……ッ!! こんなところで……お前らなんかにぃ……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お姉ちゃん、私はね。“死神”と会う約束があるの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うい、いやだよ。

 貴女が受け入れてたとしても、おねえちゃんは死にたくないよ。

 

 

 死にたくない。

 

 

 新しいスタートを切ったばかりなのに。

 友達ができて……一緒に幸せを探そうって約束したのに。

 新しい家族に、助けて貰ってばかりで……まだ何も、返してないのに。

 

 

 だから、

 

 

「こんなところで……死んでたまるかああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 ――――直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞こえたぜッッ!! いろは――――――――――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞き覚えのある声が、遠くから聞こえてくる。

 幻聴かと思った。だけど……

 

 

「葉ちゃんっ!?」

 

 

 驚愕のあまり、叫ばずにはいられなかった。

 返事はすぐに返ってきた。

 

(よく頑張ったな! あとは俺に任せろッ!!)

 

 テレパシーで直接脳内に響くのは、はっきりと通る声だ。

 よく叫んでいるせいで、少し喉が枯れて中性的になった声色は、間違いなく“あの子”のもの。

 

(ちょっち耳塞いでろぉいッッ!!)

 

「げっ」

 

 再開を喜ぶ間も無く、いろはは愕然となる。

 彼女が今のセリフを言った時は――――必ず“アレ”をブッ放つ合図だ!

 耳を塞ごうにも、使い魔に雁字搦めにされてるせいで不可能。

 

(葉ちゃんっ!! 待って今ちょっとそれ無理っ!)

(いっくぜえええええええええええええええ!!!!!)

 

 聞くわけが無かった。

 

 刹那――――轟ッ!! とけたたましい音が鳴り響いて、全身が震撼した。

 

「ッ!!」

 

 全身を揺さぶられる様な衝撃に、いろはの体が大きく飛び跳ねる!

 体中に纏わりつく使い魔達の魔力反応が消失したのは、同時だった。

 使い魔達は力無くボタボタと体から落下し、視界に光が差し込む。

 

「無事かっ!?」

 

 張り詰めたハスキーボイスが耳朶を叩いた。

 晴れた視界に一番に映ったのは、“あの子”の手。

 

「っ!!」

 

 咄嗟にその手を掴むいろは。

 

「よしっ!」

 

 あの子の顔がニッと笑った。死骸の海から力強く引っ張り、いろはの体を起こした。

 

「葉ちゃん……」

 

 自分を引っ張り出したあの子――――

 

 癖っ毛のある黒髪の短髪に、快活そうな笑顔。自分より小柄で細身だが、引き締まった体付きで、外に出るのが好きな為に肌が浅黒く焼けている。

 特徴的なのは、狐か犬の様な大きな耳と、大きな尻尾。服装は黒いノースリーブパーカーにミニスカートと軽めだが、肘上膝下には鎧のような装甲をがっしりと纏っている。

 

 彼女、皆木葉菜(みなき はな)は、“魔法少女”だった。

 

「で、でも……!」

 

「ん?」

 

 葉菜はいろはの顔を見つめた。無事だと言っていたのに様子がおかしい。

 よく見ると、瞳がグルグルの渦巻きみたく回っていた。

 

「いきなり大技は酷いよ葉ちゃ~~~んっ!」

 

「バッカヤロォイ! お前、耳塞がなかったのかっ!?」

 

「無理だっていったでしょぉ~~~……」

 

 いろははキンキンに鳴る耳を抑え、涙目になりながら抗議するが――――ふと、葉菜の首元にぶら下がっているペンダントの宝石が気になった。

 

「……あれ?」

 

「どうした?」

 

「濁ってない……」

 

 いろはは不可思議そうに葉菜のソウルジェムを見つめた。

 先ほど葉菜が放った“大技”は、起死回生の一手として使われることが多く、当然ながら魔力の消費量も多い。

 いろはの記憶では、綺麗なソウルジェムでも、一発放てば一気に黒く濁ってしまう筈なのに……。

 

「へへ。八重さんの言ってた通りだな」

 

 葉菜はピカピカに光る自分のソウルジェムをまじまじと見つめて、不適に笑う。

 

「八重?」

 

「あとで話す。それよりも父さんは!?」

 

「!! あそこに!」

 

「父さんッッ!!」

 

 ハッといろはは、葉菜の父親の方へと振り向いた。葉菜もすぐに駆け寄る。

 不幸中の幸いか。

 使い魔達は、いろはに標的を定めていた為、彼には目もくれなかったらしい。相変わらず気を失ったままだが、生きている。

 

「良かった……」

 

「葉ちゃんッ!!」

 

 安堵する間も無かった。

 いろはの悲鳴のような呼び声に咄嗟に振り向く。

 

 愕然――――蟲の大群が再び地を覆い尽くして、自分達を取り囲んでいる!

 

「まだ、こんなに……!」

 

 再び死への恐怖が蘇り、いろはの足が竦む。だが、葉菜は猛然と前に進み、吠えた!

 

「クソったれどもッ!! てめぇら絶対に許さねえ!! 一匹残らずブッ殺すッ!!」

 

 大切な人を傷つけたこいつらを、生かしておけない。必ず、全滅させる。

 そして自分達は、全員生き残ってやる。

 

 葉菜は強い決意を込めた瞳でいろはを見た。

 

「いろは、やるぞ!」

 

「うんっ!!」

 

 いろはも恐怖を飲み込み、強い瞳を向けて葉菜の意志に応える。

 二人は葉菜の父親の前で、背中を合わせた。

 

「大群は俺が引き受ける! お前は飛んでくる奴を叩きながら魔女を探し出せ!」

 

「分かってるよ!」

 

 無限に湧き出る使い魔。

 そして、動けない一般人を守りながら戦う、二人の魔法少女。

 相変わらず絶対絶命の状況には変わりない。

 

 

 だけど――――背中から感じ取れる熱に、いろはは希望を確かに感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、二度にわたる書き直し~のがありまして、ようやく完成いたしました。

ちなみに今回登場したいろはと同郷の魔法少女・皆木葉菜(みなき はな)のイメージ図です。



【挿絵表示】





 

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