魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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※他作品とのクロスオーバー展開あります。

 ※2023/11/28 読みやすさ重視の為、一部文章を変更or添削しております。
 なお、ストーリーには何も支障はございません。


FILE #49 “帝 皇”  (※クロスオーバー有り)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――2年前。

 

 ――――翌日。神浜市。 神浜市役所・市長執務室。

 

 

「市長、おみやげです」

 

「あら、ありがとう」

 

 二木市へ視察(という建前の観光)へ行ったやちよから、お土産を受け取る青佐の表情は実に清々しげだ。

 やちよからすれば、彼女にまんまと嵌められた訳だが、悪い気はしない。

 ――――ちなみに、朝から大忙しであった。

 頼まれたのは青佐のみだが、普段から職員の方々にはお世話になっているのだ。実のところ、此処へ来るまでに全ての課に周りお土産を配り終えたのだ。

 栄えある治安維持部長とはいっても、所詮17の小娘。胸を張れる度胸は無いし、自分の下で頑張ってる少女達を守る為にも、味方は作っておかなければならない。

 

「……随分、楽しんできたようね」

 

 青佐は、お土産の紙袋を一旦デスクにしまうと、やちよを見据えた。

 獲物を捉えた鷹の様な眼光だ。

 大親分から、観光中の自分の様子は伝わっているのだろう。

 

「ええ、それはもう」

 

「それは何より。……で、何か欲しいものは見つかったかしら?」

 

 ――――ほらきた。

 

 青佐が求めるものは、“それ”だ。

 やちよが二木市で観光を楽しんだ“だけ”なら、所詮そこまで。

 だが、本当に市民への想う心があるのなら、おもてなしてくれた方々を通じて、何かを得ている筈だ、と――――

 

 自分は試されている。魔法少女ではなく、市役所に勤める人間として。

 意図を感じたからこそ、やちよはハッキリと答えた。

 

「はい、市長。ある方の居場所を教えて頂きたいのです」

 

「誰かしら」

 

 やちよは青佐の背後に映える青空を見据えながら、活気に満ち溢れた表情で、言った。

 

 

「皇グループ会長、皇 稜斗(すめらぎ りくと)氏です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――皇グループとは?

 

 ――――皇 稜斗とは何者か?

 

 話は前日まで遡る……。

 

 

 

 

 ――――二木市。大親分の屋敷・『紅晴邸』

 

 湯浴みを終え、夕食を御馳走になったやちよは、結菜の自室まで呼び出されていた。

 謁見の間のような広さは無く、ちゃぶ台と、タンスが隅に置かれているだけの小さな書斎だ。

 

「樹里から聞きましたがぁ、七海さんは上等な味覚をお持ちだそうですねぇ」

 

「いえ、貧乏性なだけです」

 

 座布団に座って対面するや否や、そんなことを言われた。やちよはフッと苦笑い。

 

「? と言いますとぉ?」

 

「同居している祖母が食事には煩い方でして……」

 

 天は優しい人だが、そこだけ(・・)は異様に厳しかった。

 よく噛んで味わいなさい。どんな食材にも感謝を示し、作った人を崇めなさい。美味しいのなら再現できるように、不味いのなら避けるように、使われている調味料も舌で把握なさい――――物心ついた頃から、そう言われ続けて育ったので、自然と食べた時に、舌で吟味する癖が付いてしまったのだ。

 

「それでも、ステーキの焼き加減を絶賛してくれたのは流石だ、と樹里が言ってましたわぁ」

 

 言いながら結菜はちゃぶ台に置かれた白い箱から、二つのケーキを取り出し、やちよに差し出した。

 

「チーズケーキと……そちらはチーズタルトですね」

 

「我が町の名店『とらのこ』の人気商品と……新商品です。是非、食べ比べてみて頂きたい」

 

 新商品と言う前に、結菜の目線が一瞬下を向いたのが気になった。

 資料に書いてあったが、確かチーズケーキは創業以来、No.1の座を保ってきた筈。

 チーズタルトは初めて見るが、結菜の仕草を見るに、何かがあるのかも。

 

 ――――食べてみないことには始まらない。まず、チーズケーキを一口運ぶ。

 

「如何ですかぁ」

 

「……ええ、美味しいです」

 

 だが、違和感はある。

 チーズにはコクがなく、スポンジの弾力も弱い。

 飲み込んだ後も、ざらりとした嫌な甘さが口に残る。

 これが、人気No.1の商品?

