魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

7 / 155
FILE #07 鶴の怨返し

 

 

 

 

 

 

 ――――BAR・MIROIR(ミロワール)

 春径が帰り、いろはが去って以降、魔法少女も訪れ無かった為、仕事中にも関わらず暇を持て余していたみたまは、中心にあるソファに座って、のんきに小説を読んでいた。

 そこで、突然携帯が鳴ってハッとなる。画面を確認すると、『朝香美代』の名が表示されていた。

 

『もしもし……みたまさんですか?』

 

 通話ボタンを押して耳を当てた直後に聞こえてきたのは、美代ではなく、自分が先程調整を施した少女の声だ。

 

「あら美代さ……じゃなくて、いろはちゃんねぇ。どうしたの?」

 

『実は、みたまさんにしか頼めない事があって』

 

「それは……?」

 

 みたまがきょとんと目を丸くして問いかけると、電話越しのいろはは毅然とした声色で言い放つ。

 

 

『ピーターさんから預かってるキーワードを、教えてくれませんか?』

 

 

 彼女が何を言ってるのか分からなかった。

 まさか、こんな短時間で辿り着く(・・・・)なんて全く思わなかっただけに、みたまは目を丸くして、硬直。

 

『みたまさん……?』

 

 いろはの怪訝そうな声に、みたまはハッと我に帰る。

 

「あ、ああ! ごめんなさいねぇ……ちょっとビックリしちゃって……」

 

 その際、ズルッと身体がソファから滑り落ちそうになった。慌てて姿勢を直すと、強引に笑みを作って、いろはに返事をする。

 

「でも、どうして、私が知ってるって思ったのかしらぁ~?」

 

『みたまさんなら、ピーターさんから話を聞いてると思いまして……』

 

「あら、そう……」

 

 根拠はぁ? と付け加えて問いかけるみたまの目が、じっと細められる。

 いろはが自分とピーターと出会ってから、間もない。にも関わらず、彼女は自分とピーターの僅かなやりとりから何か(・・)を見抜いたのだろうか?

 それが、気になる。どうしても、知りたい。

 

『私が和食を食べたいって言った時です……』

 

 意を決した様ないろはの声が、静かに、耳に入り込んでくる。

 

「うん」

 

『ピーターさんとみたまさんがコソコソ喋ってて、仲良いんだなって……』

 

「それだけ?」

 

 いろはの答えにみたまは拍子抜けしたように目を丸くする。

 しかし、言葉はそこで終わらなかった。

 

『最後に、ピーターさんが何か言った後に、みたまさんの身体が、ビクッってしたのが見えたんです』

 

 そこで、いろはは感づいたらしい。

 

 【この二人は、人には言えない秘密を共有している仲】なのだと――――

 

 そこまで説明すると、みたまは、観念したように、ハア、と溜息を付いた。

 

「参ったわぁ……」

 

 ――――鋭い。ある魔法少女(・・・・・・)に匹敵する洞察力に、みたまは心の底から感服した。

 

「でもねえいろはちゃん、これって反則になるんじゃないかしらぁ?」

 

『…………』

 

 レフェリーのピーターと近しい自分から情報を得るのは――――柔らかな声色だが棘が存分に込められたその言葉に、いろはは沈黙。

 流石にこれは効いたか、とみたまは思ったが、

 

『それは、無いと思いますな』

 

 すかさず、美代から言葉が飛んできた。

 

『これは【いろはくんと七海くんの勝負】ですな。レフェリーは確かにピーター殿でしたが……八雲くんは、別に立ち会ってはいませんでしたな』

 

 つまり、この勝負にみたまは最初から無関係(・・・・・・・)である。よって、彼女から情報を得ることは正当性が認められる。

 断言するように言い放たれた言葉には普段冷静な彼女らしからぬ強い熱意が込められていた。

 みたまはきょとんと目を丸くして、呆気に取られる。

 

「……美代さん、それはいろはちゃんが私に言うべき台詞じゃないの……っ?!」

 

 しばらくすると、ジト目で電話を睨みつけてそう訴えるみたま。

 

『申し訳ありませぬ。なんだか滾ってしまいましてな……』

 

 そう謝られて、みたまはふう、と息を付いた。

 本当に『環いろは』という少女は何者(・・)なのか。

 並々ならぬ洞察力に加えて、一人の魔法少女の心をいとも簡単に突き動かした。惜しむらくは戦闘力が低いことだが……こちらは、経験を積めば自然とカバーできる。

 間違い無く、治安維持部にとって将来有望な逸材。まさに期待大だ。

 

 

 だが、彼女が抱えているアレ(・・)を考えたら――――

 

 

 みたまの顔が沈んで影を落した。

 不安でいっぱいでもあった。このまま、神浜市内で動かしていいものか――――?

