魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
※2023/12/15 読みやすさ重視のため、一部文章を添削&変更しております。
かくして――――
傭兵“アステリオス”こと、深月フェリシアとの戦いは、一応の決着を得た。
しかし……
明確な犯罪行為の事実と殺人疑惑のある彼女を公務員として迎え入れる事は容易ではなく……
やちよは、暫し“火消し”に奔走する事になった……
――――2018/07/11 (土)
――――神浜市役所・職員会議室
既にそこには多数の報道陣が跋扈し、うだるような熱気に包まれていた。
彼らの興奮は最高潮だ。何せ、『神浜の英雄の謝罪会見』という特大のネタが目の前で繰り広げられるのだからだ。
さて、何故謝罪会見が開かれることになったのか、簡潔に記述させていただく。
フェリシアを正職に迎え入れたいと考えるやちよは、同居する家族には、彼女が先に起こした事件について『沈黙』を要請した。
しかし、ニトログリセリンを抱えたドローンの爆発音、ピーターの撃ったライフルの銃声が周辺住宅にまで及んでしまい、警察及び、治安維持部への通報が相次いだ。
ここで、フェリシアを犯人として挙げれば全ては一件落着だろう。
しかし、やちよは彼女を“獣のまま”扱いたかった。
そうしなければいけない理由も、必要も有った。
違法なのは分かってる。多くの人に迷惑を掛けたのも分かっている。だが、神浜市の将来を考えれば――――
やちよは断腸の思いで、会見の場へと躍り出た。その後ろに、八雲みたまと、副部長の都ひなのが付いてくる。
機関銃の如く連写されるフラッシュを全身に浴びながら、やちよ達は報道陣の方へと向き直った。
やちよの表情は固く、真剣そのものだ。
ひなのがチラリと、一瞬だけ首を横に反らしてやちよを観る。
彼女と同じく引き締めた表情ではあるが、『本当に大丈夫か?』と言いたげな不信感が滲み出ていた。
「皆さま、本日はお忙しい中、また突然のご案内にもかかわらずお集まりいただき誠にありがとうございます。これより治安維持部長七海やちよおよび副部長都ひなの、調整課長八雲みたまの謝罪会見を開始させていただきます。よろしくお願いいたします」
司会の白木が報道陣に向けて深々と頭を下げた。
彼女の言葉を聞きながら、やちよは控室で二人と口裏を合わせたことを思い返していた。
“フェリシアを犯人にし立てない”筋書はこうだ。
・フェリシアが事件を起こす前日、神浜町内で魔女が出現した。
(これは事実であり、出現地点からの緊急避難要請を行った後、調整員による魔女の活動領域に結界を発動した)
・やちよは魔女を退治。その後、みたまも退治完了の報告を受けて、結界を解除した。
・しかし翌日(フェリシアが事件を起こした日)。
みかづき荘の庭園で、使い魔の群れが10匹程度、集まって戯れている姿を発見。
やちよは、たまたま私事でみかづき荘に訪れていたひなのと共に対応。
・やちよは直ぐ様、周辺住宅に避難要請を出すべきであり、調整員の結界も必要と言った。
しかし、ひなのが反論。
・使い魔が一か所に集まっている今こそ、穏便に済ませるチャンスである。
時間を掛ければ、使い魔が戯れに飽きて四方八方に散ってしまい、一匹ずつ見つけるのは困難。
市民の被害が出る可能性も有る。
・やちよも余計な混乱は起こすべきではないと考え、ひなのの案を了承。
彼女の魔法で作成した、即席の化学爆発物を投下し、使い魔達を殲滅した。
――こうして、記者会見が開始された。
責任追及に熱を上げる報道陣だが、やちよ達に同情の視線を向ける記者も多く見られた。
考えてみれば、当然のことだ。
神浜を代表する英雄達とはいえ、まだ10代の少女である。
本来なら彼らの子供達と同じく、青春を謳歌して良い年齢なのに、社会的責任を負わせて、警察染みた命がけの仕事を押し付け、不手際があれば世間に頭を下げさせる社会は、果たして正しいのだろうか?
