魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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下書きは早く書けたけど、清書がちっともスムーズじゃなかったよ……

※2023/12/03 読みやすさ重視の為、一部文章を添削/変更しております。
なお、ストーリー展開には、何も影響はございませんので、何卒ご了承ください。


FILE #53 いつか万年桜の木の下で

目次

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Aパート

 

Bパート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日――――神浜中央図書館。

 

 

「ふむふむ……よくぞそこまで頑張りましたな」

 

 ランチタイム。

 朝香美代と再会したいろはは、一階に設けられているカフェにて、お互いに食事を摂りながら事後報告を伝えていた。

 

「これからどうなるかまだわかりませんけど……鶴乃ちゃんが明るく笑うようになってくれて本当に良かったです」

 

 美代はいろはの話に逐一驚嘆を示しているようであった。

 そう言って、話し終えると、どこからともなく扇子を取り出してパッと開く。

 目の前に日の丸が出現した。

 

「アッパレなのですな、いろはくん! わっちは出会った頃より君の強かさを買っておりましたが、まさかここまでできる子だとは思ってもみませんでしたな。この朝香美代、感服致す所存で御座る」

 

 どうして神浜市の魔法少女ってこう個性の塊が多いのだろう、いろはは苦笑いを浮かべながら手を振った。

 

「そんなことは……私はただ、できることをとにかくやっただけで……」

 

 謙遜するが、美代に首を振って否定された。彼女は真剣な瞳でいろはの相貌を見据えながら、こう言った。

 

「魔法少女や魔女の危険性が世間に知れ渡る昨今。皆が皆明日は我が身と考えておりまする。誰もが利己主義と自己保身に走る時代に、見ず知らずの他人の為にそこまで努められる者はそうそうおりませぬ」

 

「でも、美代さんのお陰ですよ」

 

 その一言に完全に意表を付かれたらしい。ポロッと、美代の手から扇子が落ちた。

 

「ほえ? それは、どういうことですな??」

 

 呆気に取られて目を丸くした美代が扇子が落ちたことにも気づかず問いかける。

 いろはは扇子を拾いながら、理由伝えた。

 

「だって、美代さんが私と鶴乃ちゃんを合わせてくれなかったら、きっかけは無かったんですよ」

 

 だからこそ、いろはは美代に、一番伝えたかった事がある。

 

 

「ありがとうございます。美代さん」

 

 

 率直な感謝の言葉が美代に直撃した。

 美代は、しばらく何が何だか分かってない様子でポカンとしていたが……すぐにフフッと笑い始めた。

 

「……本当に、不思議な子なのですな。君は」

 

 実の所美代自身、大層なことをしたつもりは全く無い。

 ただ、自分に絡んでワチャワチャ騒ぐ鶴乃がちょっと……どころか、かなり……面倒くさかったので、都合よく現れたいろはに押し付けた、程度だった。

 なので、まさかお礼を言われる事になろうとは夢にも思わなかった。

 

「なんかそれ、すごくよく言われます……」

 

 いろははまた苦笑い。

 ただ、直後に表情を真剣そのものへと変えた。ここからが本題だ。

 

「……美代さん。あの、約束の件ですけど……」

 

 元はと言えば、美代がいろはの質問を聞く条件として、鶴乃の相手をしてほしいと突き付けたからである。

 あれから、一ヶ月以上も掛かってしまったが……ようやくいろはは、探し求めるものの一つに、一歩近づくことができるのだ。

 

「おお! そうでしたな。で、わっちに聞きたいこと、とは?」

 

 美代も言われてから、そのことを思い出したらしく、手をポンッと叩いた。

 いろはは頷き、ある単語を呟く。

 

 “大賢者様”――――と。

 

「いなくなった私のお父さんが、手紙で伝えてくれたんです。その人に会えって」

 

 二人の人物に会えと、手紙には表記してあった。

 一人は言わずもがな。そしてもう一人が、“それ”。

 誰もが知っている前者とは違って、後者は未だに行方が一切掴めずにいる。

 青佐に聞いてもやちよに聞いてもお手上げ。ならば、神浜の歴史を調べている美代だけが頼りだ。

 彼女ならば、何か知っているのかもしれないと――――

 

「阿峡先生が教えてくれたんです。美代さんは、その方を、知っていますか?」

 