 

『みたまさん!!』

 

 迷っていると、今度は、いろはから言葉が飛んできた。

 

 

『私達には、立ち止まっている時間は無いんです!!』

 

 

「ッ!!!」

 

 迷いの無い発言が突風となって、みたまの不安を吹き飛ばした。

 そうだ――――自分は『調整課』の魔法少女だ。魔法少女は全て平等に支援し、助ける義務がある。

 自分だって、立ち止まっている暇は無い。

 

 

「キーワードは、アルファベットの『U』よ」

 

 

 みたまの覚悟は、そこで決まった。一人の魔法少女が全力で助けを求めているのだ。だとしたら、自分は全力で、役目を果たすまで。

 そう思って上げた顔に、一片の迷いは無かった。

 

『【神浜中央運動公園】、【元通り】、【U】……これだと、何処を差しているのか……』

 

 しかし、告げられたいろはから返ってきたのは、困惑。

 

『キーワードの順序を入れ替えてみてはどうですな?』

 

『あ、そうか……なら、【神浜中央運動公園】、【U】、【元通り】ならどうでしょう……?』

 

『これなら、なんとなく繋がりそうな気がしますな。全てがドローンの行き先を差しているとしたら……【神浜中央運動公園】で【U】ターンして、【元通り】……つまり』

 

 

『ドローンの行き先は…………【神浜市役所】』

 

 

「はい、正解♪」

 

 いろはが辿り着いた答え――――まさかのスタート地点に、みたまは、満面の笑みを浮かべて、拍手の音を送って称賛する。

 

「そのまま市役所に戻ってくれば、OKって事よぉ♪ ただやちよさんも一緒に戻ってくるかも?」

 

 七海やちよのことだから、未だにドローンを視界に捉えて放さないだろう。

 つまり、彼女を何処かで足止めしなければならないと――――暗に告げる。

 

『ありがとうございます!』

 

「じゃあ、またね~♪」

 

 心からのお礼を告げられて上機嫌のみたまは、笑ってそう返すと、通話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここからはどういたしますかな、いろはくん?」

 

「このまま戻ったとしても、七海部長さんをどこかで足止めしなくちゃいけない……!」

 

 しかし、既にやちよは大分離れてしまっている。今から追いかけるのは至難だ。

 かといって、此処で待って迎え撃つのも得策ではない。やちよの戦闘力の前では自分達など赤子同然。軽々と突破されるか、ひらりと躱されてしまう。

 う~~ん、と首を唸るいろは。

 

「……ドローンの向かっている先は?」

 

 美代に尋ねると、彼女は即座にスマホで神浜町のマップを開いてくれた。

 

「このまま真っ直ぐ突き進んでいたとしたら、旧商店街の方へ入りますな」

 

「旧商店街? さっきの商店街とは違うんですか?」

 

「国が推し進めた都市開発計画のせいで廃れてしまった場所ですな。『魔法少女保護特区』として指定される以前は、それなりに栄えていたのですがな……現在は、大半の店のシャッターが下りてますな」

 

 経営者もご高齢の方しかおりませぬ、と美代は付け加えると、マップに映る商店街を見る目を細めた。

 

「ただ、七海くんはそこを避けて、農林公園の方へ迂回するでしょうな」

 

 美代の言葉に、いろはは不思議そうな目を向けた。

 

「それは……どうしてですか?」

 

「彼女にとって因縁深い場所だからですな。特に……“万々歳”の『あの子』とは……」

 

「万々歳? あの子?」

 

 美代が口から紡ぎ出した2つの単語が気になるいろは。

 特に後者が印象に残った。

 『あの子』――――どうも、七海やちよが避ける程の存在が、この町に居るらしい。

 

「唯一常連客で賑わっている中華飯店ですな」

 

 ――――そこには魔法少女の看板娘がいるのですな、と付け加える美代。

 

「その子の実力は?」

 

 いろはが真剣な表情で問いかけると、美代は、ふむ、と顔を俯かせて考え込んだ。何処か答えようか迷っている様子だ。

 しかし――――数拍間を開けてから、顔を上げると、

 

 

「市内では、唯一、七海くんに匹敵する実力の持ち主ですな」

 

 

 はっきりと、そう答えた。

 

「!!」

 

