魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

54 / 155
用語集執筆後に、しばらくぼんやりしていたので、執筆が止まりました。
ようやく投稿させていただきます。


FILE #51 戦いの幕開け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――神浜市役所・地下。ミロワール・【開かずの間】内部

 

『なるほど……それがリヒトの欠陥、でしたか』

 

 巨大な超樹の様に聳え立つリヒトのモニターには、皇グループ会長の稜斗の渋い顔が全面に映っていた。

 

「ええ、環いろはは、前日故郷に帰った折に、友人宅で魔女に襲われました」

 

 モニターを見上げて凛と言い放つのはやちよであった。

 澄み切った海色の瞳には、もう一片の迷いも見受けられない。

 

 ――――たまたま、“最高レベル”で試験することになったいろは。当然ながら使い魔の急襲に成すすべなく、試験は終了。

 だが、その時に見えた。

 

「だからこそ、リアルと比較できたのだと思います。リヒトのシミュレーションでは、必死になれません」

 

 やちよはピースサインを見せた。

 原因は二つだ。一つは、リヒトの疑似的な魔女結界内では、一般人が囚われていない。

 現実において魔法少女は、魔女の口づけで洗脳された人や結界に囚われてしまった人を助ける為に、魔女討伐を行う者が多い。

 だが、これでは――――

 

「魔女と戦う為の動機・倒す目標がありません。だから、私達は本気で試験に取り組めませんでした」

 

『もう一つは……』

 

「環いろはは、その件で、使い魔に殺されかけました」

 

 死にかけたいろはの恐怖は筆舌に尽くしがたい――――故に以下の様に端的な表現しかできないことをご容赦願いたい。

 蟲の形の使い魔が降り注いだ岩の様に体中を押さえつける。多脚が体中の皮膚と皮膚をゾワゾワと刺激して、不快感を払おうにも体が重たくて指一本ピクリとも動かせない。呼吸が封じられて思考もままならない。

 視界は真っ暗闇。その内、体が指先から冷たくなって、ボーっと……これまでの記憶が走馬灯のように視界を横切った後、自分は死ぬんだ、という確信だけが急激に噴き上がって…………。

 

 理性が弾け飛んだ。

 我慢していた悲しみと怒りが一気に炸裂して、生への渇望のみを闇雲に嘆き喚いた。

 

 話を聞き終えた稜斗は、酷く鎮痛そうな顔付きで、ふぅ―っと溜息。

 

『そんなことが……』

 

 いろはには悪いが、とてもリアルで、参考になる体験談だと思ってしまった。

 リヒトの開発に協力参加してくれる魔法少女は皆ベテランだ。当然、死にかけた経験も多いが、殆どは『遠い過去の話』である。強い恐怖とは、割と早い時間で薄れてしまうものだ。彼女達の体験談は参考にはなったものの、どれもざっくりとしていて、稜斗の印象に残らなかった。

 

 結果的にその曖昧な感覚が、模造した使い魔と魔女の質感に表れてしまった。

 

「リヒトのシミュレーションは、()()の意見だけを参考に、魔法少女にストレスを与えないように配慮されています。魔女の攻撃を受けても痛みを感じないこと。死へと直結する状況に直面した時、強制終了する仕組みも、その一環です。しかし……」

 

 やちよは目線を下に向けて言い澱んだ。

 気持ちを汲み取った稜斗が代弁するように口を開く。

 

『言いたいことは分かりますよ七海部長。でも、それは開発者である僕が断言しなきゃいけないことだ。【結果的に仇になってしまった】、とね』

 

 ――――使い魔と魔女による恐怖が体感できないと、魔法少女は本気になれないんじゃ?

 

 環 いろはは試験の直後、やちよにこう呟いたという。

 

「盲点でした。いろはじゃ無かったら、多分、発見できませんでした」

 

 稜斗は深く頷いた。

 

『僕もですよ。七海部長をはじめとする世界各国のベテラン方は、魔女と戦うことが最早ライフワークの一つとなっていました。戦うことに慣れ過ぎてしまって、死への恐怖が薄れていたんですね』

 

「ええ、凡百の魔女相手では、苦戦することはまずありません。最高レベルのシミュレーションでも、私達にとっては、軽いジョギングと変わりませんでした」

 

