魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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1万字超えてます。


 ※オリキャラ登場します。
 ※「この素晴らしい世界に祝福を!」より一部クロスオーバーします。

 ※2023/11/28 読みやすさ重視の為、一部文章を変更or添削しております。
 なお、ストーリーには何も支障はございません。


FILE #47 女神と爆裂と古町と鬼と(※クロスオーバー有ります)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――2年前。

 

 

  ――――という訳で後日、休日を返上して、やちよは二木市に向かうことになった。

 視察、とは言っても恰好は私服だし、案内役が宿泊場所も用意してくれたとのことなので、一泊二日分の衣類を詰めた旅行用バッグを持参している。

 完全に観光気分だ。

 この辺りは、青佐にうまく言いくるめられた気がするが、今日に限っては悪く思わなかった。

 

 

 ――――兵庫県 二木市 虎屋町駅。

 

 

 新幹線を降りると、活気溢れる女性が手を振ってやちよの前に現れた。

 

「お待ちしておりました! 七海やちよさん」

 

「初めまして。紅間めぐみさん」

 

 出会い頭に握手を求められたので、やちよも朗らかに笑って握り返す。

 掌はじんわりと熱を帯びていて――ああ成程、噂通りの人なんだな――と納得した。

 

 彼女――――紅間(こうま)めぐみは、二木市の魔導管理局長だ。

 年齢は和泉十七夜とタメ……の筈、なので、20代後半に差し掛かってる筈だが、外見は全体的に縮こまっていて、やちよの頭一つ分は低い。黒髪のショートカットヘアと、化粧っ気の無い小顔も相俟って、中学生ぐらいの少女にしか見えない。

 

 韓国のある実験結果によれば、魔力の循環が活発な事は、血行を良くして若さを長持ちさせるらしい。

 確かに神浜市にも、都ひなのや八坂おけらといった特例が居る為、めぐみの容姿にも納得である。

 小じんまりとした臀部と胸部も未だ成長途上に見える。

 

「お噂はかねがね聞き及んでおります。なんでも爆裂魔法の開発に成功して、災害クラスの魔女を仕留めたとか」

 

「とんでもないですよ」

 

 謙遜とは裏腹に、めぐみはフッフン♪と得意気に無い胸を張っていた。

 

 ――――爆裂魔法とは、紅間めぐみの代名詞。

 

 彼女が開発した、一撃必殺の魔力開放術の事である。

 自分の内にある全ての魔力を一点に集中し、強大な破壊力を持つ【爆裂】を発生させる技だ。

 その威力は凄まじく、魔女だけを仕留めるにとどまらず、周囲の地形すらも変えてしまう。

 魔女の結界内で唱えれば結界そのものを破壊させ、魔法を放つ時の余りもの魔力量に、周囲の魔女をも呼び寄せることになるという。

 加えて、全ての魔力を放出しきると、体力もゴッソリ持っていかれてしばらく動けなくなってしまうのだ。

 並の魔法少女ではソウルジェムが一気に濁り、“最悪のケース”に陥る場合もある。

 

 無論、提案時は周囲の魔法少女達から机上の空論と揶揄された。

 そして、実験に成功し、立証した後も、上記の通りの破壊力と、逆にリスクを伴ってしまう事から『爆裂魔法はネタ魔法』とさえ蔑まれる始末だったが――――二カ月前に二木市上空に突如出現した災害級の魔女を撃破したことにより、その有用性が証明されたのである。

 

「アレは、魔法少女が皆一様に協力してくれたから成功したものですしね……。七海さんもご活躍の噂は届いておりますよ。『最強』と称えられし実力に比肩する者無し。つい先日も並み居るベテラン達を抑えて治安維持部長に拝命されたとか」

 

「私なんかは……まだまだ若輩者ですよ」

 

 めぐみの様な、本物の『天才』を知ると、自分はまだまだ井の中の蛙だと思ってしまう。

 自分も長年戦い抜いてきたが、災害クラスの魔女と対面したら勝てる見込みは無い。

 今後を考えたら対策を立てなくてはならないのだが、治安維持部の魔法少女達の足並みすら揃わない現状では、絵空事でしかない。

 

「他の魔法少女にはできない事を成し遂げてるんです。お互い胸を張って生きましょう」

 

 でも、誰かに認められることは素直に嬉しい。やちよはペコリと頭を下げた。

 

「ありがとうございます。それに、この度は観光案内をして頂けるとのことで……誠に恐縮です」

 