 いろはは目を見開く。

 

「しかし……、あの子は……いくらなんでも……」

 

 美代は再び顔を俯かせると、ブツブツとつぶやき始めた。何か彼女を七海やちよと合わせてはならない事情があるらしい。

 しかし、いろはの答えは既に決まっていた。

 

 

「その子に、お願いしてみましょう」

 

 

「ええっ!?」

 

 迷いの無い桃色の瞳と同時に、高らかに宣言された言葉に、美代はギョッとなる。 

 

「きみは先程のわっちと七海くんの話を聞いていなかったのですかな!? 魔法少女同士の争いは市内では禁止されているのですな!!」

 

「ごめんなさい」

 

 いろはは、ペコリとお辞儀して謝る。

 

「でも、今の私達にはそれしか勝てる方法が無いと思います」

 

 その子の強さに頼ることしか――――言いながら頭を戻すいろはの目には、強い決意を込められていた。

 

「……むう、それはそうかもしれませぬが……七海くんとかち合えばその子とて無事には済みませぬぞ」

 

 その気迫に気圧されそうになる美代だったが、迷いはそう簡単に拭いきれない。彼女が争いを好まない人だというのは、先のやちよとの会話で確認済みだ。

 いろはとて、それは願わぬ事。手伝ってもらう手前、彼女は危険な目は晒したくは無いという気持ちが強い。

 

 ――――だからこそ、考えがある。

 

「だから、こう伝えて欲しいんです。『ドローンが見えなくなるまで足止めするだけでいいから、怪我しない程度にやり過ごして』って」

 

「…………」

 

 あんまりな、無茶振りに等しい指示に、美代は絶句。

 襟の中で隠れている口があんぐりと、開いていた。

 だが、よくよく考えれば、そう伝える意味はあるかもしれない。

 美代の腹は――ある意味ヤケクソ気味に――決まった。ある連絡先を入力すると、通話ボタンを押して、

 

 

「……もしもし、鶴乃くんですかな」

 

 

 賭けに出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドローンの影が旧商店街内の道路に入ったのを確認した七海やちよの判断は早かった。

 直前で左側に迂回すると、神浜中央農林公園に入った。中央に湖が有り、木々や芝によって、緑が溢れる広大な公園だ。

 (旧商店街を抜けた先にある神浜運動公園と比較すると、幾分か規模は小さい)

 平日である為、人は疎らだが、散歩途中の老人がベンチで休憩していたり、若者がジョギングしていたり、母親が、子供を連れて気晴らしに訪れている姿をちらほら見かける。

 治安維持部の魔法少女たるもの、一般市民の平穏を妨げる様な真似をしてはならない。よってやちよは、人目に付きやすい歩道コースは避けて、林の中を突っ切る事に決めた。

 木から木へと飛び移っていく姿は、猿や蝙蝠より遥かに俊敏で、漫画やアニメに登場する忍者に近い。

 

(少し急ぐ必要があるけど……仕方ないわね)

 

 ドローンは旧商店街の上空を真っ直ぐ進んでいった。よって、現在農林公園内に居るやちよの視界にドローンの姿は無い。

 なので、少し足を早めて、此処を突破し、ドローンが旧商店街を出る前に、出口付近まで回り込む必要が有る。

 

(それに……)

 

 念の為、後ろを振り向くが、いろはと美代の姿は無い。魔力反応すらも感知できない事から、距離はかなり離れている筈だ。

 自分が圧倒的に優勢である――――にも関わらず、危惧している事が、一つだけ有った。

 

(問題は『鶴』ね……)

 

 脳裏に過る、一人の少女の姿。自分とは尽く対極に位置する、猛虎の如き魔法少女。

 恐らく美代のことだ。声を掛けている可能性は高い。此処は急いで突破しなければならない。魔女との戦い以外で、魔力を消費する真似はしたくなかったが、仕方ない。

 やちよはそう思うと、木の幹に付いた両足から魔法陣を展開――――瞬間、加速!!

 ジェット噴射の如き爆発力で、グンと飛び立つ。

 しかし――――

 

 

「七海やちよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

 突然が、獣の如き咆哮が、空気を震撼させた。同時に凄まじい波動が発生し、木々を激しく揺らす!

 

「!?」

 

 ロケットと化したやちよが、それに制止された。地面に足を付くと、周囲をキョロキョロと見回す。

 刹那――――

 

「―――――!!」

 

 キュイーン! と、やちよの脳裏に一筋の閃光が走る。まるで某機動戦士のニ○ータ○プの様な反応だが、真上に魔力反応と気配を察知した。

 咄嗟に顔を上げると――――薄い服装の魔法少女が『大』の字の形をして降ってくるではないか!