 稜斗はそこで笑ったが、眉間には深い皺が寄っていた。

 なんということだろう。これでは、スポーツ用品店のウォーキングマシンと何ら変わりない。

 リアルさを追求しまくったというのに、ユーザーが真剣になれなければ、市場に出しても結果は見えている。

 

 すぐに飽きられて、終わり。一週間で、放置。

 

『魔女の口づけ、及び結界に囚われた一般人の再現……そして、使い魔・魔女の質感をよりリアルに表現すること……か』

 

 皇 稜斗が課題を口にする。

 前者は、魔法少女を真剣にさせる意識作りに。

 後者は、より実践に近い恐怖心を引き出す為に。

 

「それと会長、先ほど、いろはから提案が有りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――夜。みかづき荘

 

『えええええええええっ!?!? そんなスゴイものを参京商店街(ウチ)で一般公開したいってえええええッッ!?!?』

 

「ぎゃっ!! ……シーッ。声がでかいよ鶴乃ちゃん……!」

 

 夕飯を食べ終えた後、自室でいろはは鶴乃と連絡していた。

 用件を伝えると、彼女のビックリ仰天の悲鳴が部屋中に響いて、いろははもたじろぐ。

 

『ちょっと……何がどうなってんのか分からないんだけど環師匠。いきなり用事があるっていうから何だろうって思ってたら、皇グループが開発した魔法少女育成用魔女戦闘シミュレーションシステムを一般公開したいから人を集めて……って、一体何!!? 皆頭おかしくなったっ!? っていうか元から狂ってんの!?』

 

「おお、落ち着いて鶴乃ちゃん……!」

 

『落ち着いていられないよ!! 皇グループって言ったら世界でも一、二を争うIT市場を持つ最強企業じゃん!? しかも、会長が直々に開発したシステムをウチの商店街で扱うとか……驚くどころの話じゃないよ!! もうこれは殺人以上の大事件だよ!? 大変どころか変態だよっ!?』

 

 困った。鶴乃は様子は只事ではない。

 自分だって、何が起こってるのか分からない。何せ神浜市に踏み込んでから規格外のことばかり起きているのだから、最早何が正常なのかも判別付かない。 

 

「ええと、大変かヘンタイかは別として……いやたぶん皆頭おかしいし元から狂ってるのは激しく同意するけど」

 

 いろは、そこで言葉を止めて深呼吸。

 鶴乃に引っ張られて動揺してはいけない。ここは、自分が冷静にならないと。

 

「落ち着いて考えてよ鶴乃ちゃん。これはチャンスだと思わないかな?」

 

 世界有数の一流企業の企画に携われるなら、これとない町興しのきっかけになる筈。

 

『……師匠が言うんだったらそう思うしか無いけどさ。……でも、怪しいよ』

 

 鶴乃が大企業に不信感を抱くのも無理からぬ話だ。

 彼女の地元の再開発の説明会でも、サンシャイングループは飴をチラつかせてきた。彼らの狙いは、商店街全域の商業支配であり、鶴乃達を丸め込む策略だったからだ。

 皇グループにしても、狙いが分からない以上、おいそれと信用する訳にはいかない。

 

『例えそれが、他ならぬ師匠の頼みだったとしてもね……』

 

「だけど、会長の稜斗さんは、私も会ったことは無いけど、スゴイ人だと思ったの。商品開発は現場に直接来て、普通に暮らす人達一人ひとりと向き合って作ってる。シミュレーションシステムにしたって世界中の魔法少女達と、ちゃんと話し合って完成へと近づけてる……。誰とも向き合わずに、自分達だけが正しいと思う救済策を提供するだけのサンシャイングループとは違う……! 私は、信用しても良いかなってっ」

 

『ごめん』

 

 段々と言葉に熱を帯びるいろはに突き刺さったのは、冷徹な三文字。

 

「……鶴乃ちゃんは、本当にそのままでいいの……?」

 

 自分が言うのは烏滸がましいかもしれない。

 だけど、鶴乃には家族だってまだいる。生きる為の目的だってある。自分とは違う。

 だから、いつまでも暗闇の底で燻って欲しくなかった。

 

『今は、ちょっと……』

 

「そっか、ごめんね。無理いっちゃって……」

 

『いいんだよ。じゃ、また……『おう、環か』ってちょっとおんじぃっっ!!?

