魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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今回は短めにするつもりだったんだよ……

10000字です。


FILE #57 PARASITE = <寄生> 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、フェリシアはみかづき荘へは帰ってこなかった。

 「世話になったおっちゃんに挨拶がしたい」と、言って闇夜に消えていった。はっきりとは断言しなかった(というか、説明が大雑把過ぎた)が、その人物はホームレスらしく、フェリシアに食事と寝床を分けてくれたそうだ。

 優しいところもあるじゃないか、といろはは関心。そして、第一印象で評価した自分を恥じた。

 

 

 ――――そして翌日。日曜日

 

 ――――15:00頃

 

 

 約束の時間通り、いろは、鶴乃、フェリシアの三名は神浜市役所にて筆記試験を行った。

 ちなみに、課目は学校のテストと同じ。国語・数学・社会・理科・英語の5種だ。いずれも15分間の休憩の及び1時間の昼休みを挟みつつ、各40分で施行。

 先ほど、英語の答案用紙を回収し、無事に終了した。

 現在、三人は、ある『面談』の為に、みたまのいるBAR『ミロワール』へ向かっている。

 やちよとピーターはその間に、三人の答案用紙の合計点を出しておこうと、考えた。

 

 ――――神浜市役所2階。治安維持部長執務室。

 

 応接用のソファに腰かけながら、やちよとピーターの二人は答案用紙と睨めっこ。

 まず、一人目は――――

 

「由比鶴乃ね」

 

 やちよはピーターと共同して、手慣れた仕草で用紙に点数を付けていく。

 

 

 由比 鶴乃

 

 国語:88点

 数学:94点

 社会:85点

 理科:73点

 英語:83点

 

 合計:423点

 

 

「さすがね」

 

 合計点を付けた時、ついそう笑みが零れてしまう程だ。生徒会長を務めるだけある。

 無論、並々ならぬ努力を重ねてきた証だろう。

 加えて、商店街ではアイドル的求心力に、あの行動力だ。どの企業でも、これで彼女を落としたら、後悔するに違いない。

 

「続いて、いろはね」

 

 やちよ達は鶴乃の答案用紙を一束にまとめてファイルにしまうと、次にいろはの各答案用紙を採点した。

 

 

 環 いろは

 

 国語:95点

 数学:40点

 社会:65点

 理科:88点

 英語:55点

 

 合計:343点

 

 

「意外ね」

 

 国語と理科に興味関心が強いのは分かっていたが、生徒会長の鶴乃より上回っているとは。

 逆に他の三科目は低いが――――問題は無いだろう。倫理的思考力も、社会への関心も、グローバルな知識も、後々の生活の中でゆっくり身に着けていけばいい。

 彼女は頑固者だが、自分の悪い所、弱い所は把握しているタイプだ。指摘しても意固地にならずに直そうと努力するだろう。

 

「そして、最後」

 

「あの、問題児くんね」

 

 深月フェリシア――――彼女に関しては全くの未知数だ。

 各答案用紙と、合計点を確認する。

 

 

 深月 フェリシア

 

 国語:26点

 数学:10点

 社会:31点

 理科: 5点

 英語: 2点

 

 合計:74点

 

 

「要注意人物ね」

 

「ええ」

 

 ピーターとやちよは二人でお互いを見つめ合い、強く頷き有った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして、丁度同じ頃

 

 ――――神浜市役所B3F。調整課・BAR「ミロワール」

 

 

 筆記試験終了後に、バイトで来ていた、バーテンダー姿の市長の娘()に呼ばれて三人はみたまの下へと向かっていた。

 なんでも、試験を受けた者は必ず調整員と面談しなければならないらしい。

 「それって面接なんじゃないんですか?」と鶴乃が尋ねると、「課長は堅苦しいのが嫌いな人ですからー!」と笑って返された。

 とはいえ、面談と言われても、どんなことを話し合うのか三人には検討もつかなかった。

 碧に聞いてみたが、彼女の肩がギクリと跳ねあがり、

 

「そ、それを教えたら碧はブッ飛ばされちゃいまーす……っ」

 

 等と、真っ青になり、ワナワナ震えあがってしまうので、

 

「そんなこと言わずにーっ! 良い男紹介してあげるからさーっ!」

 

 ほらほら碧ちゃ~ん♪と、鶴乃が肘でうりうりとつっつきながら誘惑してみる。

 なぬっ!! と碧は一瞬目を光り輝かせるが……

 

「だ……ダメでーす!! 碧は何も聞こえませーん!! 分かりませーんっっ!!

