魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
――――2018/07/04 (土)
――――それから、一週間後。
――――神浜消防署。
会議室では、先日発生した玉突き事故で人命救助に精を尽くした者達が、署長から表彰を受けていた。
「深月フェリシアさん。貴殿は平成30年6月27に発生した交通事故において迅速で的確な対応で人命救助にご尽力されました。あなたの勇敢な行動は他の模範となるところであります。よってここにその功労をたたえ記念品を贈り、感謝いたします」
既に四方を陣取っている記者達のカメラから無数のフラッシュを浴びながらも、署長の前に立ち、表彰状を受け取るフェリシア。
「あ、ありがとうございます……」
目立つのはあんまり慣れていないのか、どうもそわそわして忙しない。
他にも、鶴乃や自ら協力してくれた一般の方々も居たが、一番注目を集めていたのは、やはり最大の功労者である彼女であった。
何せ、現場に駆け付けた救急隊や医療関係者を驚嘆させたのだから仕方が無い。
二台目の車の運転手を救った「胸腔ドレナージ」―――――当然だが、医者で無ければ、まず思いつかない方法だ。ましてや“普通なら”中学生に上がったばかりの、年端のいかない少女が……である。
だがその技術は的確そのもので、一人の命を救った功績は、事件直後、瞬く間に市長である青佐の耳に止まり、各メディアでも大々的に取り上げられた。
【救急隊員膝を打つ! 元ホームレスの少女、的確な指示と豊富な知識で命を救う!!】
――――と、純粋にフェリシア個人を称賛する記事。
【『やっぱり魔法少女はスゴイ!!』 事件以降日々高まる魔法少女への絶賛の声!!】
【『英雄の教育の賜物か!?』 元ホームレスの魔法少女、今はみかづき荘に住んでいた!】
――――等と、あからさまに魔法少女の一点のみを尊重したもの。
【正に命賭け!? 有名医師が語る! 素人が『胸腔ドレナージ』を行うリスク!!】
【命を救った魔法少女は“傭兵”? 知られざる魔法少女界の闇!!】
――――そして、一部では、魔法少女に批判的な企業によるヘイト記事も作られ、有りもしない噂がでっちあげられたりもした。
いずれにせよ、事件当時、フェリシアの行動が多くの命を救ったのは紛れも無い事実であり、彼女への賛辞が絶えぬ状況下で表彰式が行われたものだから、盛り上がるのは間違い無かった。
だが、その光景を、遠くから冷ややかに眺める二人組が居た。
―――――消防署向かい。国道を挟んで建つマンションの屋上。
「全く、何をしているのやら……」
記者たちのインタビューに揚々と答えるフェリシアを、スコープ越しに見据えながら、赤いフードで全身を隠した女――――“赤羽根”双樹ルカは溜息混じりにぼやいた。
「あのように大々的に目立たれては、任務遂行に支障が出るかと……」
自分達が彼女に依頼した案件は、なるべく隠密に行ってもらわねばならない。
「うんにゃ。案外そうでもないよー」
やれやれと残念そうに首を振る赤羽根の後ろで、明るい声が聞こえた。
振り向くと、近所で購入したハンバーガーを頬張りながら、スマホをいじる伊月ジュンが居た。
彼女は赤羽根の心配など、どこ吹く風と言わんばかりに素っ気なく言い放つ。
「寧ろ、今の状況の方が実行するにはベストじゃないかな?」
「――と、仰いますと?」
赤羽根は小首を傾げた。初めて見る純粋な反応に、ジュンはプッと噴き出す。
「赤羽根。君、傭兵はトーシローでしょ」
「組織に入る前は、自由奔放に生きてきたもので」
「道理で。おんなじ臭いがプンプンするのに、感情読み取るのヘッタクソだなーって思ったよ」
嘲笑混じりに挑発したつもりだが、赤羽根は一切動じない。
「それよりも、何がベストかをご教授頂きたいのですが」