「いえいえ、私もたまたま休暇中でしたので」

 

 後で聞いた話だが、めぐみも管理局長という立場上、多忙に極まる身で休みは殆ど取れていない。

 だが、旧知の仲である青佐が、彼女の為に、管理局を管轄する市議会議員に“色々配慮して”くれたらしい。

 よって、観光案内役も彼女の頼みなら仕方なし、と快く引き受けてくれたそうだ。

 

「七海さんとご一緒なら、不遜な輩に横槍を突かれなくて済みそうですし」

 

 彼女の視線が一瞬だけ脇を向いた。

 やちよも合わせるように目を向けると、赤い両目を持った白い動物がホームの柱に隠れていくのが見える。

 ――――なるほど、確かに“不遜な輩”だ。

 

「それに……」

 

「っ!?」

 

 めぐみはじっとやちよを見つめてきた。

 彼女の視線が向かう先――――それは首より下に実る、体の一部分。

 めぐみのと酷似した、極僅かな小さな丸み。

 

「……七海さんとは良い友達になれそうです」

 

「やだエッチ」

 

 視線に気づいたやちよは頬を赤くして、無い胸を慌てて抑えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、二人は喋りながら虎屋町を遊歩していた。

 道中、めぐみは「巨乳はすべからく敵です」とか「周りの胸の大きい友達はこぞって変人ばっかりでして~~」とか、巨乳そのものがこの世から排除すべき邪悪であるという怨根の類を口やかましく捲し立てていた。

 確かに、やちよも巨乳の友人が多いので、気持ちは分かる。

 市の宣伝役として広報課に呼ばれるのが、みふゆやみたまだったりすると、ついついやましい気持ちが芽生えそうになるけど……。

 

「でも、私達のような体系は希少価値があって、一部の人達に需要があるって言いますし」

 

 何事もポジティブシンキングだ。

 

 だって、女性なら誰しもが何れは母親になる。子供ができれば必然的に胸は腫れる訳で。

 それに、異性からの視線がキツイし、年を取ったら肩こりの原因になるし、垂れたら見栄えも悪いしで、デメリットも多い訳で。

 そういうのを考えたら、貧乳の自分は幸せ者だな、なんて思ってしまう。

 見てる分にはいいけど、自分にあったらさぞ苦労してる所だろう。

 

 やちよは無い胸を撫でながらそう伝えると、めぐみの顔が般若から天使に変貌する。

 

「そうですっ! まさにその通りっ! さすがは七海さん、よくご存知でいらっしゃいます。背伸びしても無駄だとか、胸を張っても無意味だとか馬鹿にする輩に教えてやりたいですよっ」

 

 ……中々面白い人だ。単純で。

 

「それよりも、爆裂魔法のことをもっと教えて欲しいのですが」

 

 すっかり気を良くした天使の笑顔が、更に光り輝いた。

 

「興味を持って頂けたなら話は早いです!」

 

 と、言ったのを皮切りに今度は、爆裂魔法の解説を捲し立てるめぐみ。

 なんでも彼女の爆裂魔法への愛は『一日一食しか食べられない代わりに毎日爆裂魔法を撃つか、爆裂魔法を我慢する代わりに一日三食おやつグリーフシード付きどちらかを選べと言われたら喜んで一日一食で我慢する。我慢して爆裂魔法を放った後で、ちゃんとグリーフシードを回収して、残り二食とおやつを食べる』ぐらい深いそうだ。

 

「へえー、そこまで…………ってあれ?」

 

 一瞬納得しかけたが、なんか最後に余計なものが付け加えられていた気がする。

 ……多分空耳だろう。

 

「……それよりも、まずはどこに行かれるのですか?」

 

 なんかこれ以上聞いても無意味な気がしたので、話を変えることにしたやちよ。

 

「そうですね。この先にある虎屋商店街を散策しても良いのですが……まずは、大親分殿に七海さんの自由行動の許可を頂かなければ」

 

 そんな思惑にちっとも気づかない単純なめぐみは言いながら、スマホを取り出して誰かに電話した。

 

「もしもし大親分殿ですか。七海やちよの身柄は私が預かっておりますので、解放して欲しくば自由行動の許可を出しなさい。……は? 何寝ボケた事言ってるんですか? 今すぐにですよ」

 

 ……いつの間に自分は人質になったんだろうか。

 やちよは目を丸くして、いつの間にか誘拐犯となった女性を見つめる。

 やがて、二、三言、脅迫すると通話を切ってやちよに振り向いた。

 

「OKだそうです」

 