 

 何故か自分の耳では無く、頭頂部に生えた犬耳(みたいな癖毛)を抑えてそう喚かれたので断念するしかなかった。

 

「……まったく、ユカイなねーちゃんどもだなー」

 

 フェリシアが悪態をつく。

 年が一番離れていたのもあってか、話に付いていけず退屈そう。

 

「ねえボウズ。君も何か話無いの?」

 

「あっ!? ねーよ! そんなのっ!」

 

 あと、ボウズじゃねーし! とフェリシアは鶴乃に怒る。

 

「あー可笑しい! ……じゃあ、八雲かtyじゃなくてみたまちゃん。そろそろ『面談』の方をお願いします」

 

「そうねえ」

 

 いつ間にか、碧の隣にみたまがいた。

 腕時計に目を向けると、碧は「じゃ、私はちょっと失礼しまーす!」と退室。

 彼女がいなくなったのを見計らってから、みたまは、いろは達を見つめてきた。

 

「みんな、ソウルジェムを貸してもらえないかしら」

 

 突然の申し出に三人は目を丸くする。

 

「どういうこと?」

 

万が一(・・・)の為よぉ」

 

「「「……??」」」

 

 三人はみたまの意図が読めなかったが、とりあえず、渡して置くことにした。

 桃。橙。紫。それぞれのソウルジェムが掌の中にあることを確認すると――――

 

 

「みんな」

 

 

 刹那――――みたまの瞳がキッと鋭く瞬いた。表情を消して、三人を強く睨み据える。

 

「今日は来てくれてありがとう。三人とも、強い覚悟を持って入職希望してくれたと信じてる。だからこそ、聞き入れて欲しい話があるの」

 

 有無を言わさぬ迫力を込めた低音に、三人は反射的にコクリと頷いた。

 和やかな空気が一瞬で凍り付く。

 静寂が蒼い幻想的空間を支配した。両肩に一気にプレッシャーが伸し掛かり、三人はまるで深海に沈められた錯覚に陥る。

 

「最初に行っておくけど……ヘビィよ。もし、途中で気持ち悪くなったり、怒りが込み上げてきたら、遠慮なく手を挙げて退室を願い出て構わない。ソウルジェムは返すし、そのまま帰宅してもらって結構。その方が身の為(・・・)だから……」

 

「身の……?」

 

 いつもの軽妙さは微塵も無い。

 人を殺す覚悟を決めた戦士のようなみたまの目力に、三人の肩はゾッと強張った。

 

 

 

 

「これから私が話す事は――――魔法少女の“真実”」

 

 

 

 

 静かにそう言って――視線を更に鋭くした。

 コクリと頷いて、じっとみたまを見つめ返す三人の反応は様々だ。

 いろはの顔には動揺が見えていたし、鶴乃はゴクリと唾を飲みこんだ。

 フェリシアだけは、特に怯えが見られず、悠然と構えている。何も理解していないだけかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなはキュゥべえがどこからやってきたのか、考えたことはあるかしら?」

 

 まず、最初にそう問いかけると、フェリシアが「べっつにー」と即答。いろはと鶴乃も合わせるように首を振り、

 

「それは、えっと……」

 

「考えないことも無かったけど……暇が無かったっていうか……」

 

 お互いに助けを求めるように目を合わせた。

 みたまは、仕方が無い事ね、と言いたげにコクリと頷くと、淡々と答える。

 

「彼らの正式名称は『インキュベーター』。宇宙の遥か彼方やってきた地球外生命体よ」

 

