魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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単純に、書く暇が無くて投稿が長引くというね。


FILE #65 KILLER = <完殺者>

 ――――2018/07/05 (日)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――みかづき荘・キッチン

 

 

<よし、フェリー。第三ラウンド>

 

「よし、プランをBからCへ移行すると奴らに伝えろ」

 

<りょーかーい>

 

 ジュンから報告を受けたフェリシアは、そう指示を下すとトランシーバーを懐にしまった。

 

 未だやちよとフェリシアは睨み合っていた。

 お互いに一歩も譲らず、また警戒から互いに手を出せず、既に15分が経過。

 

 しかし、たった今まさらから、ドローンは全機破壊したとの報告が入った。

 フェリシアの作戦を潰したのは、これで二つ目。

 優勢なのはやちよ達の筈。だが、対面するフェリシアの顔はまだまだ余裕に満ちた愉悦で――対しやちよの表情は冷静沈着を保ちつつも、額には汗がじわりと滲んでいる。

 第三者が二人を見比べたら、追い詰めてるのはフェリシアの方と錯覚するに違いない。

 

(プランC……やはりまだ何かを仕込んでいる……)

 

 ――――奴ら、といったからには、手駒はまだまだ潜んでいるのだろう。

 

 全く、自分一人を斃す為にどれほどの私財と人員を注ぎ込んだのか、この猟犬は。

 そして、自分に懸けられた賞金を思い出した。

 3億……そう、3億だ。

 いつの間にか自分は“裏”でもそんな有名人となり、彼女達に付け狙われる立場になっていたのか。

 そう思うと、自然と溜息が零れた。

 

「……次は何をするつもり?」

 

 だが、今後を考えればフェリシアとの戦闘は良い経験になるかもしれない――――

 やちよは思考をできる限りポジティブに切り替えて、再び鬼神の如き眼で彼女を睨み据えた。

 実力的にフェリシアを取り押さえることはできたが、敢えてそうしなかった。

 

「聞いて驚け」

 

 それはフェリシアから、手の内を聞き出す為だ。

 敵の指揮官に直接問いかけるなど、普通に考えれば愚の骨頂なワケだが、幸いフェリシアは自分の質問に懇切丁寧に答えてくれた。

 それが、傭兵なりの流儀なのかは、甚だ検討も付かないが。

 

 

「特攻隊だ」

 

 

「っ!」

 

 だが、愉悦混じりに吐き出された一言に、肝が冷えた。

 手駒とはいえ、人間の筈……彼女達に何をさせるつもりなのか?

 

「ここ最近……」

 

 猟奇的な笑顔の前で、人差し指で“∞”を繰り返しなぞるフェリシア。

 

「街をブンブン飛び回ってる“蠅”を知ってるな」

 

 やちよは目を見開く。

 

「! ……貴女に接触したと?」

 

 まーね、と返した後、フェリシアはくつくつと嗤う。

 

「意識も感情も無い。完全な合理的思考のみで与えられた指示を遂行する完璧な兵隊共だ」

 

「そんな魔法少女が」

 

「いるんだよな、コレが。そして、そんな奴を量産しまくってる組織があるってことも」

 

 どんな魔法を掛けたのかは知らねーが、と付け加えて、フェリシアは愉悦を深めた。

 やちよが忌々しそうにチッと舌打ちを鳴らしたからだ。英雄の澄ました顔を崩すのは心地いい。

 

「特攻……敗北を認めたようなものね」

 

 そこでやちよは、下唇を噛むと、右手に携えた果物ナイフの切っ先をフェリシアに向けた。

 

「でも、最後に笑った奴がいただろ? オレみたいな金髪の白人さ」

 

 減らず口を、と怒りを吐き出しそうになるのを喉元で堪えた。

 感情をぶつけたところで、この金毛の子狐は吹き出すだけだ。

 

「ドローンとニトログリセリンは……」

 

「ははっ、確かにドローンは終いだが、ニトログリセリンがあれで全部だといつ言ったよ。蠅一匹一匹にタンクを抱え込ませてるのさ! 奴らが全員到着するまで5分。それまでにオレは……」

 

 快楽を顕わに捲し立てながら、フェリシアはズリズリと摺り足で後退していく。

 やがて、壁に背中を当てると――――

 

 

「完全勝利を目指す!!」

 

 笑みを消した。

 

 壁を蹴って、一気に飛び出す!