「え、マジで?」

 

 偉大なる大親分の寛容な心に感謝するしかない。

 

「マジです。その代わり、ぜひとも七海さんとお会いしたいそうです。早速お目通り願いましょう!」

 

 言うが早いが、めぐみは背中を向けてサッサと足早に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――『大親分』とは何者か。

 

 二木市の商工業組合は通称「黒鬼組」と呼ばれており、三人の『親分』がいる。

 その中で、一番偉い人物が『大親分』と呼ばれているそうだ。

 なるほど、神浜市長(青佐)の目論見が見えてきた。

 件の大親分と会い、社会勉強してこい、ということだろう。

 

 

 虎屋商店街の喧噪に入ってから真っ直ぐ、15分程早足で進んでいった二人の眼先に映ったのは、巨大な木造りの門だった。

 その背後には豪著な和製の御屋敷が建っており、さぞかし名のある富豪か、地主が住んでいることは容易に想像できる。

 

「ここが大親分の」

 

 屋敷か、とやちよが尋ねるよりも早く、めぐみは「ええ」と答えた。

 既に彼女は門の脇にあるインターホンのボタンを押していた。

 

「……っ!」

 

 これから、二木市で最も偉大なる魔法少女に会える、と思うと、急に全身が緊張で強張った。

 やちよはチラリとめぐみの方を見てみるが、表情は余裕綽綽そのものだ。

 先の電話で無礼千万な言を連発したのに、怒られたりとか門前払いを喰らう不安等は、微塵も抱いていない様子だ。

 恐らく大親分とも親しいのだろう……が、如何せんその肝の据わりっぷりには驚嘆するしかない。

 

『こちら紅晴邸でありんす。ご用件をお願いするでありんす』

 

 ピンポーン、と鳴った後に、インターホンのスピーカーから聞こえてきたのは、訛りの強い声色に加えて随分変わった語尾の女性の声だった。

 ……何だろう、神浜にも似てる人が居たような。

 

「こちら魔導管理局長のめぐみんです」

 

(めぐみん!?)

 

 聞き覚えの無い綽名をめぐみが名乗った気がしたが、空耳だろう。たぶん。

 

「分かりましたね? 分かったらさっさと入れてください」

 

『いやだから用件を言えと言ってるのでありんすよ!』

 

「名前を聞けばすぐに分かるでしょう? 全くニートは察しが悪いですね」

 

『そうでありんすな、ふーむ………………ってちっともわからんでありんすよ! あと、ニートじゃないし! 警備も立派な仕事でありんす!』

 

「平日の真昼間から自宅警備員なんてニート以外の何者でも無いでしょう? 電話でお伝えした通り大親分にお目通り願いたいのですよ」

 

『だからニートじゃねえっつってんだろーがっ!! ……ふむふむ……本当にめぐみん殿でありんすかー??』

 

 インターホン越しの女性は急に嘲るような口調で、めぐみの神経を逆撫でした。

 

「失礼な、私は私しか存在しませんよ」

 

 ムッとしかめっ面になっためぐみが言い返す。

 

『どうも信用できないでありんすなー? 本物のめぐみん殿なら聞いてるこっちが恥ずかしくなる名乗り口じょ……じゃなかった中二びょ……でもない、“合言葉”が言える筈でありんす』

 

「なんか今すっごく馬鹿にされた気がしますが、聞かなかったことにしてあげましょう」

 

 こめかみの血管をピクピクと動かしながら、インターホンを睨みつけるめぐみ。

 

「合言葉って?」

 

 やちよが首を傾げながら尋ねると、めぐみはフフン♪と鼻息をふかして笑った。

 

「そんなもの、朝飯前ですよっ」

 

 自信満々に言い放った瞬間――――めぐみの体が光り輝く!

 黒いトンガリ帽子と、真紅の衣装を纏った魔法少女に変身した!

 彼女は手に持った固有武器――――先端に宝石が取り付けられた杖を天高く掲げると、力強く宣言!!