 

「っ!?!?」

 

 電話先の声が突然しゃがれた老人の声に変わっていろははビックリ仰天。

 

「お、おんじさんっ……??」

 

 目を丸くしていろはは相手を問いただす。木次郎は「そうだ」と答えると、

 

『ここででけえことをやるつもりか』

 

「はい、まあ……了解していただけるなら、ですけど……」

 

『分かった』

 

 木次郎がきっぱり言うと、通話口の奥で鶴乃の『えええええっ!?!?』という悲鳴が聞こえる……。

 

『俺がそこのバカを説得して人を集めさせといてやる。その代わり……証拠を見せろ』

 

「“証拠”……」

 

『そいつが本当に皇グループの企画なのかって証拠だ。それを先に見せてくれねえ限り俺も信用はできねえ。宜しく頼むぜ』

 

 木次郎はそう言い切ると、通話を切った。

 

 

「…………!」

 

 “宜しく頼む”――――彼の最後の言葉が、じん、と胸に染みた。

 木次郎は信頼してくれている。会って間も無い自分のことを――――!

 だったら、自分も期待に応えなければならない。彼も思いは同じの筈。だから二人で、鶴乃を助けるのだ!

 

 いろはは決意を新たにすると、未だ市役所で働くやちよに連絡を入れた。

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ――――参京区。由比家・中華飯店『万々歳』

 

「余計なことすんなって面だな」

 

 通話を切り、後ろを振り向くと、唇を尖らして睨みつける孫娘(兄の)が居た。

 

「おんじは、繰り返したいの……」

 

 ――――サンシャイングループの二の舞を。

 

 鶴乃は暗にそう込めて問いかけると、木次郎は短く嘆息。

 禿げ上がった頭頂部を掻きながらぶっきらぼうに答える。

 

「そうなりたくねえから、証拠を見せろっつったんだ。あとな……環が大企業の言いなりに落ちぶれるようなタマじゃねえのは、お前が一番よく分かってんだろ?」

 

「…………」

 

 そうだ。

 いろはは自分を受け入れてくれた。どうしようもない、掃き溜めの鶴だった自分を。いろはの方がよっぽど苦しいのに、我慢して自分の悲しみを暖かく包んでくれた。

 誰よりも優しくて、強い女の子。

 でも、だけど――――それとこれとは話が別。

 

 鶴乃は部屋の角に身を寄せ付けると、膝を抱えて座り込んだ。

 

「おんじ、だけど……」

 

「どうせいつ沈むか分からねえ泥舟の上の人生だ。今勝負しなくて、いつおっ始める? ……明日か? だが、そんな都合の良い明日は絶対に来ねえ」

 

「…………」

 

 鶴乃は黙り込む。

 木次郎の言葉は正論だ。返す言葉も無い。それに、いろはの言葉だって嘘じゃ無いと信じている。

 だけど、大企業によって、自分の環境がまた大きく変わってしまったら……怖い。

 そう思うと、膝を抱える力が、自然にギュッと強まった。

 

「まあ、お前の人生だ。俺にとやかく言う権利はねえ。好きにするんだな」

 

 木次郎は先程ぶんどったスマホを鶴乃に投げ渡すと、彼女を一瞥することなく、部屋から出ていく

 

「でもな」

 

 直前――――口端に微かな弧を描いて、彼は呟いた。

 

「?」

 

「お前が、環のやべえ所まで受け入れるって言った時、俺ぁ、嬉しかった」

 

「っ!」

 

 鶴乃の瞳が、大きく見開かれた。

 

「こんなに良い子に育ってくれたんだ。兄貴もあの世で鼻が高いだろうなって。……まあ結局……口からでまかせだったみてぇだが」

 

「……っ!」

 

 まるで燃え上がった炎の様に――彼女の瞳に映る真紅が、大きく揺らいだ。

 

 

「所詮てめえも、サンシャイングループと同じ穴の狢か」

 

 

 木次郎はポツリと一言、そう呟くと自室へ戻っていく。

 最後まで、鶴乃に振り向くことは無かった。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 いろはに電話を掛けたのは、その直後だった。

 

「いろはちゃんっ!!」

 

『ぎゃっ!!』

 

 電話先がいろはがビックリ仰天して、すっ転ぶ姿が頭に浮かんだが、もう気にしてはいられない。

 

「あのね、どうしても伝えたいことがあるの」

 

『なに?』

 

 鶴乃はここで、スマホを耳から離すと、大きく深呼吸。

 一拍後に、気合を込めた形相でスマホに向かって、言い放った!

