魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
「どっせい!」
裂帛の気合と共に、葉菜が両腕をバッと左右に向けて開く。
瞬間、掌から轟音が生じて、半径1m程の使い魔達が宙に舞った。
彼女の固有武器――――両手を覆う鉄甲から放たれる超音波攻撃だ!
いろはのクロスボウと比べると殺傷力は低いが、この蟲の大群のような集団相手にはうってつけだ。
「そこっ!」
いろはも飛翔する羽根付の使い魔を、クロスボウの矢で次々と撃ち取っていく。
葉菜が後ろにいるから、安心して一匹ずつ狙いを定めることができる。
「クソっ! キリがねえ!!」
お互いにかなりの頭数は斃した筈だ。
しかし、使い魔は四方八方から湯水に湧いてくる。
加えて葉菜は大技を使った直後だ。顔に疲弊の色が見え始めていた。
「でも、諦めるわけにはいかない!」
「あたぼうよ!」
しかし、膝を折るつもりは無い。だって、自分には根性だけは誰にも負けない相棒がいるのだから。
彼女がまだ戦うのなら、自分もその意気込みに応えるまで。
葉菜はいろはの言葉に気合を入れ直すと、再び足元に群がる蟲に殺意を向ける。
「っ!」
一方、いろはも飛翔体を矢で撃ち取っていたが……
「!?」
――――しまった。
戦いが長引いた故の疲弊が影響したか――――放った矢が使い魔の脇腹を掠めた。
「あっ」
「いろは!!」
呆然。
葉菜が声に気づいて、咄嗟に振り向いて吠える。
打ち漏らした使い魔は真っ直ぐ飛翔し、いろはの顔面に張り付――――
「てやっ」
――――くことは叶わなかった。
誰かの軽い掛け声と同時に、ヒュンッと風切り音が鳴る。
使い魔は、上から振り下ろされた黒い棒状の何かで叩かれて地面に落下した。
「これでー、いっちょあーがりーっと」
使い魔は地の上で藻掻くが、軽い声の主が持つステッキの先端に体を貫かれて絶命した。
「っ!!」
自分を助けてくれた闖入者。
いろははその人物を姿を認識した時、思わず瞠目した。
――――彼女が来てくれた!!
腰まで伸びた長いブロンドヘアに、170近く有る長身のスレンダーな体躯。
メイド服の様な、お洒落なスイーツカフェの店員の様なふんわりとしたドレスを纏い、背中には蝙蝠のような羽根が生えている。
だが、特徴的なのは、表情だ。
魔女と魔法少女の間で苛烈な命のやりとりが要求されるこの状況に全く相応しくない、ふにゃりと間の抜けた笑顔。緊張感なんて微塵も感じられ無い。
だけど――――
「累さん!!」
いろはに、この上無い“安心感”を与えるには十分だった。
――――彼女の名は、宮内 累(くない るい)。
いろはと葉菜にとっては先輩の魔法少女であり、チームのリーダーだ。
「やっはろー。いろっちー」
累と呼ばれた長身の少女は、いろはの声に振り返ると、陽気に手を振った。
反射的に手を振ってしまうが、目の前に葉菜が割り込んできた。
「おい! やっはろーなんて言ってる場合か!!」
至極正論。
だが、怒鳴り散らす葉菜を前にしても、累は飄々とした態度を崩さない。
すかさずいろはの背後に隠れると、身体に抱き着いて泣きマネをする。
「あーんいろっちたすけてー。葉ちゃんこわーい」
「ええっ! ちょっと離れてください!! いや……ちょっとそこは薄いんですから触らないでっキャハハハ!」
「えへへー」
累は背中越しにいろはのおへそ周りをコチョコチョとくすぐる。
お互いに笑い合って楽しそうだ。とても楽しそうである。
――――ピキッ
葉菜が、ゴツイ血管を額に浮かび上がらせたのは言うまでも無い。
「おいコラー!! 遅れてきた癖に遊んでんじゃねー!!」
――――ああ、葉ちゃん。キレるだけ損なのに……。
いろはの心配も虚しく、累はふにゃふにゃと笑って聞き流すだけ。
“いつもの光景”である。
