魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

69 / 155
※2023/12/12 読みやすさ重視のため、一部文章を添削&変更しております。ストーリー展開には影響ございませんので、ご了承ください。


FILE #64 IMPACT = <衝突>

 ――――2018/07/05 (日)

 

 

 

 深月フェリシアが油断していた点は以下の4つ。

 

 1.明京町警察署を無能と見做し、眼中に無かったこと。

 (実際は塚内と市警察本部長が、腕利きの刑事二人を配属させ、スラム街の調査に当たらせていた)

 

 2.やちよは自分を『悪ガキ』としか見ないだろうと踏んでいた事。

  (『おれは こきつね』で始まる合言葉、大阪市内のカメラに映っていた金髪の少女――これらの情報をやちよは既に警察から入手しており、最後まで警戒は解かなかった)

 

 3・度々やちよ達との会話の中で失言していたこと。

  (フェリシアがうっかり口を滑らせた事でやちよ達は、『フェリシアが無知を装っている』と気づき、彼女を送り込んだ黒幕の存在にも気づけた)

 

 そして、もう一つは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――みかづき荘・キッチン

 

 まさに、一触即発だったとやちよは思う。

 先程まで家族団欒の場所だったそこは、一瞬でサスペンス映画のクライマックスに豹変した。

 まるで犯人を追い詰める刑事(主役)にでもなった気分だが、一端も油断はできなかった。

 

 相手は、少女の姿をしているが、“傭兵”だ。

 私益の為ならどんな汚れ仕事も完遂する、魔法少女のプロ。例え依頼が殺人であろうとも――――もし、警察の情報通りなら、深月フェリシアは……恐らく

 

「一つ聞いていいか」

 

 不意に飛んできた質問が、やちよの思案を打ち切った。

 実力は自分の方が上――それはフェリシアも認めている。絶対零度の瞳でその場に縫い付けたつもりだが、その顔に微塵も不安の色は見られない。

 

「何かしら?」

 

 鋭く見据えたまま、やちよは首を傾げた。

 

「『おれは こきつね』……そいつが、オレ達の合言葉だと、いつ気づいた?」

 

「…………」

 

 やちよは一度、ふーっと深い溜息を付いて、緊張を紛らわせた。

 

「玉突き事故……」

 

「っ」

 

 フェリシアの眉間にグッと皺が寄った。

 その表情の変化をじっと見据えながら、やちよは静かに口を開く。

 

「あの事件は偶然だったけど、貴女にとってラッキーだった」

 

 フェリシアは大衆に紛れて傍観することもできた。

 だが、事件発生直後に飛び出し、撥ねられた少年の父親の心肺蘇生を始めた。

 その行動が、いろはと鶴乃、周囲の人々の善意を突き動かした。彼女達も人命救助に参加してくれたお陰で、誰一人死者が出ずに済んだ。

 

 『一人の少女の勇気が、全てを救った』

 

 その結果だけ(・・)見れば、正に奇跡と称賛するに相応しい。

 事実、フェリシアは警察から感謝状を送られ、一躍市内の人気者となった。

 

「そうかよ」

 

 あごをしゃくり上げながらぶっきらぼうに返すフェリシア。見つめながらやちよは続ける。

 

「あれも『親近効果』の一つね。人の命を救う以上に大衆から人望を得る善行は無い。私達から疑いの目を退けるにはうってつけだと考えていた。だけどね……」

 

 私にとっても、ラッキーだったのよ――――と、やちよの瞳が青く瞬いた。

 

「なに?」

 

 フェリシアは目を丸くした。

 

「私は現場で警察と接触することができた」

 

 そこで、塚内の直属の部下から最新の情報を得られたのだ。

 スラム街において、傭兵達の中でも“稼ぎ頭”と呼ばれる実力者達は、お互いに合言葉を交わしているのだという。

 