 

「私は、サンシャイングループとは違うから」

 

『……っ!』

 

 分かる。

 電話の向こうのいろはは、驚いている。

 

「いろはちゃんのこと、全力で向き合うから」

 

 多分、おんじに無理やり言わされてると考えちゃうのかな?

 でも、安心して。いろはちゃん。

 これはわたしの本心。弱いわたしが強い貴女に追いつく為の、第一歩。

 だから、こう伝えるね。

 

 

「だから、いろはちゃんがやろうとしていること、手伝わせて!」

 

 

『……その言葉を、待ってたよ。鶴乃ちゃん』

 

 繋がった。

 嬉しさが口元に自然と溢れた。今度はすれ違わなかった。

 自分は誰かの思いを受け止められた。彼女は自分の“熱”を受け止めてくれた。

 だから、はっきりと確信できる。

 

 ――――わたしは、もう大丈夫。

 

 

「でもさ、“証拠”ってほんとに有るの?」

 

『うん。一週間後に見せたいと思う。それまでに、鶴乃ちゃんのところで人が集まるところを教えて欲しいの』

 

「わかった。じゃあ――――……」

 

 夜も更けた頃。

 二人だけの計画が、密かに進められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――一週間後。

 

 ――――参京区・参京商店街組合事務所

 

 既に鶴乃によって、商店街の重鎮たる老人達が集められていた。

 メンバーの中には、斎藤親子は勿論、鶴乃の父・隼太郎に木次郎の姿がある。

 全員が一階にある多数のテーブル席を囲んで座っていた。

 

「で、鶴ちゃん。本当にほんとなのか?」

 

 既に皆、カウンターにいる鶴乃から話を聞いた。

 難しい顔を一様に浮かべた経営者達の心情を代表するように、司が口を開いて意見する。

 

「皇グループの会長直々に制作したマッシュ・マッドハッター……あれ?」

 

「マッカートニー・マルウェア・マシアカサウルスじゃろ?」

 

「親父、マルウェアの時点で多分違うぞ……」

 

「マッドネス・マレ―シア・マフィアだろ」

 

「……マジか。やっぱり皇グループってやべえ奴らなんだな、隼」

 

「“リヒト”だっ!!」

 

 間抜けな会話を繰り広がる三人の隣で、木次郎の怒声が飛んだ。

 彼らは「おおっ!それだ!」と輝いた瞳で木次郎を見つめる。木次郎は目を反らして深い溜息。

 司はその後、改めて鶴乃に真剣な顔を向けて問い詰めた。

 

「ゴホン。まあ、その……リヒトってのをここで一般公開するって話だが……サンシャイングループの前例もある。信用できるのか?」

 

「うん。わたしの尊敬する人が、その方々の功績を話してくれた。わたしは信用していいって思ったけど……みんなは無理だよね。だから、見せたいものがあるの」

 

 鶴乃がそこでカウンター裏の階段の方へ駆け寄り、「来て!いろはちゃん!」と呼ぶと、桃色の髪の温和そうな少女が下りてくる。鶴乃の隣に並び立つと、

 

「はじめまして。参京商店街の皆さん。環いろはと言います」

 

 柔らかい笑みを浮かべてお辞儀した。

 

「君が、鶴乃ちゃんの尊敬する人、か?」

 

「師匠だよ!! ねえ?」

 

 正が相変わらず憮然とした態度で尋ねると鶴乃は即答。振られたいろははふにゃりと苦笑い。

 

「それはちょっと……恐れ多いかな」

 

 両手を降って否定。鶴乃は口を尖らせて「ええー!?」と不満を漏らす。

 

「じゃあ、一番の友達、か?」

 

 そこで木次郎が得意気な顔でそう聞いてきた。

 

 ――――それだ。

 

 二人の目が大きく見開いた。

 

 ――――私と彼女の関係を表すのは、“それ”がピッタリだ。

 

 鶴乃といろははお互いに顔を合わせて笑みを浮かべると、深く頷いた。

 

「それでいろはちゃん。証拠ってのは本当にあるのかい?」

 

 今度は隼太郎が問いかけると、いろはは穏やかな笑みを向けながら、言った。

 

 

「もうとっくに、そちらに来てますよ(・・・・・)

 

 