 瞬間、やちよの右手が反応。神速の如き速さでナイフの刺突を仕掛けるが――――

 

「っ!」

 

 息を飲む。フェリシアの姿がフッと消えた。直後――――

 

「ハイヤァッ!!」

 

 自分の()()から掛け声!!

 

「ぐぅっ!!」

 

 ドスンッ!! と重い音が響く。

 至近距離で鉄球をぶつけられたような衝撃が下腹部を襲ってきて、やちよの顔が歪んだ。

 寸前で呼吸を整えて腹筋を締めた為、クリティカルヒットには至らなかったが、両足が滑るように後退した。

 

(躰道の“海老蹴り”ね……)

 

 フェリシアの姿勢を確認して、やちよは感心。

 今のは“消える蹴り”とも呼ばれる武術の一つだ。

 ナイフの刺突を身を屈めて回避。同時に背中を向けて、上体を床まで倒し、両手を付いて相手の腹部目掛けて斜め上に蹴り込む。瞬間的に回避と攻撃が可能な技。 

 

 凄まじい威力だ。鳩尾にでも決まっていたら、激痛に膝が折れて隙を見せていただろう。

 

 フェリシアは立ち上がって再びやちよに向き合うと、今度は突進!

 だが、フェリシアの性質からして真正面から仕掛ける筈は無い。必ず小手先を講じるはず――

 やちよは合気道の構えを取り、フェリシアの接近を待った。

 冷静に待ち構えていることが何よりの得策だ。奴が飛び道具を用いても対処できる。仮にただの突進だった場合は“技”を返してやればいいだけ――――

 

「オラッ」

 

 至近距離まで迫ると掛け声と共に何かを投げつけてきた。

 瞬間――――真っ白な粉塵が舞い散って、やちよの視界を塞いだ。

 ホットケーキミックスか。しかし、想定内だ。自分には通用しない。

 

「はっ!」

 

 既に相手の急所は捉えている!

 再び、頸筋目掛けてナイフの刺突を繰り出すが、フェリシアは後ろ回し蹴りで応戦してきた。

 叩き落とすつもりか――――だが、繰り出された左大腿の腹にナイフの側面が接触した瞬間、膝がクンッと折れ曲がる。

 

「っ」

 

 その芸当にやちよが目を見開いたのもつかの間。

 右手は既に空を握っていた。ナイフが折れた膝に挟まれて掠め取られたのだと判明した時には、果物ナイフの切っ先が目前に迫っていた!

 瞬時にやちよは手刀を横薙ぎして弾き飛ばす。

 

 きんっ、と音が響いた一瞬後には、果物ナイフは壁に突き刺さった。

 

 だが、投げ返されたナイフに気を取られた一瞬が仇となった。

 フェリシアは視界から忽然と消えていた。

 

 ――――どこへ行った? 深月フェリシア……!!

 

 自分の迂闊さを呪いながらも、やちよは野兎を追う空腹の狼の如く周囲を見渡した。

 キッチンには……いない。

 そうだ。フェリシアは自分を()()()()と判断した。直接挑むのは無謀の筈……。

 そうなると……彼女が次に狙いを定めるのは…………――――まさか。

 

「英雄の弱点……それは、自分以外の命だ」

 

 リビングを向くと、聞こえて来たのはフェリシアの嘲笑。

 やちよの背中がぞっと冷え込む。

 

「七海部長……!」

 

「……!!」

 

 助けを求める様な声に、愕然とした。

 一番見たく無かった光景がそこに有った。

 フェリシアが冷たい笑みを携えてみたまを人質に取っていた。

 右腕で彼女の首を固く締め上げて、こめかみに“何か”を押し付けている。

 

 

 ――――それが“銃”と判明した瞬間、やちよの心臓がドクンと高鳴った。

 

 

「ぐぅっ……!」

 

 みたまの表情は苦しそう。

 みかづき荘の中で唯一戦闘力の無い彼女は、リビングで隠れていたが、フェリシアの嗅覚は凄まじかった。

 今すぐ、助けにいかなければ――――!!