「まあまあ葉ちゃんそうイキんないでってー。ほらほら辛い時こそ笑って笑ってー」
累はピョンと葉菜の背後に飛ぶと、背中を指でなぞる。
「キャハハハ!! あたしもそこは弱いんだ……ってやめろぉい!! お前なあ、あと少しでいろはが死ぬところだったんだぞ!!」
「えっ」
その言葉に累はギョッとした。
点になった目をいろはに向けて問いかける。
「そうなのー? いろっち」
「あ、でも……大丈夫です。この通り、ピンピンしてますから」
そう言うと、その場でピョンピョンと飛び跳ねるいろは。
彼女なりの、元気アピールのつもりらしい。それを見た累が、ふにゃりと笑った。
「あっそ。じゃ、良かった」
「あっそって、あんたなあ……!」
微塵も遅れた責任を感じないリーダーに葉菜はガックリ項垂れる。
もはや直しようが無いので仕方ないのだが。
「って……ふざけてる場合じゃないよねー」
と、そこで累は急に真面目ぶった顔で周りを見渡した。
三人目の魔法少女が現れたことで、用心しているのか――――周囲に群がる蟲は攻撃を止めて、ただ彼女達を睨みつけている。
殺気を伴った無数に瞬く深緑の眼光が、全身を突き刺すかのようだ。
「誰のせいだ……ってまあ、それもそうだな!」
葉菜も臆することなく、キッと周囲を睨みつけて身構える。
「でも、三人そろった今なら、なんとかなるよ」
いろはだけは、振り返って二人に笑顔を見せた。二人も、自信たっぷりの笑顔で答える。
「それにしても……物凄い数だねー」
再び使い魔に向き直った累だが……途端に肝が冷えた。
地表を覆い尽くすのは奇怪な姿をした蟲、蟲、蟲……千単位は愚か万単位はいるだろう。
初めて見る夥しい数の使い魔に、累の顔が蒼褪める。
「ああ、しかも
「こいつらを捌きながら、探さないと……」
二人の言葉を聞いた直後に、累が手をピンを伸ばして挙手した。
「先に謝っとく。ごめん」
「あっ」
「まさか……!」
いろはと葉菜が目を丸くして累を見ると、蒼白の顔に冷や汗がダラダラと流れていた。
――――嫌な予感がする。
彼女の今のセリフは、間違いなく“アレ”をする合図だ。
二人が渋面を浮かべた時には、累はくるりと背中を向けていた。
両手を地面に付いて足を大きく縦に開き、クラウチングスタートの姿勢を取ると……
「逃げるが勝ちいぃぃいぃぃぃいぃ!!!」
バビュンッ!! と爆発音が鳴るのと同時に彼女の足元の草花が弾け飛んだ。
一瞬後には、累ははるか彼方まで走り去っていた。
……というか、逃げた。
そのスピードたるや――――全速力のチーターですら、目の当たりにすれば仰天の余り目玉を剥き出しにする事だろう。
「おいこら待てこンのヘタレーっ!! たまには正面から堂々と戦えいっ!!」
すぐさま葉菜がテレパシーで怒号を響かせるが、返ってきたのは涙声。
(だってだってー、能力のせいなんだもーん。仕方無いじゃーん!)
「ああ、そうですか……」
“いつも通り”の光景なのだが、年長者らしからぬ情けなさに、いろはは見るたびに溜息を付いてしまう。
――――そう、仕方無いのだ。
宮内 累――――通称・『
その異名(?)が示す通り、彼女の固有魔法は【逃げ足】。
相手を見て、「負ける」「勝てない」と思い込むと、今のように、足が
こうなると、もう手遅れ。
いろはと葉菜はもちろん、本人にさえ止めることは不可能。相手に「勝てる」と判断できるまで、逃げ続ける。
「累さーん! それじゃあ“いつも通り”で!」
(はいよ分かったー! 逃げながら魔女探しとくからねー!)
いろはがテレパシーで呼びかけると、累は即座に応える。
「累さーん! 使い魔の大半がそっち行ったぜー!」
(あっそー! なら良かったー! じゃあ葉ちゃんいろっちも“いつも通り”よろしくー! ……ってわああああうじゃうじゃ来てるうううううっ!!)