会社の指示だから“仕方ない”とはいえ。
そんな複雑な思いを抱えてる記者達も、確かにいたのだ。
☆
二時間後――――
――――神浜市役所・職員休憩室
「全く……嫌な役をさせてくれたな」
「ごめんなさい、ひなの」
謝罪会見を無事終わり、休憩室に戻った矢先だった。
ひなのから開口一番、突き刺さるような言葉が飛んできて、やちよは深々と頭を下げた。
「冗談だ。失った信頼なんざ一週間もありゃすぐに取り戻せる。だけど、人や物はそうじゃないだろう?」
「ええ」
「
ひなのがフッと笑った。
その笑みに救われたような気がして、やちよもふふ、と微笑を返す。
革製のソファに向かい合うように座った二人の前に、みたまが「どうぞ」と、コーヒーを差し出した。煎れたての香ばしい臭いが、二人の気持ちを落ち着かせる。
「七海部長。都副部長。お疲れ様でした」
「ありがとう、みたま」
笑顔を向けるやちよとは対照的に、ひなのは真剣な眼差しを送った。
「……みたまさん、あの金髪の小僧は?」
「ミラーズのB-29にいるわ。落ち着いて寛いでる」
「そうか……アンタの方は、大丈夫なのか?」
「それ、さからにも散々言われたけどぉ?」
何せ危なかったのだ。やちよの反撃があと一歩遅れていれば、みたまは間違いなく死んでいた。
精神的に不安定にならない方がおかしい――――ひなのは眉を下げて心配そうな顔で見つめてくるが、みたまに“良い笑顔”を返された。
これ以上の心配は余計か。ひなのは、慌てて“すまん”と頭を下げた。
「全く、親と子で似る物ね」
その心配性が――と、やちよが言い放つと、ひなのがムッと睨む。
「それ、お前に一番言われたく無いぞ、やちよ。お前だって年々みたまさんに似てきてるって言われてるぞ。我慢強いところが特にな」
「私は17歳よ」
「当然でしょう。みたまは私の人生と魔法少女の師だもの。影響を受けているのは違いないわ」
「みたま、17歳☆」
必死で年齢アピールするみたまを無視して二人は笑い合う。
「……そんなことより、本当に大丈夫なのか? あの金髪の小僧は?」
だが、ひなののその一言で、和やかな空気が一気に張り詰めた。
やちよのマリンブルーの瞳は揺らぐ事無く、ひなのをじっと見据える。
「ええ」
「簡単に頷くけどなっ」
やちよにも余計と取られるかもしれないが、心配でならないのだ。
何せ、深月フェリシアは、あの常盤ななかですら、手を焼いて追い出すしか無かった程の人物。
それは、問題児というより、“傭兵”としての底知れぬ残忍性を見たからに他ならない。
一番荒事に慣れている筈の、チーム・アメノハバキリを愕然とさせる程の、狂気を――――
「アイツはガチの犯罪者でお前らを殺そうとしたんだぞっ! ななか達にすら何を仕出かしたのか分からんっ! そんな奴を入職させるなんて、リスクが高すぎるだろ! ピンが外れた手榴弾抱え込んでスーパー行くようなもんだぞ! 今回はアタシがなんとか隠してやったからいいけど、もし世間に明るみに出たら……!」
「大丈夫よ。彼女の入職は、市長も警察本部長も了承済みだから」
「っ……!」
ひなの、今のやちよの一言で目が点。絶句。
一分後、頭の中で驚愕と混乱と恐怖と様々な感情がグチャグチャに掻き混ぜられて、全身がワナワナと震え始めた。
「え? おまっ……お前、ええ……?」
ひなのは顔を蒼褪めて頭を抱えた。
「常々思っていた事だけど、私達にも“マル暴”の様に、裏と直接繋がり傭兵の方々と情報共有できるチームは必要なのよ」
マル暴は、
経験済みの輩を登用するなんて、それどこのB級映画の世界?
しかも、それが明るみに出たら、神浜の秩序は一気に崩壊するんですが?