 

「おーっと動くなよ。このババアの脳みそが飛び散るぞッ!」

 

 衝動的に飛び出そうとした身体は、フェリシアのその一声で抑えられた。

 

「………………っ」

 

 無言と無表情を貫きながらも、下唇は痛くなる程噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――みかづき荘・屋根の上

 

 

「ひっ……!」

 

「拙いわねぇ……」

 

「……!」

 

 いろは、ピーター、まさらの三名は死を覚悟した。

 全身をダイバースーツで覆ったジェイソンマスクが、見えない糸のようなもので全身を拘束したからだ。

 

<はーい。遊びはもうこれでおしまーい>

 

「……」

 

 まさらは瞳で敵意を向けるがジェイソンマスクは、はあ、と溜息。

 左手の小指を僅かに手前に引くと、首に括り付けられた“糸”がグッと閉まる。

 

「っ……」

 

<“これ”の切れ味はさっきおしえたよねー? 動いたらバラバラのグチャグチャだよー?>

 

 ジェイソンマスクの機械音声に脅すような威圧感は無く。

 どこまでも友達に世間話でもするかのような平坦で間延びした口調。

 人の命に一切の興味関心を示していない様子に、まさらは忌々しそうに口元を歪める。

 

「ひっ……」

 

 うめき声が聞こえてきて、まさらはベランダに居るいろはを見下ろした。

 既に死の恐怖がぶり返してきたのか、涙を溜めて座り込んでいる。

 まさらを見上げるその顔は、“もうおしまいだ”と今にも悲鳴を挙げそう。

 しかし、歯を喰いしばってどうにか喉元に押し留めているように見えるのは、彼女なりの最後の意地か。

 

「まさらちゃん!」

 

 次いで自分を呼ぶ声に、まさらを反対側を見下ろした。

 いろはとは向かい側のベランダに居るピーターも、ライフルを構えたまま硬直。

 自分といろはと同じく、見えない糸が全身に絡みついている。

 ジェイソンマスクは両手でそれを操っている。動いたら彼のような一般人は、容易く細切れと化すだろう。

 

「わかってます……」

 

 聞こえるかどうか分からないがまさらは小さく返答。

 

 ――――拙い状況だ。

 

 たった今、テレパシーで聞こえたが中の方でもフェリシアが悪足掻きに出たという。

 結果的に、反撃の隙を許し、隠れていたみたまを人質に取られてしまった。

 助けにいこうにも、やちよ以外に戦力となる自分達は拘束。

 

 あと、頼れるのは……

 

(由比さん……)

 

 戦闘力は低いが、遊撃役である彼女が残された希望だ。

 まさらは今までの人生の中でめったにしたことが無い“祈る”ことを、この時ばかりは心の中で行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、みかづき荘の塀の外では――――

 

 

<こちら“匿名希望”。赤羽根より指令有り。プランCに移行した模様。全員、作戦行動開始」

 

 それが合図だった。 

 瞬間、周辺住宅の屋上、庭の草陰、物置、車内から、続々と黒いケースを抱えた黒装束が飛び出してきた。

 計14名に及ぶそれらは、蜜を見つけた羽虫の群れのように、みかづき荘に集結しつつあった。

 

『こちら【レイケツ】。“匿名希望”より指令有り、黒羽根全員に通達。これより塀の内側へ侵入し、一斉突撃。みかづき荘を爆破する』

 

 塀の外で、纏わり付くように背中を塀に張り付けた黒装束の一人がテレパシーで指示を出す。

 同じように、みかづき荘の塀の外側では、囲い込むように、黒装束達が塀に貼り付いた。

 

『【イバリ】了解』

『【ネクラ】了解』

『【ウソツキ】了解』

『【ワガママ】了解』

『【ワルクチ】了解』

『【ノロマ】了解』

『【ヤキモチ】了解』

『【ナマケ】了解』

『【ミエ】了解』

『【オクビョウ】了解』

『【マヌケ】了解』

 

『……』

 

『……』

 

 だが、いる筈の二人から返信が返ってこない。

 【レイケツ】が全員に指示。

 