 

 ――――続けてチーズタルトを一口運ぶ。

 

「……!?」

 

 瞬間、誰かに驚かされたように、やちよの目は大きく見開いた。

 

「如何ですかぁ」

 

「……明らかに違う……」

 

 チーズムースにはコクが有り、舌触りもサラリとしている。さっくりと焼かれた生地の甘さとの相性も抜群だ。だが、何よりも、

 

「素材が、明らかに上等な物が使用されています。これは一体……」

 

 ――――流石だ。

 そう言わんばかりに大きく頷いて感心すると、結菜は答えた。

 

「現在、そのチーズタルトが『とらのこ』の人気No.1商品なのです」

 

「どういうことですか……?」

 

 問うと、表情があからさまに渋くなった。目を泳がせながら結菜が答える。

 

「実はぁ、『とらのこ』は既に7年も前にぃ……」

 

 

 

 ――――サンシャイングループに買収されていたのです――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サンシャイングループの事業展開は広い。

 人生に2・3度は必ず関わる、と言えるぐらいには、日本人の生活に浸透している。

 

 会長の日秀源道は、様々な地方行政の首長や議会とも、密な関係を築いている。

 それらと連携して、全国規模で地方再生プロジェクトを立ち上げ、遂行。

 いずれも成功を修め、経済成長に貢献している。

 

 神浜市の参京区で行われたのも“それ”だ。

 神浜市は昔、「土地だけは無駄に広大なだけ」の、閑静な港街であった。

 今のような大都会に発展したのは、サンシャイングループの力があってこそだ。

 TOYAMA不動産を買収したのを皮切りに、市内でメキメキと存在感と影響力を強めていった。同時に市議会――主に水名区出身の官僚型議員達――との親交も深めていく。

 そして、8年前に、再生プロジェクトを発表。

 市政と結託してこれを展開し始めたのであった。

 

 つまり、彼らの協力が無ければ今日の神浜は無い。

 

 やちよはそう思っているし、みふゆから耳に胼胝(たこ)ができるほど聞かされた。

 しかし。

 

「……率先して開発が行われた中央区には、サンシャイングループ系列の企業や店舗が立ち並ぶ有様です。買収された老舗も多くある、と耳にしておりますがぁ」

 

「しかし、彼らは経営難に陥り生活に困窮する経営者や従業員達を救う為に、と」

 

 やちよが噛み付くように反論した。

 結奈がどこから情報を得たのかは不明だが、外部の彼女に、地元の事をあれこれ指摘されるのは気分が良くなかった。

 

 中央区だけを見ても彼らの傘下に加わった企業は数知れず。

 古くから市の名産品を扱ってきた老舗はほぼ全て、と言っていい。

 結果として中央区は、“神浜の土地柄”を示す“らしさ”を失った。変わり果てた姿に哀しむ老人達もいた。

 しかし、喜ぶ者の数が圧倒的だった。

 何せ、グループに加わった者の生活は確実に“保障”されるのだから。

 

 『福利厚生』は、サンシャイングループ最大の“売り”だ。

 子供が生まれても豊かにくらせるだけの年収。労働基準法を遵守した勤務体制。親の介護、育児を抱えている者へは、在宅ワークの推奨。女性の積極的な幹部登用等……。

 正に、かゆいところまで手が届くレベルだ。

 あらゆる大手企業が、裸足で逃げ出す程の充実さ。

 にも関わらず、グループ全体は業績を着実に伸ばしている。

 規模も拡大中。社員数もどんどん増加。

 正に、夢のような企業だと、世間では評判が絶えない。

 

 

「七海さん、貴女は誰の(・・)味方なんですか?」

 

 

 刹那、結菜の真紅の瞳が瞬いた。

 

「っ」

 

 ――――斎藤司の言葉と、重なった。

 

 痛い所を突かれてしまった。

 苦虫を噛み潰した表情になったやちよは、結菜から視線を逸らした。

 

「本気で人々を想っているのなら、そんな言葉は出てこない筈。自分達が丹精込めて創り上げたものを奪われた経営者達が、喜んでいると本気でお思いですか?」

 

「……!」

 

 やちよはもう一度、結菜と向き合った。

 灼熱の纏った炯眼が、言葉以上の“何か”を強く訴えているように見えたから。

 