 いろはの言葉に目を丸くしたのはこれで何度目だろうか。

 まさか外様のいろはが――そして一般人の筈の彼女の父親が――その名を知っていることに驚きを隠せない。

 美代は一度、ふう、と溜息を付いて、一拍置いた後、静かに語り始める。

 

「ふむ、大賢者様、ですかな……その名を知っている者は決して多くありませぬ」

 

「実在はしているんですか?」

 

「知る者の噂では、ですな。ですが、会ったことのある者は極わずかしかいないという話ですな」

 

 美代は、大賢者について、知っている限りの情報をいろはに伝えた。

 

 曰く、大賢者は、5年前にある人物がその存在を吹聴したことで広まった。

 

 それは、魔法の総てを極め、司る者。

 それは、総ての魔法少女の頂点に立つ、高位次元の存在。

 それは、神浜市の特異点であり、全てを護る現人神。

 

 神浜市の地上のどこにも住んでいない。故に、誰も知らない。だが、確かに存在し、出会った者もいるのだという。

 大賢者は神浜の全てと繋がっている。市内に顕在する生命の全てを司り、彼らの魂の行く末を見届けるのが役目。

 そして役目を終えた魂を浄化し、極楽浄土へと導いているのだという。

 

「魔法少女……なんですか?」

 

「わっちも会ったことがないので何とも言えませぬが……ただ、可能性は無きにしもあらず、ですな」 

 

 美代曰く――――インドでは先日、ある大司教の女性が寿命を迎えたという。

 よくある話だが、驚嘆すべきは、彼女はなんと250年も前に出生された記録があったそうだ。

 最近の調査で判明したのは、魔法少女であったらしく、キュゥべえから聞き出した話では「特異中の特異」な存在であったそうだ。

 

「一般的な人間でさえ、常識を覆すケースは古今東西歴史の中で枚挙に暇がありませぬ。魔法少女もまた然り。恐らく、大賢者様も斯様な人物と同等の可能性が高いと思われまする」

 

「そんな凄い人が、神浜市に……」

 

 だが、青佐ややちよですら掴めていない人物だ。本当に存在しているのかさえ疑わしい。

 

「あと、こんな噂もあるのですな。大賢者様に会えた魔法少女は、ある"秘術”を二つ、授けられると聞くのですな」

 

「秘術……?」

 

 美代は袖下から護符を二つ取り出すと、筆ペンで書いたそれをいろはに見せる。

 

 

――――“魔義空”

 

――――“怒病縷”

 

 

「魔義空と、怒病縷ですな」

 

「まぎあ……どっぺる……?」

 

 いろはは目を細めて、護符に書かれた文字列を見つめた。

 一見当て字の様で、だけど深い意味が込められてそうな漢字だが……並びを見つめても、意味はさっぱりだ。

 だがこれらが、魔法少女の“秘術”と謂われているものならば、相当凄いものに違いない。

 いろはは興味深そうな視線を美代に送るが、彼女は眉を八の字にして首を振った。

 

「詳しいことはわかりませぬ。多くの魔法少女がその秘術を得る為に大賢者様を血眼になって探し回るも、その過酷な試練を前に挫折したといいますな……」

 

 試練、と聞いていろはの肩が強張った。

 やはり、大賢者と会うにはそう易々といかないらしい。

 

「試練って? どんな……」

 

 果たして今の自分がそれをやり遂げられるものであるのか気になったが、美代は首を振る。

 

「それも分かりませぬ。試練に関することは一切口にしてはならぬと決まりが定められております故」

 

 そのような規則を、誰かが取り決めた訳では無いらしい。

 だが、神浜市に住む魔法少女達の間で、いつの間にか“暗黙のルール”となって個々に根付いていた。

 

「もし、安易に誰かに伝えてしまった場合は、大賢者様から罰が下されるそうですな」

 

 えっ……といろはの表情が固まった。

 

「試練に関する全ての記憶が消されてしまうのですな」

 

 ぞっと、背筋が凍えるのを感じた。

 大賢者様の事が、急に怖くなった。

 いろはは両手で自身の体を護るように抱きしめる。

 

「そんなことが……」

 

 青くなったいろはを見て、美代は申しわけなさそうな気持ちになった。

 

「それもはっきりとは分からぬことですがな……。とりあえず、わっちがかの御仁について知っている情報は、こんな所ですな」

 