「こちら【レイケツ】。【ヒガミ】【ガンコ】との応答無し。緊急事態が発生したと判断。【ワガママ】【ワルクチ】は至急救助に迎え」

 

 焦りも困惑も、表情に微塵も不安の色さえ見せず。

 【レイケツ】と名乗る黒羽根は淡々と他のメンバーに指示を下す。

 

『こちら【ミエ】。たった今、【ワガママ】【ワルクチ】とのテレパシー断絶』

 

『こちら【ネクラ】。ただ今、七海やちよの手の者と交戦中』

 

『こちら【レイケツ】。【ネクラ】へ。相手の情報を分かる範囲で全員に報告せよ』

 

『【ネクラ】了解。由比鶴乃と認識。“匿名希望”へ報告の許可を要請する』

 

『【レイケツ】了解。許可する』

 

『【ネクラ】了解。“匿名希望”へ報告。…………報告完了。―――――――――――――以上。“匿名希望”より新たなる指令有り。【レイケツ】、全員に通達せよ』 

 

『【レイケツ】了解。黒羽根全員に通達。“匿名希望”より新たなるし……』

 

『こちら【ウソツキ】。レイケツとの通信断絶。敵の攻撃に遭ったものと思われる。指揮系統混乱防止の為、当方が指揮を受け継ぐ』

 

『『『『『『『『『『………………』』』』』』』』』』』』

 

『こちら【ウソツキ】。黒羽根全員との通信断絶。“匿名希望”へ。作戦は失敗。至急撤退指示を要請する。至急撤退指示を要請す……』

 

 刹那、【ウソツキ】の背後から橙色の影!!

 

「ちゃっちゃーっ!!」

 

 振り向く間も無く【ウソツキ】の頸筋に回し蹴りが炸裂!

 頸椎を強打した【ウソツキ』は全身が痺れるような感覚に襲われた後、地に倒れ伏した。

 

「……こちら【ウソツキ】……こちら【ウソツキ】……頸椎損傷の為……作戦行動不可能……。メンバー全員との通信断絶……作戦失敗……“匿名希望”指示を……“匿名希望”指示を………………」

 

「なんなのこいつら……!?」

 

 ガクリ、と首が倒れて意識を失った様子の黒装束を呆然と見つめるのは、魔法少女姿の鶴乃だ。

 

 実は彼女は、七海やちよから遊撃役を任されていた。

 鶴乃なら、みかづき荘の外に居ても怪しまれることが無いからだ。

 やちよがフェリシアの毒を暴いた直後に、彼女は窓から外へ飛び出した。

 そして、塀の外で張り込んでいる黒装束の少女達を発見し、各個撃破した、という訳だ。

 

 しかし――――

 

「…………やめろ」

 

 急に右手が震えた。鶴乃は左手で手首をギュっと握り締める。

 

 攻撃する時、罪悪感が無かった訳が無い。

 だが、黒装束の少女が抱えているものは爆発物だ。一人でも残してはならない。迅速に対処しなくてはならない。だから、一撃で戦闘不能にする必要があった。

 しかし――――攻撃を受けた黒装束の反応が、不気味だった。

 痛みなどまるで感じていないように、無表情のまま淡々と、身体に起きた状況を解説しながら膝から崩れていく。

 

 

――――こちら●●●●、頸椎損傷。四肢機能不全の為、作戦続行不可能。至急、救助を要請する。至急、救助を要請する。

 

 

 まるで、機械じゃないか。

 バグが発生してエラーメッセ―ジを画面表示したような……

 

 故に、軽かった。

 攻撃を当てた時の感触、首筋の骨が歪む音も、拳を突き当てた鳩尾の柔らかさも、間違いなく人間そのものだったというのに――――心のどこかで()()と感じたのか。

 

 心が軽かった。

 罪悪感が、最初から自分の中に無かったように。

 人を傷つけた拳も。脚も。あの頃と同じ様に、軽い。

 

 

 ――――鬼、悪魔、人で無し。

 

 

「やめろって……」

 

 この軽さには、覚えがある。

 忌まわしい過去が脳裏に蘇ってきて、右手がより大きく震えた。握り込むだけでは抑えきれない程に。

 