だが、三人の顔に不思議と悲壮感は無い。
それもその筈。累が逃げてくれたお陰で、彼女達のチームは“いつも通り”のスタイルの戦い方ができるのだ。
累が逃げ回ることで、結界中の使い魔達を引き付ける。使い魔は基本的に鈍足な個体が多い為、累が捕まることはまず無い。
よって累は逃げながら、追撃する使い魔を迎撃しつつ、魔女を探すことができる。
いろはと葉菜はその間に、引き付けられなかった使い魔を殲滅する。
大抵累が大半を引き付けてくれる為、彼女達は安全に戦うことができる。
そして累が魔女を見つけたら、いろはと葉菜でそこへ向かい戦うという戦法だ。
「じゃ、“いつも通り”残された使い魔共をぶっ潰して、父さんを守るぞ!」
「うんっ!」
葉菜といろはは、再び気絶中のおじさんの前で背中を合わせる。
地表を覆い尽くしていた使い魔は、限りなく全てが累の後を追っていった。
残されたのは――――
「赤い目のヤツらだけか……何かヤバそうだな」
自分達を取り囲んでいる使い魔の数は20体。
深緑の瞳の個体よりも一回り大きく、血の様に赤い目を不気味に瞬かせている。
「!! 葉ちゃん気を付けて!」
その個体を目にした途端、いろはの肩が強張った。
彼女は先ほど、こいつにいっぱい食わされた。同じ轍を仲間に踏ませる訳にはいかない!
「どうした?」
かくかくじかじかと説明すると、葉菜の表情も同様に強張る。
「……なるほど。そいつぁ厄介だな……」
「うん。だから対処法を考えないと……」
使い魔は、人を喰らい魔女に成長する――――この性質がある以上、街を護る魔法少女は、結界内の使い魔を一匹残らず始末しなければならない。
目の前で包囲網を作る赤い瞳の使い魔達も勿論対象だが……こいつの特徴を知っているいろはは、なるべく戦うことは避けたいと思っていた。
(倒せば、厄介な“羽根付き”がたくさん生まれる……そうなると)
“羽根付き”は機敏だ。一匹ずつならともかく多数が縦横無尽に結界中を飛び回られたら対処しようがない。
どうしよう――――
「いや、もう考えた」
――――等と考えているだけ無駄だった。既に葉菜は答えを見出していた。
「はやっ」
思わずそう漏らしてしまういろは。
彼女の顔を見ると、ニッと笑っている。さすがはチームの作戦参謀である。
(何も考えない累と、考え過ぎる自分が役割を押し付けたのだが)
頭の回転と、決断力が早い。
「こいつの“血”が変化して羽根付きに変わったんだろ。だったら血を出さずに叩きのめしゃいい」
「あ、そうか。葉ちゃんなら」
「お安い御用さ」
要は自信満々に宣言すると、両手を赤目の蟲達に翳す。
「破っ!!」
裂帛の気合と共に――爆音ッ!!
いろはが咄嗟に耳を塞いだのと、蟲達が吹き飛んだのは、同時だった。
使い魔はボトボトと地面に落ちると、赤目から光が消え失せた。魔力反応も消失。
「……死んだの?」
「それを祈ろうぜ……」
微塵も動かなくなった使い魔達を見て、葉菜はホッと胸を撫で下ろす。
「葉ちゃん危ない!」
「っ!?」
安心が、油断に繋がった。
いろはの声に咄嗟に振り向くと、羽根付きが顔面まで迫っていた!