 溜息を付いてから、そう述べた。

 いろはは、大賢者への緊張が貼り付いたままの表情で頭を下げる。

 

「……ありがとうございます。美代さん」

 

「申しわけありませぬ。怖がらせるつもりは無かったのですがな……」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 直後、いろはは屈託ない笑顔を向けて、そう言い切った。

 大賢者は恐ろしい。だけど――――心の奥底が、じんわり熱くなっていくのを感じる。

 それは間違いなく、火だ。自分が前に進むための、希望が、ポッと灯されたのだ。

 

「手がかりが掴めたことの方が、ずっと嬉しいですから」

 

 神浜に住み続けていれば、いつかは会えるかもしれない。

 そう思えたから、いろはは前を向ける。失ったものを取り戻す為に進み続ける。

 

「やはり君は強い子ですな……いろはくん。ですが、わざわざわっちの元に赴かんでも、適任者が身近におるではないですかな?」

 

「え?」

 

 今度はいろはが美代の言葉に意表を突かれた。 

 

「神浜市の歴史研究家としては、趣味で資料を漁っているだけのわっちよりもはるかに名高いですな。何せ、わっちが知っている情報も発信元はその御仁なのですからな」

 

 いろは、ビックリ仰天!

 

「ええっ!? そ、それって、一体誰なんですか?」

 

 身近、と言われても思い当たる節が無い。

 いろはは、驚いて美代に問い詰めると、彼女は深く溜息をついてから、一言、呟いた。

 

 

「夕霧青佐市長殿ですな」

 

 

 一瞬だけ、いろはの眉間にグッと皺が寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――神浜市役所。市長執務室。

 

 現在、秘書のこころとまさらは、休憩中だ。

 静寂に満ちた部屋で、たった独り書類仕事に追われていた青佐の耳に、突然ドンドンと扉を強く叩く音が響いた。

 

「どうぞ」

 

 扉に顔を向けて応えると、バンッと勢い良く開かれた。

 

「失礼致します」

 

 登場したのは、なんといろはであった。彼女は入室時の一礼もせずに、大股でズンズンと歩み寄ってくる。

 その形相は一目瞭然。青佐に向けて明らかに怒っている。

 

「礼儀がなってないわよ、いろはさん」

 

「無礼は承知してます。一体、どういうことですか?」

 

 市長は僅かに下を向いてほくそ笑んだ。

 自分の立場上、知らぬ所で恨みを買われることは慣れてはいるが、直談判されるケースは稀だ。

 さて、どう相手してやろうか――――考えるだけで面白くなってくる。

 

「大賢者様について、“知らない”ってはっきり言ってましたよね!」

 

 早速、いろはが怒鳴った。だが、青佐は微動だにしない。

 

「ええ。そうね」

 

 帰ってきたのは素っ気ない返事。

 その飄々然とした態度に、ついに我慢できなくなったのか、いろはは両手をデスクにバンッ!と叩き付ける!

 

「どうして嘘をついたんですかっ!」

 

「ついて良い嘘と、悪い嘘があるのよ」

 

「ついて良いって……人を騙して良いなんて思いませんっ」

 

 執務室全体に響くほど怒声を張り上げるも、青佐は眉一つ動かさない。

 寧ろ、せせら笑いまじりにそう返されたことがいろはの逆鱗に触れた。

 彼女は必死なのだ。

 大切なものを取り戻す為には、一刻も早く“大賢者様”に会わなければならない。

 

 ――――それなのに……!!

 

 父親と友人であり、自分の事情を深く知っている青佐が、斯様な“悪ふざけ”で自分の気持ちを弄んだことが、悔しくてたまらない。

 狼狽えさせるぐらいの怒りをぶつけてやらなければ気がすまない!

 絶対に謝らせると、鋼の意志で青佐に食って掛かるいろはだったが……

 

「じゃあ、結果を見てみましょう。私が『大賢者を知らない』と言って、貴女はどうなったかしら?」

 

「えっ?」

 

 そこで青佐の言葉に、意表を付かれてしまった。

 いろはは、一瞬、怒りを忘れて彼女を見つめる。

 

「貴女の足は動いた。朝香さんと話す機会が増えて、より親交を深めることができた。違う?」

 

「それは……」

 

 美代とは、すっかり打ち解けた。別れ際に連絡先も交換した。否定できない。

 

「とはいえ騙したことに関しては謝るべきね。ごめんなさい。いろはさん」

 

