魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
☆
神浜市役所屋上――――
『そうなのねぇ、そんなことがぁ……』
「みたま、あんたも心配?」
そこで、ピーターは、スマホでみたまと連絡を交わしていた。
『心配に決まってるじゃない。相手はあのやちよさんよ?』
「そうよねぇ」
『美代さんが付いてくれたっていっても、ねぇ……相手が強すぎるわ。ピーターは?』
心配じゃないの? と問いかけるみたまの声は心配のあまり、沈んでいた。
ピーターは、目を細めて眼前に広がる神浜町の町並みを捉える。
いろはと美代のペア、やちよの3人の魔法少女が飛び降りてから既に5分が経過――――ドローンは現在、オート操作に切り替えており、市役所前の神浜中央商店街と神浜公立中央小学校が有る住宅街の空域に差し掛かろうとしていた。
いろはと美代はもう商店街を抜けた頃だろうか。そしてやちよは、もっと先を進んでいることだろう。恐らく彼女のことだから、ドローンに真下でピッタリと付いて放さないかもしれない。
(確かに、やっちゃんは強すぎるわね……)
ふう、と溜息を吐いて、視線を足元に向けるピーター。
そこには、袋詰にされたキュゥべえが居た。とはいえ、一般人の彼にその姿は見えない。
なので、縛られたビニール袋が何故か膨らんでいて、内側からガサゴソ音を立てて動いている、という軽くホラーな光景が映し出されていた。
「私も心配よ。……けどね」
だが、ピーターは別に気にせず、会話を続ける。僅かに口元がフッと笑みを作った。
『ピーター?』
相手が不敵な笑みを浮かべた事を察したみたまは、怪訝な声を挙げる。
「ちょっと期待している自分もいるのよ。いろはちゃん、もしかしたらやれるかもって……」
『根拠は?』
「実力差を思い知ってるのに、真正面から食って掛かった。あんな新顔、久しぶりにみたわ」
いろはは先程、七海やちよに完膚なきまでに叩き伏された。
普通なら、そこで確実に『恐怖』を覚える筈だ。やちよと自分との間に越えられない壁があるから、絶対に敵わないと――――しかし、彼女の闘志は一片も衰えを見せず、やちよに立ち向かい続けた。
神浜市管轄の各町でチームリーダーを務めている魔法少女ならまだしも、他所から来た新顔が、それをやってのけるとは――――あの時、美代が驚嘆していたのを隣で呆れて見てたが、自分も実のところ、内心は同じ気持ちだったと、みたまに説明する。
『ふ~~む……』
どこか期待で声色を弾ませているピーターに対し、電話越しのみたまは納得しきれない様子だ。いろはに対する心配がまだ拭いきれていない。
とは言え、これはいろはとやちよの真剣勝負だ。部外者であるみたまには何も出来ない。
なので、これ以上口を挟んでも二人に失礼だと思い、黙るしか無かった。
「――――っ!! そうだわ!!」
そこで、ピーターは何かを思いついたらしい。急にカン高い声を挙げた。
『どうしたの?』
「ドローンの着陸地点よ。旧商店街より2km先に有る中央運動公園にしようかって思ってたけど……決めた!」
そう断言して、新たに決めた着陸先を伝えるピーター。
『…………』
直後に、みたまは沈黙。
『…………ピーター、貴女って本当に、嫌な大人』
「オホホホホッ!!」
恐らく電話越しで、呆れ返っているのだろう。みたまの至極うんざりとした声が飛んできたが、ピーターは口に手を当てて、豪快に笑うだけであった。
それから、二、三言交わして、連絡を切る。
スマホの画面が、ドローンが撮影していると思しき映像に切り替わった。
住宅街を抜けて、旧商店街が見えた。その左隣には、神浜中央農林公園がある。ドローンのカメラの向きだけを、そちらに向ける。
「環いろは……、『深淵』を抱えた魔法少女……」
それは、画面一杯に広がる農林公園の森林よりも深く、暗いものであろうか――――そう思い、真剣な眼差しで見つめながら、ピーターは静かに、誰にでもなく呟いた。
「さてと、彼女が神浜に呼び込むのは、希望の光なのか……。それとも、破滅かしら……?」
――――いずれにしても、混沌極まるこの街に、何らかの風穴をブチ開けてもらいたいものだ。
微笑を浮かべながらそう考える彼の真意を知る者は、今は誰もいなかった。
☆
市役所の正門を出てから少し真っ直ぐを歩くと、神浜中央商店街に差し当たる。