「ひっ」
思わず悲鳴を上げそうになる葉菜だが――――刹那、羽根付きは真横から飛んできた矢じりに体を貫かれて絶命した。
「ひゃ~~~~、おっかなかった……」
使い魔一体に取りつかれたところで死ぬ訳無いが、あんな巨大な虫が顔面に貼り付いたら気持ち悪いことこの上無い。
蒼褪めてへなへなと腰を抜かす葉菜に、いろはが駆け寄った。
「大丈夫? 葉ちゃん」
「ああ、ありがとう。いろは」
手を取って立ち上がる葉菜の表情は、少し不審気だ。
「どうしたの?」
「いや、今回の魔女は妙だ。父さんを取り込んだのに父さんには目もくれない。専ら俺達だけを標的にしてるように見える」
「! ……それは私も感じたよ。それにさっきの羽根付の動きといい……」
「ああ、完全に俺の隙を狙ってた。まずいな……こいつら相当手強いぞ」
使い魔は基本的に知能は無く、結界内を呑気に遊びまわっているだけなのだが、今回のは別格だ。
組織的行動が取れている上に、使い魔一体一体の知能も高い。
現在進行形で使い魔を多数引き付けてくれている累が、ふと心配になった。
「累さん、大丈夫かなあ……」
「いやありゃ気にしちゃダメだ」
葉菜が苦笑いして、心配するのはやめろと言わんばかりに手を振った。
「だけど」
「大丈夫だありゃ殺されても次の日にはひょっこり顔出すタイプだから」
矛盾している――が、累は本当にそういう人なのである。
いろはも苦笑いを返すしかない。
「おまた~」
――――と、噂をすればなんとやらだ。
頭上から軽い声。
いろは達が上を向くと、いつの間にか木の枝に累が座っていた。
「累さん!」
「よっと」
累が木から飛び降りる。
ここに戻ってきた、ということは『逃げ足モード』ではない。つまり……
「勝てるのか?」
怪訝そうに葉菜が尋ねると、累は自信満々に頷く。
「うん!」
累は背後にある3m程離れた木の幹を指さした。
「いろっち構えてー」
「あ、はい」
言われた通り、クロスボウに矢を装填すると、累が示した幹に向けて、右腕をグッと伸ばすいろは。
「んでー、葉ちゃんは耳をすましてー」
「お、おう」
累の意図が読めない。
葉菜は相変わらず怪訝な表情を浮かべつつも、指示通り、聞こえてくる音に神経を集中させた。
みぃん、みぃん……
みぃん、みぃん……
「!!」
鳴き声……?
木の葉と木の葉が擦れ合う音に混ざって、確かに聞こえた。
葉菜は目をカッと見開くと、いろはに指示を出す。
「いろは! 目線の高さぐらいに腕を上げて撃てっ!!」
「!? わ、分かった!」
呆気に取られながらも、いろはは指示通りに矢を放つ。
バシュッ!! と弾くような音と共に発射されたそれは、一直線に飛翔して幹に衝突した。
瞬間――――
「キィイイィィィイイイイィイィ!!!」
――――結界中に響き渡ったのは、けたたましい金切り声。
「「!!」」
「よっし! 大成功☆」
三人は金切り声のした木の下まで駆け寄る。
いろはと葉菜は、愕然とした。
木の幹に“蝉”に似た手のひら大の蟲が、矢に突き刺さった状態で絶命していた。
「こいつが、魔女だったのか」
「うん。強い魔力を感じたからもしやってねー」
「流石累さんです!」
いろはが輝く瞳を向けて賛辞を贈る。累は「フッフーン☆」と鼻をこすって得意気だ。
「ほんとベテランなのは勘の良さだけだな」
葉菜は皮肉を飛ばすものの、表情は安堵していた。
「じゃあ、あとは……」
累が振り向く。
いろはと葉菜も同じ方向を向くと、途端に顔が蒼褪めた
奥の方からぞろぞろと――――蟲が山の様に群がって詰め寄ってきていた。
「何匹か倒し損ねちゃったんでー、結界消える前に葉ちゃん“大技”お願い☆」
テヘッ♪と舌を出して、両手を合わせて葉菜に頭を下げる。
いろはは唖然。
「何匹どころじゃねーっ!!?」
怒鳴りながらも葉菜は、即効で“大技”を使い、使い魔達を吹き飛ばすのだった。
☆
――――10分後。
場所は戻り、皆木植木店の庭。