 それこそが――――

 遙か昔、アメリカ大陸が白人に占領される前――先住民インディアンの中でも最大の部族であり、最も勇猛果敢な戦闘民族であった“スー族”によって詠われてきた、伝統的な詩。

 

 

 “おれは こきつね

 

 あてどない 暮らしをしている

 

 厄介な仕事が有れば

 

 危険な仕事が有れば”――――

 

 

「“そいつは おれの仕事だ”。貴女達は、その詩を英語で交わしている」

 

 だから、いろはから“I'm a fox”と聞いた時、フェリシアを“クロ”と確定できた。

 あとは、フェリシアがいつ仕掛けてくるかのタイミングだけ見極めれば良い。

 ()()()の鶴乃であった。

 元々、みかづき荘の住民では無いから、フェリシアの警戒心も弱い。やちよはその隙を突いたのだ。

 

「なるほど、な」

 

 フェリシアはそこで表情を緩めてお手上げのポーズだ。

 やちよの推理力に完敗であることを認めたらしい。

 

「百獣の王だろうと腹の中に毒をブチ込めば一発……だったんだが」

 

「残念ね。貴女が潜り込んだのは鯨の腹よ」

 

「そうだなァ。鯨はプランクトンしか食べねえ。最初からお気に召さなかった訳だ!」

 

 とんだ徒労だったな――――と言いながらも、フェリシアはくつくつと嗤う。

 

「毒物は大人しく吐き出されるべきね」

 

「はいはい……で、ドローンはどうするつもりなんだ?」

 

「……」

 

 が、鋭い目を向けられてやちよは押し黙った。

 

「世界一強い海の生物を知ってるか? それは鯱だ。一匹だけなら鮫の餌だが、群れれば鯨だって殺せる」

 

 フェリシアは余裕を張り付けたまま続ける。

 

「孫子も書いてたが、戦いは個人の能力じゃなく全体の勢いだ。空から降り注ぐ数の暴力にどう対処する?」

 

 まるで勝利を確信した笑みだ。

 みかづき荘の中でドローンに対処できるのは、彼女しかいない。恐らく、フェリシアも同じ人物を思い浮かべている筈だ。

 だが、やちよは毅然と言い返す。

 

「貴女はいろはを見くびっている」

 

「何かできると思うのか? 未だにソロで魔女に手こずる様な雑魚に」

 

「ええ。あの子はやると言ったらやる女よ。だって私より強いもの」

 

 噴き出すようにフェリシアは嘲笑を響かせたが、やちよの表情は揺らがなかった。

 フェリシアはまだ、いろはを知らない。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――みかづき荘2階・ベランダ

 

 

 住居民の洗濯ものや布団のシーツがゆらゆらと揺れるその場所に、魔法少女姿のいろはは居た。

 端っこに立ち、クロスボウを柵の外に向けて構えている。表情はいつになく固く、険しい。

 

(あんなに、たくさん……!)

 

 かつて、自分を殺しかけた使い魔を思い出し、苦虫を噛み潰したように両顎を引き締めるいろは。

 構えるクロスボウの直線上に存在するのは、何か大きな箱を抱えたドローンの群れだ。

 その最前線で飛んでいる一機に、いろはは照準を合わせている。

 

「…………」

 

 こんなこと、初めての体験だ。

 だが、やちよに任された。自分はやると応えた。だったら成し遂げなければならない。

 大切な家族を今度こそ失わない為にも、絶対に――――

 

「…………っ」

 

 ――――しかし、大丈夫なのだろうか。

 自分がこんな大任を請け負って、本当に良いのだろうか。

 自分はここに住む誰よりも経験は少なくて、弱い。

 一度照準が間違えれば、みかづき荘は大炎上に――――

 

 

「いろはちゃん、リラックスよ」 

 

 

 いろはの肩が震える。

 だが、背後から、大きな手がそれを抑えるようにガッシリと掴む。

 

「! はい……」

 