 予想だにしない答えに、三人は目を丸くした。

 みたまは続ける。インキュベーターは、人類が生まれたばかりの頃、地球にやってきた。

 当時、穴倉で過ごすしか無かった彼らに、願いを一つ叶える上で超人になる技術を提供した。

 

「それが“魔法少女”のシステム。太古から多くの少女達の“願い”によって、人々の文明は開化され、世界では幾度も改革が行われてきた。過去に流された全ての涙を礎にして、今の人類の暮らしは成り立っているの」

 

 もし、キュゥべえが干渉しなかったら――――今でも人類は、裸で洞穴(ほらあな)に住んでいたのかもしれない、とみたまは言う。

 

「ちょっと待ってよ!!」

 

 突然鶴乃が声を張り上げた。

 

「それはおかしいよっ!! 人間は誕生した頃から、思考も感情も知性も併せ持っていた筈でしょ!? だから集団を形成してみんなで何かを創り続けてきた! 今でもそう。世界中の多くの人々が知恵を出し合って革新的なものを生み出してる! ……なのに、キュゥべえがいなきゃ何も出来なかったってどういうこと!?」

 

「鶴乃ちゃん……」

 

「悔しいよ! だってその話が本当なら、曾お爺ちゃんが創立した万々歳も、皇さんが開発した“リヒト”も、誰かの願った結果ってことになるじゃないっ! そんなのっ……!」

 

 鶴乃の拳は、怒りに震えていた。

 当然の反応だろう。人類の進化と繁栄は、全てキュゥべえの掌の中にあるのだと――自分が今まで見てきた人の営みは、偽りだったというのか。

 頭の中で嫌だと、はっきり否定した。

 そんな話、馬鹿げている。絶対に認めたくない。 

 

「……私も、人間は自分達の能力だけで進化し続けてきた種族だって信じてる。その話は、インキュベーターが優位性を示したいだけのでまかせだって思ってるわ」

 

 鶴乃の気持ちは、みたまにも痛い程伝わった。こくりと頷いてそう答える。 

 話しながら、掌にある鶴乃のソウルジェムを見た。

 ほんの微かにではあるが、白に近く輝いていた橙の色合いが濃くなりつつある。

 

 ――――だから、()()()()()()()()()()()()()()()()、心配だった。

 

「話を戻しましょう。みんなはインキュベーターと出会った時、不審に思わなかった?」

 

 何でも願いを一つだけ叶えてくれる上に、超人的な力を授ける。

 代わりに魔女と永久に戦う運命を背負わされるが、それが具体的にどれほどの過酷さであるかは、曖昧にボカされていた。

 現代社会でも、人間による多種多様な詐欺が横行している昨今だ。

 ましてや、()()()()()()()生物が人語を話して、そのように嘯いてきたら、まず不気味に思うのが普通だろう。

 しかし……

 

「ううん、思わなかったよ。その時はどうしても叶えて欲しいことが有ったから、二つ返事で……」

 

「私も、願いをかなえるからって言われて、つい……」

 

「オレもー」

 

 即答する三人にみたまは、はあ、と溜息。

 

「……インキュベーターがどうして、二次性徴期の女の子ばかりと契約するのか、考えたことはある?」

 

 どこか呆れを込めた言い方だ。

 先の質問で即答したのは不味かったかもしれない――そう思った鶴乃は黙り込む。

 

「理由が、あるんですか?」

 

 いろはが尋ねた途端、表情が険しさを増した。

 一拍置いてから、ええ、と頷くと、重たそうに口を開く。

 

「みんなは、キュゥべえと話してて疑問に感じたと思うの。『どうして表情が変わらないんだろう』って」

 

 そこでアッ、と感づいたように割り込んだのはフェリシアだ。

 

「ああ思った思った。こいつ、人形みてーだなーって」

 

「正解よ」

 

 みたまは一瞬だけ笑った。

 

「インキュベーターの文明では、感情という現象は、極めて稀な精神疾患でしかなかったの」

 

 だから、彼らには総じて感情は存在しない。生まれ持った個体は、廃棄処分されるのだという。

 

「話を戻しましょう」

 

 二人はホッと胸を撫で下すが、みたまは視線を鋭くした。

 