「彼らは妥協するしかなかったのです。サンシャイングループの手口に……」

 

 ――――家族の生活の保障を条件に、買収を受け入れるしかなかった。

 

 結菜は最後にそう付け加えた後、訥々と説明した。

 

 

 

 

 ――――それは8年前、結奈や樹里が、それぞれの魔法少女チームを率いて鎬を削っていたころに遡る。

 

 当時の、二木市内は混沌としていた。

 商工業の成長が行き詰まり、経済が衰退。

 先が望めなくなった大量の若者が、都会へ流出。

 加えて、元々の土地柄というべきか。虎屋町、竜ケ崎町、蛇乃宮町は対立関係にあり、市民はいつも気を張り詰めていた。

 「隙あらば敵を蹴落とせ」、「隣人であっても警戒すべし」、というような不穏な空気が市内に年中蔓延していた。

 

 そんな二木市にも。

 サンシャイングループは、地方再生プロジェクトを打診してきたのだという。

 『自分達が商業の中枢を担い、混乱を治める』。

 『旧態化した各町の商店街を、目新しいものに生まれ変わらせ、外部から人を集める』と嘯いて――――

 

 多額の支援金と、お抱えの土地開発公社の華々しい実績に釣られた市政は、彼らの提案を受け入れた。

 だが、それこそが“罠”。

 

「彼らは、虎屋町駅前に、観光旅行者用の大型ホテル建設地を購入したのを皮切りに、市内で経営難に陥っている老舗を片っ端から買収し始めたのです。まるで、死体を貪る禿鷹のように……」

 

 断じて『人々の救済』の為ではない。

 

「優秀な人材と高度な技術、そして厳選素材のルートを確保して、自社ブランドの底上げに用いる為です」

 

 やちよが食べた『とらのこ』新商品・チーズタルト。

 あれは、確かに美味しかった。

 だが、考案者は、サンシャイングループから派遣されてきたオーナーだ。

 『とらのこ』店主のパティシエが生み出したものではない。

 

 つまり――

 『買収前』の経営者が作った人気商品:チーズケーキ等には、非常に安価な素材が扱われ。

 『買収後』はオーナーが考えた商品:チーズタルトに、厳選素材が扱われている――

 

 これがサンシャイングループの常套手段だ。

 老舗のブランドを落ち込ませるやり方で、自社ブランドと役員の優秀さを知らしめる、というやり方だ。

 

 

「なんと阿漕な……!」

 

 悔しくて堪らない。

 隣にみふゆがいながら。

 彼らを目と鼻の先に感じていながら、やちよは今まで、何一つ気付けなかったのだから。

 

「でも、家族の生活を天平に掛けられれば彼らも非難はできません」

 

「ですが……容認する訳には」

 

「だからこそ、私達は争っている場合じゃないと判断しました。自分達の足元ばかりで無く、周りを見渡した時、家族や共に暮らす人々の為に何ができるかを模索し始めたのです。魔法少女の力で……」

 

 ――――それが、黒鬼組発足の第一歩となった。

 『虎穿』『ドラゴニックベイル』『アスプロスネーク』はお互いに休戦を持ち掛け、協力関係を築いた。

 

「最も十七夜さんがきっかけを作ってくれなければ、一致団結は夢のまた夢に終わっていましたがぁ……。とにかく戦うにはまず、敵を知ることから。買収された企業や店舗へ潜入捜査したところ、とんでもない事実を掴みました」

 

「それは……?」

 

 

「魔法少女の業務従事です」

 

 

 やちよの顔が蒼褪めた。

 

「……事実なら、彼らは法律違反を犯していることにっ」

 

 一般企業が魔法少女を雇用させるには、国の許可と厳しい審査が必要になる。また、働く魔法少女は名前を外部に公表しなければならない。

 (神浜市内でのみ例外として、市長の許可が下りれば許される仕組みになっている)よって、全国では、魔法少女が一般企業で働いてるケースは極わずか――――というのは、あくまで神浜市と各地の魔導管理局・事務局が調査した結果だ。実際は、魔法少女であることを隠して働いてる女性も沢山いるのかもしれない―――― 

 

 ――――だが、それでも。違法は違法だ。

 

