魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #05 頂きに立つ者

 

 

 

 

 

 

 

 視界が、濃紫に覆われた。

 それは、やちよと横たわる自分の間に、誰かが割って入ったことを意味していた。

 

「確かに、わっちの仕事ではないですな」

 

 「わっち」という一人称、「ですな」という語尾。声色のみならず特徴的な口調も強く印象に残っていた。

 痛みを堪えつつ両手で体を起こして、全体像を確認。

 分厚いローブを深く羽織ったその姿は、魔法少女というよりは、西洋の占い師か、呪術師さながらの風貌だった。

 眺めていると、美代は右手を振り上げる。一瞬、その動作の意図が分からなかったが、指先で摘まれているものを見て、ハッとなった。

 

 ――――縦長の『紙』だ。いや、彼女の風貌からすると、『護符』と呼ぶべきだろうか?

 

 考えている内に、やちよは美代に肉薄。「危ない」といろはが声を挙げようとした瞬間だった。

 

「っ!!」

 

 美代が勢いよく護符を足元に叩きつけると、同時に白い煙幕が噴散!

 攻撃を加えようと、足を踏み込んでいたやちよがたじろいで、バランスを崩した。後ずさりながら、腕で両目を覆う。

 

『ですが、折角治療した患者が、間を置かずに傷つくのを、黙って見ている訳には参りませぬ』

 

 両目を解放すると、視界が白一色に染め上げられていた。そして、目の前に居たはずの美代といろはの姿が見当たらない。

 白煙には魔力が込められているのか、四方八方に魔力が感じられてしまって、感知能力が上手く働かない。

 しかし――――美代の声はしっかりと、やちよの耳に届いていた!

 やちよは、声が聞こえた方向へ振り向くと、槍を真っ直ぐに構えて、突進。魔力を帯びて輝く先端によって、煙が払われていく。

 

「……!」

 

 声の発進源に辿り着いた瞬間、目を見開くやちよ。

 美代の姿はそこには無かった。代わりにあったのは、一枚の『護符』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、美代といろははというと……

 

「大丈夫ですかな?」

 

「は、はい……」

 

 やちよから5m程距離を置いた場所に居た。小さな背にいろはを背負いながら、自身の魔法によって発生させた白煙を遠巻きに眺めている。

 

「ありがとうございます、美……朝香さん。二度も助けてくださって……」

 

「美代でいいですな」

 

「でも、どうしてまた市役所に?」

 

 問いかけると、美代は切れ長の瞳を僅かに細めた。

 彼女は巨大な宗匠頭巾に似た被り物を深く被っており、ローブの襟は長くネックウォーマーの様に口元を覆っている為、顔の中で感情が伺えるのは両目だけになる。

 

「お恥ずかしながら、忘れ物をしてしまいましてな……」

 

 僅かに黒目が泳いだ様に見えた。

 彼女が忘れ物に気付いたのは10分前の事だ。

 慌てて市役所に戻ってきたら、屋上の方で魔力同士がぶつかり合う反応を感知。

 何事か、と思い急いで駆け上がってきたら――――愕然とした。

 

 ――――この少女は、七海やちよを怒らせる真似を仕出かしたらしい。ある意味、大物だ。

 

「とにかく、話している暇はありますまい。わっちの魔法で七海くんを引きつけている間にここから逃げ」

「待って下さい!」

 

 よう、と言おうとしたが、いろはの声に遮られた。

 

「あの小さなキュゥべえも……!」

 

「……!」

 

 いろはの目線は、少し離れた位置で未だ、モキュッ、モキュッ、と袋の中でもがいている小さなキュゥべえに向けられていた。

 なるほど、あれが原因か――――と、美代は確信すると、護符を一枚取り出して、口元に当てて何かを呟きだした。

 

「??」

 

 背中でキョトンとするいろは。

 美代は護符に向けてボソボソ言いながら、小さなキュゥべえの元へと歩み寄っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――同じ頃、やちよは、美代が置いたと思しき護符と向き合っていた。

 

『きみと直接やり合うつもりはありませぬ』

 

 護符には、行書体で「声」とだけ書かれており、美代の声が聞こえてきた。恐らくこれはトランシーバーの様なものか。いろはと美代はどこかに隠れているに違いない。

 その事を理解できれば、この符は即刻無視して二人を追従すべきだろう。

 ――――しかし、やちよは、あえてそうしなかった。

 美代は仕事柄、争いを毛嫌いする性格なのは、良く理解している。よって、話し合いで穏便に解決したいという想いが、この魔法に込められていた。

 