 “感情の無い”キュゥべえがそもそも地球にやってきたのは、先の通り、宇宙の滅亡を抑える為だ。

 

 ――――というのも、宇宙全体には【エンドロピー】と呼ばれる、“内部で増え続ける曖昧な何か”が時の経過と共に膨張を続けており、いつか破裂するように、【熱源的死】を迎えるのだという。

 

 彼らは母星で【感情】を、“エンドロピーを抑えるエネルギーに変換するシステム”を開発したものの、自分達は感情が無かった為、利用することができなかった。

 よって、彼らは異星を巡り、感情を持つ知的生命体を探し回ったのだ。

 そして地球に辿り着いた。

 地球の動物を見て彼らは興味を抱いた。全ての個体が、別個に感情を持ちながら共存している世界など、想像してなかったから。

 彼らは地球生命を――その中でも、特に感情の起伏による生態行動の変化が著しい人類を長期間観察して、ある大発見をしたのだ。

 その膨大な個体数と繁殖力を鑑みれば、一人の人間が生み出す感情エネルギーは、エンドロピーを凌駕する。

 

「二次性徴期の女の子の感情から採取できるエネルギーこそが最も効率的だとね。この宇宙の熱源的死から救う為に……」

 

 聞きなれない単語の羅列と、突然スケールが大きすぎる話に、いろはと鶴乃はポカンとなる。

 だが、フェリシアは食いついた。

 

「はあ?? 宇宙がブッ壊れるっていうのかよー!?」

 

「「っ!?」」

 

 その答えに、二人はギョッと目を見開いた。

 

「要はそういうことね。でも、今すぐじゃないわ。彼らの話によれば少なくとも数十億年も先の話よ」

 

「な、な~んだ」

 

「そんなに未来のことなんですね。……でも、【二次性徴期の女の子】が効率的って、どういう意味ですか?」

 

「……」

 

 みたまは目線を下に向けて、言い淀んだ。

 これから伝える事は、真実の中で最も残酷だ。だが、彼女達が本当に戦うつもりなら、乗り越えて貰わなければならない。

 

「…………インキュベーターは宇宙の救済をなるべく早めたいと考えているの。だから、感情エネルギーを採取する為なら、なりふり構っていられない」

 

 だから、“素質があれば”、手当たり次第契約するのだ。

 世界中ところ構わず。

 みたまは、心を鬼にして、冷徹に彼女は告げた。

 

「みんなは“魔女”がどこから生まれるのか、知ってる?」

 

 三人は迷わずコクリと頷いた。

 

「そりゃ勿論」

 

「人々が負の感情を抱いた時に生まれる呪い……それが積み重なると魔女になって厄災を産むんですよね?」

 

 いろはと鶴乃は何の疑問も抱いてない口ぶりだった。みたまが睨みつける。

 

「それ、誰から(・・・)聞いたの?」

 

「え、それも勿論……あれ?」

 

「キュゥべえからだよ。……ってあれ? まさか……!」

 

「さっきの話もそうだったでしょう? インキュベーターは契約する女の子に全ての真実を教えていないわ」

 

「じゃあ、魔女が生まれるのも、違うっていうんですか!?」

 

 いろはの顔が強張った。みたまはコクリと頷いて、答える。

 

「魔女が生まれるのはね……」

 

 言いながら、掌にある3つのソウルジェムを見つめた。

 輝きが弱まっているものを見つめて、苦虫を噛み締める様に、呟く。

 

 

 

 

 ――――魔法少女の、絶望よ。

 

 

 

 

 

 二次性徴期の少女の、希望と絶望の相転移。

 それこそが、宇宙を救う最も強力(・・)な感情エネルギーだと、インキュベーターは告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――時間にして、10分は経過しただろうか。

 

 その間、誰も何も言わなかった。全員、時が止まったような錯覚に陥っていた。

 例えるなら、そう……先ほどまで元気にはしゃいでいた小さな子供が、トラックに撥ねられて血塗れで倒れた姿を目撃したように……衝撃だった。ただ頭が真っ白になった。何もできなかった。しようという気さえおきなかった。