 違う。今の私は人間だ。

 もう二度と、掃き溜めには落ちない。

 そちら側に行きたくない。

 

 

 

 

「――――やっぱり、最初からうまくいく筈が無い、か……」

 

 

 

 

 刹那――――聞こえてきた溜息混じりのぼやき声に、鶴乃はハッと顔を上げた。

 自分より2m程離れた先に見えたのは、眼下で倒れ伏す黒装束と遜色無い格好の少女。

 

 ――――もう一人、居たのか。

 

 魔力反応は先の黒装束達と変わらず微弱。戦闘力はそれほど高く無い筈。

 ただ、一つ奇妙なのは、先の溜息混じりの言葉からして、明らかに人の感情が見受けられた点だ。

 恐らく、こいつが黒装束達を指揮するリーダー格なのか?

 

「……あんた、名前は?」

 

 会話が可能と判断して、鶴乃は問いかけた。

 

「無いわよ。知ってる癖に」

 

 黒装束は口元に一切の感情を見せずに、首を振ってそう告げた。

 名無し……ということはこいつが“匿名希望”か?

 右手に黒いケースを抱えている姿から目的は他の連中と同じの筈。

 鶴乃は戦闘態勢を取り――――渾身の力で地面を蹴って、一直線に飛び出した。

 狙いは鳩尾だ!

 “匿名希望”は直立不動のまま。鶴乃の瞬発力に反応できていない。狙うのは容易い。

 急所目掛けて拳を突き出した瞬間――――

 

「っ!?」

 

 一瞬――――それは本当にコンマ0.1秒に満たない程の瞬間だったが、鶴乃は確かに感じた。

 

 

 全身が、固まった。

 

 

「無駄よ」

 

 次に“匿名希望”の声が聞こえてきたのは、背後からだった。

 そんな、今の一瞬で――――!

 しかし、鶴乃の驚愕は一瞬で抑えられた。

 

 ゴツッ

 

 ――――と、後頭部に“硬い物”を押し付けられたからだ。

 それが“何か”は分からない。

 だが、『振り向いてはダメだ』と、本能が警鐘を鳴らす。

 

「ッ!! ……あんた、一体……!?」

 

 額が汗に濡れて冷たい。

 鶴乃は恐怖を堪えながらも、背後で自分の命を握っている“匿名希望”に問いかける。

 

「戦う行為は止めなさい。私と貴女とでは次元が違う」

 

「次元って……!!」

 

「私は貴女と戦う事を()()()()()()

 

「!?」

 

 “匿名希望”の冷ややかな一言に鶴乃は瞠目。

 

「由比鶴乃」

 

 後頭部に鉄の塊を押し当てながら“匿名希望”は問いかける。

 

「貴女は自分の人生を悔やんだことは無い? 大切な人を失って、罪の意識を感じたことはない?」

 

「えっ……?」

 

 ギクリと、鶴乃の肩が強張った。

 冷たいナイフが自分の頭を切り開いて、中身を見られているような、悍ましい感覚。

 

「貴女と私は似ている」

 

 だから、貴女と会えたのは幸運だった――――

 

「…………」

 

 そう話す“匿名希望”に鶴乃は何も返せなかった。

 ただ、怖くて堪らなかった。

 初めて会った人に、自分の事を全部知られている、有り得ない現実に。

 

「取引をしましょう」

 

 ここで、初めて“匿名希望”は武器を下ろした。鶴乃は振り向き対面する。

 握られているのが“銃”であったことに目が震えた。

 もし、自分が微塵でも動いていたら、奴は迷わず引き金を引いたのだろうか?

 

「……」

 

 “匿名希望”とじっと向き合いながらも、鶴乃の相貌は恐怖で歪んでいた。

 “匿名希望”は気にせず続ける。

 

「これから一か月に一度、直接会って、お互いの組織の情報を交換するというのは……どう?」

 

 組織……?

 “匿名希望”は自分が治安維持部に入職希望した事を知ってるのか?

 そして、“匿名希望”が所属する組織とは、一体……?