『ただ、この子を攻撃する理由を教えて欲しいですな』

 

 尋ねる声には疑惑の色が混じっていた。

 治安維持部の長たるもの、街に住む魔法少女の意見を無碍にする訳にはいかない。自分と対峙する者でもだ。

 よって、真正面から応える事に決めた。

 

「この子は、“小さなキュゥべえ”の事を追っていたわ」

 

 やちよは、護符をじっと見下ろしながら返答。

 

『見たら、気になるのはしょうがないですな』

 

「でも、『自分の記憶と関わっている』とも聞いた……。何か深い因果関係があるに違いないわ」

 

 やちよの目が鋭くなる。

 同時に、槍を握りしめる手にもギュウ、と力が込められた。

 キュゥべえの幼体化は、神浜市内のみ(・・・・・・)で発生している怪奇現象――――つまり、

 

「小さなキュゥべえと触れあえば……環いろはは、神浜の事情に関わっていくことになる」

 

『だから、実力行使で撮み出そう、という訳ですかな……』

 

「ええ、貴女には分からないでしょうけど……魔法少女同士だと、それしかないのよ」

 

 そう断言すると、護符からハア、と聞こえる。恐らく溜息でも付いたのだろう。

 

『……まだ、あの件(・・・)を引いているみたいですな』 

 

 あの件――――一拍置かれて、呟かれた言葉の中に混じっていたそれに、やちよの感情が微かに波立つ。

 能面に初めて感情が表現された。苦々しそうに下唇をクッと甘噛する。

 

「私は、同じ誤ちを繰り返したくないし、同じ思いを誰にもさせたくない」

 

『気持ちは分かりますが……だとしても、もっと別のやり方がある筈ですな。市内での魔法少女同士の争いは条例で禁止されている筈。この一件が露呈すれば、きみの立場が危うくなりますな』

 

 『調整』を受けている為、同族で争ったとしても、一般市民や建造物が被害を受けることは無い。

 だが、魔法少女の戦いは一言で表せば、『派手』だ。

 始まれば、たちまち人集りが作られ、見世物と勘違いされて盛況を呼び、金銭が投げ込まれるケースも多々ある。

 (事実、一部の地域ではハブとマングースの戦いの様に、ショーの一環として公開されている)

 

 とはいえ、魔法少女は、プロレスラーでは無い。

 本来は青春、学業、恋愛に専念すべき女の子が争うなど――――更にその光景を観て楽しむなど言語道断。

 よって、神浜市内での魔法少女の戦いは、『人倫に反している = 治安の悪化を招く』と判断され、一切禁止とされている。

 しかし――――

 

「治安維持部では『チームリーダー』以上の役職を持つ魔法少女のみに忖度された権限があるわ。『市外から訪れた魔法少女が不穏分子及び市内の治安を害する意図の持ち主と疑われる場合、武力を行使して問い質しても構わない』、と」

 

『それは職権乱用というんですな!』

 

 やちよのいい草に、我慢できなくなったのか、護符の声が叱りつける様に大きくなる。

 

「これ以上、貴女と話しても無駄のようね」

 

 美代との会話が平行線を辿ると判断したやちよ。

 左足を半歩引くと、それを軸にして一瞬で後ろを振り向く。その際に生じた遠心力を用いて勢いよく、右腕を振るった。

 ――――ヒュンッ、と音を立てて、槍が手から放れる。

 まるで、プロ野球選手が放つ豪速球の様に、一直線に飛翔して、先端で白煙を払っていく。

 

「あっ」

 

 やがて、ガスッと音を立てて、床に突き刺さった。

 同時に、素っ頓狂な声が聞こえてきて、凝視するやちよ。

 状況がはっきりと伺えた。

 いろはを背負った美代が、袋詰のキュゥべえをコッソリ拾おうとして……真横から飛んできたやちよの槍に遮られた。

 ギョッと目を丸くして、硬直。

 

「あなたの様に戦闘力が乏しい魔法少女が考えることなんて、見え透いているわ」

 

 離れた場所からやちよの高らかな声が響く。

 苦々しさを目元に浮かべる美代。

 

「くぬっ、行けそうな気がしたのですがな……っ!! やむを得ん! 撤退っ!!」

 

 叫ぶと、右手を大きく振り上げて符を地面に叩きつけようとする。

 瞬間――――やちよは目を凝らした。書かれている文字が「煙」と確認した彼女の動きは、

 

「なっ!?」

 

 正に光の如き迅速! 僅か一瞬の内に肉薄された。

 人形の様な相貌が視界一杯に映り込んで、美代が呆気に取られる。

 刹那――――やちよの裏拳!