 やちよは握りしめた拳をちゃぶ台に叩きつけそうになった。

 考えてみれば、分かることだった。

 人手不足が常態化している日本社会において、自転車操業並に規模を拡大し続けるサンシャイングループが従業員全てを手厚く保障するなど不可能だ。ましてや、業績を上げ続けることなど。

 

「私達は証拠を掴み、SNSや動画サイトにアップしました。ですが……!」

 

 結菜の顔が沈痛そうに歪む。

 

「僅か1分も経たぬ内に削除されてしまったのです。既に手は回されていたのでしょう。それでも、諦めなかった同志の一人が懸命に証拠を掴んでは投稿を繰り返しました。しかし……」

 

 結菜はグッと歯を喰いしばった。

 

「……彼女は、行方不明になりました。所有品のスマートフォンやパソコンにも、証拠は残されていませんでした……」

 

「それも……彼らによるもの、だと」

 

「私は、そう信じてますっ」

 

 そうはっきりと言い放つ結菜の目は、震えていた。

 

「訴えることも考えましたが……サンシャイングループは社会的信用も厚く、大手のマスコミ企業との結束も強固です。抗戦が長引けば世間の矛先がどちらにむくかは一目瞭然です」

 

 何より、証拠が無い以上、勝ち目は無い。

 

「成す術が、無い……」

 

「別の手を考えなければなりませんでした……。私達は、各町の商店街の有識者達に聞き回り、必要なのが、強力なバックボーンだと分かりました。彼らの想いを代弁し、世界へと発信できる、強い改革者が。サンシャイングループ会長・日秀源道と対等に……いえ、圧倒する程の才覚、カリスマ、財力を兼ね揃えた救世主が……」

 

 やちよの脳裏に、樹里の店で見た機械と、沖田の言葉が蘇った。

 

「まさか、その御方が……」

 

 至る所で電子化された市内。日本有数の成功者や、大親分と直結したネットワーク。

 これらを構築した人物が、二木市に付いていた。

 

「ええ、もはや世界で知らぬ者はおりません。日本のビルゲイツ、世界有数の資産家、医療革命の影の立役者、IT界の革命児……」

 

 

 ―――― 『(すめらぎ) 稜斗(りくと)』 ――――

 

 

 ―――― またの名を “帝皇”――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結奈達の努力の甲斐もあり、二木市政は目を覚ました。

 

 『サンシャイングループと関わり続ければ、二木市は“色”を失う』――

 

 そして、日秀源道から“帝皇”へと乗り換えた。

 “帝皇”主導で、新たな再生プロジェクトが推し進められた。

 

 現在、二木市はほぼ全てのサービスが完全に電子化されており、15歳以上の市民が所持するIDカードは、行政に関わるあらゆることを済ませることができるし、虎屋、竜ケ崎、蛇乃宮町にも最先端のサービスが導入されている。

 樹里の店で見たハイテク設備の数々も皇 稜斗が導入したものだ。

 

『全部を【自分でやらなきゃいけない】、と考えるのは間違いです』

 

 というのは、彼の言葉である。

 二木市の土地柄故もあるだろうが、そう考えがちな個人事業主にとって皇 凌斗の考えは正に目から鱗。

 無駄なこだわりを捨てなければ、作業を最適化することができなくなる。

 時間には限りがある。一日24時間という限界は誰にでも訪れるものなのだから、機械の力を使うのは当然のこと。

 

『まず皆様に考えて頂きたいのは、目的のためにそのプロセスの中で、一番楽な、時間を使わない方法を選択することです』

 

 皇 稜斗はそう言って、IT技術を駆使した市内の最適化・効率化を進めた。

 わざわざサンシャイングループに入る必要も無い。やり方一つで仕事は軽くなる。家族との時間も作れる、と。

 

 

 なるほど。

 もしかしたら、その“帝皇”なら――――

 やちよが期待を込めて彼の所在を尋ねると、

 

『彼は今、ここにはいません。新製品の開発の為に、ある場所(・・・・)に向かっている筈です』

 

 結菜が不敵な笑みを浮かべて、こう言った。

 

 

『神浜市、大東区』

 

 

 夕霧青佐ならば既に彼の所在を掴んでる筈だと、結菜は言う。

 やちよは目玉が飛び出るかと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よくここまで辿り着きましたね、七海部長。彼は此処で貴女を(・・・)待ってます。会って話を付けてきなさい』

