魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
※2023/12/15 文章を全体的に再構成しています。
――――前日・神浜市役所。19:00。
きっかけは、突然かかってきた一本の電話からだった。
『ご無沙汰しております。七海部長』
透明感の有る声色の中に強い意志を感じて、やちよは目を細めた。
「ななかね。どうしたの?」
『お仕事中に大変失礼とは存じますが、先日の非礼を謝りたいと思いまして……』
「面談の時ね」
確かに、あの態度と言動は慇懃無礼そのものだ。瞳からは凄まじい迫力が伺えたが……。
『察して頂けて感謝致します。あの時は立場を弁えぬ無礼な発言の数々、謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした』
恐らく電話の向こうで深々とお辞儀をしている彼女に、やちよは冷徹な一言。
「そう思ってた割には、結構本気に聞こえたけど?」
『見破られましたか。正直に申し上げますと、中々に新鮮で、清々しい気分でした』
「でしょうね」
やちよはフッと微笑む。電話の向こうの彼女も同じ表情が浮かべているだろう。
「……貴女が私にあんな態度を取り、そして深月フェリシアにあのような処遇を施したこと……絶対、何か有ると見ている。一体、何が目的かしら?」
『相変わらず単刀直入ですね。残念ですが、私の口からはお答えいたしかねます。詳しい話は、彼女に……』
「彼女……?」
やちよは怪訝な顔を浮かべた。
そして、一分後――――通話口の声が、
『初めまして。七海部長』
女性の――だが、尊大な威厳を放つ覇気の如き迫力のある――低い声が、聞こえてきた。
瞬間、やちよの全身が凍り付く。
口の中に、ナイフの切っ先を真っ直ぐ突っ込まれたような驚愕と、恐怖の念が同時に絶大なプレッシャーとなって襲いかかってくる感覚。
「まさか、貴女は……」
自然と、自分の声が震えていた事にやちよは驚きを隠せなかった。
その反応を察知したのか、電話の向こう側に立つ尊大な声の女性は緩やかに嗤う。
『察してくれて恐悦至極。私は株式会社・蒼海グループ代表。『竜誕館』宗師――』
囁かれたのは、真の女帝。
蒼海幇の頂点――武術師範衆『五強聖』のリーダー。
その気高さと、23年という経験年数に相応しい圧倒的実力から、同じ土俵で競う事は愚か、出会えた魔法少女すら禄にいないとさえ噂される――――伝説の龍王の名。
神浜の英雄は、緊張感に下腹部が焼け爛れるような苦痛に苛まれながらも、
☆
『最初に常盤ななかから話を持ち掛けられた時は、びっくりしたよ』
“アレ”の正体を知って、酷くビビってたと
深月フェリシアを使った、『七海やちよ暗殺計画』。
きっかけは、ななかと海龍の共謀だった。
素行不良が過ぎて、チーム・アメノハバキリから追放――というのは彼女らが仕組んだフェイクだ。
それを建前にして、こちらに送り込んだ。
手段は問わない。可能な限り手を尽くして全力で当たって欲しい。
時期はいつでも構わない。
実行のタイミングも任せる。
但し、条件として民間人は巻き込まないように――――と。
「なるほど……」
やちよは感心。
流石常盤ななかというべきか。
切り替えが早いし、彼女ならそのような考えをしかねない。
「気になったのが……何故、貴女方が私を殺そうと目論んだのか、という点です」
『君は“英雄”だろう? 身に覚えは沢山有ると思うが?』
「ええ……。お二人とも動機はあります。まず、常盤ななか……彼女は私が死ねば、部長に昇進できると考えた」
ななかは、次期部長の最有力候補だ。
普通、副部長の都ひなのの筈だが、ここ最近のななかの功績は目覚ましく、何よりバックに蒼海グループがいる。
「ななかは、私のやり方に度々不満を漏らしていましたし、面談の度に強い野心も向けられていました」
良くも悪くも、ワンマン且つマッチョイズムなのがやちよである。
ななかからは、さぞかし“やりにくい”と思われていた筈だ。
だからこそ、自分が部長になれば、治安維持部をより効率的且つ円滑な方向へ、改革できると思ったのだろう。
「そして、王会長……というよりは、蒼海幇」
やちよが死ねば、ななかを傀儡にして、治安維持部を乗っ取ることができる。