「む、まあ、それも確かにアタシも思うが……ななかのチームじゃ宛てにならんか?」
ツッコミの数々を喉元に押し留めて、どうにか平静を装いつつ、ひなのは頭を上げて問いかけた。
やちよは首を振る。
「深月フェリシアと戦って分かったことだけど、私やひなの、ななかやももこが周囲に『強い』と称賛されても、それはあくまで『一般』の範囲内よ。戦い方や戦法には限界が有る。でも彼女達は違う……」
思い出しながら、やちよは自然と下唇を噛んでいた。それを見たひなのは意を汲むように、呟く。
「限界が無い。だから、学べることも多いってことか……」
「そう。深月フェリシアを通じて彼女達と懇意になり、その中で“
「お前があの金髪の小僧を使いこなせる確信があればな……。でもまぁ、確かにそうだ。傭兵達の生きたノウハウが手に入れば、より高度な犯罪対策が実現可能かもしれん……」
やちよ達はその立場上、警察から訓練や刑事法の勉学を受けることが義務化されている。
神浜市の特徴を考えれば、やちよやひなのの様なベテラン且つ役職者は、
「それだけじゃないわ。今後を考えれば、私達はテロ対策も視野に入れて特訓していかなければならない。この国の自衛隊には、魔法少女が一人もいない。
その“万が一”だ。
大東区の沿岸部に、流れ着いた移民の少女が、テロ組織に所属する魔法少女であったなら?
――――暗にそう告げるやちよの言い分は、ひなのに抗い難い現実を突き付ける。聞けば聞く程、自分がぬるま湯に浸かっているのだと思い知らされる。
……でも、それは――――
「とんだ夢物語だな……」
全くこの部長は、見た目によらず熱が入りやすい。
ひなのは溜息混じりに、そうぼやくとやちよは笑顔で、
「将来の財産は、いつだって夢物語から始まるのよ」
言葉の槍を突き刺してきたので、ひなのは何も言えずに、更に深いため息をこぼすのだった。
☆
「お前少し前は、部長を辞めて神浜の癌を潰すとか抜かして無かったか?」
暫くの談笑の後、不意にひなのが尋ねると、やちよはコクリと頷いた。
「ええ、言ったわ。けど、それは今じゃないとも言った」
結局、いつになるかは自分でも分からないということか。
心配させやがって――と、ひなのはふう、と一息付くと、微笑んだ。
「ちょっとでも生き延びようって気持ちが出ただけでも有難いよ」
「決意が変わった訳じゃないけど」
「わかってるって」
しかし、だ。
噂の新参者・“環 いろは”がこの頑固者に、何らかの影響を与えたのには違いない。
事実、ひなのが危惧していた由比鶴乃とも和解を果たし、深月フェリシアも引き入れようとしている。
仲間を作る事を前向きに捉える様になっただけでも、十分な進歩であり、確実な変化だ。
「お前が二木に行った時も思ったけど、やっぱり外は良いよな。刺激がある」
「……」
ひなのは快活な笑みを浮かべて断言するが、やちよの反応は意外だった。
“外”と聞いた途端、おもむろに顔を俯かせ、目を泳がせている。
「……どうした?」
「ねえ、ひなの、ちょっと良い?」
問いかけるやちよの顔には、あからさまに不安が浮かんでいた。
ひなのの経験上、この表情を見せることは滅多に無い。一年に一度有るか無いかの、稀だ。
「……ああ」
だからか、心拍数が跳ね上がるのを感じながら、ひなのは真剣に耳を傾ける。
「もし、この神浜市の社会全体が一つの物語と仮定して、貴女が“主人公”だったとしましょう」
「唐突だな」
なんだよ“教授”の真似事か? ――と、悪態を付きながらも、翡翠の瞳は据わっていた。
「当然、社会の悪を駆逐し、一般市民の平和を守る為に戦おうとする」
迷わずコクリと頷くひなの。
「違いない」
「時には悪そのものさえ背負い、外に漏れないように自分の心に封じ込めてきた」
ひなのはむっと眉間に皺を寄せる。
「それが命を護ることに繋がれば、な」