此処は、神浜市が魔法少女保護特区として指定されてから、政府の全面的な援助を受けて都市開発の一環として開発された地帯だ。
平日の昼間にも関わらず、人で賑わっている。
人気の飲食、アパレルのチェーン店が両サイドに並んでおり、視覚的にも刺激が広がっているせいか、若者が騒がしい。
道路上にも構わず、人混みがわらわらと蠢いている様子は、まるで、東京・東池袋のサンシャイン通りを彷彿とさせた。ほぼ完全に歩行者天国となっているそこでは、車が走る姿も滅多に見当たらない。
「おっ」
「どうしたの?」
市役所から見て、右側の歩道を仲良く腕を組んで歩く二人組の男女。
カップルの彼氏の方が、ふと何かが近づいてくる気がして、目線を向かい側に建つスポーツ用品チェーン店の屋根の上に向けた。
彼女の方は不思議に思いながらも、彼氏と同じ方向を見遣る。
刹那――――バビュンッ!! と、
「なんじゃありゃあ……!? 新幹線……!?」
「スカイフィッシュ……!?」
突然視界に発生した怪奇現象にカップルは、呆然となる。目を震わせながら、あんぐりと口を開けて、固まった。
二人は神浜市外で暮らしており、今日はたまたま二人揃って休みだったので、神浜まで遊びにきていたのだ。
「で、でも、人の形をしてたような……??」
「ありゃあ、七海部長だね~!」
「婆さん今の見えたのかよっ!?」
「お勤めご苦労様ですぅ~」
困惑するカップルの隣で枯れた声が聞こえてギョッとなる。老婆が隣に現れて、両手を合わせて拝んでいた。
「おい、今の見たか?」
「ああ、七海やちよだ……っ!! クッソ~!! カメラ用意しときゃ良かったなぁ~~ッ!!」
「……いや、撮るの無理だろアレ」
「それにしても、どうしたんだろ? 魔女でも出たのかしら?」
「……いや、だったら町内放送ある筈だろ」
「出張じゃないの? テレビ出演してから、市外の広報活動で忙しいみたいだし」
「でも、七海やちよがいなくなったら、神浜町が手薄になるぜ? その間、誰が守ってくれんだよ?」
「そりゃあ、流石に他所の町のチームに頼むとかしてるんじゃないか? あとは、フリーの魔法少女とかにさ」
「……でも、『治安維持部』なんだからさぁ、もうちょっとそっちに尽力してほしいわよねぇ……」
「ほんとほんと。この神浜町じゃあ、お役所勤めは七海と八雲しか居ないってのによ」
「そいつらに比べりゃ、明京町の常磐ななかは相当ビシッとやってるみたいだぜ。やっぱ市民の安全を第一を考えてくれる奴がいいよなあ」
噂の有名人が通りかかると、歩道を歩いていた若者達が足を止めて、即座にワイワイと騒ぎ立てる。
七海やちよ個人に対する思いの丈を――――主に不満に感じてる事を、口々に発露し始めた。
「おっ、今度は何だ?」
そこで、また向かい側の屋根の上を誰かが走ってくるのが見えて、一人の青年が声を挙げた。
他の若者達も一斉に青年と同じ方向を見遣る。
「あっ、美代さんだ! 美代さ~~~ん!!」
濃紫色の深いローブに身を包んだ女性が飛来してくるのが見えて、女性が声を張り上げる。
届いたらしい。美代は顔を向けると、僅かに手を振った。
「美代さんの後ろに誰かいるぜ!」
「ああ、ありゃ新顔の環いろはだな」
「『仮登録』扱いになってんだな?」
「なんだろ、訳アリかな?」
「……っていうか、寒くないの? あの格好……」
既にいろはの顔と名前は、神浜公式HPにアップされており、神浜町民にも知れ渡っていた。
新しい魔法少女に、若者たちは注目する。
☆
―――――一方、注目を集めるいろははというと……。
「凄い……!」
目線をチラリと横に向けると、商店街の歩道や道路に存在する人の大群が、自分に注目して騒ぎ立てる様子がはっきりと見えた。
元々住んでいる町では、自分が魔法少女であることを隠す必要性が有った。
魔法少女の存在が世界に認知された、とは言え、まだまだ人々に理解されるには程遠く、自分が魔法少女だと知られてしまえば差別の対象にされることもあった。
両親に迷惑を掛けたく無かったいろはは、暗くなった夜だけに魔法少女活動を行っていた。
だが、神浜市では、昼間から魔法少女活動が許される。魔法少女の姿を露呈しても、自分が差別や非難を受ける事は無い。
――――改めて、神浜市が『魔法少女保護特区』であることを認識した!