 その手から、じんわりと温もりが伝わってきて、自然と緊張が解きほぐれた。

 

 そうだ――――今の自分は“あの時”みたいに、孤独じゃない。

 

「落ち着いて、いつもの魔女退治と変わらないわ」

 

 彼の佇まいはどこまでも普段通りの、優雅で上品。声色は慈愛に満ちていて。

 だから、こんな状況、実は何てことないんじゃないかって思えるぐらいに、心が軽くなった。

 

(そうだよ。ピーターさんはこんな時でも)

 

 “みかづき荘のママ”としての役割を貫いてる。

 だったら、自分も与えられた役割を全うするまで。

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 少し前。

 

 ――――みかづき荘・いろはの部屋

 

「おう。口の利き方には気をつけろよ」

 

 ――――それは先日、フェリシアがそう言って自分の部屋を出て行った直後のことだ。

 

 

 

「あらら、臍を曲げちゃったみたいね」

 

「別に変な事聞いた訳でも無かったのに……?」

 

「言いづらい事だったんでしょう? それよりいろは、射的が上手くなりたいと思わない?」

 

「えっ?」

 

 ―――――

 

 

  

 

(やちよさんは、はっきりと言わなかった。だけど……)

 

 あの後、ミロワールに連れられて、密かに『リヒト』で魔女退治の練習をしていた。

 勿論、フェリシアには黙っていた。

 

 待てよ……もしかしたら。

 やちよは気付いていたんじゃないか。

 自分がフェリシアに意地を張っていたことに。

 

 やちよは、あの時から既に。

 “この状況”を見越して、自分に託していたのか。

 

 改めて、彼女は“英雄”なのだと認識する。

 あらゆる危機を想定し、対処する為の知識と準備を怠らない。

 なんと凄まじく鋭い慧眼。

 凄すぎて背筋が寒くなるぐらいだ。

 

「もっと、よく引き付けて……狙いやすくなったら撃ちなさい」

 

「っ! は、はい……!」

 

 背後のピーターの声で、いろはは我に返った。

 ずれていた照準を慌てて修正する。

 

「まだまだ、まだ引き付けて……」

 

「…………」

 

 いろはは再び最前線で飛来する一機をじっと睨みつける。

 

 ――――引き付けるのは狙い易くするだけじゃない。近隣住民への被害を考慮した上だ。

 

 あのドローンが抱えている箱の中身は“ニトログリセリン”という爆発物だと、先ほどやちよからテレパシーで伝えられた。

 もし、遠距離で狙撃した場合、爆発と同時に破片や火の粉が、近隣の住宅に降り注ぎ大パニックとなる。

 故に、みかづき荘の広い敷地内まで引き付ける必要が有った。

 元々10人程度が泊まれる民宿で有ったので、庭には鉄製の遊具や、バーベキュースペースも設けられており、小さな公園並だ。

 また、皆で草刈りも入念に行っていたので、火が燃え広がる心配も無い。

 

「今よっ!!」

 

「っ!!」

 

 ピーターの合図と同時に発射された矢は、ドローンの一機を貫いた。

 瞬間、積み荷のニトログリセリンが、矢の魔力に反応して爆発四散。

 弾けるような爆音が響くのと同時に、燃え尽きた残骸が、ボロボロと庭に落ちていく。

 

「やった……!」

 

 成功。いろはの顔がパッと輝く。

 

「コツは掴めたみたいね。あとは頼んだわよ」

 

「えっ?」

 

 だが、ピーターの気配が急に離れて、いろはは目を丸くした。

 振り向くと、彼は既に屋根をよじ登っているではないか。

 

「ピーター……さん?」

 

 ――――傍で見守っていて欲しいのに。

 

 だが、彼は振り向いてふふん♪と鼻で笑った。

 

「ママはあっちの方を片付けてこなくちゃだから」

 

「っ!」

 

 見ると、彼の腰元にはライフルが下げられていて、ハッとなる。

 そうだ――――自分の目で見える数が全てじゃない。

 残りは、別の方角から攻めてきている!