 

 青佐はLINEで、マークが付いたマップを送ると、そう言ってやちよを送り出した。

 

 

 ――――神浜市・明京町 大東区

 

 

 当時は常盤ななかのような正義の味方はまだいなかった。

 町内の治安はもっぱら、蒼海幇が担っている有様であった。

 一応チーム・アメノハバキリ自体は存在していたのだが、治安維持部隊としては既に機能していない。

 市内警備をしている風を装って、魔女退治などは専ら業務連携先である蒼海幇に押し付け、陰で遊びまわっている有様だった。

 

(いずれは、アメノハバキリの皆とも話を付けなければね……)

 

 そんなことを想いながらやちよが足を運んだ場所は、沿岸部のスラム街であった。

 ボリュームアップした髪の毛を黒い帽子の中で隠し、サングラスと薄汚れた濃茶のコートを纏い、変装した姿で潜り込んでいる。

 

 ここは、治安が悪いと言われる割に、閑静な中心街や、チャイナタウンの盛況さからは、また切り離された世界だ。

 流された材木を削って造り、トタン屋根を被せただけの頼りない住居が視界の果てまで広がっている。

 日本語、中国語、フィリピン語……或いは住民達で生み出した独自の言語が縦横無尽に飛び交い、景色と相俟って、異国同然の情緒を生み出していた。

 何より、“傭兵”と呼ばれるプロ魔法少女が、決して“カタギ”でない人達から、仕事を斡旋される場所としても有名であり、日夜暴力沙汰が絶えない。

 足元には投げ捨てられたゴミの他に、赤黒い染みを発見した。前日もここで魔法少女が魔法少女と争ったのだろうか。誰かの為ではなく、自分達の利の為に。

 

(―――――!)

 

 赤黒い染みより1m程離れた先に、人の姿が見えた。

 今にも倒れそうな傾いた住居の壁を背もたれにして、路面に座り込んでいる。

 

『お嬢さん……食べ物をめぐんでください……』

 

 前を通りかかると、“彼”の震えた声が飛んできた。日本語ではなく、中国語で。

 近づいてよく見ると、老齢の男性だった。外見は一言で言い表せば、みずぼらしい浮浪者だ。

 頭髪は無く禿げ上がっているし、碌な食事も取れていないのか、顔面は蒼白で頬はやせこけている。

 顎には、無精ひげがボサボサとワイルドに生えていて、そこだけが顔色とは正反対に健康的だ。

 全身を包んでいるボロ切れは……元々背広だったものだろうか、マークをよく見ると海外の古いブランド製で、もしかしたら若い頃の彼はそれなりに名のある実業家だったのかもしれない。

 

『何が欲しいの?』

 

 やちよも中国語で問いかける。

 彼の弱弱しい碧色の瞳が、微かに震えた。

 

『か、缶詰を……』

 

 やちよがコートの裏側に手を突っ込む。取り出したのは『ツナ缶』。

 

『ここに“マグロの缶詰”があります。貴方に差し上げましょう』

 

『ありがとう……! ありがとう……!!』

 

 彼は両手で受け取ると、まるで神や仏を前にした弱者のように、何度も頭を地面にこすりつけて感謝した。

 

『頭を上げてください』

 

 やちよはしゃがみ込み、彼と目線を合わせると、こう呟いた。

 

 

 

「お芝居はそこまでです。皇 稜斗さん」

 

 

 

 刹那――――浮浪者の口元が、ニタリと弧を描いた。

 

「中国語を学ばれていたとは流石ですね。第一関門はクリア、といったところでしょうか?」

 

 途端、彼の口から流れるように紡がれたのは流暢な日本語だ。

 

「いいえ、第二関門です」

 

 実は、この街に足を踏み入れた時、門番の魔法少女達と相対した。

 無論、やちよの武術の前に、成す術も無く平伏したが。

 

「いずれは、この街を治める龍人達と協力を築かねばなりませんから」

 

「それは、神浜から病原菌を追い出すために、ですか?」

 

「いいえ。除去です」

 

 男は、ふふっと愉快そうに嗤った。

 

「夕霧さんの仰ったとおり、なかなかに重篤な愛郷主義者ですね、貴女は」

 

「皇会長も噂に違わぬお人の悪さです」

 