「いえ……でも、どうしてそんなマネを?」

 

 いきなり素直に謝られてしまい、いろはは目的を失った。

 だが、溜め込んでいた怒りの熱がスーッと冷めていき、正常な思考を取り戻す。

 青佐のことだから、そう言ったのには何か意図があるのかもしれないが――見えてこない。

 今ひとつ釈然としない様子でいろはが尋ねると、青佐は細い瞳で見据えた。

 まるで遠くを眺めるように。

 

「昔、ある人が言っていたわ。『人は最初から人じゃない。自分の足で歩いて人になっていくものだ』、とね」

 

「人に、なる……」

 

「答えを知る私が教えるのは簡単よ。でもそれじゃあ、貴女には何も響かないでしょう? 実感を得なければ、それは人生の経験値には成り得ない。答えというものは、自分で求め彷徨い足掻き手に入れるものよ」

 

「それは、そうかもしれませんけど……」

 

「私は、貴女にこの街の様々な人たちと親交を深めて欲しいと要求した。貴女もそれに応えると誓った。どう? 私が嘘を付いたことでお互いに得をしたじゃない? 結果オーライってやつよ」

 

 ニコニコと笑う青佐にいろははただ呆気に取られていた。

 なんというか、上手く言いくるめられた気がするけど……その天真爛漫な笑みを見てると、不思議と悪い気はしなかった。

 食えない人だが、ちゃんと自分のことを考えてくれているのが分かったから。

 

「じゃあ、ほんとに……夕霧さんは知ってるんですか?」

 

 “大賢者様”のことを――――と尋ねると、青佐は迷わず頷いた。

 

「ええ、良く知っているわ」

 

 いろはは再び両手でデスクを突いて食って掛かる!

 

「じゃあ、どこにいるのか、教えて頂けますか?」

 

「そうねえ……」

 

 青佐はそこで、顔を下に向けて、誰かに念じるように(・・・・・・・・・)瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

(“教授”……聞こえますか?)

 

『うん。青佐、どうしたんだい?』

 

(いろはさんの素質(・・)は十分です。そろそろ頃合いかと――――)

 

 瞼の裏に出現する小さな少女は、顎に手を当てた。渋い顔を浮かべて、悩んでいる。

 

『しかし……まだ早くは無いかな?』

 

(そうやって面倒くさいから、責任負いたくないからって有耶無耶にしてる内に時間ばかりが過ぎていくのですよ。貴女も女なら潔く度胸を示しなさいっ)

 

『僕は女は愛嬌だと教えた筈だけど……分かった。いいだろう』

 

 “教授”はやれやれと溜息を付いた後、青佐をしっかりと見つめて、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

『環いろはを、僕の元(・・・)へ招いて欲しい』

 

(その言葉を待ってましたよ、“教授”)

 

 

 

 

 

 

 ――――青佐はそこで瞳を開けると、呆然と直立不動するいろはが見えた。

 

「夕霧さん?」

 

「ごめんなさい。ちょっとね……」

 

 そこで、鷹の如き鋭い眼差しでいろはを見据える。

 

「いろはさん」

 

「は、はい」

 

 その眼力の強さは凄まじく、いろはの肩が強張った。緊張の面持ちで青佐を見つめ返す。

 

「大賢者の元へは案内できないけれど、すぐ近くまで連れて行ってあげるわ」

 

「本当ですか!?」 

 

 途端、いろはの瞳が輝いた。青佐は強い眼差しのままコクリと頷く。

 

「ええ。そこには大賢者のことを私よりも(・・・・)深く知っている人達が居る。話をよく聞いて、手がかりを集めてきなさい」

 

「夕霧さん、よりも……?」

 

「ちょっといいかしら」

 

 青佐は椅子から立ち上がり、いろはの頭を両手で抱え込んだ。

 

「えっ……!?」

 

 いきなり何をするのか――――驚くのは束の間だった。

 自分の額と、青佐の額が触れた瞬間、

 

 意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――リンゴを割ったような甘酸っぱい香りが、鼻腔をくすぐった。

 

 ああ、懐かしい――――と、それに意識が刺激されたのか、ぼんやりと目が醒める。

 視界を染めたのは雲ひとつ無い青一色の碧天。

 ああ、同じだ。あの頃と。

 だが、上体を起こしたいろはの目に見えたのは、そんな理想とは掛け離れた世界。

 そこには、自分の大切な人達は、誰一人としていない。

 病室ですらない。

 