「で、でも……は、恥ずかしい……っ」
若者の大半がスマホを持ち上げて、自分の姿をカシャ、カシャ、とカメラで撮っている。
顔が紅潮してきた。穴が有ったら入りたい、という諺の意味を始めて理解した気がする。
(美代さんはいいけど……私の格好って……)
途端に、目の前を走る美代が羨ましくなるいろは。
何せ彼女の魔法少女衣装は占い師か呪術師の様な、全身を覆う厚いローブ。肌色は、目元を除いて一切が隠れている。
いろはの魔法少女衣装も、「肌色が一切露出していない」という点は美代と同じだ。
しかし……
(このタイツ、薄過ぎるよ……!)
顔を戻して、目線を下に向けるいろは。
お腹が丸見えだ――――!!
胸下から、下腹部に掛けてを覆っているそれが、全く頼りない事を改めて認識すると、愕然とした。咄嗟に両手で抱え込んで隠す。
更に足元まで見下ろすと、短い丈のスカートから生える両足も、ピッチリとタイツで覆われているが――――腹部同様に薄く作られているせいで、太ももがほぼ完全に露出していた。
(何でこんなに大胆なの~~っ!?)
両目の尻に涙を浮かべると、心の中で絶叫を挙げるいろは。
根っからの草食系根暗女子である彼女にとって、人々から注目されるのは好ましい事ではない。寧ろ精神的暴力に等しい。
加えて、若い男性から厭らしい目線で見られてるかもしれないと思うと、顔がカーッと熱くなってきた。もし、池か湖が近くにあったら即座に飛び込んで冷やしたい。
「いろはくん、あまり心配なさるな」
と、そこで、前を走る美代がスピードを緩めて、いろはと横並びになった。切れ長の目を細めて、声を掛けてくる。
「で、でも……」
美代が心配してくれるのは分かっているが、いろはの顔は浮かない。
「もっとエッチィ子はいっぱいいますな」
「ええっ!?」
とんでもない発言を至極冷静な目を向けながら告げる美代に、いろはは目を丸くしてビックリ仰天!!
「これに耐えることも立派な試練ですなっ! さあ、なるべく気にせずに、急ぎましょう!!」
「ううう……っ!」
自分は
そう思うと、一言文句を言ってやろうと口を開きかけたが、その瞬間には、美代は既に自分を置き去りにして前を走ってしまっていた。
涙をポロポロ零しつつも、いろはは慌てて後を追う。
☆
「はあ……はあ……」
「ふう……ふう……」
しばらくして、新商店街を抜けた二人だが、その顔は疲弊に満ちていた。
――――といってもいろはの方は、緊張と恥辱で、心拍数が跳ね上がっていたから。美代の方は、単純に運動不足が原因だが。
「七海部長さんも、ドローンも、全く見えませんね……」
息を切らしながらそう呟くいろはの目線の先には、商店街とは打って変わって閑散とした住宅街が広がっていた。やちよどころか人の姿も全く見当たらない。空に顔を向けるも、燦々とした太陽が目を焼き付けてくるだけだ。
「流石七海くん。我々とは鍛え方が違うのですな……」
美代も、相変わらず平静とした態度のままだが、その額にはじわりと汗が浮かんでいた。
目的物を見失ってしまった事に意気消沈する二人。
~~~~♪~~~♪~~~~
と、そこで音楽が鳴り響く。いろはがハッと顔を向けると、美代がポケットに手を突っ込んでスマホを取り出していた。
通話ボタンを押して、耳に当てる。
「もしもし?」
『美代さんね。いろはちゃんも、聞こえてるかしら?』
バリトンボイスだが、女性らしさを存分に感じさせる艶やかな口調で呼ばれて、いろはは目を見開く。間違いない、相手はピーターだ。
「あっ、はい!」
美代がスマホを耳から離す。いろはは咄嗟に近づいて、スマホに顔を近づけると、短く返事をした。