 

 驚愕。

 呆然。

 空虚。

 

 彼女達の意識は、確かに無くなっていた。

 脳が受け入れるなと、五感に命令したように。

 目に映るもの、耳に入るもの、肌で感じるものの全てを、強制的に遮断したのだ。

 

「…………キュゥべえは」

 

 長きに渡る沈黙の末、最初に意識を取り戻したのは鶴乃だ。

 

「何も、教えてくれなかった……!」

 

 何故、今なのか。

 魔法少女になった、後なのか。

 握りしめた拳の中で爪が皮を破らんとするほど強く食い込んでいく。

 顔が熱くなった。体中の血が頭に流れ込んでいくように。

 キュゥべえへの怒りが、そうさせたのか。いや、それよりも――――無垢に彼を信じた自分の愚かさに、恥辱した。

 紅潮した額に流れる冷や汗を、手で拭った。 

 

「私、たちは……」

 

 震えた声に、鶴乃は隣を向いた。

 いろはの顔は自分とは対照的に、青ざめていた。

 

 ――いろはの頭に思い起こされるのは、前に故郷にて、自分を殺しかけた、魔女。全身を這いずり回った、異形の蟲の群れ。

 

「いつか、あんなのに、なるんですか……」

 

 驚愕と恐怖が一緒くたに交じり合っていた。

 首に手を置く、鼻をこする、額を撫でる、左手で右手をこする等……両手の仕草がいずれも罪悪感と恐怖をせわしなく示している。

 

「それだけじゃねーだろー!?」

 

 呆然自失となる二人に向けて、フェリシアが語気を荒げる。

 

「ぶっ殺してたっていうのかよー!? 同じ魔法少女をー!!」

 

 ――――言うな。

 

 鶴乃は頭を抱えて顔を落とし、いろはは両手で顔を覆った。それだけは聞きたく無かった。知りたくなかった。

 

「ええ、全て正解よ」

 

 だが、みたまの無情な一言が、三人の心を貫いた。

 その冷えた目が向いているのは、彼女達の顔ではなく、自身の手元。

 輝きを失い、色合いが濃くなったソウルジェムだ。魔法を使った訳ではないのに、酷く濁っていた。

 

「どうして……」

 

 いろはが顔を解放して、助けを請う様にみたまを見つめてきた。

 

「どうして、私達は気づかなかったんですか。ちょっと考えたら……キュゥべえに聞いてさえいれば、すぐに分かったことだったのに……」

 

「わたしたちが、馬鹿だったんだよ」

 

 鶴乃が即座に切り込んだ。

 

「鶴乃ちゃん……!」

 

「そうとしか考えられないでしょ」

 

 

「それは違うわ」

 

 

 ピシャリと言い放ったみたまの一言が、鶴乃を静止した。

 

「キュゥべえは、人間と対話する時、テレパシーと一緒にある特殊な電波を頭に送り込んでいるの」

 

 えっ、と三人は目を見開いてみたまを見つめた。

 

「非常に微弱だけれど、それは脳の電気信号に干渉し、ある“命令”となって思考を操作するわ」

 

「それって……?」

 

 驚きに目を見開いたまま、いろはは恐る恐る問いかける。

 

「“自分達に関心を持つな”ってね。意図的(・・・)に背景を探らせないように仕向けているのよ、彼らは」

 

 決して、貴女達が愚かだった訳じゃないわ――――みたまは笑顔でそう付け加えるが、いろはと鶴乃の顔は一向に浮かない。

 当然だ。連中の意図がどうであれ、魔法少女になったのは間違いなく自分の意志だ。

 その道を進んだ結果、連中に騙され、目的の為に利用され、仲間だった者を殺した。何も疑問を抱かず。

 

「安心していいのよ」

 

「なんでだよ? どーせいつか魔女になるし、魔法少女殺してたってことは変わんねーんだぞ?」

 

 フェリシアが疑問を投げつけるが、みたまはフッと笑って首を振った。

 

「貴方達のソウルジェムは既に調整を受けている。調整は謂わば、魔力に判断力を持たせるだけでなく、延命処置でもあるのよ」

 