 

 ――――一面、花畑。

 

 

 四方八方、見渡す限りの地表全てがリンゴの花で覆われていた。

 いろはは瞠目。一体どこまで続いているのだろう。地平線の向こうまで無限に続いているのかもしれない。

 いや、それよりも……。

 自分はどうしてこんな所にいるのだろう。

 いろはは漸く現実を認識し、自分の状況を振り返ってみた。

 確か……ここに来る直前に、神浜市役所の市長執務室に自分は居たはず。青佐と自分はお互いの額をくっつけて、それから意識がフッ飛んで……それから先はよく覚えていない。

 

 ――――まさか……!

 

 いろはの性格を考えれば、まずネガティブな方向に思考が偏ってしまうのは無理も無い。

 

 ――――“天国”……?

 

 自分はいつの間に、死んでしまったのだろう。

 あの後、青佐諸共魔女に食われてしまったのだろうか。

 ……駄目だ。いくら頭を捻っても、思い出せない。

 しかし、不思議だ。

 仮に死んでいるというのなら、何故、悲しいとか悔しいとか云う気持ちが湧いてこないのだろうか。

 自分はまだ、志半ばの筈。まだ何も成し遂げてなく、取り戻せてもいない――――なのに、不思議と安心感で胸が満たされているのは、何でだろう? まるで、自分は、最初からここに辿り着くことが目的だったみたいに。

 

 ――――いや、待てよ。もしかしたら、ここが。

 

 目的の場所なのか(・・・・・・・・)

 青佐の言っていた、『大賢者を深く知る者達』が集う場所なのだろうか?

 

 

 

<ご明察です。環 いろは>

 

 

 

「!!?」

 

 突然、頭の中で響く、知らぬ声。

 まるで魔法少女のテレパシーのように、“それ”は飛んできた。

 刹那――――いろはは思わず身震いする程の魔力を感知した。

 今まで出会った魔法少女は愚か、魔女からも感じたことの無い、強烈且つ絶大な魔力反応――――世界には“災害級”と呼ばれる『伝説の魔女』が各地で出現したという事例をいつかのニュースで観たことがあったが……自分の下に迫ってくるのが、まさか“それ”なのか?

 

 勝てる見込みはない。

 だけど、戦わねならない。

 咄嗟に立ち上がるいろは。

 そこで、いつの間にか魔法少女に変身していたことに気付く。

 クロスボウを装着した右手を、魔力の感じる上空へと天高く伸ばした。

 

 だが――――次の瞬間、いろはは戦意を失った。

 

 巨大な飛翔物の陰が、いろはを黒く染める。“それ”は余りにも神秘的過ぎて、魔女と例えるには畏れ多い。

 だが、現実には決して有り得ない存在だった。

 ゆっくりと、いろはの目の前に降り立つ。

 

 瞠目。仰天。混乱。恐怖。絶句。

 

 それは、象のように巨大な体躯を誇る『狐』であった。 

 陽を受けてギラギラと輝かしく発光する銀毛を全身に生やし、風を受けてゆらゆらと左右に靡く九つの尾を生やした怪物が、その圧倒的な存在感のみで、いろはを打ちのめした。

 

<はじめまして>

 

 だが、九尾の白狐からは相変わらず凄まじい魔力は感じるものの、自分に対する戦意や敵意は無く。

 ――――彼(彼女?)は頭を下げて、少年の様な声色のテレパシーでいろはに挨拶した。

 

「は、はじめまして……」

 

 すっかり戦意を削がれたいろはに成す術は無く。

 ただ構えていた右手を下ろし、反射的に挨拶を返すだけ。

 九尾の白狐は、金色に瞬く瞳でいろはを伺うように見据えていると、

 

<お待ちしておりました。環 いろは。私は“ヨヅル”と申します>

 

 淡々と自己紹介を始めた。

 不意にあれ? と不思議に思う。どうして目の前の怪物は、自分の名前を知っているのだろうか?

 だが、“ヨヅル”と名乗った九尾の白狐は、いろはにそんな疑問を呈する隙も与えず、話を続ける。

 

<中枢で“教授”が貴女をお待ちかねです>

 

「“教授”……?」

 

<ご案内致しますので、私の後を付いてきてください>

 

 誰だろう、“教授”って……?