 右手首に鈍い衝撃が走り、美代の顔が歪んだ。指先の力が抜けて、呪符が離れていく。

 

「ああっ」

 

「遅いわ」

 

 風に乗ってヒラヒラと飛んでいくそれに目を奪われた直後、やちよの鋭い声が耳を貫く。

 

「公務執行妨害よ。覚悟なさい」

 

 既に槍を拾い上げたやちよが、柄の部分を美代の頭上に振り下ろす!

 

「ひぃっ!」

 

 やられる――――!!

 そう思った美代の目に涙が浮かぶ。迫りくる痛みに備えるべく目をギュウッと瞑った。

 

 

 

 

 

 

「Wait!!!」

 

 

 この場の三人からは決して出る筈の無い低い声が、雷が落ちた衝撃の如く響いた。

 

 ――――パシッと音がして、棒が止まる。

 

 

「Waitよ、やっちゃん」

 

 

 同時に聞こえてきたのは、艶やかな野太い男の声。

 新たな闖入者を目の当たりにした3人は、先の雷音の発生源は彼だったのか、と即座に理解し、ハッとなる。

 一斉に、視線が注がれた。

 彼は急いで飛び込んできたのか、息をぜぇぜぇ、と切らしながら、伸ばした右手でやちよの槍を掴んでいた。

 その光景に、美代におぶさっているいろはが呆然となる。

 一般人の彼が、堂々と魔法少女の戦いに割って入っただけでなく、更に、やちよの攻撃を止めるとは。

 

「ピーターさん……!」

 

「何も知らない子に、力で現実を教える……貴女はお婆様と市長からそう教わったのかしら?」

 

 只者で無いと思った矢先に、会話が開始された。

 戦意を削がれたのか、やちよは槍をゆっくりと戻すと、口を開く。

 彼女の顔は相変わらず人形の様に能面だが、言葉からは彼に対する忌々しさが滲み出ていた。

 

「貴女がこの子に“意図的に”現実を教えなかったからよ」

 

 やちよの発言に、ピーターの眉が困った様に八の字になった。

 彼の視界の中で、美代の肩からひょっこり顔を出しているいろはの顔が、険しくなっていく。

 

「あの……騙したんですか? 私のこと……?」

 

 刺す様な視線を突き付けられて、彼はムッと口をへの字に結ぶと、顔を俯かせて頭を掻き始めた。

 

「……美代さん、今の内にその子の治療を」

 

「合点承知ですな!」

 

 顔を複雑に歪めたピーターはいろはの質問には答えず美代にそう促す。

 美代は力強く首を縦に振ると、いろはを床に下して、治療を開始した。

 

「だから、私が教えることにしたのよ」

 

 一方、先のピーターの仕草を図星と捉えたやちよは、更に、冷徹に告げた。

 

「随分ひどいやり方ね……。いつの間に、そんな血気盛んになったの?」

 

 美代から治癒魔法を受けるいろはの痛々しい姿を横目でチラリと確認すると、ピーターは反論。

 しかし、やちよは口撃を止めない。

 

「自分は酷くないとでも? やり方の違いはあれど、非道さの度合いなら貴女も変わりはない筈よ」

 

「そうね……。確かに私は狡い大人よ」

 

 ピーターの顔が僅かに歪む。

 

あの時(・・・)だって……やっちゃんを支えてあげられなかった」

 

「!!」

 

 複雑さを孕んだ表情とは対極的に穏やかな口調で囁かれた言葉――――やちよの脳裏に急激に嫌なものが沸き上がる。

 再び、下唇をクッと噛むと、表情に怒りを含ませた。

 

「あの時の貴女と同じ思いを、誰にもさせるもんですか!って、誓っていながら……結局、繰り返そうとしている……。全く、どうしようもないわね」

 

「やめて……!」

 

 自嘲気味にフッと笑みを浮かべる彼を、やちよが鋭く睨みつける。

 肉体の傷を治癒魔法で治し、ソウルジェムの穢れをグリーフシードで吸い取ってもらいながら、いろはは二人の様子を眺めていた。

 ふと、今のやちよの細められた瞳が気になり、凝視すると――――呆気に取られた。

 先刻、自分に襲い掛かる前に見せた、あの絶対零度とは、まるで違う。明らかに熱が籠っていた。

 怒りか、悔しさに似た感情が、深海の様な瞳の奥底で瞬いている様に、いろはには見えた。

 

