魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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 一方、その頃、深月フェリシアは……


FILE #52.5 何者でも無い少女は、神を憎む(短編)

 ――――19:00

 

 ――――神浜中央駅北口付近。あるビジネスホテルの屋上。

 

 

 人生とはバランスだ。

 天に舞い上がる程の悦楽を知れば、かならず死にたくなる程の苦痛を思い知る時が来る。

 

「あれが、噂の環 いろはか……」

 

 スコープ越しに、やちよと並んで帰路に立ついろはを観察しながら、黒いパーカーの少女は、ふとそんなことを考えていた。

 

「宝崎じゃ魔法少女同士のコミュニティはあったけど、学校じゃ友達は無し。成績も理科・国語以外は中の下。まあ、印象としては、根暗なコミュ障オタクってところかな」

 

 背後でデリバリーのピザを啄みながら、そう説明するのは、一見少女とは然程違わない年頃に見える女性だ。

 

「かーっ! それが神浜に来た途端、アレかよっ!?」

 

 黒いパーカーの少女が驚く。

 当然だ。英雄・七海やちよと直接対決して勝利――凡百の魔法少女がそれを成し遂げただけでも驚嘆すべきだが、それだけに留まらない。

 七海やちよとは同じ屋根の下で暮らす仲となり……更に神浜市長・夕霧青佐。由比鶴乃を始めとする参京商店街の顔役達。挙げ句の果てには世界随一と謳われるIT企業の会長。僅か一ヶ月と数日で、斯様な大人物達と親交を深めてしまった。

 今まで、ただのコミュ障ぼっちだった奴が? あり得ない――――

 

「たまーにいるんだよなあ。あーいう、神様に愛されてる様な奴がさあ……」

 

 スコープを覗く黒いパーカーの少女の瞳が妖しく瞬いた。声色にあからさまな嫌悪を感じた女性が「おっ」と食べる手を止めて振り向く。

 

「そーいえばフェリーはクリスマスが嫌いだったね」

 

「ああ、オレは神が嫌いなんだ。だから神に好かれてる奴もとことん嫌うのさ。あいつの魔法少女のカッコー見たかよ。まるで修道女(シスター)だぜ? ますます気にくわねえ……」

 

 だからさ――と、黒いパーカーの少女『フェリー』が一瞬だけ振り向いた。

 その瞳に浮かんでいたのは、妬ましさだ。神に愛されてる少女、環いろはに対しての。

 

(けが)してやるのも面白そうだと思わねえか? ジュン」

 

 『フェリー』はそう呟いてから、ニッと嗤った。まるで小兎に狙いを定めた狼の如く口元を釣り上げて。

 

「絶頂にいるあいつを思いっきり突き落としてやるんだ」

 

「それで、誰が得するの?」

 

「オレがよく眠れる」

 

「あっそ」

 

 ――――いろはちゃん、ご愁傷さま。

 

 ジュンは心の中でそう述べながら合掌。

 だが、相貌にはいろはに対する同情や哀れみは一切無く、冷ややかな微笑みだけが貼り付いていた。

 

 

「深月フェリシアさん、目的を忘れてはいけませんよ」

 

 

 と――――そこで、背後から鈴の音色の様に耳心地の良い声が聞こえてきた。

 二人が同時に振り向くと、いつの間にやら、真紅の外套で頭からつま先まで覆い隠した少女らしき人物が佇んでいた。

 

「おお、紅羽根か。安心しろよ。傭兵は感情じゃ働かねえ。仕事と私情は別物だからな」

 

「そっちも兵隊は用意してくれた?」

 

 彼女を見るなり、フェリシアとジュンは朗らかに笑う。

 紅羽根の口元が微かに弧を描いた。「ご心配なく」と言ってパチンッと指を鳴らすと、どこからともなく、黒い外套の少女達が集まってくる。

 その数、15名。

 

「それが噂のハエ共か」

 

 集まってきた黒羽根達を睨み据えながらフェリシアは冷笑。

 

「感情に左右されず、合理的思考のみで行動できる……使役する上では正に理想的人材かと」

 

「ハエってよりはアリだね」

 

 どんな暗示を使ったんだか――――ジュンは黒羽根達を一瞥した後、紅羽根を見つめた。

 その淑女然とした温厚な笑みには、黒羽根の少女達の境遇に対する哀れみは一片も顕れていない。

 いや……恐らく彼女はこの場に顕在する全ての事象に、一切の興味関心も抱いていないのだろう。

 フードの隙間から僅かに伺える瞳を覗いて、ジュンは瞬時にそう確信した。

 

「とりあえず、オメーらはジュンと同じだ。遠くで様子を見ててくれりゃいい」

 

 スコープから目を離し後ろを振り向いたフェリシアがそう指示を下す。

 ジュンは自分に“何かがあった”場合の保険であり、紅羽根達もそれに倣えということだ。

 

「お一人で一切を成すおつもりで?」

 

 紅羽根がその内容に首を傾げた。尋ねると、フェリシアは「そうだ」と嗤う。

 

「そりゃオレの仕事だからなあ。何にもなけりゃあ、お前らは食っちゃ寝してるだけで大金持ち帰れるんだ。良い条件だろう?」

 

 フェリシアは紅羽根に協力費として、懇意にしているヤクザから予め借り入れて置いた金銭を手渡していた。

 紅羽根自身は最初から手を貸すつもりだったので別に要らなかったのだが……強引に握らされた。

 フェリシアとしては、紅羽根が―そして彼女のボスが―どんな人間か把握できない以上、裏切る可能性が無きにしも有らず。その為の大金だ。これで自分を容易には切れまい。金の束縛力は強い。

 

「そっ♪ だから私は協力してるってワケっ」

 

 ジュンが笑顔で再びピザを啄み始めると、紅羽根はフッと微笑んだ。

 

「それはそれは……」

 

 “アステリオス”の実力を、特等席で鑑賞できるとは、魔法少女冥利に尽きるというもの。

 

「とっくりと見物させて頂きましょう」

 

 紅羽根の口端が一瞬だけ、耳元まで吊り上がったように見えた。

 僅かなやりとりの中で、紅羽根が感情を顕わにしたのはここだけだった。

 

 ――――上空には満月。

 

 月光が、真下に集う少女達を海よりも深い蒼に染めていた。

 

 

 

 

 

 

 


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