 だが、白狐は既にその神々しさすら感じられる九尾をいろはに向けて、どこかへと歩み出していた。

 

「あ、ちょっと……」

 

 いろはも慌てて、九尾の白狐に駆け寄った。その銀毛が瞬く巨大な後ろ足にピッタリとくっつく。

 怪物が一歩歩く度に、足元の花畑は踏み躙られて無残な姿と化したが――――すぐに再生し、陽気な花弁を開かせた。

 不思議な光景が溢れる場所で、自分を待つ“教授”。

 確か……前に、やちよさんが和泉十七夜さんの事を話した時にも、出てきたような……。

 

 何が何だか、訳が分からない。

 ただ“教授”なる人物への興味を抱いたまま、いろははただ黙々と、白狐と共にかの人物の所まで、歩を進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<あちらです>

 

 九尾の白狐はそう言って、足を止めた。

 一体、ここに辿り着くまで、どれくらい歩いただろう。

 十分……一時間……いや、十時間は歩いたような気がするし、あっという間だった気もする。どっちかははっきり判別できない。

 この世界があまりにも異質過ぎて、自分の感覚も正常では無くなったらしい。

 だが、一つだけ、思い至った事がある。

 ここは“天国”では無い。もう一つの可能性だ。

 ヨヅルと名乗る九尾の白弧が、自分の体よりも巨大な前足で指し示した方角を見て、迷わずそれを確信しそうになった。

 

 ――――“夢”。

 

 ここは誰かが見ている夢の中なのかもしれない。

 自分か、青佐か、それともまだ見ぬ“教授”とやらか――――

 

 案内された場所に広がるのは、より一層幻想的な世界だった。

 無限に広がる花畑――――その中央で天を貫かんばかりに聳え立つのは、桜の木。

 この世界を治める誇り高き王者の如く君臨するそれは、一体、どれくらいの大昔から生きているのだろうか。

 1000年……2000年……いや、人間が生まれるもっと前……もしかしたら、恐竜が生存していた頃には、もう立派な桜を咲かせていたのかもしれない。

 暖かな風によって舞い広がる花吹雪が、空を桃色に染めている。その美しさがとても感動的で、鳥肌が立った。

 

 と、そこで――――桜華の傘の下で誰か(・・)が、幹に背を預けて立っていた。

 あれが、“教授”と呼ばれる人なのだろうか?

 目を凝らしてよく見る。想像していた姿よりもずっと小さくて、まるで少女の様で――――

 

 

 

 ――――顔が、はっきり見えた。

 

 

 

 刹那――――視界が、震えた。

 知らない間に熱いものが溢れて、頬を伝っていた。

 嬉しさが心を埋め尽くして、胸が爆発しそうだ。

 脳を血が勢いよく駆け巡り、かっと熱くなる。

 

 

 ――――ああ、そうだ。求めていた。今まで探し求めてやまなかったものの一つが、目の前に居る。

 

 

 

 

 

 

ここがもし“天国”で、彼女がとっくに生きていなかったとしても。

いつか消えてしまう“夢”の中であったとしても。

 

 

 

自分は、待ち望んでいた。

彼女との再会を。

彼女と、楽しく話し合える日々を。

 

 

 

 

 

 

 気がついた時には、足が自然と彼女の目の前まで駆け寄っていた。

 ――――ああ、同じだ。

 魔法少女みたいな服装こそ違っているが、その顔も、髪型も、体格も、あの頃と何一つ変わっていない。

 いろはの口が、ゆっくりと開かれて、震えた声で、かの者の名が囁かれた。

 

 

 

 

「ねむちゃん」

 

 

 

 

 小さな少女の口元が、うっすらと弧を描く。

 あの頃――――うい、灯花、自分に囲まれて楽しく話し合っていた時に、よく見せたのと、全く同じ笑顔で――――

 

 

 

「久しぶりだね。環 いろは」

 

 

 

 機械の様に淡々とした、か細い声色で彼女は自分の名を呼んでくれた。

 それだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 

――――ああ、忘れない。決して忘れない。

 

――――貴女は私の、人生の一部。

 

――――私にとって、家族と同じぐらい、大切な人。

 

 

 

 

――――その名は、柊 ねむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや……()()()()()、というべきかな?」

 

 

 そして、神浜市では“()()”と呼ばれし者――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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