「いろはちゃん……ごめんなさいね」

 

「?!」

 

 直後、ピーターがいろはの方に体を向けてペコリと謝ってきた。いろはは目を丸くする。

 

「貴女を利用しようって思ったのは確かよ。正直に謝るわ」

 

 深々と頭を下げるピーター。しかし、

 

「どういう、つもりだったんですか……?」

 

 納得できない。

 あんなに優しくしてくれて、純粋な色の瞳を持っている彼が、自分を騙したなんて信じたく無かった。

 何か理由がある筈だ――――困惑が頭の中をグルグルと掻きまわして、気持ち悪かったが、いろはは何とか堪えつつ、体を起こして立ち上がる。

 細められた桃色の瞳に精一杯の疑惑の念を込めて、ピーターを捉えた。

 彼は観念したかの様に、顔を俯かせて、ふぅ~、と嘆息。

 

「やっちゃんと同じよ。私も、貴方が小さなキュゥべえと深い因果関係があると見たの。怪奇現象を暴けるって思って……。けどね……」

 

 ピーターはそこで、一泊間を置くと、隣立つやちよを横目でチラリと見た。

 

その為(・・・)のやっちゃんだったのよ」

 

「え?」

 

 いろはは、再び呆気に取られると目を丸くして、やちよを見つめた。

 彼女はいろはには振り向かず、ピーターの顔を睨み据えたままだ。

 

「要請したのよ。いろはちゃんに『協力してあげて』って……。いやに素直に承諾してくれたから、違和感があったけど……まさか、こんなことになるなんてねえ……」

 

 ピーターは、申し訳なさそうに、後頭部を掻き始めた。

 

「っ!!」

 

 いろはは、彼の言いたいことが理解できた。

 

 ――――つまり、こういうことだ。

 ピーターは自分に協力してもらうべく出張中のやちよに連絡して、わざわざ呼び寄せてくれたのだ。

 そう思うと、彼を疑ってしまったことが、申し訳なく感じる。後悔の念が押し寄せる。

 だが、やちよの思惑は、その時点で彼とすれ違っていたのだろうか。

 

「ピーターさん、私はこの子の為を思って行動したまでです」

 

 やちよは腕を組んでひややかに告げると、いろはの方へと首を向けた。

 途端、凍り付かせる様な冷眼を浮かべて、静かに告げる。

 

 

「環いろは、貴方の実力、試させてもらったわ」

 

 

 ――――当たりだ。

 やちよは、ピーターの要請通りに動く気はさらさら無かった。

 自分に『仮登録』を施し、屋上で暴力を振るった一連の不可解な行動……その全ては魔法少女としての(・・・・・・・・)自分の実力を試す為だったのだと、彼女の言葉を受けて、初めて理解した。

 

「……っ!!」

 

 とは言え、神浜の『英雄』と呼ばれし魔法少女が、狡猾極まる手段で自分を陥れたという衝撃は、計り知れない。

 ショックを受けたいろはは、悔しさも、怒りも顔に表現する事が出来ず、ただ蒼褪めていた。

 

「手が早い女は年取ってから孤立するわよ。暴力なら尚更ね」

 

 一切、悪びれる様子も無いやちよの言い方に、流石に不満を感じた様だ。ピーターは顔を彼女に戻すと、ピシャリと語気を強めて叱る。

 だが、やちよは、ふん、と鼻を鳴らして一蹴した。

 

「はっきり分かりました。この子には、神浜市で生きていく実力はありません」

 

 そう言いながら、やちよは、袋詰めの小さなキュゥべえに歩み寄ると、拾い上げた。

 普通の動物ならとっくに窒息死するであろう時間を、密封された袋の中で過ごしている筈だが、苦しむ様子は見られない。

 寧ろ、未だ元気そうに「モキュッ、モキュッ!」ともがいている。

 キュゥべえという種族が特殊なのか、それともこの小さなキュゥべえだけが特殊なのか――――?

 

 いろはがそう考えている間に、二人の会話は続いた。 

 

「だから、それを渡せないって?」

 

「ええ」

 

「そんな……」

 

 いろはの顔に浮かぶ青筋が更に濃くなる。『絶望』の二文字が、顔全体を埋め尽くした。

 しかし、

 

(冗談じゃない――――!!)

 

 対照的に、頭の中には猛烈に悔しさと怒りが噴きあがってきた!