 

 口元に人差し指を立てるピーター。

 これ(ライフル)を使うのは秘密にして、と言いたいのだろう。

 

「あの……!」

 

「振り向いちゃダメよ」

 

「っ」

 

 穏やかな声。

 しかし、いろはを縫い止める程の“棘”も感じられた。

 

「!……分かりました。でも、無茶しないで……!」

 

「いろはちゃんもねっ☆」

 

 陽気な笑顔でウインクするピーター。

 

「……っ!!」

 

 いろははグッと拳を握り締めると顔を戻して、ドローンの群れを睨みつけた。

 確認できるだけでも12機が迫ってきている。

 慎重に、クロスボウの照準を合わせて……

 

 

 

<はいはーい。そこまでー>

 

 

 

「っ!?」

 

 どこからか、素っ頓狂に明るい声が背後の屋根の上から聞こえてきて、いろはは愕然となる。

 だが、その声色は異様だった。いつかのニュース番組で聞いたことある、機械で加工された音声。

 同時に首筋に真綿のようなものが緩く括り付けられたような、違和感。

 

「何……?」

 

 が起きた、と確認するよりも早く、男か女かも判別できない無色の声が飛んできた。

 

<あーダメダメふたりともー。動いたら首がぴっ!って飛んじゃうよー?>

 

 ――――ゾッと、背筋が凍り付いた。

 

 呑気そのものな間延びした声色で、悍ましい事を平然と言ってのける“誰か”にいろはは戦慄した。

 

()()()()()って……まさか!?)

 

 しかも、狙われているのは自分だけではない。ピーターも、同じ。

 死への恐怖が猛烈に噴き出してきて、いろはは“役割”を忘却した。

 視界が霞み、右腕が震えて、ドローンを狙うどころじゃない。膝がワナワナと震えて今にも崩れ落ちそう。

 頑なに決意した筈の“守る”という意志さえ、どこかに消え失せた。

 

『助けて……やちよさん……!』

 

 いろははテレパシーで訴える。

 それしか術が無かった。

 死にたくない。助かりたい。安心したい……!

 

 

『いろは』

 

 

 ――――そこで、返ってきたのは、やちよでは無く。

 とても静かで、凛と透き通った声。

 

 刹那、背後で屋上でガキィンッ!と金属同士のけたたましい衝突音。

 

「まさら、さん……?」

 

 その声の主をいろはは知っていた。

 加賀見まさらが、助けてくれたのだ。自分の命を狙う“誰か”の手を止めてくれた。

 

『気にせず、貴女はドローンを狙って』

 

 彼女もまた、いつも通りの無機質な口調。だけど、声尻には研ぎ澄まされた刃の様な鋭さも感じて。

 その言葉にいろははハッとなる。首に違和感は――――無い。

 

「……はい!」

 

 改めて、今の自分が独りじゃないと知った。

 そして今は、“家族”というチームの中に組み込まれているのだと認識する。

 何か不都合が発生しても、皆がフォローしてくれる。それが堪らなく有難くて、頼もしい。

 

 いろはは決意を新たにして、ドローンを睨みつけた。

 もう、恐怖は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――みかづき荘・屋上

 

 

 加賀見まさらは、表情には決して出さなかったものの、愕然とした。

 自分の得意とする固有魔法を用いての不意打ちが、ものの見事に防がれたからだ。

 

「まさらちゃん」

 

「…………」

 

 屋根の天辺まで昇り積めたピーターが心配そうに声を掛ける。彼を庇うようにまさらが立つ。

 まさらと真正面で対峙するのは、たった今、彼を殺そうとした機械音声の持ち主だ。声色だけでなく風貌も奇妙な出で立ちだった。頭頂部から爪先までピッタリと纏われた漆黒のボディスーツで、顔面はジェイソンのようなホッケーマスクで隠している。