 ハッと、いろはは顔を上げた。そうだ、ねむが言っていた。

 自分のソウルジェムには、誰かの“魂”が力となって宿っている。

 

「魔力を使い切ったり、絶望を感じてソウルジェムが濁り切った場合、身体能力が著しく低下するデメリットはあるけど、魔女にはならない」

 

「でも、神浜にも魔女はいたよね!? あれがここの魔法少女じゃないとしたら、なんだっていう訳!?」

 

 鶴乃の質問に、いろはも頷いた。

 確かに、自分も最初に神浜市に来た時、魔女に襲われたのだ。

 

「…………絶対に魔女にならない訳じゃないわ。条件が変わっただけ。この街の魔法少女が魔女になる可能性は、ただ一つ。肉体の物理的な死よ。脳が破壊される、心臓を貫かれる、脈が斬りつけられて大量に出血する……これらが原因で、生命活動が停止した場合にのみ、魔女になる」

 

 みたまは続ける。

 それは、普通の魔法少女とは真逆だという。

 調整を受けてない一般的な魔法少女にとって肉体はハードウェアであり、あくまで本体はソウルジェムだ。つまり、ソウルジェムが攻撃されない限り、いくら肉体が損壊しても再生可能だし、生命活動が停止する程の損傷を受けても、死ぬことは無い。

 

「なんだよ、それじゃー弱くなったってことじゃねーか??」

 

 フェリシアがそう悪態づく。

 

「ええ。でも、魔力を使い切ったり、絶望すると魔女になるから実質±0ってところね。アメリカの脳医学者ロバート=ヘルナンデスが発表した研究結果では、三年以上活動を続けていた魔法少女の脳にある変化が起きることが分かったの。それは、肉体の関心の喪失。体がどれだけ傷ついても、壊されても一切気にしなくなるの。魔女にならない限り、へっちゃらだって、ね……」

 

 痛みを痛みと脳が認識できなくなる。肉体に対する心が完全に麻痺する。

 そうなってしまった魔法少女は果たして、人と呼べるのか?

 

(かつて、和泉十七夜さんが、神浜市のシステムを全世界に普及したいって言ってたのは、そういうつもりだったのかな……?)

 

 いろはは不意に、前にやちよが話してくれた昔話を思い出す。

 調整を受けた自分達にとって、肉体の死が魔女化に結び付くなら、体が傷つくことへの恐怖は決して拭えない。

 つまり、それは――――

 

「わたしたちは、人間のままってことだよね」

 

 いろはの思考を代弁するように、鶴乃が答えたので、驚いた。

 彼女も、思ったことは一緒だったのだ。

 

「そういうこと。調整は、確かにデメリットはあるけれども、貴女達を人間に限りなく戻す意図も込められている。戦うだけの化け物じゃない。ましてや、インキュベーターの道具じゃない。人々の愛と希望、何より自分の幸せの為に戦う、みんなも憧れた理想の魔法少女に成れたって訳よ」

 

「でも、魔法少女だった子を殺してたのには、変わりないんじゃ……」

 

「……それもね、対策は考えてあるわ」

 

 鶴乃が項垂れながらそうぼやくが、みたまは首を振った。

 そして、一瞬だけいろはを見て、ウインク。

 

「!」

 

 それを見たいろはが、あっと勘づいた。そうだ、確か――――

 

「神浜市で亡くなった魂は、大賢者の元へ送り届けられて、浄化される。そして、楽園へと行き着いて、お役目が来るのを待つの」

 

 大賢者。

 お役目。

 楽園。

 

 鶴乃とフェリシアが聞きなれない単語に顔を見合わせて首を傾げる。

 

「説明は後でね。とにかく、貴女達がやむを得ず奪ってしまった命は、決して無駄にはしないということよ。怪物に成り果ててしまった子の魂を、私達は必ず救済する。そうでなければ、誰も、報われないわ」

 

「だけど……!」

 

 鶴乃の顔は一向に浮かばない。

 いつか、魔女になって誰かを殺すかもしれない。いつか、嘗ての仲間だった者を殺すかもしれない。

 懸念はぬぐえない。

 

「鶴乃ちゃん……!」

「だーっ!! めんどくせーっ!」

 

 場の陰気を吹き飛ばすように、フェリシアが勢いよく立ち上がった!