 

「我が名はめぐみん!! 二木市随一の天才魔法少女にして、爆裂魔法を愛する者!」

 

『二木の魔法少女にとって文法や言葉の基礎が重要だという理由は?』

 

「虎屋町の牙だとか竜ケ崎の炎だとか、そのまんまじゃん!ってツッコまれそうな通り名を防ぐ為。そして、戦闘前の口上を素晴らしいものにし、場の空気を熱くさせるためです!」

 

『魔女との戦闘の上で最も大切なものは?』

 

格好良さです!」

 

 ピンポンピンポンピンポーン☆☆☆

 

 ……スピーカーからクイズ番組の正解みたいな音声が流れたかと思うと、巨大な門が音を立ててゆっくり開いていく。

 

「……ええ??」

 

 一連の茶番劇を見ていたやちよが呆然となったのは言うまでもない。

 しかも、周囲の人達がおかしなものを見るような視線を一斉に向けていたので、恥ずかしい。

 

「では、参りましょう。七海さん」

 

「あ、ちょっと! せめて変身は解いてくださいって!」

 

 注意するもめぐみにはどこ吹く風。

 やちよも慌ててズンズン進む彼女の背中を追いかけていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御屋敷へは魔法少女に変身した者のみが許されます」

 

 なるほど、だから変身したのか。

 めぐみが釘を刺す様な目つきで注意してきたので、やちよも変身する。

 どうやら、キュゥべえすらも侵入できない特殊な結界が張られているらしく、市内の商業組合の重役達や、魔法少女達は専ら大親分の屋敷で会議や食事会を開催しているらしい。

 

「お待ちしておりました。めぐみんさん、七海やちよさん」

 

 二人が靴を脱いで玄関を上がると、一人の少女が足早に駆け寄ってきた。

 威圧感を与える牙の模様が書かれた赤いバンダナで口元をピッタリ覆っていて、鮮血の様な真紅のパーカーを羽織っている。

 まるで、ガールズロックバンドのボーカルか、ダンサーの様な出で立ちだが……ぶっちゃけ、和が一面に広がったお屋敷とは不釣り合いだ。

 彼女は二人に、頭を下げると、

 

「お荷物をお預かり致します」

 

「お願いします」

 

「どうもありがとうございます」

 

 両手を差し伸べてきたので、二人は鞄を差し出した。

 受け取ると、少女は去っていった。

 

「あの子は」

 

「大親分殿直属の御庭番衆の一人です。大親分殿は魔女や事故で家族を失った女の子の面倒も見ているのですよ」

 

 やちよが尋ねるよりも早く、めぐみが答える。

 先ほどの彼女の話からして、紛れも無く魔法少女なのだろう。確かな“魔力”を感じた。

 

「めぐみんさん! ご無沙汰しておりますっ!」

 

「ええ、お久しぶりです」

 

「あれっ?!」

 

 ――――等と思った直後、やちよはビックリ仰天。

 

 新たな従者らしき少女が自分達の前に駆け寄ってきた。

 確かな魔力を感じたし、魔法少女なのだろう……が、衣装を見て目が飛び出た。

 全く、同じなのだ。

 先ほど、荷物を受け取ってくれた従者の少女と。

 

(いや、どう見ても別人、よね……?)

 

 顔立ちや輪郭、髪形や髪色はまるで異なっている。

 全く同じ服装の魔法少女なんて、よっぽどの偶然が無い限り滅多に存在しない。

 いや、もしかしたら……さっき荷物を預かってくれた方の従者と双子、とか?

 

「あの」

 

 気になってつい声を掛けてしまうやちよ。

 

「何か?」

 

「いえ、さっき荷物を預かってくれた子と格好が同じなのが気になりまして……同じ魔法少女、ですよね?」

 

「左様で」

 

 従者は迷わずコクリと頷くが、釈然としない。

 

「彼女達は全員魔法少女なんです。厳密には違います(・・・・・・・・)が……」

 

「???」

 

 隣でめぐみがボソッと耳元で言った一言に、やちよの頭はますます混乱する。

 

「元々我ら御庭番衆は烏合の衆。ですが、大親分が魔女と戦う為の力を賜りなさったのです」

 

 やちよが驚愕に目を見開く。

 …………今、彼女は何て言った?

 

「それってどういう」

 

「会えば分かりますよ」

 

「御二方、こちらへ」

 

 やちよの疑問などどこ吹く風の様にめぐみと従者はズンズンと奥へ進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――大親分の屋敷・紅晴邸 最奥部

 

 

「こちらが謁見(えっけん)の間となります」

 

 従者がそういって襖を開けると、広々とした畳敷きの和室が広がっていた。

 両サイドの窓から陽光が差し込み白く輝く景観はまさに、仏が祀られているかの如き神々しさを感じる。

 内装は、時代劇でよく見る殿様が側近達と話し合っている部屋を彷彿とさせた。

 目先にある一段高いお座敷には、一人の袴姿の女性が鎮座している。

 