 

 魔力反応は微塵も感じられない。だが、間違いなく――――

 

「魔法少女ね」

 

 しかも、凄腕の。

 一切表情は変えず。だが、瞳は氷のように冷たく瞬かせて、まさらは低く呟いた。

 ジェイソンマスクは右手のコマンドナイフをくるくると回しながら、うん、と頷く。

 

<あったりー。傭兵でーす。よろしくー>

 

 ジェイソンマスクは陽気にピースサイン。

 人の命を握っておきながらその態度は軽薄そのものだ。

 流石のまさらも一瞬口元を歪ませると、背後のピーターに忠告する。

 

「ピーターさん。ここは私に任せて」

 

「分かったわ。でも、無理はしないこと。自分の命を最優先すること。危なくなったらこころちゃんを思い出すこと。あとは……」

 

「市長にいつも言われてるので言う必要は無いです」

 

「もう、こんな時でもママが心配してあげてるのにぃっ! じゃ、頼んだわよ!」

 

 ピーターは屋根を滑落すると、いろはとは反対方向のベランダへと移動した。

 まさらはそれを見届けると、再びジェイソンマスクの傭兵と向き合う。

 

<じゃー……>

 

 ジェイソンマスクは両手をグッと上に伸ばして、ストレッチ。

 

<あそぼーかー>

 

「遊びじゃないわ」

 

<分かってるってー>

 

 まさらの冷ややかな反応にジェイソンマスクはつれないねー、と溜息。

 そして、首を左右に振りコキコキと鳴らした後――――まさらを観察する様に、じっと見つめた。

 

<……フーン。君って不思議だねー>

 

「……??」

 

<私の事、あからさまに嫌がってる。だけど……さっき攻撃を弾かれた時、ほくそ笑んだ>

 

「…………」

 

 まさらは、答えない。話していてメリットは無い。あくまで無反応で返すのみ。

 

<得意技だったんでしょ、あれ?>

 

「…………」

 

 まさらの眉根が寄った。

 

<当たり。動物って普通ね。驚いたら目を閉じたり、口を結んだり、身をこわばらせたりするんだけどー、君ってワクワクするんだねー?>

 

「…………」

 

 まさらは僅かに目線を下に下げて、髪をいじった。

 

<あ、図星。以外ー。クールに見えて刺激を求めるタイプなんだねー。 こっち側に興味ある?>

 

「……別に」

 

 奴にこれ以上喋らせるのは良くない。理屈ではなく感情でそう判断したまさらは獲物のダガーを構えて戦闘態勢を取る。

 そして、ジェイソンマスクを伺う様に睨み――――フッと消えた。

 

<んー?>

 

 ジェイソンマスクは首を傾げた。

 瞬間―――――ドスッ!と、鳩尾に拳が突き刺さって、彼女は呻く。

 

「がふっ!?」

 

 だが、胃液を撒き散らしたのは、()()()()()であった!

 先程よりも瞬発力を上げて相手の背後に周り首筋に刃を突き立てようとした――矢先だった。

 ジェイソンマスクは一瞬で振り向き、臍の上を狙い当てたのだ。見えない筈の自分を、見えていたかのように。

 

「……っ!?」

 

 ジェイソンマスクは鈍痛に呻くまさらの首根っこを掴み上げると、無造作に投げ飛ばした。だが、落ちる直前で宙を翻って着地する。

 

「…………!」

 

 再び、ジェイソンマスクと睨み合うまさら。

 上腹部の苦痛と共に未知の体験への好奇心が噴き出して、まさらを更に興奮させた。矛盾した感情が合わさり、もしかしたら奴には表情が奇怪に歪んで見えているのかもしれない――

 

「ふんふん、なるほどねー」

 

 一方のジェイソンマスクは投げ飛ばした腕をぐるぐる回してリラックス。対峙するまさらをさして脅威と捉えてない様子だ。

 一撃目を防がれた時はまぐれかと思ったが、やはり、そうではない。

 何か、技術が――――

 