 いろはは、クッと歯噛みすると、じっとやちよを睨みつける!

 

「わたしはただ……欠けていた記憶を取り戻したいだけなんです……!」

 

 やちよが怜悧な瞳と感情を落とした能面を向けてくるが、いろはは真正面から立ち向かう。

 

「その子に触ったら、すぐに帰ります……!」

 

 元々は、その為だけに此処に訪れたのだ。

 道中、様々なアクシデントに見舞われ、想像を絶する苦労をしたが――――その甲斐もあって、ようやく目的の物の前まで辿り着くことができた。

 ここで引き下がれば、今日の苦労は全て水の泡だ。それだけは、絶対にしたく無い!

 

「その『欠けていた記憶』が神浜市(ここ)と深く関わっているのかもしれないわね」

 

神浜市(ここ)に来たのは今日が初めてです!」

 

「じゃあ何故、この“小さなキュゥべえ”が気になるのかしら?」

 

「それは……!」

 

 そう言われていろはは押し黙ってしまう。

 特に理由は無い(・・・・・・・)。“触れれば記憶が戻る”という確信めいたものを感じただけ。

 

「分からなければ尚更ね。貴女がこの街に縛り付けられてしまう可能性がある。危険に晒したくないのよ」

 

「でも、折角ここまで来たんです……!」

 

「死ぬ可能性だってあるわ。だから……さっさと帰りなさい」

 

「帰りません……っ!」

 

「貴女……っ!」

 

 やちよの瞳が、熱を帯びてくる。沸々と湧いてくるものに冷徹さを保てなくなったのか、顔がムッと苛立たしさを孕み始めた。

 対するいろはも、やちよの顔を捉えて離さない。

 

「……参ったわぁ~。完っ全に平行線ねぇ~……」

 

 ピーターはハア~、と溜息を吐くと、頭を両手で抱える。

 

「いやはや、七海くんと真正面から立ち向かうとは……やはり、あのいろはくんとやらは中々剛の者のようですな」

 

 やちよは、『英雄』という呼称が示す通り、神浜市内の魔法少女中でも最強の実力の持ち主と謂われている。

 彼女に打ちのめされたばかりだというのに、一歩も引き下がらないいろはの姿に、美代は感心。パチパチと静かに手を叩いて、賞賛を送った。

 ……大人二人が説得しても考えを変えないやちよも、相当なものだが。

 

「……言ってる場合?」

 

 ジト目で、美代を睨みつけるピーター。

 そこで、美代は何か意を決した様な熱を瞳に浮かべると、テクテクと歩き出した。

 未だ空中で火花を散らす二人の頑固者の間に、割って入る。

 

「七海くん、いろはくん。僭越ながら、わっちから一つ提案が有りますな」

 

 両手を広げて、二人を納めると、美代は更に続ける。。

 

 

「『ゲーム』をするのは如何でしょう?」

 

 

「「「『ゲーム』???」」」

 

 まさかの申し出に、先ほどまで真剣な顔をしていた三人が、一斉にポカンと間の抜けた表情になってしまう。

 

「武器を取って争うのでなく、何か違うことで勝負をするのですな」

 

 ――――もし、やちよが勝てば、いろはには今日は諦めて自分の町へ帰ってもらう。

 いろはが勝てば、小さなキュゥべえに触らせてもらう。

 そう付け加える美代だが、やちよは納得いかない様子だ。憮然とした顔を向けてくる。

 

「美代さん、名案だとは思うけど、貴女も知っての通り、この子は……」

 

「それを言うのでしたら、わっちも非力な女ですが、此処で長らく過ごしているのですな。調整課の八雲くんだって」

 

「……神浜で求められる強さは力だけじゃない。時に他人を利用する様な狡賢さも必要なのよ」

 

「それを見定める為の『ゲーム』なのですな、七海くん」

 

 美代の言葉に、渋面を浮かべて、僅かに顔を俯かせるやちよ。

 

「わかった。良いでしょう」

 

 だが、やがて意を決したのか、顔を上げた。相変わらずの能面だが、張り出した声には絶対の自信が伺えた。

 

「あの、ゲームの内容は……?」

 

 対するいろはは、どこかソワソワとしてて落ち着かない様子だ。

 彼女自身、得意なことは料理以外に、特に無い。

 ましてや相手はあの七海やちよだ。不安にならない方がおかしい。

 

「それは私にやらせて」

 