 

「勝てばいいんだよっ!! 勝てばっ!! 勝って勝って勝ち続ければ、オレたちは大丈夫だってことだよなあっ!?」

 

「そんな単純な話じゃ……っ!」

 

「ううん、そうかもしれないよ、鶴乃ちゃん」

 

 ギョッと鶴乃はいろはを見た。

 眉間に皺が寄った表情は固く、不安はぬぐい切れてない様子だが、口元は確かに笑っていた。

 

「確かにこれからも仕方なく殺してしまう時がくるかもしれない。だけど、大賢者様が、きっと彼らの魂をなんとかしてくれる」

 

「そうなの? いろはちゃん、本当にそう思ってんの!?」

 

 見たことも無い存在を、どうして彼女はこうも純粋に信じられるのか、鶴乃には不思議でならない。

 

「私は、神浜の人達を信じてる。だってみんな、真剣に魔法少女の事を考えてくれてるから! だから、鶴乃ちゃんも、今は信じてみようよ!」

 

 いろはの目はどこまでも真っ直ぐで、眩しい。

 鶴乃は眩暈がする錯覚を覚えて、つい目を逸らした。

 

「だけど……」

 

「大丈夫、私もやちよさんも一緒だから、鶴乃ちゃん一人には、絶対に背負わせないから」

 

「だから、そういう訳じゃ……って、ああもうっ!! 師匠にそう言われたら本当に大丈夫って気になっちゃうじゃんっ!!」

 

 顔を真っ赤にして喚き散らす鶴乃を、フェリシアはニタニタと笑って眺めていた。

 

「なんだよ。オメー、こえーのかー?」

 

「だって人を殺してるわけだし、当たり前でしょ!? そういうあんたは怖くないの!?」

 

「べっつにー。他人のことなんかどうでもよくねー? オレはただ……」

 

 

 

 

 ――――親を殺した魔女を、ブッ殺したいだけなんだ。

 

 

 

 

「近道が欲しかったんだ」

 

 素っ気なくそう答えるフェリシアに、鶴乃といろはは固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――一時間後。

 

 ――――神浜市役所2F。治安維持部長室

 

 

 その後、受験者三名は特に問題なく、各々の住まいへと戻っていった。

 

「お疲れ様、八雲課長」

 

 みたまはやちよの下に訪れて一休み。

 ソファに深く腰を掛けて、疲れ切ったような溜息を付くみたまに、やちよはココアを差し出した。

 

「今日は、あの子の歓迎会よ。貴女が疲れ切ってちゃ盛り上がらないでしょう」

 

「ああ~、そうだっけぇ?」

 

 とぼけながらココアに口づけた。

 仄かな暖かさと甘さが心身に染みわたり、気持ちを落ち着かせていく。ストレスでぐちゃぐちゃだった思考が正常さを取戻した。 

 

「――それで、どうだったの。三人は?」

 

 ココアを飲み干し、一息ついたタイミングを見計らってやちよが訪ねてきた。

 みたまは、少し目線を下げて、「そうねえ……」と悩む仕草を取る。

 

「今日で確信したわ。いろはちゃんは、間違いなく“主人公”よ。鶴乃ちゃんは……ちょっと危ないかも……」

 

「そう……。じゃあ、深月フェリシアは?」

 

 みたまの目線がキッと鋭くなった――――

 

 

 ――――のも束の間。屈託ない笑顔で、はっきりと答える。

 

「要注意人物♪」

 

「マジそれな」

 

 やちよもフッと笑ってそう返す。二人でお互いを見つめ合い、強く頷き有った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は原作まどマギを視ながら書いた訳ですが、
理論的な話は苦手なので、もし、間違ってたらご指摘お願いします。
あと、オリジナル設定加えました、ごめんなさい。


キュゥべえこの野郎と思っていただければ幸いです。

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