<良いねー。透明って。やりやすくて助かるよー>

 

「っ!?」

 

 ジェイソンマスクの軽口に、まさらは耳を疑った。

 やりやすいって何だ?――――戦う相手が視認不可なだけで、不都合しか無い筈なのに。

 

「…………」

 

 だが、今のまさらは独りだ。

 獲物のダガーと固有魔法の“透明”しか手札が無い以上、それらを用いてどうにか対処するしかない。

 

「…………」

 

 まさらは腰を低く落とすと、両手にダガーを携えて、身構えた。

 

「……!」

 

 その姿勢を見た相手は、マスクの裏でおっと目を見開く。

 ――何か打つ手を思いついたな。

 直立不動のまま、まさらをじっと見据える。

 

 ――――瞬間、まさらが消滅。

 

 直後。

 殺気を背後に感じて、ジェイソンマスクが振り向く。

 腰の回転と同時に、コマンドナイフを振り抜く!

 しかし―――――

 

<およ?>

 

 ガキンッと金属同士が激突し、ダガーが下に落ちる。

 が――相手の姿は無く、呆気に取られる。

 再び首筋に殺気を感じて、振り向き様にナイフを振るうジェイソンマスク。

 しかし、反撃を喰らったのはまたもダガー一本のみ。

 やはり、まさらはいない――

 

<っ>

 

 が、次の瞬間――ジェイソンマスクは初めて身構えた。

 またもダガーは空中に出現。今度は一本だけではない。

 十数本にも及ぶダガーが、自分を包囲している!

 三百六十度から一斉に迫るダガーの群れ!

 だが、()()()()で、彼女が怯む筈も無く。

 

<~♪>

 

 ぴゅぅと口笛を吹いた。

 まさらの芸当を賞賛するように。

 そして――腰に回していた左腕を、上に掲げた。

 すると、ダガーの群れは一斉に静止。

 全てが、掲げた左腕に合わせるかの様に、先端を上に向けて、止まった。

 

 つまり、“吊り上げた”のだ。

 ジェイソンマスクの使う“見えない糸”が、一瞬の内に全てのダガーを拘束。

 まさらの不意打ちを完封したのだ。

 

<っ>

 

 だが、難を逃れたジェイソンマスクが一息付く間は無い。

 直感。

 頭上から猛烈に迫りくる何かを察して、反射的に垂直蹴りを繰り出す!

 

「アァ……ッ!!?」

 

 鋭利な爪先が何か柔らかいものにずぶりと喰い込んだ。

 ジェイソンマスクが目線を上げると、そこにはダガーを携えたまま苦悶の表情を浮かべるまさらが居た。

 至近距離で大型の鉛を勢いよくぶつけられたような鈍痛が、下腹部に生じていた。

 腹が背中に届くまで押しつぶされて、血液交じりの胃酸を撒き散らす。

 

<……>

 

 頭頂に浴びながら、ジェイソンマスクはまさらを冷ややかに見つめた。

 

 ――――全て、お見通しだ。

 

 まさらが、周囲に“透明化したダガー”を設置した事は勘付いていた。

 タイミングを見て、それらを一斉に解き放ち、不意を突く。

 そして、自分は、相手の死角から更に不意打ち。

 

 実にセオリー通りの戦法。

 理にかなっている。

 しかし、“ジェイソンマスクには”通用しない。

 

<っ?>

 

 と――――そこで、ジェイソンマスクは違和を覚えた。

 苦痛に喘ぐまさらの瞳が、恐怖や驚き、苦しみを一切映していないことに。

 

 

「ァ……っ!」

 

 刹那――まさらの口元が、小さく弧を描いた。

 

 

(愉悦?)

 

 ジェイソンマスクがその感情を不審に思った矢先だった。

 足元から猛烈に何かが迫りくる!