「あれ?」
葉菜の父親が目を覚ますと、視界が橙色に染まっていた。
むくりと、身体を起こす。
周囲を見渡すと、見慣れた風景が広がっていた。
いつの間にか自分は、庭で寝転がっていたらしい。それも大分長い時間を。
その証拠に、夕陽は既に沈みかかっていた。
「父さん、だいじょうぶ?」
視界の横からひょこっと顔が現れる。覗き込む様に見つめてきたのは、自分の娘だ。
「おお、葉菜か。俺は一体……」
「倒れてたんだよ。どーせ水も飲まずに働いて脱水にでもなったんでしょ?」
「そういや、昼飯の時に茶を一杯飲んだくらいだったな」
「全く、社長がこんなに情けなくてどうすんのさ? しっかりしてよ」
彼は立ち上がると、葉菜に頭を下げる。
「ああ、悪いな。ちょっと戻って一休みしてくらあ」
彼はそういうと、疲れが残っているのか、よたよたとした足取りで自宅に戻っていった。
「ふぅー」
彼が見えなくなると、葉菜が大きく息を吐く。
家族を無事に救出できたので、緊張が解けたのだろう――――と、いろははそう思って、
「良かったね、葉ちゃん」
声を掛けたのが間違いだった。
「……!!」
刹那――――葉菜が血走った眼を、ギロリといろはに向けた。
「良い訳ねえだろぉい!!」
「え"っ!?」
地響きするような怒号に、いろはがギョッとたじろぐ。
「いーろーはーおーまーえーはー!!」
「ひぃっ!!」
ジリジリ詰め寄ってくる葉菜の形相はまさに鬼。いろはが悲鳴を挙げて後ずさるのも無理は無い。
「どういうことか説明しろぉい!!」
葉菜は腰を低くすると、思いっきりいろはにタックル!!
ズドンッ!! と大砲を撃った様な音が響いた時には、二人はごろごろと地面を転がっていた。
「ぐえええっ」
その光景、正に地獄車!!
腹部に生じた強い衝撃と高速の回転力で、胃の中の全てを撒き散らしそうになるが、必死に耐える。
「よ、葉ちゃん、ちょっと待って……!」
地獄車は数メートル先で、ピタリと止まった。
偶然にも葉菜がいろはに馬乗りしたような態勢になる。
苦笑いを浮かべながら、説明しようとするが、目先の少女は烈火の様な瞳を向けてくる。
「心配掛けさせやがって!! いきなり『小さいキュゥべえが私の大事な記憶を知ってるかも』とか言い出した時は『ハア?』って思ったけど、神浜に行ったら行ったで七海やちよに勝ったなんてことになってるし、お前のお父さんお母さんはいきなりいなくなってるし、昨日はお前学校休んだらしーし、かと思ったら夜に『神浜市に住む』なんてメール送ってくるしで、一体何がどーなってんだよ!? 一から十まではっきり教えろおおおおい!!」
「げっ! ぐっ! がっ」
胸倉を掴んで思いっきり揺すられた。同時に後頭部を地面に何度も打ち付ける。
ガンガン当たって痛い。
(でも……)
心配かけさせて、と言ってくれたのは素直に嬉しかった。
そして、私の為に本気で感情をぶつけてくれるのも、また嬉しい。
―――――胸倉掴んでぶんぶん揺するのは勘弁してほしいが……仕方ない。怒らせたのは、全部自分なのだから。
彼女は、自分とは違う中学校に通っている。住む町だって違う。
性格も正反対だ。竹を割った様に明るくて、人見知りも物怖じもしない。スポーツも勉強もそこそここなせるし、面倒見が良いから友達も多い。……あと、ちょっと悔しいが、彼氏もいる。
自分とは正に凸凹。
普通だったら、決して合うことのない人間。だって、見てる世界が違うんだから。
でも……
「……葉ちゃん、泣いてる?」
雫がぽたぽたと頬に落ちてきて、呆然と目を見開いた。
「泣いてねーよ」
と、言いつつも葉菜の瞳はぐしょぐしょに濡れていた。
「だって、涙が」
「ああもう!! くそっ!!」
葉菜はいろはから降りると、両目を腕でごしごしと拭った。
「だって寂し―じゃねーかよっ!!」
背中を向けてそう叫ぶ葉菜の声は、震えていた。
泣いている顔を見せたくないという彼女なりの優しさだろう。