 

「どうって……?」

 

 “匿名希望”と自分の実力差は歴然。もし、断れば――――想像したくもない事態を招く事は明白。

 鶴乃に拒否権は無かった。

 相手もそれも理解させた上で交渉に望んでる。

 忌々しい――――そう思い、歯を喰いしばった矢先、

 

「安心して。私と、私のチームは、貴女が大切にしている人達には手を出さない。必ず……救済する」

 

 二人の間を一陣の風が吹き抜けて、“匿名希望”の前髪が揺れた。

 微かに見えたアメジストの瞳には、確かな決意が込められているように見えた。

 何て力強い目だ。嘘は付く人には見えない。

 

 だけど、でも――――

 

「…………分かった。約束してくれるなら、応じるよ」

 

 ――――悩んだ末、鶴乃は苦々しい顔のまま、首を縦に頷かせた。

 そうするより術が無かったのは事実だが、相手から情報が手に入れば、それをやちよ達に伝えて活かせるかもしれない。

 

「……」

 

 匿名希望は冷淡な表情のまま、鶴乃の答えに、コクリと頷いた。

 そして、指をパチンと鳴らし。

 

<こちら“匿名希望”。作戦は完了。黒羽根一同、私の下へ集りなさい>

 

『【レイケツ】了解。黒羽根全員に通達。<気絶>状態を解除し、“匿名希望”の下へ集結』

 

『『『『『『『『『『『『『了解』』』』』』』』』』』』』

 

 テレパシーで応答すると、気絶した黒羽根達は何事も無かったよにすくりと起き上がり、“匿名希望”を囲むように集まり出した。 

 

「…………っ!?」

 

 その光景に、鶴乃が呆然となるのは記述するまでも無く。

 匿名希望を中心とする計15名の黒装束の少女達は一様に踵を返した。

 

 ――――みかづき荘の裏には小さな森林がある。

 年季のある大きな木々が互いに密着しているせいで枝葉は複雑に絡み合い、陽の入り込む隙間は無く、奥は常闇のように暗い。

 

 黒羽根一人ひとりが、木々の間の漆黒に溶けるように入り込んで――消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――みかづき荘・キッチン

 

 

「どうすれば、解放してくれるのかしら……?」

 

 未だにみたまは、敵の腕の中。そのこみかみには銃口。

 やちよはキッチンから一歩も動けず、カウンター越しにフェリシアにそう問いかけるしか術は無い。

 フェリシアはくっく、と下卑た笑みを浮かべて、指さした。

 

「フルニトラゼパム」

 

 やちよの目が流しの方に向けられた。脇に有るのは、まだ湯気が立つ()()()コーヒー。

 

「そいつをテメーのコーヒーに入れた。人間なら6滴で心停止、三分後に脳死。魔法少女なら……倍の12滴で10時間の意識消失」

 

「……っ!」

 

 首の圧迫に苦悶の表情を浮かべながらも、みたまがキッと目を剥いた。

 

「英雄は、誰かの為に命を捨てられるもんだろ?」

 

「…………」

 

 無言を保つ。深呼吸し、平静であろうとする。

 しかし、表情までは不可能だった。

 額は汗に塗れ、眉間に皺がグッと寄り、噛み続けたままの下唇からは血が滲んでいる。

 それだけで、フェリシアが勝利を確信するには十分な情報だ。

 

 ニイッと、嗤った後、フェリシアは冷ややかに告げた。

 

 

「飲めよ」

 

 

 みたまの瞳が愕然と見開かれる。咄嗟に口が開き衝動的に叫んだ。

 

「やめなさいっ!!」

「黙ってろババアッ!」

 

「ぐっ……」

 

 だが、感情任せの制止がフェリシアに通じようか。

 引き金に掛かった指がグッと引かれるのを見て、みたまは押し黙った。

 

「…………っ」

 

 ――――ごめんなさい。七海部長。

 

 ――――私はまだ、死にたくない。

 

 懺悔の様な気持ちでみたまは、やちよにアイコンタクトを送った。

 やちよは苦々しい顔のまま。

 だが、澄んだ海色の瞳をしかとみたまの目と合わせてから、コクリと、力強く頷いた。

 

 その仕草は、「大丈夫」と言い聞かせているように、みたまには見えた。

 

「っ!」

 

 次の瞬間――――みたまの顔が驚愕に歪む。

 フェリシアの顔が歓喜に彩られる。

 やちよは、コーヒーカップを手に取り……毒物が混じった液体を――――くっと飲み干した。

 