『やっちゃん相手じゃ辛いでしょうから、私からハンデをあげるわ。ドローンの着陸地点よ』
「「!!!」」
ピーターからのまさかの出血大サービスに、いろはと美代が驚愕の顔を浮かべる。
「それは、どこですか!?」
間を置かずにいろはが食らいついてきた。ピーターは『慌てないで』と宥めると、説明する。
『流石に直接教える訳にはいかないから、キーワードを2つ出すわ。【神浜中央運動公園】と【元通り】よ』
「なるほど、さっぱり分かりませぬ」
真顔でそんな言葉を返す美代に、ピーターは、はあ、と溜息。
『言うと思った……。だから残り一つのキーワードを隠しておいたの。この町に住む、魔法少女の
「それは……?」
「魔法少女の誰か」――――その言葉がピーターから紡がれた瞬間、いろはの顔が険しくなった。目を細めて、問いかける。
『それは自分で探しなさいな。それじゃ』
だが、ピーターは冷ややかに返すと、プツリと通話を切ってしまった。
「ふむ、どうしたらいいのでしょうな……いろはくん?」
美代はポケットにスマホを入れると、いろはに顔を向ける。
細められた瞳には、どこか様子を伺う様な色合いが込められていた。。
それもその筈――――美代はいろはを試している。もし、此処で「どうしよう」「わかりません」と返し、自分に縋る様だったら、いろはの実力は
そうしたら、この場で解散し、とっとと本業に戻る腹つもりでいた。非情だが、やちよの言ったとおり、神浜市では強さと算術が無ければ生き残れないのだ。
しかし――――
「…………」
いろはは、顎に手を当てて、考え込んでいる。
商店街で恥ずかしさのあまり涙を零していたのが嘘の様に……今さっき、息を切らして疲弊していたのがまるで、無かったかのように……冷静と真剣に満ちた表情を浮かべていた。
美代は心の中で「おおっ!」と感心の声を挙げる。どうやら、自分は全く分からなかったピーターの言葉に、彼女は何らかの光明が見えたらしい。
「美代さん、一つ相談が有ります」
低い声で呟かれた言葉の中に、『相談』と単語が混じっていた事に美代は、ほお、と納得した様な声を挙げる。
あくまで、彼女は、『自分の意志』で決定するつもりらしい。
「なんですかな」
「スタート前に、言いましたよね……。『自分を存分に使って』って……」
「確かに、申し上げましたな」
「つまり、それって……美代さんの持ってる『情報』も含まれてるってことですよね?」
いろはがそう伝えると、美代が目を細める。
「……君はわっちを使って、何がしたいのですかな?」
腕を組んで、やや威圧するような棘のある声色で返す。ここで彼女が怖気づくのなら容赦はしない。
「美代さん、私が目覚めた時に、『仕事が忙しい』って言ってました。この町に住む魔法少女の事は、詳しいんですか?」
だが、いろはは、美代の顔をしかと見つめて、はっきりと問いかける。
確か、ピーターの話では、美代は『魔法少女専門の訪問医療』だと聞いていた。つまり、顧客は魔法少女しかいない、ということだ。
「自惚れではありませぬが……」
美代はそこで、フン、と鼻息を吹かす。
「神浜町どころか、神浜市内に知らぬ魔法少女は居ないと自負しております」
胸を張って尊大に言い放つ美代。
「だったら……『連絡』してほしいんです」
「キーワードを一人ひとり尋ねるつもりですかな。それは構いませぬが……途轍もない時間が掛かりますぞ。その間に七海くんがドローンを捕まえる可能性も……」
「いえ、掛ける相手は『一人』で良いんです!」
その言葉に、美代は思わず「えっ?」と素っ頓狂な声を挙げてしまう。
そう高らかに言ういろはの表情は――――見たこともないぐらいの自信に溢れていた。
近い内に次話投稿致します。