「ずっとこの街で三人でやっていけるって思ってたのに……いきなりお前だけ抜けるなんてさあ!」
「……ご、ごめん」
「謝るなよバカ。自分の心配してくれ」
「自分の……?」
「みんないろっちのこと心配してたんだよー」
ひょこっと顔を割り込ませると、累はそう言った。
「いろっち真面目だからさー。お父さんとお母さんがいなくなったの。多分自分のせいみたいに思っちゃうんじゃないかなーって」
「それは……」
いろはが顔を俯かせる。累の勘はやはり鋭い。
両親が大企業に連れ去られた原因ははっきり言って分からない。
しかし、いつも見ている不思議な夢といい、ういの“あの言葉”といい、どうしても自分が密接に関わっていると思ってならなかった。
「でもさっ」
目を赤く腫らしながらも、調子を取り戻した葉菜が、笑顔でいろはの肩を叩く。
「あたし、安心したよっ!」
「えっ?」
「お前が『くそっ』とか『ちくしょお』って言ってるの聞いてさっ!」
「あっ」
いろは、顔が紅潮。すかさず累が横やりを入れてくる。
「なになにいろっちー。そんなこと言ったーん?」
意外だねービックリだねーと累は物珍しそうにいろはの顔を見つめて、ニヤニヤ笑いだす。
「いや、えっと、その」
慌てて手を振って否定しようとするが、隣に証人が立っているので無駄だった。
「『ふざけんなよ』って……『死んでたまるか』って叫んでさ……。ああ、こいつはまだやる気なんだって」
「葉ちゃん……!」
葉菜の言葉が胸に突き刺さった。
――――そうだ。自分は“終わり”を拒んだ。
何もかも失って、絶望のどん底に叩き落されて、もう死んでも良かったのに……命の危機が目の前に迫った時、自分の口は勝手に叫んだ。必死に抵抗した。
「あたし、嬉しかったよ。いろはが抱え込んで変な気を起こさなくって。ああいうことが腹の底から言える奴だって分かって、本当に安心したんだよ! だから、絶対に助けなきゃって思えたんだ!」
「葉ちゃん……!」
大きく見開かれた瞳には、涙が浮かんでいた。
「累さんも嬉しかったよー。いろっちが貫いてくれる子でー」
ああ累さん! あたし今良い事言ったのにぃ! ――――と葉菜が喚くが、累は気にせずそう言った。
「……えっ?」
いろはが呆気に取られて、累を見つめる。
何を言っているんだろうか、本気で疑問だった。
だって、自分には、二人の様な強みは無い。ただ独りぼっちが嫌だから、二人に付いてきていただけで……。
今の戦いにしたって、二人がいなかったら、自分は死んでいた。
「私には、貫いてるものなんて何も……」
ボソッと呟いた言葉を、累は快笑一閃で切り捨てた。
「ニャッハハ! まーたいろっちはそういうこと言っちゃってさー! 分かってんだよー? 私と葉ちゃんはー? ねえ?」
「うんっ! だからあたし、いろはが好きなんだっ!」
「えっ」
呆然となる。
二人が知ってる自分の強みって、何なんだろう。
「だっていろっちってさー、
「……!!」
夕陽を受けた二人の笑顔が、眩しかった。
眩しすぎて、目が痛くなって、視界が震えた。
――――だけど、もう一歩、進んでいけるような気がした。
◎おまけ
――――場所は変わり、三人は駅前にある廃ビルの一室にいた。
入り口に【談話室】と表記されたその部屋には、少し剥がれているが革製の大きなソファと、テーブルに絨毯。仮眠できるような簡益ベッドが置かれている。
元々、累が学校からサボる際、周囲の眼から逃げ隠れするために、ここを【秘密基地】として改造したのだという。
葉菜が加わり、いろはが加わってからは、自然と彼女達・魔法少女チームの集合場所兼作戦会議場になっていた。
「ところで八重さんって?」
累が道中、自動販売機で買ってくれたホットココアを啜りながら、いろはが尋ねる。
「ああ、八重さんっていうのは、八重いずもさんのことだよ」
「??」
葉菜の答えにいろはが首を傾げる。