 

<んっ> 

 

 だが、ジェイソンマスクには読まれていた!

 咄嗟に首を仰け反ると、三つのダガーが空に向かって飛翔!

 

「……ッ!!」

 

 不意打ちからの不意打ちからの不意打ち。

 

 だが、仕留めそこなった――――まさらは小さく舌打ち。

 

<うん、惜しい惜しい。残念だったねー>

 

 いずれの戦法もジェイソンマスクの余裕を崩すには至らなかった。

 彼女は再びまさらの首根っこを掴み上げると、力を込めて締め上げる。ギリギリと骨が軋む音が脳に響いて、まさらは不快に顔を顰めた。

 

「ガッ……ア、ァ……ゲッ」

 

 ジェイソンマスクの腕は、細身のまさらよりも更に虚弱そう。

 だが、その膂力は怪物さながらで、振り解こうと両手で握り締めて爪を立てるも、ビクリとも動じない。

 

<透明魔法の使い手って、何でこう分かりやすいんだろうねー?>

 

「ゲ……グッ……」

 

<魔力とかー、殺気とかー、気配とかー……刺さるんだよ。全部>

 

「ッ!?」

 

 素っ気ない声色でとんでもない事を宣うジェイソンマスクに、まさらは驚愕を示した。

 

<降参は……って、したくないみたいだねー>

 

 だが、ジェイソンマスクはまさらの瞳を見て溜息を吐く。

 一切の手段を潰され首を捩じ上げられ絶体絶命の状況なのに、口元は愉悦のまま。  

 

「……ええ。時間は……稼げたから……!」

 

<んー?>

 

 そういえば――――と、ジェイソンマスクは周囲を確認する。

 先程からドローンのプロペラの音が一切聞こえなくなっていた。

 どうやら、全機撃ち落とされたらしい。

 

「勝ちね。私達の……」

 

<うん、そうだねー>

 

 ジェイソンマスクはまさらの首を絞める手を緩めると、ガックシと項垂れた。

 そして、腰元からトランシーバーを取り出し、口に当てる。

 

 ――――潔く負けを認めた。これで、立ち去ってくれるだろう――――

 

 

 

 

 

<よし、フェリー。第3ラウンド>  

 

 

 

 

 

 ――――だが、その一言に、まさらの顔から血の気が引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――神浜消防署前・マンションの屋上

 

 みかづき荘から暫し離れた、その建物に“赤羽根”――――双樹ルカは独り、佇んでいた。

 伊月ジュンから渡されたタブレット型の端末で、ドローン全機の遠隔操作を任されていたが……たった今、反応が全て消失。

 

「七海やちよ、見事也」

 

 英雄とその眷属のチームワークと一人ひとりの練度の高さに、赤羽根は舌を巻いた。

 アステリオスは策略を見破られ、七海やちよに実質捕縛状態。

 保険のドローンも全てロスト。

 頼みの綱のジュンも、足止めを喰らっている状態。

 それでは、いよいよ彼女達の出番ですか――――と、赤羽根は期待に胸を膨らませた。

 

 端末を通信画面に切り替えると、()()()()()へと繋げる。

 

 

 

 

「……出番ですよ。“匿名希望”」

 

 

 

 

 それは、今作戦の為に。

 日秀源道が“プロフェッサー・マギウス”に無理を言って呼び寄せた――――トップシークレット・エージェントだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 1話で書き切ろうと思ったのに、次回へつづいちゃったよバトルシーン。

 かなーり久々ですが、結構ノリで書けちゃうもんですね。
 さて、思わぬ反撃を喰らったチーム・アステリオスですが、赤羽根サイドはとんでもない切り札を隠し持っていたようです……。

 今回、出番が無かった鶴乃の活躍は、次回で…… 

 まさらさん、やっぱりムズイよまさらさん。
 彼女の性格を一言で表せる方、どうかおしえてくださいませ……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。