 ピーターが挙手する。

 そこでいろはは初めて彼が背中に迷彩柄のリュックサックを背負っていることに気が付いた。

 彼はそれを両肩から外して床に下すと、ジッパーを開けて、中に手を入れる。

 上部にプロペラを付けた4本足の、ヘリコプターに似た形の、小型の機械を取り出した。

 

「それは?」

 

「『ドローン』よ」

 

 初めて見るロボットの様なそれに、いろはが怪訝な表情で尋ねると、ピーターは即答。

 

((…………))

 

 ――――何でそんなものを持ってるんだ、というツッコミはこの際野暮なので、やちよと美代はあえてしなかった。

 彼は、ポケットからスマホを取り出すと、軽快な指使いで操作する。

 

「あっ」

 

 すると、いろはが思わず口を開けてしまう光景が目に映った。

 『ドローン』とピーターが呼んだロボットのプロペラがブンブンと音を立てて旋回すると―――ー青空に向かって高く飛翔した。

 

「こいつを神浜町内のどこかに着地させるわ。先に見つけた方が勝ちよ」

 

 なるほど、それなら自分にも、できそうだ。

 そう思ったいろはは、安心と同時に、絶対見つけてみせるっ!と心の中で意気込んで、真剣な表情を浮かべた。

 

「でも、環さんにはハンデが必要ね」

 

 鼻息を荒くするいろはに、やちよが横目を向ける。

 

「ハンデ?」

 

「今日初めて街に来た貴女が、地理や住民について詳しい筈が無い。あなた一人だけだと勝負にならないわ」

 

 ――――あ、そうか。それじゃあ先の二の舞じゃないか。

 いろはの心に再び暗雲が立ち込めるが、

 

「ならば、わっちがいろはくんとペアになりましょう」

 

「!!」

 

 すぐに陽が刺し込み、顔がパアッと明るくなる。

 美代が、いろはの隣に立って、そう名乗り出てくれた。

 

「それで、よろしいですかな? 七海くん」

 

「ええ、いいわ」

 

 やちよは了承。そして彼女はいろはに確認。

 

「環さんも、いい?」

 

「大丈夫です。ありがとうございます。美代さん」

 

 いろはも了承すると、美代にペコリと礼儀正しくお辞儀した。

 

「存分に御身を扱いなされ」

 

 美代は、目を閉じて、僅かに会釈する。

 そして、魔法少女三人は顔を空に向かって見上げた。

 既にドローンは遥か彼方まで飛ばされており、空の青に溶け込んでしまって、見えなくなっている。

 やがて彼女達は、屋上の中心に集合すると――――綺麗に横に並んだ。

 

「では、ピーターさん、合図を」

 

「わかったわ」

 

 やちよの声を受けると、ピーターは両手を広げる。

 

「いちについて~~~~」

 

 三人の魔法少女が表情を険しくすると、クラウチングスタートの姿勢をとる。

 

 

「よ~~~~い、ドン!!!」

 

 

 その合図で、計六つの足が同時に発射!!

 豪速で駆け出した三人は、やがて屋上に端に辿り着くと、飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 ――――市役所の各階で業務に従事する職員の一部が、偶然窓から見えた、3つの少女の姿をした落下物に、腰を抜かしそうになったのは、言うまでもない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 やちよさん回、その2です。
 次回当たりでオチを着けて、ひとばなし入れてから、鶴乃加入回に移行しようかなと、考えてます。






※オリジナル魔法少女紹介

『 朝香 美代 』(あさか みよ)

  【住所】神浜市神浜町中央区
  【職業】看護師
  【年齢】23歳
  【肩書】魔法少女(魔法少女専門の訪問医療)
 【願い事】ーーー
【固有魔法】紙(護符)に魔力を付与させる。
【イメージ】
【挿絵表示】


【概要】
 市役所付近で、仕事を営んでいる魔法少女。内容は、訪問医療というよりは救急隊に等しく、魔女との戦い等で負傷した魔法少女の下へ駆け付けては、治癒魔法を施したり、グリーフシードでソウルジェムの穢れを吸い取るなどして救助している。
 「わっち」という一人称、「ですな」という口癖、更に訛りが強く古風めいた口調から『変人』と思われがちだが、実の所、これらは生まれ故郷の方言が原因であり、彼女自身は至って真面目で穏やかな性格である。
 職業柄、争いごとは好まず、魔女とも滅多に戦わない。その為、魔法少女歴はベテランであるにも関わらず、戦闘力は低い。


 彼女のビジュアルは「ハクメイとミコチ」という作品の「セン」というキャラクターをイメージして頂ければ幸いです。

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