尋ねるとジュンは首を捻って、考える仕草を見せた。
「そうだねえ……。じゃあ、まず例え話をしようか」
ジュンはニッとはにかんだ。
「赤羽根。もし、君が今入ってる組織を変えたかったら、どうすればいいと思う?」
赤羽根は嘆息した後、首を振った。
「さあ? 何せ加入してから間もなく中間管理職を賜りましたので……多忙の余り、考える暇も有りません」
やれやれと言いたげな赤羽根の顔を見て、ジュンは即座に“ウソ”だと気付いたが、指摘はしなかった。
考えた事も無い、というよりは単純に、興味が無い、だけだろう。
この女が、組織を語る時に表情から伺い知れる感情は――――虚無。
「ふーん。じゃあ、勉強のつもりで聞いて欲しいな。結果を言っちゃうと、簡単なんだよ。正義の味方になればいい」
「正義?」
「郷に入っては郷に従えって言うでしょ。相手の領域で最適に動くには、組織のルールに自分を適応化させちゃえばいいんだよ。その上で、でっかい功績を残す」
なにやら抽象的な表現が続く。赤羽根は今一つ要領を得ない様子で尋ねた。
「でかい功績、ですか?」
「そ。君が務めているところにも『ルール』はあるでしょ? ルールってのはつまり組織が掲げる『正義』だよ。その正義にとことん自分を忠実にさせるの」
「よく分かりませんね?」
「んーと。小学校の頃にさ、クラス委員になって行事を手伝ったり、テストで良い点を取ったら先生がほめてくれたでしょ? あれは学校の掲げる正義に自分が順応できてる結果なんだよ。要は、それと同じことをし続けちゃえば良いってことだよ」
「しかし、組織を変えるには、何らかの反抗の意を示さねばなりません」
「善い事を積み重ねれば、勝手に信頼って生まれるんだよ。組織の人間は上も下も関係なく、自分に付いてきてくれる。そこで、何かを変えたって誰かを排除したって気づきゃしない。それも組織にとって必要なことだろうって勝手に思ってくれるんだから。時に赤羽根。君はプラトンの思考実験を知ってるかなー?」
「西洋哲学ですか。生憎」
即座に首を振られたので、ジュンは答える。
「完全に正しい人間と、完全に不正な人間、その二人を法律や社会の制約が一切関与しない状況に置いたらどうなるかっていうの。結果は、完全に不正な人間の勝ち。誰にも不正を暴かれることも責められることもなく、皆から
赤羽根は、真剣にふむふむと耳を傾けていた。
「フェリーをみてごらん。あいつこそ不正の塊だってのに、
「つまり」
――――実行の準備は、整った。
赤羽根の意図は微かな表情の変化で読み取れた。ジュンは言葉にされる前に、うんと頷く。
「ぶっちゃけ、玉突き事故はラッキーだったよ」
「起きなかったら?」
「決まってんじゃん。こっちでお膳立てしてた」
素っ気なく答えるジュンに、赤羽根は少しの間だけ閉口した。
怯えた訳では無いが、この化け物染みた女の思考回路に踏み込むのは拙いと、本能が呼び掛けた。
☆
――――夜。
――――みかづき荘、いろはの部屋。
「ふぃ~、疲れたぜぇ~~……」
部屋に入った途端、ベッドへぼすんっ、とダイブするフェリシア。
消防署を出た後、待ち構えていた多数のテレビ関係者と雑誌記者にもみくちゃにされ、顔中にカメラやマイクを突き付けられた。
彼らを払いのけつつ、どうにかやっとのことでみかづき荘へ帰れたが……疲労困憊だ。夕食を終えて、ひとっ風呂浴びたら、もう眠気が酷い。
「お疲れ様。……って、フェリシアちゃん……ここ
……が、すぐに苦笑いを浮かべて、なんとも図々しい真似をするフェリシアにそうツッコんだ。
「ここはオレの家だぜ。誰の部屋に入ろうとオレの自由だろ?」
が、枕に顔をうずめながら、手をヒラヒラ振られて素っ気なく返されてしまう。
「ええ……? でも、みたまさんややちよさんの部屋にはいかないじゃん……」