 全員が「えっ!?」と息を飲んだ。

 直後、テーブル席に座る老人達の中の一人――目立たない格好の為、誰も気にしなかった――が、すっと立ち上がり、いろはと鶴乃のいるカウンターの中へと入ってくる。

 

「誰だ、あいつ?」

 

「さあ?」

 

 司が隼太郎に尋ねるも、彼は首を振って否定する。

 周りを見ると、他の老人達も、“彼”を不思議そうに見つめていた。

 生まれた頃から商店街で育ってきた二人ですら知らない顔なのだ。老人達も知らないとなれば尚更。

 多分、“彼”は住民では無い。

 

「あ、あの人は!?」

 

 ――――が、一人だけ知ってる者が居た。

 商店街北側に住む呉服店店主・関 幸四郎だ!

 

「お、俺がこの前コンテストに出品しようとして断念した反物を、一番優れてるって言って……買ってくれた人だ!」

 

「「っ!!」」

 

 司と隼太郎はギョッと目を見開き、前に立った“彼”に注目する。

 鶴乃といろはの間に割りこむと、まず、深めに被ったハンチング帽を外した。

 天井の明かりすらも反射するほどの禿げ上がった頭部に皆が注目。

 しかし、“彼”はそこ(・・)をグッと鷲掴みにすると――――禿頭が外れた。

 代わりに皆の目に写り込んだのは、西洋人さながらの綺羅びやかな黄金の頭髪。

 “彼”は続いて真っ白な付け髭を外し、顔の端の皮膚を掴むと、ペリペリと皮を剥がしていく。

 全員一瞬ギョッとしたが――――すぐにあれは『マスク』だと分かった。

 老人の顔に変装するマスクを、彼は付けていた。

 

「あんたは……!!?」

 

 凡百の老人に変身せざるを得ない理由があったのだと、すぐに皆、理解した。

 特に司は、老人(・・)の本当の顔を見た時、ショックの余り体が震えた。

 豊かな金髪を生やした西洋紳士風に変身した“彼”は、力強い笑みを浮かべて、挨拶。

 

 

「初めまして。参京商店街組合の皆さん。皇グループ会長・皇 稜斗です」

 

 

 ――――全員が、息を飲んだ。

 

「皇グループ・会長……っ?!」

 

「本物なのか、司?」

 

「マジだって親父! これを見ろ!!」

 

 興奮した司がスマホで皇グループの公式HPにある社長紹介ページにアクセスすると、皇 稜斗の一面写真が映っていた。

 司はテーブルを駆け回り、全員に見せつける。

 

「どっひゃ~、まさか本物が来ちまうとは!?」

 

「この人が『帝皇』!? ま、まさか!?」

 

「そ、そんなにスゴイ人なのか!?」

 

「当たり前じゃ! 世界でも屈指の資産家じゃぞ!?」

 

「は~~ありがたやありがたや。なんまんだぶなんまんだぶ」

 

 老人達の難しい顔が、一気に驚愕と歓喜と畏怖の入り混じったものに変貌。

 緊張で張り詰めていた空気に、猛烈な熱が渦巻き、これまでに無い活気を齎した。

 そんな状況を一言で生み出した張本人は、してやったりと得意気な表情で彼らを眺めていた。

 

「……関さんのところを始め、いろいろな店に足を運ばせて頂きましたが、良い商店街ですね。ここで生まれ育ってみたかった」

 

「でしょ?」

 

 鶴乃が笑う。

 

「では、環さん。作戦開始といきましょうか」

 

「はい!」

 

 いろはが笑う。

 稜斗が全員に真剣な眼差しを向ける。

 

「皆様。聞いてください」

 

 稜斗が笑って、皆にはっきりと伝えた。

 

 

 ――――我が社はここを新たな支社とします。

 

 

「ここで、リヒトを一般公開させて頂きます」

 

 

 彼の言葉を、その場にいる全員が、静かに聞いていた。

 

 

 ――――さあ、宴の準備だ。

 

 

 自分達が、地上人を暖かく照らす太陽の化身と自惚れる連中に、思い知らせてやれ。

 神浜の歴史上にも無い、盛大で特大な花火の美しさを。

 

 上しか見上げられない奴らの網膜に、鼓膜に、脳みそに、くっきりと刻み込め!!

 

 

 

 

 ――――戦いは始まった。もう誰にも、この勢いは止められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、七海やちよ追憶編 完結

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。