蒼海グループ――もとい蒼海幇が、未だに地元住民から『ヤクザ』と謂れ、恐れられている事はやちよも承知していた。
当然、その“悪印象”は、企業の社会的信用に繋がる。
イメージ払拭の為に、首脳陣が日夜腐心しているという話も、独自の情報網から得ていた。
「悪いイメージを
部長となったななかを利用して、各チームに武闘派魔法少女を入職させる。
どうせなら、海龍ら首脳陣が市役所に直接働きかけて、治安維持部全職員総入れ替えもやりかねないだろう。
つまり、目的は……
「“英雄”の後を継ぐのは、“貴女がたの息のかかった中国武術家”……それが、お望みですね?」
『そうだ。【中国武術こそが“最強”であり、“人類の盾”となるべき】。その証明こそが、我が社の【生き残り大作戦】だった訳だ。……まあ、君の方が生き残ってしまったから、目論見は潰えたがね』
「果たして、本当にそれが狙いだったのでしょうか?」
『? どういう意味かな』
「気になるところがありまして」
深月フェリシアは、七海やちよを殺害しようとした。
それは紛れも無い事実だ。
しかし、やちよが気になったのは、彼女に協力していた同業者のジェイソンマスクのこと……。
【知ってるけど……教えるのはやめとく。ありゃオレですら理解できねー正真正銘のバケモノだからなぁ】
先の取り調べで、フェリシアがそう言ってた事を思い出す。
あからさまに、怯えたような感情が伺えた。
つまり、あのジェイソンマスクの実力は、深月フェリシアよりずっと上の筈だ。
「単純に私を殺すだけなら、彼女の方を嗾ければ済む話でした」
先の戦いにおいて。
加賀見まさらの透明魔法が一切通用しなかったという。
それだけでも、歴戦な強者だと分かる。
だからこそ、不可解な点が多かった。
まさら、いろは、ピーターの命を握っていながら、殺さなかった。
ジェイソンマスクなら、全員抹殺後、やちよも殺してフェリシアを奪還することも可能だった筈……なのに、そうしなかった。
そして、次に不可解だったのは、去り際のセリフ。
「『報酬分は働いた』、と彼女は言ったそうです。つまり、彼女の仕事に最初から、
つまり、足止め役だったのだ。
七海やちよと深月フェリシアの戦いに、横やりを入れさせない為の。
「貴女も、ななかも、フェリシアとなら私と“良い勝負”になると踏んだ」
二人とも、最初から『七海やちよの死』は望んでいなかった。
深月フェリシアと正面衝突させることに意味があった。
そこに垣間見るのは、武術家としての、海龍の真意。
「私の実力を確かめたかった……それが、本心ではありませんか?」
傭兵。
それも百戦錬磨の『
神輿に祀り挙げられただけの“少女”か。
或るいは、海龍ら“龍”に匹敵する“魔物”か。
海龍もななかも、後者の可能性に懸けた。
そして、目論見は成功。
英雄は、“龍”と同じ土俵に立つ資格がある。
「ななかにしても、私が勝てば、貴女方の牽制に繋がると判断したのでしょう」
『その通りだ。同朋を思いやってのことだ。大目に見てやってほしい』
治安維持部乗っ取りを画策する“龍”。
対抗するには、同等の実力を持つ“魔物”をぶつけるしかない。
それがななかの本当の狙いで、やちよはまんまと思惑に乗せられた訳だ。
「由比鶴乃の下へななかを嗾けたのも、貴女ですね?」
『あれは良い原石だ。落ちぶれた中華料理店で持て余したままにしとくのは、もったいないと思ってね』
「あの子はそれを望まない」
『そうか、それはとても残念だ……仕方ないな』
海龍は、深く溜息をついた。
☆
「……以上ですか?」
<ああ>
海龍の返事は実に軽やかだ。
人殺しを計画していたとは思えない。
まるで、恐れを知らない子供のようだ。
「あの黒い蠅も、貴女達が……」
<誤解しないで欲しいが、アレは我らとは無関係だ。だが紅羽根……と言ったかな? そいつが凄腕の傭兵を探していると耳にしてね……。アステリオスの噂を流したら、まんまと引っかかってくれた訳だ>
どうやら、あのきなくさい連中は、“裏”にはてんでド素人らしいな――と海龍は愉快そうに言う。
「正気で仰っているのですか? この件が明るみに出れば」
<それは君だって同じだろう? アステリオスを正職員に迎え入れた君もね>
やちよは目を細めた。彼女はどこまで掴んでいる?