 やちよも不敵に笑い返すと、彼はスッと立ち上がった。

 先ほどまでの弱弱しい浮浪者然はどこにいったか――――背筋がピンと張った立姿は堂々と勇ましく、精悍な蒼い瞳の奥底には強い意志が秘められている。

 直面するだけでも、歴戦の戦士を前にしたような威圧感を全身で感じて、やちよの足は自然と一歩退いた。

 彼には、隙を見せてはならないと、勘が警鐘を鳴らした。

 

「見事な変装ぶりですね。初見は会長ご本人と判断できませんでした」

 

 確か年齢はまだ36歳の筈。

 禿頭はカツラだとして……顔面は特殊メイクだろうか。

 ボロボロのハットを被る彼の表情は心の底から楽しそうだ。

 

「学生時代は演劇にのめりこんでいましてね……志村喬のような変幻自在の演技に憧れたものです」

 

「しかし、皇グループのCEOが、御一人でこんな場所に来られるとは、些か不用心すぎるのでは……」

 

「ご心配なく」

 

 彼は顔を上に向けると、パチンッと指を鳴らした。

 

 

「僕には地上最強のボディガードがいますから」

 

 

 彼の背後にある平屋のトタン屋根から――――紫色の影が飛翔。

 タンッ、と――やちよの真後ろに着地した。

 

「!!」

 

 咄嗟に振り向くやちよ。

 そこに立っていたのは、思わず絶句するくらいの美少女だった。

 色白の肌に端正な顔立ち。美少女を「まるで人形のよう」と例えることがあるが、この少女が目に入った瞬間、本当に人形かと思ってしまった。

 濃い紫色のコート、顎の高さで切り揃えた髪に付いた花を模した飾り、変わったデザインの手袋とブーツを付けている。

 

「まったく……御一人でブラブラと動かれては困ります」

 

 言葉だけ聞けば、少女は怒っているようだが、感情の起伏に乏しいのか、表情は人形のままだ。

 声色もノートーン。

 

「ああ、ごめんなさい。ミコさん」

 

 皇 凌斗は少女に頭を下げて謝るも、口元は笑っており、全く悪気が無さそう。

 

「貴女は……!」

 

 目を丸くしたままのやちよが問いかけると、ミコと呼ばれた美少女はペコリと頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります。皇 稜斗会長の専属秘書を勤めさせて頂いております、神奈(かんな) 巫子(みこ)と申します」

 

 その名を耳にしたやちよの瞳が大きく見開かれた。

 

 “神奈巫子”――――それは日本一のボディガードとして名高い双子・“神奈姉妹”の片割れ。

 その実力は折り紙付きであり、彼女達を秘書にして以来、皇 稜斗は――――引いては皇グループ本社全体が、一件もの犯罪被害や傷害事件を被っていない。

 また、前述した通り、外見の見目麗しさから、皇グループのイメージガールとして抜擢されており、モデル業界でもそれなりに名の知れた人物であった。

 

「初めまして神奈さん。神浜市役所の治安維持部長、七海やちよです」

 

 やちよが朗らかに笑って手を差し伸べる。

 巫子は、相変わらず無表情のままだが、手をギュッと握り返した。

 

「よろしくお願い致します。あと、巫子のことは“ミコ”とお呼びください」

 

 ミコはそういうと、主人に向き直った。

 

「会長、会談の準備は整いました」

 

 皇 凌斗はミコに「ありがとう」と会釈すると、やちよに振り向く。

 

「では、一緒にミコさんの後ろをついてきてください。七海やちよさん」

 

「どちらへ?」

 

「“穴場”、ですよ」

 

 そう言う皇 稜斗の表情はどこまでも無邪気で、嬉し気だ。

 まるで、この地の異様な空気を楽しんでいるかのように。 

 

 

 皇 稜斗。

 そして、神奈 巫子。

 

 

 彼らは果たして、神浜市にとっての救いの天使となるか。はたまた、悪魔と化すか。

 この時のやちよには、まだ判別できなかった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、今回も他作品とのクロスオーバーをさせて頂きました。
ご登場していただいたキャラクターは、二名。

・漫画『ゴッドハンド輝』の 皇 凌斗

・アニメ映画『あした世界が終わるとしても』の ミコ

でした。


今回は突貫工事の為、ガバガバが過ぎるのですが、何卒、ジジイ何やってんだと思って頂ければ幸いです(ぉ
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