 ――――なるほど、あれが大親分か。

 

 従者に促され、正座したやちよは目上の彼女を見るなりそう確信する。

 自分をしかと見つめる鋭ぎ澄まされた目つきは、紛うことなき熟練者のものだし、凛とした佇まいも衣装と相俟って美しい。

 だが、何よりも……彼女の額に生える(・・・・・)天に向かって伸びた“それ”だ。

 

 

 ――――【漆黒の角】

 

 

(確か、二木市は“鬼”を土地の唯一神として祀っていると資料に書いてあったわね……)

 

 故に、彼女の“それ”は、自らが鬼の眷属を象徴するかのよう。

 黒々しく瞬くそれに、やちよは目を奪われた。虜になった。見惚れた。

 

「七海やちよ殿。この度は遠方よりご足労くださり、大変恐れ入ります……」

 

 神浜の誰かさんのように口元をマフラーで覆っているが、声ははっきりと響いた。

 やちよに向かって頭を下げる。

 

「……お初にお目にかかります、大親分殿。この度はお招き頂きまして、誠に感謝しておりますっ」

 

 やちよも緊張で声を震わせながら、深々と頭を下げる――――が、

 

 

「はへっ?」

 

 

「えっ?」

 

 素っ頓狂な声に、慌てて顔を挙げると、完全に呆気に取られている“大親分殿”が居た。

 やちよの言葉が飲み込めない、といった様子で、きょとんと首を傾げている。

 

「くくく……っ」

 

「っ!?」

 

 隣から笑い声。

 咄嗟に横を向くと、顔を真っ赤にしためぐみが今にも吹き出しそうになぐらい堪えている。

 その意図を把握した檀上の女性は、呆れかえった表情で、

 

「……あー、七海やちよ殿……? 大親分はあちきじゃないでありんす」

 

 溜息混じりにそう教ると、やちよはビックリ仰天!

 

「えっ!? じゃあ貴女は?」

 

「あちきは、大親分の側用取次役を任されておる“若頭”の陸奥(みちのく)光琳(こうりん)でありんす」

 

「ええ……?」

 

「あっはっはっは!!」

 

 呆然となるやちよの横で、とうとう耐えきれなくなっためぐみが大笑い。

 

「め、めぐみさん!」

 

「これっ! めぐみん殿、教えてないとは人が悪すぎるでありんすよ」

 

「ああ、ごめんなさいっ。みんな最初は間違えるから、つい、ね……」

 

 彼女のせいで思いっきり恥をかいてしまった。

 顔を真っ赤にしたやちよが睨むが、めぐみの笑顔は絶えない。

 

「アレは只のニートです。殿様気分を味わう為に仕事をサボってまで一日中あそこに座りこんでいるのですよ。“本物”の大親分殿はあの裏にいらっしゃいます」

 

「いい加減しばくぞお前っ!! ……オッホン。では、早速お呼びいたしましょう。これ、皆の衆っ!」

 

 光琳が一本締めのように両手をパンッ!と叩くと――――

 

 黒い影が一斉に天井から降り注いだ。

 それらは、陽光を浴びて姿をくっきりと映し出す。大親分直属の御庭番衆――従者一同だ!

 凡そ15名はいるだろうか。見ると、先ほど荷物を受け取ってくれた少女もいた。

 案内役の従者も混じると、それぞれ部屋の両サイドに8名一列に別れて、正座する。

 まるで軍隊の様に一糸乱れも無い一連の動作を確認すると、光琳が大きく口を開けた。

 

 

「大親分の、おなぁ~~りぃ~~~~~!!!」

 

 

 ――――どこからともなく、太鼓の音が響く。

 

 部屋の両脇を占める御庭番衆が。

 少し横に動いて光琳が。

 めぐみと、やちよが。

 一斉に頭を下げた。

 

 太鼓の音が、どんどんと大きく鳴り響く。

 やがて――――光琳の背後にある襖が、大きく開かれる。

 

 

(女の子……?)