名前のニュアンスが何処となく、「八雲みたま」さんに似ている気がするが……。
「あれ。知らないのか? 神浜市の調整課の人だぞ」
「そうなの?」
「なんでもねー、魔導管理局と事務局の無い地方にわざわざ出向いて調整しにきてるんだってー! いやーほんと熱心だよねー」
「あんたは少し見習え」
「アハハ……」
高校生にも関わらずタバコをスッパスッパ吸いながら、ニャハハと笑って累が言う。
葉菜がジト目でツッコみ、いろはが苦笑いを浮かべるのが三人のいつもの様子だった。
※前回・今回登場したオリジナル魔法少女の紹介です。
【名前】皆木葉菜(みなき はな)
【年齢】15歳
【出身】宝崎市
【固有武器】手甲
【固有魔法】超聴力
宝崎市に住む、いろはと同郷の魔法少女。いろは、後述の累とは同じチームを組んでいる。
相性は葉(よう)ちゃん。
これは、名前が周囲に『はな』とあまり呼ばれず、『ような』と間違われる事が多かった為。
父親は、【皆木植木店】の社長。姉弟は、姉が一人で、下に弟が二人と、末に妹が一人の大家族。
性格は明るくて竹を割ったような性格であり、言いたいことははっきり伝えるタイプ。人見知りをしないため、男女問わず友人が多い。
運動が好きであり、体つきはスレンダーで筋肉質。加えて言動も男勝りであり、容姿と相俟って少年と間違われることもしばしば。
……が、意外にも彼氏がいる。
(ただし、本人の理想が高すぎる為、あまり長続きはせず、何度も付き合っては別れてを繰り返している)
あらゆる意味でいろはとは正反対だが、凸凹が上手くハマり、良好な関係を築いている。
魔法少女としては、機転が利くため、専ら参謀役として作戦指揮を押し付けられている。
家業の手伝いに加えて、弟達の面倒を見ている為か、真面目な性格であり、累の自堕落ぶりが許容できずついつい怒鳴り散らしてしまうことも。(累は気にしない)
固有武器は【手甲】であり、手を翳すと見えない超音波を放って、広範囲の相手を吹き飛ばす。
(いろはのクロスボウと比較すると殺傷力は低く、使い魔の体躯が大きい場合は仕留めきれずに、気絶させる程度)
固有魔法の【超聴力】は例え10km離れていようが、どんな微細な音でも、聞き分けることができる。
ただし、本人は目の前に意識が集中しやすい為、落ち着いた状況で無い限り、聞き落してしまうことが多い。
【名前】宮内 累(くない るい)
【年齢】18歳
【出身】宝崎市
【固有武器】ステッキ
【固有魔法】逃げ足
【容姿イメージ】↓
【挿絵表示】
宝崎市に住む、いろはと同郷の魔法少女。いろは、前述の葉菜とは同じチームを組んでいて、リーダーを務めている。
相性は累さん。
性格は超テキトーの自堕落な性格で、真面目ないろは・葉菜とは対極にある。
どのくらいテキトーかと言うと、約束をすっぽかしてパチンコやゲームセンターに行ってたり、寝坊して待ち時間に遅刻するなど当たり前。
命の危険が伴う魔女結界内でも、緊張感や切迫感は愚か、リーダーとして仲間の命を預かる責任感さえ微塵も抱かず、寧ろ遊び惚けていることが多い。(しかも作戦指揮は専ら葉菜に押し付けている)
自堕落振りも相当で、未成年なのに平気で飲酒と喫煙を嗜み、秘密基地内で酔い潰れて二日酔いを理由に学校をサボることもしばしば。
勉強も出来ない(且つ通ってる高校は市内でも有名な不良校)為、テスト前は中学生のいろはと葉菜に教えてもらって、ギリギリ赤点を免れるという情けなさも露呈している。
しかし、どんな大事でも笑って許してしまう器の大きさと、人の長所を見る目は確かに有り、その二点こそがリーダーを張れる理由である。
固有魔法の【逃げ足】は、本文中でも記述した通り、魔法少女に変身した累が、相手を見て「勝てない」「負ける」と思うと、自動的に発動する。
そのスピードは、獲物を見つけたチーターも真っ青になるレベル、らしい。
なお、逃走中に、「勝てる」と思うと自動的に解除される。