 避けようとするやちよだったが、視界に縦二文字の赤い閃光が走った。それが攻撃だと気付いた瞬間、やちよは反射的に携えていた槍を横向きに構える。

 ガキィンッ!! と、けたたましい金属音が鳴り響いた。

 

「ここで会ったが百年目っ!!」

 

「……っ!!」 

 

 そう叫ぶ魔法少女の顔をはっきりと視認した途端、やちよは忌々しそうに唇を噛み締める。

 丸い栗色の瞳に、右側に長いサイドテールを作った長い茶髪、そして、スラリと細い肢体に纏わされた、活動的な中国風衣装――――間違いない。

 

「『鶴』ね!」

 

「積年の恨み、晴らしてやる!!」

 

 『鶴』と呼ばれた中国風衣装の魔法少女は、怒りに満ち溢れた声を張り上げると、両手に携える武器――――扇に力を込めて押し付ける!

 やちよの槍とギリギリと擦り合わさって火花を散らした。薄暗い林の中で、二人の間だけが、まるで太陽が出現した様に瞬く。

 

「此処は、市民の憩いの場よ……!」

 

 やちよが『鶴』の顔をじっと睨みつける。

 

「貴女のそれは、此処を焦土に変えてまで達成しなければならない事なのかしら?」

 

「くっ……!」

 

 氷の眼差しで訴えると、『鶴』の顔が、僅かにだが、苦々しく歪んだ。

 

「ほざけっ!! あんた達市役所の使い走りがっ!! 二年前に商店街の皆に何をやったのかっ!? 忘れたなんて言わせないっ!!」

 

「っ!!」

 

 やちよはそこで槍を持つ手に力を込めて、押し退けた。バァンッ!! と、弾ける様な爆裂音が響いて『鶴』が弾き飛ばされる。

 だが、彼女は空中でクルリと旋回! 即座に態勢を直すと、空中で魔法陣を発生させて、それを足蹴にして突進する!!

 紅蓮の魔力を纏い猛突進する『鶴』の姿は、まるで戦車の榴弾だ。真面に受け止めた場合、槍が耐えられない……いや、それ以上に、自分の身体が焼き潰される!!

 そう危惧したやちよは『鶴』の顔が視界を埋め尽くした瞬間に、バッと横に飛んで転がった。

 『鶴』が芝生に直下すると、ドォンッ!! とまるで爆発の様な激しい音と煙が発生!!

 

(なんて威力……っ!)

 

 その衝撃の威力は真近に居るやちよが存分に味わった。全身がピリピリと痺れて、呆然と見つめてしまう。

 ――――暫くして、煙が晴れると、屈んだ状態の『鶴』の背中が見えた。彼女の直径1m辺りの芝生が焦土どころか、地面が軽く陥没していた。

 

「美代さんは、『適当にやり過ごせ』って言ったけど……」

 

「……!」

 

 やはり、彼女が動いたのは美代の指示か。しかし、だとすると、どうして自分の居場所を知り得たのか――――気になったやちよは目を細める。 

 

「わたしは、そんなつもりは無い。あんたはここで……潰す!!」

 

 背中越しに聞こえてきたのは強大な憎悪と、怒り。まるで鬼神の如き威厳と迫力を携えた『鶴』が、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

「わたしと、戦え……っ!! 七海やちよ……っ!!」

 

 

 ギロリと剥いた瞳の中で紅蓮の光が炎のように激しく揺らいでいた。

 やちよは顔から表情を消して、凍り付いた瞳で彼女を見据える。槍を構えてじっと待つ。

 それを臨戦態勢と受け取った『鶴』は、両手に紅蓮の魔力を纏わせた扇を広げて――――突進した!

 

 

 衝撃が発生し、林を大きく震撼させた。

 

 

 

 

 

 




 かなり早急に書き上げてしまった。
 という訳で、早速登場、『決闘少女』ですが……メインストーリーや、やちよさんストーリーとは全く違っていますね、ハイ……。


 補足ですが、公式では神浜市は9つの区に分かれているのですが、それぞれの地域に区役所と魔法少女チームを配置させてしまうと、描写数が半端ないことになってしまいますので……僭越ながら、【4つの町に分かれている】=4つの町役場と魔法少女チームに分かれている、という設定にさせて頂きたく思います。
 ご了承くださいませ。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。