 

 やちよは瞠目した。

 そこにちょこんと佇んでいたのは、小さくて愛らしい少女だった。

 外見的には、隣に座るめぐみと大差無いだろう。

 

 だが――――腰まで伸びた白髪は、研ぎ澄まされた日本刀にようとぎらぎらと銀色の瞬きを放っていて。

 真紅の炯眼は、地獄の業火の如き絢爛な熱と妖艶さを放っていて。

 金色の陣羽織を纏い、威風堂々と直立する全身からは、圧倒的な力強さが誇示されていた。

 ――やちよは直感。

 光琳の“角”の比ではない。

 彼女こそ正真正銘の“鬼”だ。二木市の絶対者であり、守り神として崇め奉られし者。

 可憐な外見とはアンバランスな強さを全身で感じ取り、背中がぞっと震えた。

 一目見ただけで、【敵わない】と――やちよの勘が警鐘を鳴らした。

 

「座布団を温めておきました」

 

「あらぁ、ありがとう」

 

 先ほどまで光琳が座っていた座布団に大親分は座り、目下を眺める。

 全員が揃っていることを確認すると、七海やちよに目を付けた。

 

「はじめましてぇ、七海やちよさん」

 

 大親分は和やかな笑みを浮かべて挨拶した。

 畏怖のあまり、やちよは返す言葉に詰まった。

 慌てて頭を下げると、隣のめぐみがクスクスと笑う。反応が可笑しいのだろうが、煩わしい。

 

「この二木市で、商店街統合組合の総取締役を務めさせて頂いております、“黒鬼組”頭領・紅晴(くれは)結菜(ゆな)と申しますわぁ。貴女の武勇伝は親愛なる夕霧さんから常々聞き及んでおります。何卒、よろしくお願い致しますわぁ」

 

 大親分は優雅そのものな喋り方で、やちよに深々と頭を下げる。

 

「お、大親分殿にそのように存じて頂けるとは、誠に恐悦至極です……っ!」

 

 やちよは頭を畳に付けて、震える声であいさつする。

 

「噂に違わぬ真面目一貫の方のようですねぇ。そう固くならず、表を上げて大丈夫ですよぉ」

 

 大親分はクスクスと愉しそうに笑いながら、そう促した。

 

「ありがとうございます」

 

 頭を上げたやちよが大親分の顔を見つめる。

 大親分もまた、やちよを値踏みするように見つめた。

 

「本日は長旅でお疲れでしょう。部屋を御貸ししますので一晩泊っていってください」

 

「ありがとうございますっ」

 

 偉大なる大親分の寛容さには感謝せざるを得ない。

 やちよは声を震わしながら、頭を下げた。

 

「めぐみんさんもぉ」

 

「えっ? いいんですか?? やったーッ!!」

 

 一方、こちらは一切遠慮なく完全にラッキーといった様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――大親分の屋敷・紅晴邸 客間

 

 

「まったく、あんな状態からよくあそこまでまとまったものですね……」

 

 めぐみとやちよは煎茶を飲んで一服。

 過去を思い出してるのか、めぐみが懐かしそうに笑みを零していた。

 

(確か二木市は……)

 

 やちよはかつて市長から聞いたことを思い出す。

 8年前の、二木市の魔法少女事情は非常に鬱屈で息苦しい状態であったらしい。

 キュゥべえによって無尽蔵に魔法少女が生み出され、飽和状態であった。

 

 虎屋町の『虎穿(こがち)』。

 竜ケ崎の『ドラゴニックベイル』。

 蛇乃宮の『アスプロスネーク』。

 

 それぞれの街では、それぞれ計12名程のチームが結成され、お互いに鎬を削り合っていたそうだ。

 

「今でも昨日みたいに思えますよ。大事を防ぐ為に、十七夜と一緒に駆け回った日々を……おっと失礼」

 

「いえ、もう平気です」

 

 やちよが笑って返してくれたので、めぐみも安心して茶を啜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎おまけ

 

 

「我が名はななみん! 神浜市上最強の魔法少女にして、女神アクアの美貌と御力を継承する者っ!!」

 

「う~~ん、もっとこう右手をビシッとっ! 天に届く勢いでっ!! ……あと、名前ダサいです。センス無さ過ぎ」

 

「ええ……? 可愛いと思うけどなあ、ななみん……」

 

 語呂も良いし、めぐみんとも相性が良い筈。

 

「ダメです。 私がもっと相応しいネーミングを付けてあげましょう!」

 

「それは?」

 

「“やっちょむ”で」

 

「ええええ!?」

 

「うるさーいっ!!! 今何時だと思ってるでありんすかーっ!!」

 

 

 ……めぐみの指導は深夜まで続いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




気が付けば(御庭番衆除けば)やちよさんが、最年少という異常事態に……

スピンオフ映画と、スピンオフ小説が面白過ぎたので登場させていただきました。
めぐみんさん。
まあ出したら出したで、構想段階ではシリアスだったのが一気に吹き飛んだというね

次回は、二木市観光編後半 市内散策となります。

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