<お互いに、絶対外に漏れてはいけない秘密を知った。これで君と私の関係はイーブンだ。これからは共に気を置かない仲を築こうじゃないか>
イーブン、と聞いて思わず鼻で笑いそうになった。
経験も実力も組織力もあちらの方が遥かに上だ。生殺与奪の権限を握られているに等しい。
しかし――――
「受けて立ちましょう」
臨むところだ。
神浜の中央に立つ蒼き英雄は、大東の蒼海を支配する蒼き龍王に堂々と宣言する。
<その粋を良しとする。では七海やちよ。アステリオスを見事迎え討った功績を称え――――君を我が竜誕館に招待したい>
祝杯だ――――
最後に付け加えたその言葉を“挑戦状”と捉えたやちよは、迷わず首を縦に振る。
「ありがとうございます」
<日にちは来週、18日の土曜、工匠会祭第二幕と同じだ。時間は9:00。同伴者は何人でも構わない。友達でも同僚でも好きなだけ連れてくるといい。……以上だが、何か質問はあるかな?>
「そうですね……………………では、一つだけ」
やちよは嘆息し、暫し間を置いた後――――
「王 海龍宗師…………貴女も、
絶対零度の瞳を虚空に向けて、そう問いかけた。
<……なに?>
通話口の向こうの女は、初めて驚きを顕わにした。
「貴女程の者が、深月フェリシアを動かした
それは、蠅共でも、ななかと海龍でも無い――――七海やちよしか知り得ぬ、誰か。
冷然とそう呟いた後、口の端を吊り上げて、嗤う。
直後、通話口の向こうから快笑一閃。
<……面白い! 会える日を楽しみにしているよ、七海やちよ>
女の声色は、ようやく対等の相手を得た、という歓喜に打ち震えているように聞こえた。
――――通話が切れる。
部長室のガラス窓が、一斉に揺れた。
氷の瞳を蒼く瞬せて、猟奇的な笑みを浮かべるやちよの全身から、凄まじい気迫が満ち溢れていた。
◎おまけ・今回のまとめ
・蒼海幇の魔法少女はみんな、中国武術学んでるよ。だから超強いよ!
・深月フェリシアを送り込んだのは
常盤ななかと
マギウスの翼は利用されちゃったんだね!
・七海やちよがフェリシアに勝てば、蒼海幇の牽制になるかもしれないよ。
でも、負けたら、ななかちゃん部長に祀り上げて、治安維持部乗っ取られるよ!
・実はフェリシアちゃん動かしたのは、マギウスの翼でもななかでも蒼海幇でも無いよ!
部長しか知らない誰かだよ!
※2023/12/15 読み返したらごちゃごちゃしていたので、整理いたしました。
実は執筆初期は、ななかさんと海龍のキャラが一緒になってたんですよね……そのせいで、色々無茶が多い展開に……
王 海龍(ワン=ハイロン)→
【挿絵表示】
ソウカイヘイも株式会社にするかNPO法人かで悩みましたが、色々考えたり調べた末、前者にしました。
さて、次回、新展開。
ということで、いろはと鶴乃にはある地区に行ってもらいます。
もうお分かりですね……?
やちよにも、新たな挑戦が始まります。
彼女は次の戦いで、より高みに昇ります。
次回より、蒼海幇も本格参戦となります。
そして、やちよさんの新たな挑戦が始まります。魔法少女ストーリー・開幕です。
大東区に向かう彼女達が見て、得るものは……?