「……そこまで心身を捧げたのに……気が付けば、別の誰かが新しい“主人公”になっていて、自分は“脇役”に降ろされていた……。貴女はその現実に、耐えきれる?」
「そうだなあ……」
ひなのは顎に手を寄せて考えた。
やちよは心の中で安堵する。
普通に考えれば、失笑されるレベルの突拍子の無い話でも、真剣に聞いて、熟考してくれるのが、ひなのの好きな所だ。
「まあ、仕方ない、って考えるよ」
「仕方ない?」
やちよは少しだけ目を細めた。睨んだつもりは無かったが、ひなのは少し息を飲んだ。
咳払いして、話を続ける。
「まあ、ものすごーく単純に話すとだ。技術が日々進歩してるように、人の世も常に進歩してるって話さ。人間全体がいつまでもアインシュタイン一人に縋りついてる訳じゃないだろう? 天才ってのは世界中で年中生まれているもんだ」
天才は一握りと言われている。
だが、ひなのが見たところ、一年に一度くらいは、世界の国々で必ず一握りはそれらが誕生している。
つまり、毎年かなりの人数の天才が生まれている、ということだ。
やちよの言う“主人公”というのが、世間から注目を集め、人々を牽引していく存在と仮定した場合――それもまた同様だと考えた。
「例えばアタシがノーベル化学賞を受賞して、世間から天才化学者と持て囃されたとしてもだ。翌年には、別の誰かが、アタシよりもでかい賞を受賞して称賛を受けている。アタシはとっくに過去の偉人として見向きもされない……。そういうのは正直、悔しいとは思うけど、諦めが付くと思う。『ああ、もうみんなは新しいものを求めているんだな』ってさ」
やはり、ひなのの人格は大きい。
無骨で一点集中しがちな自分より、よっぽど全体を見ている。
「でも……新しい主役は、かつて自分自身が受けた苦痛も背負うのだとしたら……?」
「キツイ言い方になるが、それでも世間が求めている以上、背負ってもらわない訳にはいかないだろ」
「だけど」
仮定の話、と自分で言っておきながら、やちよは妙に感情的だ。
テーブルに身を乗り出そうとする彼女を、ひなのは掌で制止する。
「やちよ。人間は精神と根性で我慢して乗り越えようとする動物だって思ってるのお前ぐらいなもんだぞ」
「……」
きっぱり言われるたやちよは、黙って座り込む。
「現実的に考えてみろ。人を助けられるのは人しかいないんだ。ここもすごーく単純に話すと、過去の偉人は経験値があるんだから、次の世代が自分と同じ状況に嵌った時、どうすれば気楽でやり過ごせるか、なんて答えはとっくに出してる筈だろう」
確かに、それもそうだ……やちよは小さく頷く。
「それをアドバイスをしてやりゃいい。話し相手になってやるだけでもいい。それでも辛そうなら傍で支えてやればいい」
「……」
やちよは承服致しかねる表情で俯いたので、突き付けるようにひなのは言った。
「これはアタシの人間観だが、誰かを傷つけたくないから自分が前に出て傷つこうって考える奴は馬鹿だ。人を見てないし、舐めてる。そんな奴に人を支える資格は無い」
「……っ」
俯きながらもやちよの目は見開いた。
「やちよ、もしお前の気になってる誰かが、お前の苦痛を背負う運命に有るとか思ってるんだったら、そいつにそうしてやりゃいいだけだろう。人を助ける方法なんて案外単純なんだ。難しく考えんな」
「そうね……」
ようやくやちよの口元に微笑が浮かんだので、ひなのはふーっと一息。
「……ところで、新しい三人にはどんな研修をさせる気なんだ」
「お互いの得意分野を伸ばしてもらうわ。フェリシアは私の下で。いろはと鶴乃は」
やちよはそこでフフッと笑う。ひなのは怪訝な表情で首を傾げた。
「何をさせるつもりだ?」
「ちょっと面白い話が転がり込んできたの。二人にとって良い経験になると思う」
記者会見の場面、本当はもっと書きたかったし、書くべきだったんですが、真面目に書くとこの辺の描写だけで5000字近く費やす可能性が出てきたので、適当にオチ着けて適当に畳みました……ごめんなさい。