「……っ」

 

 ゴクンという音がした。

 そして喉が動くのを確認したフェリシアが盛大に哄笑を響かせる。

 

ハハハハハハハハハッ!!! いいぜ英雄!! そうこなくっちゃなあッ!!」

 

 これで七海やちよは無力化。

 あとは気絶した所で、ソウルジェムをパキッと割ってしまえばいい。

 自分の勝ちはこれにて確定。

 フェリシアはみたまに満面の笑みを向けると、卑下た笑い声を撒き散らしながら言い放つ。

 

「クハハッ! テメーもこれでしまいだ。標的にはねーが、オレの秘密を知った以上は死んでもらうぜ!」

 

 こめかみに思いっきり銃口を捻じり込む。みたまの顔が痛みで歪む。

 

「……っ」

 

 ――――だが、みたまはフェリシアの顔をじっと睨み据える。 

 

「おっ? まだやる気か? ……でも無意味だ」

 

 快楽を張り付けたまま、フェリシアは引き金を引く――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――()()()()()()()

 

「ぷっ」

 

 刹那――――やちよは口から、何かを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ? ……げぁっ!!」

 

 何事かと、振り向いた瞬間――――“それ”はフェリシアの口の中に飛び込む!!

 瞬時に口腔一杯に広がったのは、苦手な豆の苦み!

 

「ッ……!?」

 

 それが、コーヒーと舌が認識した時、フェリシアの全身に悪寒が走った。 

 

「げぇっ……!? ゲホッ! グェッ!! ガハッッ!!」

 

 ――――まずい。喉の奥に入った!

 急激にゾッと蒼褪めた顔を下に向けて、思いっきり咳き込む。

 

「みたま、今よ!!」

 

「ッ!!?」

 

 やちよの掛け声。フェリシアは拙いと思ったが、もう遅い。

 毒入りのコーヒーに気を取られて、右腕が緩んだ。

 開放されたみたまが、フェリシアの背後に回り込み――――

 

「お返しっ!!」

 

 右腕を引っ張り上げて両腕で巻き込み、

 

「ぐはっ!」

 

 体重を掛けて、“脇固め”を決めた!

 フェリシアの体は真正面から床に倒れ込んだ。

 即座にみたまは、右手の指に掛かっていた指輪をつまむ。

 

「あっ…………」

 

 ――――瞬間、フェリシアの視界が暗転。

 全身の力が無くなって、眠るように意識が消失。

 首が横たわり、スー……スー……と、深い寝息を立て始めた。

 

「久々に見たわ。調整屋の防御術」

 

 フェリシアが深い睡眠状態に入ったのを確認して、やちよは漸くキッチンから抜け出した。

 フェリシアを開放して、ふう、と一息付くみたまの隣まで歩み寄る。

 

「ソウルジェムの魔力抑制。うまくいったわ」

 

「ええ」

 

 二人はフッと笑い合い、パチンッとハイタッチ。

 そして――――足元で赤子のようにすやすやと眠る少女を、揃って鋭い目で見下ろした。

 

「予想以上の問題児だったわねぇ……」

 

 みたまが額の冷や汗を拭いながら、苦々しい表情でそう評価するが、やちよは首を振った。

 

「問題児? たった一人で私達全員を窮地に追い込んだこの子が、果たして只の問題児と言えるのかしら?」

 

「七海部長……?」

 

 みたまは横目でやちよの顔を見て、少し驚いた。

 勝ったというのに、瞳の色は冷たく、血で滲んだ唇を未だに固く結んでいたからだ。

 その表情から伺える感情は――――

 

 

「この子は、紛れも無く“傭兵”よ」

 

 

 ――――それも凄腕の。

 

 静かにそう付け加えるやちよの顔には――――底知れない“傭兵”への『怯え』がまざまざと浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 とりあえず、やちよフェリシアお前ら変身しろよ……と。

 なんとか、決着が付きました。フェリシア戦。
 色んなキャラクターが混ざり大混戦でしたが、書いてて楽しかったです。

 さて、やちよはフェリシアの処分をどうするのかは……次回で。
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