「猛獣の檻に入るようなもんだろ。オレはまだ死にたくねえ」
「じゃあピーターさんは?」
「ありゃ魔境だろ」
「まさらさんは?」
「面白味がねえ」
「つまり……消去法で」
いろはは自分を指差した。フェリシアもいろはを指差す。
「そ、オマエ」
「…………」
いろはは一瞬だけムッとなると、顔をぷいっと勉強机の方に向けてしまう。
確かに、前の街でも、累さんにからかわれまくったし、自分が“絡みやすい奴”なのは重々承知だ。
でも、なんだろう――――
累さんは嫌味が無いからいいけど、フェリシアちゃんは年下なのに、逐一小馬鹿にするような言い方で、なんだか、腹が立つ。
「何、拗ねてんだよ」
「拗ねてないよ」
「いや、拗ねてんじゃん」
「拗ねてないってばっ」
情けないとは思いつつも、つい語気を荒立ててしまういろは。
その反応が面白いのか、ケラケラ笑うフェリシアの無神経な声が余計に癪に障る。
「いろはって本当にかてーよなー。何でも受け入れた方が楽なのに」
「私はフェリシアちゃんみたいに器用じゃないの。根っからのぶきっちょなの。知ってる癖にっ」
フェリシアが自分より凄いのは分かってる。
本当は認めなくちゃいけないって思うんだけど……無理だ。
感情を隠すことができない。
自分は年上で、この家じゃおねえちゃんの筈で……でも、この子の言葉で一々卑屈になってしまう自分が、情けなくって、悔しい。
「そんなに真面目な自分を褒めてほしいのかねー? でも現実見ろよ。オレの方が評価されてるだろ」
だが、フェリシアはいろはの地雷を容赦無く踏み抜いた。
――――カチン。
「っ!!」
いろはが何か言ってやろうと、椅子から立ち上がり、振り向いた瞬間――――
「クー……カー……」
「だあああっ!?!?」
フェリシア、既にご就寝!
安らかな寝息が聞こえてきて、いろはは勢いを殺し切れず椅子ごとズッコケてしまう。
「フェリシアちゃーん。ここは私の部屋だよー! 起きて―!」
耳元で声を掛けてみるが、既に夢心地のフェリシアに届かない。
どうしようか、と思ってる矢先だった。
「むにゃむにゃ……やるかーサチー」
――――ヒュッ、何かが音を立てて飛んでくる!
「っ!?」
刹那、フェリシアの手刀が、いろはの喉にズブリと突き刺さった!!
「ぅげっ!! げほっ! ゲホッ!!」
地獄突きをまともに喰らい、喉が潰れるような圧迫感と痛みに襲われていろはは激しくむせる。
――――どんな寝相してるの、この子……。
とにかく、この状態のフェリシアに手を出すのは命に関わる。
だが、そう判断したところで、今夜のいろはの寝床は無い。
仕返しのつもりでフェリシアの部屋のベッドを借りるのも嫌だ。自分がされて嫌なことは相手にもしたくない。その意地を張るのが、フェリシアにできるささやかな抵抗でもあった。
かといって、やちよかピーターに頼んで、新たに寝床を用意してもらうのも気が引ける。
リビングのソファに寝ることも考えたけど、誰かが見たら変に思うし、「フェリシアちゃんに寝床をパクられた」なんて話したら、笑いの種だ。
負けを認めたみたいで、余計に悔しくなる。
「仕方ないか……」
自分の矮小さに葛藤した末、今日は机に突っ伏して寝るしかないと判断する。
いろはは部屋の電気をパチンッと消して、フェリシアに耳元に一声、掛ける。
「おやすみ、フェリシアちゃん……」
「ア…………ス」
「え?」
寝言、だろうか? フェリシアの口が小さく上下しているように見えて、いろははつい、聞き耳を立てた。
“I'm a fox”
――――今度ははっきりと、そう聞こえた。
「……??」
それからフェリシアは二、三言、英語で何かを呟いたが、意味はまるで分からなかった。
いろははそのあと、机に四つ折りにしたタオルを敷くと、頭を預けて就寝についた。